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プチ・ケチの研究


●残り野菜はコンソメスープ煮で始末

 戦前生まれで飢餓体験のある人は、食べ物や食材を余し、捨てることにえらく罪悪感を抱く。(金持ちは別です)キャベツは芯まで刻んで漬け物にするとか、正しい貧乏性に固執するのであります。

この一年ほど定番にしている、残り野菜で作るおかずは、写真のようなコンソメ煮。玉ねぎ、人参、じゃがいもなんかにウインナソーセージを加えるだけで、堂々メインディッシュになります。ワインにも合いますぞ。味はスープの素の量加減だけだから、どんなに不器用なオッサンでも作れます。スープの素は顆粒タイプが使いやすい。
コンソメスープ煮物 

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たまには外メシ


 ●六甲山ホテル「レトワール」のディナー

 某会の一泊プランで、前記、高山植物園見学のあと、六甲山ホテルへ。
夕食は企画商品「あじさいプラン」でのフレンチ。メニューを見ても、なんのこっちゃねん(汗)の面妖なレシピでありますが、なかなか美味しい料理でした。何よりボリュウムの小さいことがオジンには助かります。
 山上のホテルゆえ、ハイキングスタイルで食することができ(そんな人、他にいなかったけど)、お気楽なディナーです。朝食はバイキング。帰りはリムジンで阪急六甲駅まで20分くらいなのでラクチン(6月19日)

■六甲山ホテル(6~7月)のご案内
http://www.hankyu-hotel.com/cgi-bin2/cms2/rest.cgi?hid=27rokkosanh&page=osusume&code=bJI6fRe4Id

■あじさいディナー MENU  6/1(火)~7/31(土) 7500円
★本日のアミューズ
★仔羊とラタトゥイユのテリーヌ ホテル菜園のサラダを添えて
★写真略ー茄子のスープ フォアグラ添え
★イサキのキャベツ包み 海老添え トマト風味のバターソース
★写真略ーズッキーニのグラニテ グレープフルーツルビーを添えて
★牛ロースのポピエット 赤ワインのリゾット添え ハーブ風味のソースで
★写真略ーあじさいディナー特製デザート
 パン/コーヒー又はハーブティー

六甲山ホテル 

旧館には1929年建築当時の部屋が保存されている。
六甲山ホテル 

六甲フレンチ 

六甲フレンチ 

六甲フレンチ 

六甲フレンチ


ア・ラ・カルト


●六甲高山植物園・・霧中散歩

 雨を承知で出かけましたが、山は濃ゆ~い霧に包まれて、記憶にある植物園の風景はほとんど分からずじまい。開店休業状態のなかで、幻想的な森の風景を愉しみました。(6月18日)

霧の六甲山


駒草
六甲コマクサ


イブキトラノオ
六甲イブキトラノオ


エーデルワイス
六甲エーデルワイス 

プチ・ケチの研究


●「プチ・ケチの研究」で、人生パ~!!

 いまや、珍しくない事件でありますが、鉄道会社の社員が不正乗車を繰り返し、バレて懲戒解雇・・下の共同通信記事を引用すると「JR東海社員85人が不正利用により運賃の支払いを免れた総額は25万2930円で、同社は全額を弁済させた上、4人を懲戒解雇、一人を諭旨解雇、37人を出勤停止30日、40人を同10日とするなど、既に処分された7人を含め、85人全員を処分した」とあります。

85人で25万円の被害額。一流企業の社員がこれで人生マックラになりました。懲戒解雇の人でも、不正は5万円以下と思われますが、苦労して入社した一流企業なのに、これぽっちのカネで失業の身です。軽い処分の者は、500円とか1000円のパクリがばれたのでしょう。たったこれだけで、生涯ヒラ社員確定の可能性大です。リストラのときは、真っ先に候補になるでしょう。職場でも、毎日「針のむしろ」に座る思いです。

ちょっとした出来心が動機だとしても、余りにオロカすぎる。妻子や親兄弟の衝撃、悲嘆、想像するだに酷いものがある。友人も慰める術さえなく、黙って離れていく。いや、ムショ入りしないだけマシ、という考えもできるけど、救いにならないでしょう。

