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たまには外メシ


●知りませんでした・・日本酒ハイボール

 黄桜の本社売店で見つけました。ハイボールの流行に悪のりして?の新商品。と言いつつ買ってしまうのだからアホですわ。キタのクルラホンのマスターに言うたら「はい、うちでも日本酒に炭酸まぜてレシピにしてますけど」やて。さよか。

栓を開けると、シュワと音がして、いかにも涼しげ。アルコール度数は8度と普通の日本酒の半分です。口当たりよく、きつい香りがせず、至って飲みやすいので、日本酒嫌いの人でもイケそうです。値段300円くらい。

さて、どんな料理が合うかなと考えましたが、思い浮かばない。刺身や鮨には甘すぎるし、鍋物もあかんし・・。味のはっきりしないサラダなんかにええかも。アウトドアに向いてるけど、冷やさないと飲めないから、これもイマイチです。

■黄桜の情報はこちら・・
http://www.kizakura.co.jp/ja/highball.cgi?id=2

黄桜ハイボール

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読書と音楽の愉しみ

●千住真理子  ~デビュー35周年記念~

「無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ全曲演奏会」

 「えらいハードなプログラムやなあ、大丈夫?」チケットを買った人の多くは、3000円という安さに満足しながら、一方でこんな危惧を抱いたのではありませんか。大丈夫?というのは、最後までスタミナ切れせずにちゃんと弾きこなせるやろか、という心配です。

一曲目、無伴奏ソナタ第3番がはじまるや「えらいこっちゃ、こりゃ」いきなり、重音奏法の連続です。これは旋律と伴奏、和音を一度に弾くことで、要するに一人で二重奏、三重奏をやってしまう高度な技法。
 演奏者も聴衆も集中力を高めるために、いつもと違ってホールは映画館並みに暗くし、舞台の一点、奏者にスポットライトを当てるだけのスタイルで演奏が始まりました。休憩が二度あるのは体力回復のためでしょう。

当日のプログラムに千住真理子はこう書いている。
「嘆きの歌だ、とブゾーニは語った。シャコンヌへの言葉だった。その言葉を知ってから、それは私にとって、バッハに対する永遠のテーマになった。バッハの全曲が弾きたい・・
 時折、私はそんな衝動に駆られる。しかし、バッハの全曲演奏というのは、演奏家として醍醐味であると同時に、ものすごく怖いのだ。精神力と体力のバランスを維持しながら、独りステージに立つとき、私はこの世にたった一人で生きているような孤独を感じる。
そして弾きはじめるバッハの音楽は、険しくも神聖なる世界へと私を導く。まるでエベレストへ単独登山するような気持ちで、一歩、一歩、音の山肌を歩く。時に遭難しそうになりながら、時に光だけを道しるべにして・・。
 孤高のバッハは、それぞれの心のなかにそびえ立つ崇高なるエベレストなのだと思う」
(ここまで引用)

それにしても、バッハは何の意図あってこれらの曲をつくったのだろうか。ヴァイオリンの演奏技法の極点を追求したかったのでは、という論が一般的だが、それを最高難度の練習曲と言い換えたら、この曲は高度に芸術的過ぎる。無伴奏チェロ組曲のような、楽器が哲学を語るみたいな趣はないにしても、耳とアタマを素通りして魂の奥にズンと響く音楽だ。そういえば、睡眠導入剤としてつくった「ゴルトベルク変奏曲」だって、今じゃ堂々のゲージツ作品だし・・。
 ゲージツ云々はさておき、何より大事なことはライブで聴くこと。CDで無傷の演奏を100回聴くより、傷(演奏ミス)があってもナマで一回聴くことに価値がある。故・朝比奈隆がよく言っていた「演奏の一回性」大切さのことである。

2002年、ン億円の借金をして手に入れたストラディヴァリウス「デュランティ」は、客席後方の音響的にマズイはずの自分の席まで、ときに「やかましい」と感じるくらいに良く響き、鳴り渡る。・・ちゅうことは、わずかなミスも聞こえてしまうわけで、奏者は辛い。その上、延べ2時間以上の、ものすごく複雑な技法の演奏が暗譜である。さらに、無伴奏演奏では、リズムを全部自分でカウントしなければならない。いったい、どうやって拍子を数えているのか不思議でしようがない。

最後の曲、パルティータ第2番。終曲「シャコンヌ」の何とも言えない哀調を帯びた、ブゾーニが嘆きの歌と言った主旋律が何十回も繰り返されて終わる。立ち見席まで満タンの超満員の客席から万雷の拍手。ソロ演奏では珍しいスタンディングオベーションのオマケ付き。
 ご本人は、達成感と誇りと、精魂尽き果て、疲労困憊の体がミックスされた、何とも言えない表情。頭の中は真っ白だったかもしれない。楽屋へ戻る足がもつれそうで、上半身前のめりのまま引っ込んだ。

明日は参議院選挙投票日。ホールを出たら、消費税だの何だのと喧しい日常空間をよぎって帰るわけですが、多くの聴衆の頭の中では、相当の時間、あのシャコンヌの旋律が朗々と鳴り響いていたのではありませんか。(7月10日 ザ・シンフォニーホール)

