大阪日暮綴

●えらい人気の「どっぷり昭和町」イベント

 地下鉄昭和町駅南口すぐ近くの、戦前の長屋建物が登録文化財になり、それを住居でなく、飲食店として活用して話題になったのが数年前。この四軒のうち三軒のオーナーさんが、ここを発信基地に、昭和町で昭和文化を楽しむ催事を企画したら、年々人気高まって、一万人の客が来たとかの大にぎわいです。仕掛けの上手さと情熱の賜でしょうか。

もう長屋界隈だけでは人波をさばききれず、近くの公園まで使ってのお祭りになっています。若い家族連れが多く、こんなにぎょうさん子供がおったんか、と妙な感心もして、賑やかでエコノミーな、下町のGW風景でした。(4月29日)

■長屋改造飲食店のうち、AKA のブログ。ほかに、こん、しろもあり。
http://www.originalchinesefood-aka.com/

■仕掛け人の「どっぷり昭和町」奮闘記
http://hon-net.jp/?m=pc&a=page_c_topic_detail&target_c_commu_topic_id=451#

この4軒長屋が登録文化財にしてレストラン
昭和町 

真向かいのテラニシさんが家主さん。こちらは立派なお家です。
和洋折衷の、典型的な戦前の「文化住宅」のデザイン。
昭和町 

2階の窓を取っ払って、賑やかにライブが。
昭和町 

昭和町 

近くの公園もフルにつかってお祭り会場に。

昭和町イベント 

似顔絵やさんも登場
昭和町 


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★太子快道77キロガイド


聖徳太子ゆかりの地をたどる、長~い散歩道

★「太子快道」ガイドのご案内 (再掲載)

 聖徳太子ゆかりの地をたどって歩く、77キロのオリジナルコースです。スタートは四天王寺、ゴールは太子生誕の地とされる、明日香村の橘寺。さらに、お礼参りコースと称して、近つ飛鳥博物館から太子の眠る叡福寺への道も案内しています。途中、信貴山や法隆寺などおなじみの名所旧跡と、ほとんど知られていないマイナーな旧跡にも立ち寄ります。

おおかた平坦路ですが、信貴山への登りだけが、ややしんどい坂道です。地図の表現は「なにわ快道」と同じです。快道メーカーが勝手につくった平成生まれの「歴史街道」をおたのしみ下さい。


★頒布のご案内  

価格 送料とも一冊600円  
「太子快道」+「なにわ快道」セット=960円

代金は後払いです。郵送時に郵便振り込み票を同封しますので、マップ到着後、お近くの郵便局でお支払い下さい。(手数料は当方で負担)

問い合わせ・申込先・・小西尉司(こにし じょうじ)
           電話・FAX 06-6692-1340
                  メール 
kai545@violin.ocn.ne.jp

■住所・氏名・冊数をお知らせ下さい。

B4サイズ モノクロ印刷 36ページ  2005年発行
太子快道1 

太子快道2 

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■コース概要ご案内
四天王寺~舎利尊勝寺~平野・大念仏寺~全興寺~久宝寺寺内町~大聖勝軍寺~恩智~信貴山(朝護孫子寺)~龍田大社~王寺駅~達磨寺~三室山~龍田神社~藤ノ木古墳~法隆寺~斑鳩の里(法輪寺・法起寺・上宮遺跡)~結崎~太子道~法楽寺~今井町~藤原京跡~飛鳥川~甘樫丘(向源寺)~川原寺~橘寺

■コース風景写真ご紹介
四天王寺

太子快道3 

平野 全興寺境内
太子4 

久宝寺 寺内町
太子6 

大聖勝軍寺 太子と四天王像
太子5  

信貴山への道
太子7 

信貴山 張り子の虎
太子8 

法隆寺
太子9 

斑鳩の里 法起寺
太子10 

今井町の町並み
太子11 

甘樫丘からの展望
太子12 

飛鳥 橘寺へゴール
太子13おわり 




大阪日暮綴


●天王寺 寺町界わい 
有名人の墓めぐりツアー

 「大阪あそ歩」の企画に参加して、今昔有名人の墓めぐり。ガイドさんの機転で線香を手向けながらのツアーでした。こんなの初めてです。
 地下鉄谷町線「四天王寺夕陽丘」駅に集合。谷町筋の吉祥寺は赤穂四十七士の墓がある浅野家の菩提寺。毎年十二月十四日に子供の義士行列が行われるのはこの寺でした。近年、写真のような戦闘スタイルの義士の石像がこしらえられ、参拝者には分かりやすくなりました。
墓めぐり 

