閑人帳


●わお! 民主党には綱領がない

 ・・ってことを知らなかった自分も大間抜けでありますが、あるのが普通だから、無いことを知ってビックリした次第であります。

綱領は、政党の基本理念を文章にして公開しているもので、わが党の政治思想、基本方針はかくかくであると述べたもの。民間企業でも一部には社是として、経営の基本理念や社会への貢献のあり方を公開している。そんな、政党の存在意義を訴えるイロハのイが民主党には無い。基本理念が無いから、政治はその場しのぎ、場当たり的に何をやってもOKというわけですね。マニフェストを守らない、首相の言うことがコロコロ変わる頼りなさも、それを恥じない厚顔ぶりも、元を正せば、党の綱領に縛られないフリーハンド政治のせい。無責任がまかり通る気楽な政党です。

そんなの「憲法のない国家」と同じではありませんか。政権政党が何を考えて政治をしているのか分からないでは信用のしようがない。で、そら、えらいこっちゃ、早速つくりまひょ・・となっても、今の民主党ではできない。解体、再編成しない限り、ムリでしょう。なにしろ、左寄りから右寄りまで思想的にワイド過ぎてまとまらない。その上、ヤクザ風情の元幹事長がブイブイうるさいから、左派と右派だけでなく、小沢派、反小沢派の争いもしなければならない。こんなありさまで「党の基本理念」など、まとまるはずがない。

要するに、選挙で勝てば、こんなサービスを致します、程度のことしか言えない。高邁な理念なんてクソ食らえ、が民主党のリアルな「基本思想」であります。 そんな二流政党を理念なき国民が支えている。

■自由民主党の綱領
http://www.jimin.jp/jimin/jimin/houshin/index.html

■日本共産党の綱領
http://www.jcp.or.jp/jcp/Koryo/

■公明党の綱領
http://www.komei.or.jp/komei/platform/

■社民党の綱領
http://www5.sdp.or.jp/vision/vision.htm

■民主党の綱領問題を取り上げた産経記事の一部
(09年3月3日)

 (略)もともと結党の原点は、自民党に対抗する二大政党の一角となるための「プロジェクト政党」だった。このため、民主党はいまも憲法や教育、安保、外交など足並みのそろわない基本政策は事実上、棚上げにされてしまっているのだ。

 政権を担う政党として、あるべき国家像をどう描いているのか-。最後のとりでの基本理念でも「地球社会の一員として、自立と共生の友愛精神に基づいた国際関係を確立し、信頼される国をめざす」と書かれているだけだ。党中堅はこう言う。「原則を言い始めるとバラバラになる。理念で集まっているわけではなく、何が何だか分からない政党だ。綱領なんかない方がいい」

 綱領なき政党のひずみは、個別政策の一貫性のなさに如実に表れている。
終身刑創設、永住外国人への地方参政権の付与、人権侵害救済機関の創設…。民主党の基本政策を網羅した「政策INDEX2008」について党内の保守系議員から「第2社会党とみまがうような政策が並んでいる」という批判も聞こえてくる。

 小沢の変化も激しい。小沢は平成5年に上梓(じょうし)した自著『日本改造計画』には、規制緩和や自己責任、「小さな政府」を志向する政策を打ち出し、少子高齢化の到来に備え、消費税率を10%に引き上げ社会保障費に充てるべきだと訴えていた。
 ところが小沢はいま、「国民の生活が第一」と唱え、消費税率の「現行5%の維持」や「子ども手当」と農業者戸別所得補償制度の創設など社会的弱者に配慮する政策を掲げる。かつての持論は吹っ飛び、「バラマキ」路線をひた走っている。
 
内政だけではない。「第2次大戦において歴史、民族、言語、文化などまったく異にする2つの国が死力を尽くして戦い、戦いが終わると太い絆(きずな)で結ばれた。その太い絆が日米安保条約だ」日米同盟について『日本改造計画』でこう力説していた小沢は、米国が主導するテロとの戦いに背を向け、「米国の極東での存在は米海軍第7艦隊だけで十分だ」とまで言い放った。(以下略)
引用元ブログ・・
http://blogs.yahoo.co.jp/blue_k_i/25144654.html

民主党綱領ーあじさい


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プチ・ケチの研究


●残り野菜はコンソメスープ煮で始末

 戦前生まれで飢餓体験のある人は、食べ物や食材を余し、捨てることにえらく罪悪感を抱く。(金持ちは別です)キャベツは芯まで刻んで漬け物にするとか、正しい貧乏性に固執するのであります。

この一年ほど定番にしている、残り野菜で作るおかずは、写真のようなコンソメ煮。玉ねぎ、人参、じゃがいもなんかにウインナソーセージを加えるだけで、堂々メインディッシュになります。ワインにも合いますぞ。味はスープの素の量加減だけだから、どんなに不器用なオッサンでも作れます。スープの素は顆粒タイプが使いやすい。
コンソメスープ煮物 

閑人帳


●ブログの上にも三年・・・

 本日、6月25日で、このブログをはじめて三年になります。紙に書き付ける日記は典型的「三日坊主」の経験しかないのに、ブログで三年も続けられたのは不思議です。続けられた一番の理由は、ヒマ人だから。二番目の理由は、ネタ(テーマ)を限定していないから。タイトル通りに、テーマをウオーキングに絞ったら、たちまちネタ切れになります。

しかし、他人さまのブログを見ると、テーマ有りのほうが多い。テーマを決めているほうが書きやすいし、そのほうが読者への訴求力もずっと大きいからだと思います。
 それはヨシとして、だからといって、ブログ記事を書くために本を読んだり、ハイキングに出かけたり、メシを食いに行くなんてことは、自分はしたくない。お金が惜しい。主従関係でいえば、生活が「主」ブログは「従」です。