電車賃の節約の方法を研究、実践し、割引チケットで外出して、無駄な買い物して帰る・・なんてのは「笑えるオロカ者」ですが、消費経済に貢献していると考えれば「正しいオロカ者」かもしれない。(何を言いたいねん)「プチ・ケチの研究」も研究テーマをよ~く考えませう。ケチンボの「事業仕分け」を誤ると、人生マックラ、地獄行きです。(6月12日)

JR不正乗車発覚

読書と音楽の愉しみ

 

●茂木大輔著「拍手のルール」を読む

 NHK交響楽団の奏者のなかで唯一のイチビリおじさんは、なかなかしゃれた文も書き、これで3~4冊目の著作になります。サブタイトルに「秘伝 クラシック鑑賞術」とあって、ビギナーにお節介な鑑賞術を伝授するのでありますが、そのメインが「拍手のルール」というわけです。

拍手にルールなんかあるのか? やさしく「マナー」と言えないのか。そんなクレームが出そうです。ま、どっちでもええか。「正しい拍手の仕方」について約50頁を費やし、マジメかつ面白半分に持論を述べているのですが、クラシック音楽の敷居が余計に高くなるかもしれません。

かれこれ50年くらいクラシックのコンサートに通ってる駄目男の経験から言えば、拍手にはルール(マナー)が必要という論に賛成です。たった一人の野暮なリスナーのために、コンサート自体がぶちこわしになってしまうってこともあるからです。(そんなリスナー、最近は減りましたけど)

その野暮って、楽章間でうっかり拍手してしまうことやろ? いいへ、ちがひます。全曲が終わったときの「フライング拍手」が最悪なのでござひます。音が鳴りやんですぐ拍手してしまうことがフライング拍手。そんなん、フツーじゃん、何が悪いねん。むろん、すぐ拍手する曲も多いのですが、曲によってはしないほうが良い場合があり、数秒~10秒くらい無音(余韻)をつくります。聴衆も音楽をつくる側になるのです。

自分の聴いたなかで、一番拍手の難しいのが、マーラーの交響曲第9番。彼の最後の交響曲で、全体が耽美的というか厭世的というか、マーラーらしい旋律で構成されていて、最後は死をイメージしています。
 自分はこれから死にゆく身である。もう何も思い残すことはない。やすらかにあの世へ行きたい・・死にますよ・・もうチョットだ・・死んでしもた~・・で終わるのでござひます。コンサートホール、この時はお通夜の会場になるのであります。 なのに、誰かがパチパチパチ・・拍手ではせっかくのお通夜気分、ぶちこわしではありませんか。著者、茂木サンもこの曲を例に引いて同じことを述べているので、拍手禁忌の見本でしょうね。

わが愛しのブルックナー9番の最後も同じです。最後はホルンの音で終わるのですが、その後の沈黙の時間がシビレます。オーケストラも聴衆も凍り付いたように無音無動。聴衆から拍手がはじまらないときは、指揮者が仕草で合図して、ようやく拍手が起きます。指揮者にとって最高の賞賛になる、沈黙と熱い拍手の時間です。

ポピュラーな曲では、チャイコフスキーの6番「悲愴」やベートーベンの6番「田園」なども、すぐ拍手しないのがマナー。但し、ヘタな演奏ではこの限りに非ず、ということで。逆に、ベートーベンでも9番「合唱付」は鳴りやんで1秒以内に拍手しないとズッコケてしまう「すぐ拍手」曲です。

拍手の質量は、定期演奏会と名曲コンサートでは異なるし、ザ・シンフォニーホールと兵庫芸術センターホールとでも明らかに違います。一番感じの良い拍手を生むのは ①優れた指揮、演奏 ②響きの良いホール ③成熟した聴衆 の三条件が揃ったときでしょう。 ジャズや歌謡曲のコンサートではあり得ない、難儀なルールです。(中央公論新社 2008年4月発行)

拍手のルール本

たまには外メシ


●伏見「京町おくど 十二夜」

 お付き合いで、久しぶりに伏見の街を散歩しました。
NHK大河ドラマ「龍馬伝」のおかげで観光客が増え、賑わっています。もっとも、かの「寺田屋」は実は龍馬が活躍した時代の建物ではなく、後の「鳥羽・伏見の戦い」のあとで再建された旅館で・・とか、話題になりましたね。では、寺田屋さんは、今や閑古鳥啼いてるのか、といえば、いへいへさうではありませぬ。十分に賑わっています。観光客は「史実」なんかどうでもええのでございます。龍馬は寺田屋で暗殺されたと勘違いしてる人もいるくらいです。