プログラム(演奏順)
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第一番ト短調BWV1001
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第一番ロ短調BWV1002
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第三番ハ長調BWV1005
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第三番ホ長調BWV1006
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第二番イ短調BWV1003
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番ニ短調BWV1004

■千住真理子公式HP
http://www.marikosenju.com/ja/

読書と音楽の愉しみ


●山野博史著「人恋しくて本好きに」を読む

 著者は関西大学法学部教授。専攻は日本政治史、書誌学。この本は、題名から分かるように書誌学のほう、本を通じての文壇よもやま話でありますが、半分近くは司馬遼太郎に関してのよもやま話になっています。

世に司馬遼太郎ファンは多いけれど、山野センセイの情熱、ツッコミぶりは尋常でなく、なんせ小学生時分、つまり司馬遼太郎がデビューして間もなくの頃からのファンだというからスゴイ。読むだけではなく、長じては、自筆原稿とか、関連文献漁りにも精を出し、その質量、司馬遼太郎記念館・山野分室くらいの充実ぶりかもしれません。
 のみならず、自分の娘に、福田みどり夫人と同じ「みどり」の名前までつけてしまった。で、司馬センセイ言うに「山も野もみどりか。タカラヅカみたいでよろしいなあ」と。なかなか洒落っ気ありますなあ。

145頁「大学図書館で働く人に捧げる十章」に、日頃、自分が思っていることとそっくりのことが載っているのでコピーしました。
「万巻の書を読みあさって、ついに人生のなんたるかを悟らぬままの人もいれば、書物なんか知るものかの人生の達人もいる。この世には、文字とも書物とも学校とも縁がないまま、かしこく心おだやかに暮らした人がいっぱいいたことを時折想いおこそう」
 書き漏らしましたが、著者は関西大学図書館館長でもあります。
(五月書房 2006年8月発行)

表紙イラストは、関大出身の漫画家、いしいひさいち。
本棚にしがみついてるのが山野センセイ。
本・人恋しくて本好きに

読書と音楽の愉しみ


●最近の演奏会から

大フィル6月定期演奏会

■ショパン ピアノ協奏曲第一番 ホ短調
ピアノ=中村紘子

■マーラー 交響曲第一番 「巨人」
指揮=ヤクブ・フルシャ

 先月に続いて肩の凝らないポピュラーな曲なのでラクチン。二曲とも、駄目男にとってはクラシックの「なつメロ」であります。中村紘子の一番を最初に聴いたのは、もう45年くらい昔のことで、ならば、今はすっかりおばあさん風情になっているのかといえば、それが違う。ウエストはどどど~んと太くなっているが、顔立ち、髪型は20代のそれをエンドレスコピーしているかの如く、なのであります。世評はともかく、一番売れたときの容貌をとことん維持、固定化して老いカバーすることに成功している例で、女性では、この中村紘子と黒柳徹子がツートップではありますまいか。ショパンの一番、多いときは、一ヶ月に5回くらい弾いているらしく、演奏には特に言うべきことナシであります。

■中村紘子の公式サイト
http://www.nakamura-hiroko.com/top.html

マーラーの一番も無性に懐かしい。昔、NHKーFMで聴いた、ズビン・メータ=イスラエルフィルの演奏に惚れ込んで、これをスタンダードにして聴き比べるクセがついてしまった。特に第四楽章の切なくメランコリー、また、ゲージツはバクハツだ、ふうの激情逆巻く場面は指揮者のセンスと技量の見せ所で、ここを凡庸無難に流した演奏はペケであります。通俗的という批判もあるが、過ぎ去ってゆく青春時代への追慕の念を味わうには最高の曲。ポピュラーのシャーリー・バッシー「帰りこぬ青春」と共に、老いて枯れたココロに、シュワーっと染み込むのであります。 

 まだ30才のヤコブ・フルシャ、少々楽譜を見過ぎではないかという気もしたけど、大フィルの熱演を引き出し、やんやの喝采でした。
(6月25日 ザ・シンフォニーホール)

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●ヴィルトゥオーソの復権 ~大阪アーティスト協会主催~

■メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調 岩渕晴子
■ショパン ピアノ協奏曲1番ホ短調 安積京子 
■シューマン ピアノ協奏曲イ短調 田中伴子

管弦楽 モーツアルテウム管弦楽団 指揮 門良一

 T君の招待で、いずみホール最良の席で鑑賞。
よくもこんなベタなプログラム作るなあ・・と、ため息が出そうになりますが、いろいろワケがあるらしくて、これがベストだとなったらしい。ショパンのコンチェルトは昨夜、御大中村紘子の演奏を聴いたばかりで、二日連続同じ曲を聴くなんて珍しい体験。

ソリストの三名、ほぼ無名の人ながら、タイトルのように十分名人芸を積み、技量では文句なしの素敵な演奏でした。今日のステージのために、いかほどの練習を重ね、本人や家族などが、集客のための苦労を積んだかと思うと、この演奏会の成果が広く知れ渡ることを願うばかりであります。(6月26日 いずみホール)

いずみホール演奏会