平均、三日に一度(月に10本)はなにか書き込む、という最初に意図したペースはなんとか守れていますが、いつまで続くやら。
 記事の一連番号によると、過去三年の間に約800本の記事を書いたことになり、一本平均500字とすれば40万字。400字詰め原稿用紙に換算すれば1000枚分になります。質を問わなければ、デジタル作文では、だれでもこれくらいは書けるということですね。国民総イージーライターの時代です。

駄文、悪文に懲りず、再々訪問して下さってる皆様方に厚く御礼申し上げます。今後もオジンのヒマつぶしに、ちょこっとお付き合い頂ければ幸いです。

      2010年6月25日  快道メーカー/丸出駄目男


この三年間で、一番アクセスの多かった日は、今年3月29日、MBSラジオ「ノムラでノムラだ」に出演した当日の871カウントでした。
871カウンター 


★快道ウオーカーからの便り


●MM子さんの「なにわ快道」山都コースレポート  
                              
~JR大正駅から天保山~舞洲まで~  

曇り空のもと6/20(日)8時大正駅集合。
バス停は長蛇の列。こんなにバスが利用されているとは。しかもまだ何人も乗れそうなのに発車。詰め込まずに次を待つ人びと。詰めてとは言わないバス。何故にの光景でした。

8:45終点鶴町4丁目着。
 なみはや大橋登譽前にIKEAによってみるも10時開店のためトイレ使用不可。天保山では、30分に一本の渡し船に滑り込みで乗るべく、トイレ見送り。皆様お気をつけて。このコースは、山都コース地図がなければ歩く事のなかった所でした。歩けるとか、歩こうとか、思えなかった所です。歩く事ができ、ホントによかったです。

コース全般、空にも海にも近く、その狭間を、下界を見下ろし、見渡し、見晴らしつつ移動してきました。埋め立て地、数々の橋、空中を交差する高速道路等々思い切り人工的で無味乾燥な風景のはずなのに爽快でした。また初冬に歩いてみたいです。

なみはや大橋はジョギングやウオーキング、トレーニングする人びとで結構賑わっていましたが、情報通り此花大橋では、長い橋の上を渡る間も登り口に至るかなり手前からも誰にも会わず、一人だとスリルありそうです。9.6KM約3時間のウオーク後、12時過ぎロッジ舞洲着。レストランで昼食後、陶器作りに行く人と芝生で昼寝する人に分かれ、3:05のバスで帰路につきました。ちなみに、野田阪神行きは毎時5分、35分発の二本でした。             MM子 

イメージ写真 なみはや大橋からの眺め
森田レポート イメージ写真 なみはや大橋の眺め 
                                         

閑人帳

第二回 駄目男の政権寿命予想

●菅政権の寿命は一年未満

 第一回、鳩山政権は2年未満と予想して、事実は9ヶ月の寿命でした。結果的に、甘い見立てだったので、今回はさらに厳しく、一年。菅さん、かか、かんにんな。こんな予想は当たらないことを願いますが、さて・・・。

短命予想のモトは、鳩山前首相と同じく、菅首相自身の政治家としての資質の低さ。経済、外交、安保問題などの対応能力はアマチュア並みと頼りない。政治主導を唱えながら、実際は官僚の支援なしでは何も発想、判断できない無能ぶりは財務大臣で証明済み。自分に知識や経験のストックが無いために、官僚を含めた取り巻きの批判や助言、また、世論調査の数字で言うことをコロコロ変えて迷走を繰り返す恐れあり、これも鳩山さんのコピーみたいになりそう。普天間問題、経済成長策、消費税アップなどでは、自民党政策のマネみたいな政策しか出せず、「政治と金」問題もうやむやにするはず。加えて、小沢一郎の逆襲があるかもしれない。

閣僚と官僚トップの中には、はやばやと菅首相を見下げてる(見切っている)人もいるのでは、と思います。一丸となって菅さんを支えてゆく、という雰囲気はありませんね。長い議員生活の間に勉強する時間はあったはずなのに、政治家としての教養を培わなかったツケがピンチを招く。「鳩山よりマシ」の評価が「鳩山とチョボチョボやんか」で黄信号「やっぱり、あ菅かった」で THE END になります。
 
年内の政治日程で力量を問われるのは、
★7月の参議院選挙
★8月の普天間問題方針決着
★9月の民主党代表選挙 
一番高いハードルは普天間問題かも・・。

■菅首相のプロフィール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E7%9B%B4%E4%BA%BA

■菅首相の公式サイト
http://www.n-kan.jp/

たまには外メシ


 ●六甲山ホテル「レトワール」のディナー

 某会の一泊プランで、前記、高山植物園見学のあと、六甲山ホテルへ。
夕食は企画商品「あじさいプラン」でのフレンチ。メニューを見ても、なんのこっちゃねん(汗)の面妖なレシピでありますが、なかなか美味しい料理でした。何よりボリュウムの小さいことがオジンには助かります。
 山上のホテルゆえ、ハイキングスタイルで食することができ(そんな人、他にいなかったけど)、お気楽なディナーです。朝食はバイキング。帰りはリムジンで阪急六甲駅まで20分くらいなのでラクチン(6月19日)

■六甲山ホテル(6~7月)のご案内
http://www.hankyu-hotel.com/cgi-bin2/cms2/rest.cgi?hid=27rokkosanh&page=osusume&code=bJI6fRe4Id