墓めぐり 

青蓮寺には浄瑠璃の戯作者、竹田出雲とその一族の墓がまとめられています。近松門左衛門亡き後、「仮名手本忠臣蔵」「双蝶々曲輪日記」「菅原伝授手習鑑」などの傑作を書いた人です。こんな有名人の墓、もっと知られていいような気がします。
墓めぐり 

下寺町の大蓮寺には変わった墓があります。かの吉本芸能の創始者、吉本せいの発案になるもので、昔は芸人は位が低く、死んでも墓を建てられないような貧しい者が多かったので、個人ではなく、吉本芸人まるごと供養するかたちでここに墓がつくられました。普通なら墓石が建つところに、座布団の形をした石が鎮座している。なるほど、吉本らしい面白墓?です。
墓めぐり 

大蓮寺の隣の浄国寺に、地味な形ながら、傾城の美女、夕霧大夫の墓があります。江戸は寛永時代、吉原の高尾大夫、島原の吉野大夫とならんで天下の三名妓といわれたスーパーヒロインです。京都生まれで、活躍したのは大阪の新町花街。絶世の美女にしてインテリ、芸能百般に通じ、気高く、優しく、男は上下隔てなくもてなし、筆をとれば名文を書く、と満点だったのですが、美人薄命、わずか二十五歳で病死した。あまりに早すぎる死を悼んで大阪中の男が泣いたという。
墓めぐり  



読書と音楽の愉しみ

●太宰治作品を読む(その2)

②「富嶽百景」
 山登りなんかまるで興味無さそうな太宰治の富士山論であります。書き出しはこんなふうに始まる。「富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晃の富士も八十四度くらい、けれども、陸軍の実測図によって東西及び南北に断面図を作ってみると、東西縦断は頂角百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晃に限らず、たいていの絵の富士は鋭角である。頂が細く、高く、華奢である。

北斎に至っては、その頂角ほとんど三十度くらい、エッフェル塔のような富士をさえ描いている。けれども実際の富士は、鈍角も鈍角、のろくさと拡がり、東西百二十四度、南北は百十七度、決して、秀抜の、すらと高い山ではない。(中略)低い。裾の広がってる割に低い。あれくらいの裾を持っている山ならば、少なくとも、もう一,五倍高くなければいけない。

かように、太宰治は日本の名峰富士山をけなすのであります。それなのに、「思うところあって」太宰は旅にでた。行き先は御坂峠、富士の展望台みたいな場所だ。実はここの茶屋に文学の師、井伏鱒二が逗留していて、それが目当てだったらしい。
 ある日、二人は三ツ峠に登った。井伏は軽快な登山服姿であったが、太宰はそんな服あるはずがなく、茶屋のドテラ姿であった。「茶屋のドテラは短く、私の毛ずねは一尺以上も露出して、しかも、それに茶屋の老爺から借りたゴム底の地下足袋をはいたので、われながらむさ苦しく・・」あの、ええかっこしいの太宰がこんな恰好で山登りしたのか、もう笑うてしまいます。ふだん、人のなりふりを決して軽蔑などしない井伏センセイも太宰のこのブッサイクないでたちにはアゼンとしたらしい。

頂上のパノラマ台についたときの文章がケッサク。「急に濃い霧が流れてきて、頂上の断崖の縁に立ってみても一向に眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は濃い霧の底、岩に腰を下ろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさそうであった」師であるゆえ、屁をこく場面でも敬語を使うのであります。

撮影 東奔西歩さん
富士山れんげ

③ヴィヨンの妻
 本を読んだあと、朗読テープを借りて聴いてみた。これが感動もので、幸田弘子の上手さに感心。低い声でゆっくり気味に語るのでありますが、先に本を読んでるだけに、頭の中のスクリーンに場面が映しだされるが如く、リアリティがある。むろん、作品自体もよくできていて、一粒で二度美味しいみたいな、なんかトクをした気分になりました。

④グッド・バイ
 グッド・バイはどうみても駄作であります。筋書きがつまらないし、なぜか品に欠ける。そこらへんの通俗小説のレベル。・・なんて言ったら、太宰ファンに叱られるかもしれないが。グッド・バイを書いている途中で愛人と玉川上水に入水心中したから、これが絶筆。自分でも、しょーもない作品と悟って筆を投げたのか。わかりませんけど。

他に「走れメロス」「家庭の幸福」も読む。以上、みんな大活字本で読みました。
(青色文字は引用文)