昼食をとったのは、開業まだ浅い「十二夜」 古い民家を改造しておしゃれな和食の店にデザインされています。いかにも観光客目当ての外観、インテリアですが、当日は地元の家族連れの客が大半でした。まだ、名前が売れてないのかもしれません。ちなみに、この店、当然地元資本かと思いきゃ、実はヨソもの、滋賀県の業者です。酒蔵街にある「月の蔵人」というレストランも同じ経営者です。ムム「外資」にやられてるじゃん。
 当店のすぐ南隣が、ミシュラン二つ星の「魚三楼(うおさぶろう)」と書けば、あ、あそこや、と気づく人おられるでしょう。ここでも5000円くらいでランチやってます。懐石なら2万円以上かかりそう。

十二夜外観 京阪伏見桃山駅のすぐ近くです。
伏見十二夜

店内と中庭
十二夜店内 

伏見 


「龍馬御膳」2000円ナリ 豆腐は塩をかけて食べる
伏見

こちらは、隣の「魚三楼」外観。 創業は江戸時代。
伏見

今のうちに龍馬で稼がにゃ・・で「龍馬鮨」登場。(竜馬通り商店街)
伏見

濠川を遊覧する十石舟。
伏見


■十二夜の案内はこちら・・
http://r.gnavi.co.jp/c436300/

■魚三楼の案内はこちら・・
http://www.uosaburo.com/

読書と音楽の愉しみ


●島内景二著「中島敦『山月記伝説』の真実」を読む

 終戦後から今日まで、多くの中学、高校の教科書に採択されている「山月記」の裏話・・というには深刻なドキュメントです。もっとも、駄目男自身は教科書で読んだ記憶がなく(忘れたのか)本作品を読んだのは40歳くらいだったかもしれない。

この作品が何故多くの教科書に載せられているのか、の疑問解きが本書の核心です。答えを言うと、山月記の主人公、虎に落ちぶれた李徴は中島敦自身、李徴の旧友で出世した政府高官が釘本久春など、一高、東大時代の友人だった。この作品は、中島から釘本たちへの惜別と哀願のメッセージであった・・ということです。

作家としての自信や自尊心は満々の中島であったが、現実には鳴かず飛ばずの無名小説家に過ぎず、持病の喘息はだんだん悪化するばかり。しかし、30歳を迎えるころにようやく文壇で評価されはじめ、作品の出版が進みだしたとき、もう余命いくばくもない身であった。
 この場に及んで、己の性格の悪さや高慢ちきを反省しても間に合わない。だが、このまま死んでしまうのは余りに無念だ、悔しい。せめて、中島敦という作家が存在したということくらいは伝えたい。勝手なお願いだけど聞いてもらえないだろうか。

平たく書けばこのような意味、裏事情をもつのが「山月記」です。そして、中島(虎)に懇願された相手の一人に釘本久春(政府高官)がいた。釘本は中島と違い、勤勉な立身出世型の人物。東大卒業後、文部省に入り、トントン拍子に出世して「高官」になる。その立場を利用して(ここんとこ、ビミョー)中島の願いを叶えるべく、教科書に掲載する。もちろん、それは二義的なことで、なんといっても作品自体のすばらしさが推薦の第一義です。こうして「山月記」と中島敦の名は日本文学史に永久に残ることになりました。メデタシ、メデタシ。

・・にしても、生身の中島敦は33年の生涯をB級人生で終えた。不幸な生い立ち、境遇は同情に値するけれど、自己責任のウエイトも大きい。本書には巻末に「山月記」全文が収録されているので、懐かしいと思った方はご購読を。新書版でたった12頁の、短くも素晴らしい作品です。
 
書き出しは、こんな具合です・・・

「隴西の李徴は博学才頴、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賎史に甘んずるを潔しとしなかった・・・」  思い出しました?。(文春新書 2009年10月発行)

■中島敦の伝記・作品
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%95%A6

山月記表紙