■あじさいディナー MENU  6/1(火)~7/31(土) 7500円
★本日のアミューズ
★仔羊とラタトゥイユのテリーヌ ホテル菜園のサラダを添えて
★写真略ー茄子のスープ フォアグラ添え
★イサキのキャベツ包み 海老添え トマト風味のバターソース
★写真略ーズッキーニのグラニテ グレープフルーツルビーを添えて
★牛ロースのポピエット 赤ワインのリゾット添え ハーブ風味のソースで
★写真略ーあじさいディナー特製デザート
 パン/コーヒー又はハーブティー

六甲山ホテル 

旧館には1929年建築当時の部屋が保存されている。
六甲山ホテル 

六甲フレンチ 

六甲フレンチ 

六甲フレンチ 

六甲フレンチ


ア・ラ・カルト


●六甲高山植物園・・霧中散歩

 雨を承知で出かけましたが、山は濃ゆ~い霧に包まれて、記憶にある植物園の風景はほとんど分からずじまい。開店休業状態のなかで、幻想的な森の風景を愉しみました。(6月18日)

霧の六甲山


駒草
六甲コマクサ


イブキトラノオ
六甲イブキトラノオ


エーデルワイス
六甲エーデルワイス 

閑人帳


●世にも恐ろしい「死のセール」?

~韓国艦「天安」撃沈事件のウラ読み~

 昨日(6月16日)たまたま見た、関西テレビ「アンカー」報道で青山繁晴氏が解説していた「天安」撃沈に関する説明は、もし事実なら、戦争勃発の動機に十分なりうる怖い話でした。

100パーセント確定したわけではないが、仮に「天安」が北朝鮮の魚雷攻撃によって沈没したのだとすれば、その動機は何なのか。なぜ、撃沈させる必要があったのか。この問いの答えがメディアにぜんぜん無かったように思えます。

青山氏の解説はこうです。北朝鮮は潜水艇と魚雷の高性能ぶりを誇示するために、売り先にデモンストレーションを行ったのだと。「どないです、ウチの製品は、こんなに高性能でっせ」と。この現物実験ショーによって、46人の韓国人軍人が犠牲になった。自慢の性能とは、潜水艇の探知のされにくさと魚雷の命中精度、破壊力だ。見本市のショーステージでやる商品テストを最も非人情、残酷な方法で実施した。

買い手は誰か? イランであります。言わずと知れた「核開発仲良し組」だ。では、イランは北朝鮮製潜水艇を何に使うのか。答えは、イランが敵対するイスラエルや米国などとの緊張がたかまり、せっぱ詰まったときにホルムズ海峡を封鎖するという強硬手段に出る。その封鎖作戦に小型の潜水艇を使う。最悪は実戦用としてタンカーを爆破、沈没させる。それに至るまでは脅迫の道具として使う。「言うこと聴かへんかったら、潜水艇ゾロっと並べてタンカーを通せんぼしまっせ。どない?」てな感じ。

戦艦や大型の潜水艦なら目立って隠れようがないが、潜水艇なら浅い海でもウロチョロできて見つからない。相手に先制攻撃されるリスクがない。ま、そういうアイデアで駆け引きを有利にしようと企んでいる。もし、ホルムズ海峡が封鎖されたら、日本は一挙に石油供給大ピンチになり、価格が暴騰する。むろん、中国、韓国など、アジア各国も「えらいこっちゃ~」状態。しかし、日本は、米国やイスラエルに比べたら、イランと険悪な関係にあるわけではない。なあなあと仲を取りなすことができる立場にある。むろん、イランにとって日本は大のお得意様である。ということは、この場面でこそ、日本は外交力を発揮してピンチ脱却の役目を果たせるはず。

しかし、わが「菅首相」は全く無関心、というか、もとより知識も経験も無いカテゴリーの話だから、とりつく島もないありさまだ。 ざっと、こんな解説でした。(記憶頼りに書いたのでミスがあるかもしれません)

このような北朝鮮の「動機の解明」は当然、韓国でもなされているはずですが、情報は見あたらない。あえて知らん顔しているのかもしれない。北朝鮮へ報復せよ、の世論もちょっぴりしかない。青山氏は、韓国の若者に厭戦気分が広がっている、と述べていました。
 もし、日本の自衛艦が北朝鮮の「新商品性能テスト」のために撃沈され、多くの死者が出たら、政府、国民はどう反応するでしょうか。韓国みたいに「ことを荒立てない」気分になるでしょうか。

過去の数度のミサイル発射も、単に威嚇のためではなく、バカ広いショールームでの新製品発表会でありました。「飛行距離や命中率など、お客さまのご予算に合わせて、長短いろいろ取り揃えております。お気に入りがございましたら、まずはフリーダイヤル 0120・・いいな、いいな、テポドン係まで。詳しい説明書、お送りします」 ってか。

■潜水艇(民間用)の宣伝もしている北朝鮮のHP(サーチナ経由)
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0619&f=business_0619_133.shtml&pt=large

■犯人は北朝鮮と伝えるニュース
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/100521/55480.html

アジア ウオッチング


●「イラ韓」に宇宙旅行はムリ

 「はやぶさ」が輝かしい成果を土産に、3億キロ彼方から帰還した三日前、韓国では人工衛星用ロケットの打ち上げに失敗、国民を失望させた。昨年に続き、2回連続の失敗で、お決まりの「責任のなすりあい」もはじまっている。

2段ロケットの一段目はロシア製、発射台もロシア製、二段目ロケットと人工衛星は韓国製、発射管制はロシア・・という、国産、舶来ごちゃまぜのシステムで、これですんなり飛び立つほうが不思議に思えます。
 なぜ、韓国は自前で全部を開発しないのか。答えはカンタン、開発能力がないから。技術レベル以前に「基礎からコツコツと学ぶ」のが本当に苦手なのが韓国人の国民性ゆえ、難儀なモノや技術は輸入で賄い、出来そうなところだけ自分たちで作る。こういう発想で開発に取り組んだ次第であります。