太宰治表紙

たまには外メシ

たまには外メシ

●居酒屋割烹「氷見なんばパークス店」

 なんばパークスのシネコンの下にある店。氷見の名の通り、富山のネタを使ったメニュー中心で、看板のように居酒屋と割烹の境目みたいなレベルの店であります。3月ごろまでなら寒ブリが旨かったかもしれない。刺身の盛り合わせ、アジの塩焼き、野菜のかきあげ、富山かまぼこの炙り焼き、小芋の甘煮、などとって、酒は「立山」(他にビール、焼酎)とスタンダードなメニューで4000円くらい。値段も居酒屋以上、割烹以下・・ビミョーなセンいってます。

■氷見の案内はこちら・・・
http://r.gnavi.co.jp/k462215/

外メシ 氷見1 

氷見2 

氷見3 

氷見4 

氷見5 


★快道ウオーカーからの便り

MM子さんの Newさざなみ快道ー紀行文ー ③

●京阪枚方駅~八幡市駅(歩行は逆方向) 4月11日(日) 
雨予報が出ていたにもかかわらず7:40 枚方市駅集合するも、本降り。急遽予定変更し、八幡市駅へ。背割りの桜見物後帰るつもりが、雨のち曇り時に晴れ間もでて、結局枚方市駅まで逆行。約19キロ歩くことになりました。

背割りの桜は散り始めていたものの十分美しく、早朝の為人出も少なくてつい長居。川原に下りティタイム。懐かしい泉屋のクッキーが出てきて、幼い日この辺りの遊泳場に来ていたことを思い出しました。景観は変わりませんが、その頃の川の水は完璧透きとおっていました。

昼は、くずはモールで五穀米定食。てんぷら、煮魚など四品とデザートがついて千円あまり。安いうまいで大満足。午後、まっきっきのからしな咲く堤防上で仮眠をとったり、芽吹きのみどりがさわやかな川縁をぽてぽて歩いたり、流れに見入ったりしながら、3時頃枚方市駅到着。淀川はいつも豊かな空気に満ちています。空は広く、遠くまで景色が眺められ、歩く人、走る人、自転車で往く人、皆それぞれでいて平和っぽく、ここはどこ?って思います。今日も充実の一日でした。謝謝。 M・M

さざなみ4月 

さざなみ4月 

さざなみ4月 

さざなみ4月 


泣かせます・・大阪昔風景画集


●泣かせます ~大阪昔風景画集~
     
~野村廣太郎「明治・大正 大阪百景」から~

■その4・・東横堀川と高麗橋
原画・高麗橋川辺の蔵並(明治時代)
 今までご覧になった昔の大阪風景画で涙をちびっていただいたでせうか。かくいう駄目男は、花粉症で涙ぼろぼろ状態でありますが。
 下の原画「高麗橋川辺の蔵並」は偶然、モトになった写真が見つかりました。季刊誌「大阪春秋」平成20年秋号の58頁「東横堀川追想」という記事にそっくりの風景写真が出ていたのです。野村画伯はこれをもとに描いたこと間違いないでしょう。誇張も省略もなく、写真をリアルに油彩で描き直しています。
 こんな風景があったんやなあ・・感無量です。
高麗橋 
 
「大阪春秋」に載っている明治時代の写真。
高麗橋 


現在の風景
 前回に紹介した湊町界隈の道頓堀川と接する西横堀川は完全に埋め立てられて、上を高速道路が塞ぎ、川跡は駐車場などになっていますが、こちらは、高速道路はつくったけど、川は残しました。なぜか。これを埋めると、南端で接する道頓堀川を維持できなくなるからです。道頓堀川の水は大川から東横堀川を経て西に流れ、木津川に合流しています。川べりに並ぶ蔵屋敷の風景が100年後はこんな風景に。ま、しゃーないがな、どうにもならんさかい・・。ちびる涙も涸れそうでございます。
高麗橋3

原画・高麗橋櫓番所跡(明治時代)
高麗橋欄干の「櫓」の原風景はコレでした。橋の欄干部に石造りの櫓が置かれていて、何を表しているのだろうと思っていましたが、明治時代には橋のたもとにこんな櫓があり、各地への距離を示す「里程元標」も設けられて、ちょっとした情報センターの役目を担っていたみたいです。
 高麗橋4

現在の風景
 原画と同じアングルでは撮影できないので、橋寄りから撮りました。(西から東方向を見る)かつての櫓をモニュメントとして橋のデザインに取り入れただけでも少しは救われるかと思います。ただ、この橋を通行する人は欄干の櫓の意味など分かってないだろうし、興味もないでしょう。
高麗橋5 

高麗橋6

ところで、東横堀川という名前、南北方向に流れているのに何故「横堀」なのか。なんか不自然やなあと思っていたところ、昔の地図はおおむね東を上にして描いたから、南北方向が東西方向になり、だから「横堀」であると。なあるほど、納得です・・・なのに、どの資料で読んだのか思い出せない。地図は北が上、という概念は明治以後で、それまでは川の上流や都(京都)を上に、海を下側にするレイアウトが一般的だったようです。