一方、ロシアのロケットメーカー(民間)は韓国による技術の盗みだしを恐れ、技術情報は必要最小限しか公開しない。つまり、両国のエンジニアどうしのコミュニケーションが密ではない。設計図やマニュアルはロシア語で記すなど、とうていフレンドリーとは言えない付き合い方をする。韓国から見れば、ロシアのメーカーは下請けみたいな位置づけなのに、システムの肝心なところは全部ロシアが押さえていて、注文主のほうが弱い立場になっている。今回の失敗でも、ロケットの残骸収集を韓国はさせてもらえなかった。いちいちロシアの許可が要る。

日本だって、ロケットの打ち上げは、最初は失敗ばかりで「ええ加減にせんかい」の非難が起きた。しかし、失敗を教訓にコツコツと改良を重ねたことで現在のポジションを得た。このコツコツ努力が、韓国人にはできない。したくないのである。そして、仮に成功すれば、ロシアのロケットを使ったことなど知らん顔して「我が国は宇宙先進国の仲間入りを果たした」と宣伝する。
 
サムスンやエルジン、現代(ヒョンデ)の成功は、ロケットでいえば、みんな二段目からの開発によるものだ。ベーシックな開発は日本はじめ、外国が苦労して開発したものばかり。韓国が独自に開発して世界中に普及、貢献している商品など一つもないことを認識しておきたい。
 地味な研究をすっぽかして、華々しい結果だけを求めるイラチ国家「イラ韓」に悠久の宇宙旅行は似合わない。

■韓露が責任なすりあい・・記事
http://sankei.jp.msn.com/topics/world/11901/wld11901-t.htm

■打ち上げ前の自信満々の「朝鮮日報」記事
http://www.chosunonline.com/news/20100609000048

大阪日暮綴

●江戸時代にもあった「子供手当」

 「関西大学おおさか文化セミナー」を聴講する機会があって、その中の「歴史人口学で読む江戸日本」というテーマで、日本の人口推移についての興味深い話がありました。昔から現代まで、人口は順調に増えてきたわけではなくて、飢饉や戦争でガタリと減ってしまうことがあります。もっとも近い経験では、太平洋戦争で数百万人の犠牲者が出、以後の人口構成や世代論に影響を与えました。

民主党の目玉政策「子供手当」が満額支給出来る、出来ないで関心を集めているけど、この政策、実は、江戸時代にも一部で施策になったことがあり、生めよ、増やせよが奨励されました。
 例に出された二本松藩(福島県)の記録(1745~1832年)では二人以上の子持ち、一番優遇されるのは五人以上の子持ちの家庭で、人数が多いほどお米の支給が増えました。但し、年齢制限があって、三人の場合、六才以下を優遇とか四人では十三才で支給打ち切りという塩梅です。十三才以上は子供といえど、労働者(生産者年齢)でもあるので、支給されない。

子供五人の場合、年間2~4石の支給があったようです。同じ五人でも、最も効率的に受給するには「年子」にすることが良く、3~4年も年が空くと、もらえない子供が増えます。この辺、支給する側(藩)もクールに考えていました。昔は、乳児の死亡率が非常に高かったので、年子がそのまま順調に育つことは希であり、これも「満額支給」を難しくしたでしょう。

実際に、いかほどの手当になったのか。お米を現代のお金に換算すると、五人の子供では、年間40~120万円に相当したそうです。(一両=十万円で計算)これは最高にラッキーなケースの場合だから、普通の家庭では半分以下の額がが多いと思われます。なんか、平成の子供手当と似てるような気もします。

該当家族にいくら出すか、支給額の決定には「住民票」や「戸籍謄本」が必要です。江戸時代は「宗門改帳」(しゅうもんあらためちょう)が資料になりました。全ての家庭はどこかの寺の檀家になることが強制され、これが住民台帳として個人情報のベースになりました。明治まではキリスト教が禁止だったので、信者は「隠れ切支丹」となって、ウソの記帳がされたわけです。

この台帳は地域の世話役である庄屋が作り、保管しました。江戸時代の人口がかなり正確に分かるのはこの資料のおかげです。出生や死亡だけでなく、昔は養子縁組が多かったので、いちいち記録する庄屋さんには、なかなかしんどい仕事だったと思われます。一方、地区住民のプライバシーは全部知っていたわけで、現代人には、ゾッとするような、オソロシイ帳面です。(6月8日 関大天六キャンパス 309教室 講師=経済学部教授 浜野 潔氏)

宗門改帳 コピー
関大口座2
 
講座会場風景
関大口座1 


★快道ウオーカーからの便り

●やまなみ快道レポート 

■六日目 JR新三田駅~古市駅  
               
2009年6月14日

 梅雨入り後の貴重な晴れの日、暑さに負けず古市まで歩く事にしました。広野の駅から福知山線沿いを快道は進み、相野、藍本と駅を巡って、虚空蔵山が真正面に見ながら、川沿いの気持ちいい道を通り、藍本の駅から虚空蔵山へと登るつもりだったのですが、だいぶ遅くなったので、そのまま草野の駅から古市の駅へと到着しました。
 
途中、夏草が茂り少し歩きにくい所もありましたが、線路の横を歩くこともあり、時折特急が通るので、見所も多く退屈しない一日でした。次回は今回挫折してしまった、虚空蔵山へと登ります。

                                                                                 ~やまなみ最後のたびびと~

やまなみ6月 

やまなみ6月 

やまなみ6月 

やまなみ6月 

やまなみ6月 

やまなみ6月 


プチ・ケチの研究


●「プチ・ケチの研究」で、人生パ~!!

 いまや、珍しくない事件でありますが、鉄道会社の社員が不正乗車を繰り返し、バレて懲戒解雇・・下の共同通信記事を引用すると「JR東海社員85人が不正利用により運賃の支払いを免れた総額は25万2930円で、同社は全額を弁済させた上、4人を懲戒解雇、一人を諭旨解雇、37人を出勤停止30日、40人を同10日とするなど、既に処分された7人を含め、85人全員を処分した」とあります。

85人で25万円の被害額。一流企業の社員がこれで人生マックラになりました。懲戒解雇の人でも、不正は5万円以下と思われますが、苦労して入社した一流企業なのに、これぽっちのカネで失業の身です。軽い処分の者は、500円とか1000円のパクリがばれたのでしょう。たったこれだけで、生涯ヒラ社員確定の可能性大です。リストラのときは、真っ先に候補になるでしょう。職場でも、毎日「針のむしろ」に座る思いです。

ちょっとした出来心が動機だとしても、余りにオロカすぎる。妻子や親兄弟の衝撃、悲嘆、想像するだに酷いものがある。友人も慰める術さえなく、黙って離れていく。いや、ムショ入りしないだけマシ、という考えもできるけど、救いにならないでしょう。

電車賃の節約の方法を研究、実践し、割引チケットで外出して、無駄な買い物して帰る・・なんてのは「笑えるオロカ者」ですが、消費経済に貢献していると考えれば「正しいオロカ者」かもしれない。(何を言いたいねん)「プチ・ケチの研究」も研究テーマをよ~く考えませう。ケチンボの「事業仕分け」を誤ると、人生マックラ、地獄行きです。(6月12日)

JR不正乗車発覚

閑人帳


●すごいぞ!「はやぶさ」宇宙旅行のCG映像

 13日(日)に帰還が期待されてる小惑星探査機「はやぶさ」の壮大な旅は文章や写真では全然イメージできないが、市立科学館のプラネタリウムホールで上映しているCG映像を見ると、少しはリアルに理解できます。

ベッドのような座席に座って(寝て)全天に映される星空と「はやぶさ」の動態を観てると、ナントカ大臣の事務所経費問題なんか、どーでもええじゃん、気分になりますね。「講釈師、見てきたようなウソを言い」の宇宙版であります。特に、小惑星「イトカワ」の描写がすごくリアルで、なんだか本物と信じてしまいそうになります。

秒速30キロ、即ち、東京~大阪間が15秒というモーレツなスピードで目指すのが、長さわずか530mという、イモみたいな形の「イトカワ」その表面に一瞬タッチして岩石の粉?を採取し、地球へ戻ります。7年がかり、60億キロの旅を終えて「ただいま~」と帰ってくるのは、オーストラリアの砂漠らしい。

「こんな、生活には何の役にも立たない人工衛星をつくる予算は、社会福祉に回すべし」と思ってる、干からびた精神の持ち主にもおすすめしたい壮大な宇宙映像です。(45分 一般600円 65才以上の大阪市民は無料)

■「HAYABUSA」の公式HP
 http://hayabusa-movie.jp/

■大阪市立科学館のHP
 http://www.sci-museum.jp/

大阪日暮綴


●アジサイが見頃です・・長居植物園

 スイレンも見頃です。バラももう少しのあいだ鑑賞できます。
これから花菖蒲の季節ですが、数が少なくて残念。(6月9日)

長居植物園の案内はこちら・・・
http://www.nagai-park.jp/n-syoku/index.html

アジサイ 

アジサイ 

アジサイ 

読書と音楽の愉しみ

 

●茂木大輔著「拍手のルール」を読む

 NHK交響楽団の奏者のなかで唯一のイチビリおじさんは、なかなかしゃれた文も書き、これで3~4冊目の著作になります。サブタイトルに「秘伝 クラシック鑑賞術」とあって、ビギナーにお節介な鑑賞術を伝授するのでありますが、そのメインが「拍手のルール」というわけです。

拍手にルールなんかあるのか? やさしく「マナー」と言えないのか。そんなクレームが出そうです。ま、どっちでもええか。「正しい拍手の仕方」について約50頁を費やし、マジメかつ面白半分に持論を述べているのですが、クラシック音楽の敷居が余計に高くなるかもしれません。

かれこれ50年くらいクラシックのコンサートに通ってる駄目男の経験から言えば、拍手にはルール(マナー)が必要という論に賛成です。たった一人の野暮なリスナーのために、コンサート自体がぶちこわしになってしまうってこともあるからです。(そんなリスナー、最近は減りましたけど)

その野暮って、楽章間でうっかり拍手してしまうことやろ? いいへ、ちがひます。全曲が終わったときの「フライング拍手」が最悪なのでござひます。音が鳴りやんですぐ拍手してしまうことがフライング拍手。そんなん、フツーじゃん、何が悪いねん。むろん、すぐ拍手する曲も多いのですが、曲によってはしないほうが良い場合があり、数秒~10秒くらい無音(余韻)をつくります。聴衆も音楽をつくる側になるのです。

自分の聴いたなかで、一番拍手の難しいのが、マーラーの交響曲第9番。彼の最後の交響曲で、全体が耽美的というか厭世的というか、マーラーらしい旋律で構成されていて、最後は死をイメージしています。
 自分はこれから死にゆく身である。もう何も思い残すことはない。やすらかにあの世へ行きたい・・死にますよ・・もうチョットだ・・死んでしもた~・・で終わるのでござひます。コンサートホール、この時はお通夜の会場になるのであります。 なのに、誰かがパチパチパチ・・拍手ではせっかくのお通夜気分、ぶちこわしではありませんか。著者、茂木サンもこの曲を例に引いて同じことを述べているので、拍手禁忌の見本でしょうね。

わが愛しのブルックナー9番の最後も同じです。最後はホルンの音で終わるのですが、その後の沈黙の時間がシビレます。オーケストラも聴衆も凍り付いたように無音無動。聴衆から拍手がはじまらないときは、指揮者が仕草で合図して、ようやく拍手が起きます。指揮者にとって最高の賞賛になる、沈黙と熱い拍手の時間です。

ポピュラーな曲では、チャイコフスキーの6番「悲愴」やベートーベンの6番「田園」なども、すぐ拍手しないのがマナー。但し、ヘタな演奏ではこの限りに非ず、ということで。逆に、ベートーベンでも9番「合唱付」は鳴りやんで1秒以内に拍手しないとズッコケてしまう「すぐ拍手」曲です。

拍手の質量は、定期演奏会と名曲コンサートでは異なるし、ザ・シンフォニーホールと兵庫芸術センターホールとでも明らかに違います。一番感じの良い拍手を生むのは ①優れた指揮、演奏 ②響きの良いホール ③成熟した聴衆 の三条件が揃ったときでしょう。 ジャズや歌謡曲のコンサートではあり得ない、難儀なルールです。(中央公論新社 2008年4月発行)

拍手のルール本

たまには外メシ


●伏見「京町おくど 十二夜」

 お付き合いで、久しぶりに伏見の街を散歩しました。
NHK大河ドラマ「龍馬伝」のおかげで観光客が増え、賑わっています。もっとも、かの「寺田屋」は実は龍馬が活躍した時代の建物ではなく、後の「鳥羽・伏見の戦い」のあとで再建された旅館で・・とか、話題になりましたね。では、寺田屋さんは、今や閑古鳥啼いてるのか、といえば、いへいへさうではありませぬ。十分に賑わっています。観光客は「史実」なんかどうでもええのでございます。龍馬は寺田屋で暗殺されたと勘違いしてる人もいるくらいです。

昼食をとったのは、開業まだ浅い「十二夜」 古い民家を改造しておしゃれな和食の店にデザインされています。いかにも観光客目当ての外観、インテリアですが、当日は地元の家族連れの客が大半でした。まだ、名前が売れてないのかもしれません。ちなみに、この店、当然地元資本かと思いきゃ、実はヨソもの、滋賀県の業者です。酒蔵街にある「月の蔵人」というレストランも同じ経営者です。ムム「外資」にやられてるじゃん。
 当店のすぐ南隣が、ミシュラン二つ星の「魚三楼(うおさぶろう)」と書けば、あ、あそこや、と気づく人おられるでしょう。ここでも5000円くらいでランチやってます。懐石なら2万円以上かかりそう。

十二夜外観 京阪伏見桃山駅のすぐ近くです。
伏見十二夜

店内と中庭
十二夜店内 

伏見 


「龍馬御膳」2000円ナリ 豆腐は塩をかけて食べる
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こちらは、隣の「魚三楼」外観。 創業は江戸時代。
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今のうちに龍馬で稼がにゃ・・で「龍馬鮨」登場。(竜馬通り商店街)
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濠川を遊覧する十石舟。
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■十二夜の案内はこちら・・
http://r.gnavi.co.jp/c436300/

■魚三楼の案内はこちら・・
http://www.uosaburo.com/

大阪日暮綴


●三本立て、500円ナリ・・
西成のスゴイ映画館

 「大阪日暮綴」2010年5月4日の記事で紹介した「オーエス劇場」の近く、高速道路西向かいに、トビタ・シネマとトビタ・東映という二つの映画館があります。シネマは洋画、東映は邦画の上映館です。

何がスゴイのかといえば、標題のような料金の安さ。一般は800円ですが、シニアは500円(証明要)です。一般も火曜日、金曜日は500円です。一本当たり170円、これって、ビデオやDVD借りるより安いのでは?

スゴイ・その2は・・約200席ある座席のほぼ全部のシート(座面)が破れていること。中にはシート自体が無くなってる席もあります。確かめずにうっかり腰を下ろしたら、コンクリート直の床にドテ~ン。これは観客のマナーが悪くて、いたずらで壊されたのかと思いましたが、どの座席も壊れ方が似ているところから、もともと品質の悪い座席を設置したのでは、とも思えます。(真相は不明)休憩時間の場内照明が極端に暗いのは、この惨たる状況を見られたくないからではと想像するのでありました。あるいは、客どうしのトラブルを避けるために、暗さで互いに顔を見分けられないほうがいいのかもしれない。

スゴイ・その3は、上映作品の偏向ぶり。1960~80年頃の任侠モノが中心で、極道一代・ナントカ編とか博徒ナントカふうの作品ばかりで、一本のみは「子連れ狼」みたいな時代劇、又は渥美清の「男はつらいよ」寅さんシリーズが混じります。アダルト作品専門館なら普通にあるけど、ヤクザ映画専門って珍しい。もう映画館と言うより「映画博物館」というほうがピッタリします。

いま上映中の「新網走番外地・大森林の決闘」編は主演、高倉健、宍戸錠のほかに、由利徹と南利明と玉川良一が出ていて、これが狂言廻し役で楽しい。わ、そんなコメディアンいたなあ・・懐かしく思い出す人、何人くらいおられるでせうか。昔はこんなええ加減な作りの映画でも客を呼べたんやなあ・・と、妙な感慨を催したのであります。

以上の「スゴイ」をトータルした結果、この映画館は事実上、女人禁制となっています。先記の「オーエス劇場」といい、入るのに若干の勇気が要る小屋がある。しかし、全部見逃している「男はつらいよ」シリーズを観たければ、ここへ常連で来るしかありません。黒澤明、小津安二郎、鈴木清順、チャップリンなどの作品はまとめて観たことがありますが、このシリーズは時間がかかりそう。

■トビタ東映の案内はこちら・・
http://movie.walkerplus.com/th269/

西成映画館 

西成映画館 

閑人帳


●当たりました・・ ・・・・・・・・

昨年9月に書いた「鳩山政権の寿命は2年未満」予想記事

 下の青色文字のタイトル、文章は、昨年8月末の衆議院議員選挙直後の9月4日に、このブログの「閑人帳」に掲載した記事のコピーです。古い記事はたくさん削除もしているのですが、これは残ってました。
 鳩山政権の寿命は2年未満、の予想は当たりましたが、そのプロセスでは、内輪もめが主因という予想ははずれ、普天間問題が大きな要因になりました。
元記事のURLはこちらです。
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-entry-667.html

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再録・2009年9月4日掲載の「閑人帳」記事

 駄目男ノ予想デス・・鳩山政権の寿命は2年未満

 9月16日に新政権の発足が決まったようで、いよいよ鳩山丸の船出となります。しかし、順風満帆とはいかず、はじめから航路はジグザグ、風波強く船は大揺れ続きになり、おまけに船底に穴をあけるフトドキモノまで現れて・・あえなく沈没というのが駄目男の予想です。

昨日、小沢サンが幹事長就任を受諾した、の一件で民主党に投票した人は不安になり、自民党支持者はニンマリしたのではないでしょうか。「壊し屋」の表舞台への登場で民主党の運命はキマリって感じです。(舞台裏にいても同じですけどね)
じっさい、まだ政権発足前だというのに、もう民主党の前途に不安、頼りなさを感じてる人、民主党支持者の3割くらいいるのではありませんか。
 
党内人事、政権移行、政策実行、すべてにおいて問題山積で、もたつき、迷走、不協和音、もしかしたらスキャンダルも出て、鳩山さんは毎日、冷や汗、脂汗をかきっぱなし・・のしんどい日程になりそうです。その上、鳩山、小沢両人とも献金疑惑で検察の捜査対象になってる身です。これを忘れてはなりません。新政権のトップ二人が捜査対象なんて不名誉そのものです。

政権発足3ヶ月後の今年末にはや船体が3度くらい傾くかもしれない。半年後、予算審議では野党の抵抗はかわせても、民主党の案が国民の多数から反感をもたれる可能性大。ここで内輪もめが噴出、混乱に輪をかける・・船はさらに傾く。

なんぼなんでも、そんなに早く民主党がオシャカになることあらへんで、が普通の感覚だとしても、アンチ民主党の駄目男はどうしても点が辛くなります。 その辛口予想のなかで、寿命は2年とするのはむしろ甘いか?という気もします。ただ、2年間をなんとか乗り切ったら、そこそこ安定するかもしれません。その間にNO,2が育てばメデタシです。いや、それこそ甘いか。小沢サン、100人の子分を連れて自民と連立を画策・・。ならば民主208、自民と小沢一派で229。そんなアホな・・。

国民にとって一番切実な課題、景気が良くなって、雇用が増えて、モノがよく売れるようになった・・今の民主党政策では、こんな「世直し」は絶望的です。自民党時代よりもっと悪くなりそう。ヘタしたら再びマイナス成長に転落します。ここんとこを理解出来ていない人がかなりいます。あれやこれや、そんな民主党のダメぶりをマスコミはどれくらい擁護するか、楽しみです。これじゃ政権が変わった意味はないじゃん。こんな国民の不満が世論調査の数字で表れ出すのはいつからでしょうか。

とはいえ、二大政党による政治は支持したいので、自民党は公明党と絶縁し、民主党も社民などチンピラは追い出して、スッキリした体制で実力をつけ、4年後の選挙では、どちらが買っても6対4くらいの勢力で議場を占める。そんな国会になってほしいと願うのであります。(注)寿命2年は鳩山政権の寿命で、民主党政権の寿命ではありません。(9月4日)

読書と音楽の愉しみ


●島内景二著「中島敦『山月記伝説』の真実」を読む

 終戦後から今日まで、多くの中学、高校の教科書に採択されている「山月記」の裏話・・というには深刻なドキュメントです。もっとも、駄目男自身は教科書で読んだ記憶がなく(忘れたのか)本作品を読んだのは40歳くらいだったかもしれない。

この作品が何故多くの教科書に載せられているのか、の疑問解きが本書の核心です。答えを言うと、山月記の主人公、虎に落ちぶれた李徴は中島敦自身、李徴の旧友で出世した政府高官が釘本久春など、一高、東大時代の友人だった。この作品は、中島から釘本たちへの惜別と哀願のメッセージであった・・ということです。

作家としての自信や自尊心は満々の中島であったが、現実には鳴かず飛ばずの無名小説家に過ぎず、持病の喘息はだんだん悪化するばかり。しかし、30歳を迎えるころにようやく文壇で評価されはじめ、作品の出版が進みだしたとき、もう余命いくばくもない身であった。
 この場に及んで、己の性格の悪さや高慢ちきを反省しても間に合わない。だが、このまま死んでしまうのは余りに無念だ、悔しい。せめて、中島敦という作家が存在したということくらいは伝えたい。勝手なお願いだけど聞いてもらえないだろうか。

平たく書けばこのような意味、裏事情をもつのが「山月記」です。そして、中島(虎)に懇願された相手の一人に釘本久春(政府高官)がいた。釘本は中島と違い、勤勉な立身出世型の人物。東大卒業後、文部省に入り、トントン拍子に出世して「高官」になる。その立場を利用して(ここんとこ、ビミョー)中島の願いを叶えるべく、教科書に掲載する。もちろん、それは二義的なことで、なんといっても作品自体のすばらしさが推薦の第一義です。こうして「山月記」と中島敦の名は日本文学史に永久に残ることになりました。メデタシ、メデタシ。

・・にしても、生身の中島敦は33年の生涯をB級人生で終えた。不幸な生い立ち、境遇は同情に値するけれど、自己責任のウエイトも大きい。本書には巻末に「山月記」全文が収録されているので、懐かしいと思った方はご購読を。新書版でたった12頁の、短くも素晴らしい作品です。
 
書き出しは、こんな具合です・・・

「隴西の李徴は博学才頴、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賎史に甘んずるを潔しとしなかった・・・」  思い出しました?。(文春新書 2009年10月発行)

■中島敦の伝記・作品
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%95%A6

山月記表紙

泣かせます・・大阪昔風景画集


●泣かせます ~大阪昔風景画集~
    ~野村廣太郎「明治・大正 大阪百景」から~

■その7・・天神橋界隈の風景
原画・明治時代の天神橋と夜店
 明治時代の天神橋は、当時の最新工法を取り入れた鉄骨トラス橋だった。しかし、車はほとんど通らず、原画のように長閑な歩行者天国だった。原画の解説文は「大阪の夏は子供達には夕方から夜にかけてがもっとも楽しかった。夕刻、行水を済ませ、ゆかたを着て橋上で、つり糸でトンボとりをした後、夕涼みをする大人たちと共に夜店をみて、甘酒やあめ湯、枇杷湯などを飲むことがとても嬉しいものであった。(略)」

都会で、つり糸でトンボとり・・の経験世代は、昭和25年生まれくらいまででしょうか。これ以後は、お家でテレビ、の世代になります。行水、トンボとり、夜店、かき氷・・トンボとりのつり糸を放り上げるときのかけ声がなんだったか、ううう、思い出せない。
昔絵天神橋

現代の風景 原画の橋は明治21年(1888年)に開通、その後昭和9年(1934年)に現在の三連アーチ橋に架け替えられた。今年で76年になり、けっこう老舗の橋です。原画の橋のてっぺんにある橋名板は現在、橋の北西端に保存されています。天神祭のときは大混雑でこれは昔も今も同じです。
現代天神橋 

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原画・天満座前子供初午(大正時代)
  いまや、知らん人はモグリと言われる、天満天神繁昌亭の前の風景です。天満宮の裏側になりますが、当時天満座のほかに、吉川館、国光席といった芝居小屋があったそうです。子供の行列は、天満宮境内の「白米稲荷」の初午行事で、狐の面をかぶり、太鼓をたたいて町内を巡る初春のシーンを描いています。
昔絵天満街角


現代の風景・なんとも素っ気ない風景ですが、繁昌亭前四つ辻から北方向を見たところ。100mほど先が国道です。繁昌亭は画面右手、手前側にあります。  繁昌亭の向かいは現在空き地(駐車場)で、いささか殺風景なのが惜しい。ここに何か集客できる和風デザインの施設ができれば、雰囲気は俄然よくなり、さらなるにぎわいが期待できそうです。
現代天満街角 

連日大にぎわいの天満天神繁昌亭
繁盛亭 

★快道ウオーカーからの便り


MM子さんからは「なにわ快道」「さざなみ快道」両方のレポートを送って頂いてます。今回は約3ヶ月ぶりで「なにわ快道」商都コースの後半のレポート紹介です。飛田のディープシーンもスイスイ快歩。


●MM子さんの「なにわ快道」商都コースレポート 
  ~その2~ 本町から堺まで  5月23日(日)天気・雨

 心斎橋筋を7時50分に出発するや否やすぐ目に入ってきたのが180円コーヒーの看板。「入ろか」とすぐ一致するところが嬉しいではありませんか。 しばしの休憩後再スタート。いくつもの商店街をこないに一度に踏破したのは初めてで、キョロキョロし通しでした。印象に強く残るのは、動物園前。昭和にタイムスリップしたかのような懐かしい佇まいの店店店。他所との大きな違いは歩く人の殆どが男性であること。
 飛田の百番は17時開店の予定。従ってランチはなし。あまりにお腹が減ったので、帝塚山のイタリアンの店でランチ。開店まで待つこと15分。リゾットの美味しいお店でした。

 住吉大社は大阪の中にあって異空間。三度目の来訪の今回、改めていいところだと感じました。池田屋でお味噌をと期待に胸膨らませていきましたが、日曜定休。 交通費を払って出直すには遠すぎ大変すぎで、かなり残念。

 熊野街道から紀州街道に移り、ひたすら南下し安立着。尼崎辺りまで白砂青松だったと知り、これまた残念。地下を掘り進むと白砂がどっと見つかるでしょうか。大阪をはじめ、日本は自然を壊しすぎでしょう。
 大和川を渡って歩くは紀州街道。熊野街道同様、記念の石碑の風流なこと。よくぞ作ってくださったと思います。お陰様で、石碑を見る度、昔を歩いている気になれました。

 堺に入ってすぐ、店先で刃物屋(水野鍛錬所)の若旦那さんに招かれ、奥にある鍛冶工場へ案内していただき、約1時間、詳しい説明を受けました。代代その道一筋に伝統を受け継ぐ心ある息子に育てるためのノウハウもお聞きしたかった。堺市巡りはせずに、あやの町から阪堺鉄道に乗り、阿倍野へUターン。解散は四時頃となりました。みごと一日中雨でした。                M・M