読書と音楽の愉しみ

●スイスイ読める「大活字本」で名作をまとめ読み

 年をとって視力が落ちてくると、読書がだんだんしんどくなってきますが、図書館には大活字本を揃えたコーナーがあって、これを借りるとまことに快適、スイスイ読めます。で、はまるというか、クセになって手当たり次第に読む。

その中に、川島隆太監修「脳を鍛える大人の名作読本」というシリーズがあって、明治以後の名作小品が載っているので、まとめ読みしました。脳を鍛える云々はともかく、大判かつ薄手、文字がデカイというのがとても有り難い。昔読んだ、また誰でも知ってるような作品が多いけど、子供時分に還ったような気分で読むのもオツなものです。

今回読んだのは
鈴木三重吉・・「黒髪」
芥川龍之介・・「杜子春」「ピアノ」「蜘蛛の糸」「トロッコ」「鼻」
林芙美子・・・「旅情の海」
梶井基次郎・・「桜の木の下には」「蒼穹」「檸檬」
新美南吉・・・「手袋を買いに」
森鴎外・・・・「高瀬舟」「山椒大夫」「牛鍋」
宮沢賢治・・・「注文の多い料理店」
島崎藤村・・・「足袋」
菊池寛・・・・「形」「藤十郎の恋」
直木三十五・・「巌流島」
川端康成・・・「伊豆の踊子」

数は多いけど、短編ばかりだから、二日(数時間)で読めます。
 懐かしさ、でいえば、芥川龍之介の「杜子春」が一番。もしや小学校の教科書で読んだのでは、と思いますが、これが本好きの原点になったのは間違いない。・・といっても、当時(昭和20年代)は本そのものが無くて、マンガから「銭形平次」や「講談倶楽部」なんて大人向けの雑誌までなんでも読んだものです。6年生時分に「アルセーヌ・ルパン全集」を読んだ記憶があります。手塚治虫「鉄腕アトム」の最初の読者は自分たちの世代ではないかと思います。(昭和14年生) それはいいけど、いつ勉強してたんやろ・・。

はじめて読んだ作品の中では、直木三十五「巌流島」が印象強い。簡潔な文章に宮本武蔵の何者たるかが明快に描かれている。菊池寛の「形」も名作短編の鑑みたいなスグレモノであります。

東北大教授である川島隆太センセイの解説によれば、平成15年からはじめた仙台市との共同研究で、読書習慣のある高齢者は特別なトレーニングをしなくても脳機能の低下を予防できることが分かってきたとか。本書の場合、最初の一頁は音読して下さいとあるが、はて、どんな効用があるのでしょうか。(くもん出版 2005年発行)

名作短編表紙 


読書と音楽の愉しみ

最近の演奏会から・・

●大フィル 4月定期演奏会
 三橋氏の政治講演会聴いたあと、ビジネスマンは仕事に戻るところ、ヒマ人駄目男は松屋の牛丼並盛り食べてシンフォニーホールへ。プログラムはベートーヴェンのPC5番「皇帝」とコープランドの交響曲第3番。「皇帝」を弾いたアンドレアス・ヘフリガー、えらく神経質そうな感じの人だが、歌うがごとくの華麗で繊細な弾きっぷりでオケの反応もよく、誠に気持ちのよい演奏でした。(軽さが気にいらん、という評もあったかもしれない)

コープランドの交響曲、いかにものアメリカンサウンドで、しかし、ガーシュインのような洒脱さはなく、プカプカ、ドンチャカ鳴ってるだけであります。さきほどの「皇帝」の好印象醒めやらぬあいだにこれを聴くと、なんだか懐石料理のあとで焼き肉を食べるがごとし・・で、消化不良になりそうでした。こういう組み合わせはまずいです。指揮・大植英次。

来月の定期演奏会プログラムがオススメです。
(5月20日と21日の両日)
■ムソルグスキー 交響詩「はげ山の一夜」
■ラヴェル 組曲「クープランの墓」
■ムソルグスキー(ラヴェル編曲)「展覧会の絵」

大フィルのホームページはこちら・・
http://www.osaka-phil.com/concert/


大阪日暮綴

●三橋貴明 講演会

 珍しく、政治講演会に出かけました。三橋氏はここで紹介したことのある「ジパング再来」などの著者で、今夏の参議院選挙で自民党全国区比例代表として公認されています。
 一番の関心事は、党派や政策のことより、三バン(地盤、看板、鞄)がゼロで当選できるか否かです。支援組織ナシ、知名度ナシ、資金ナシ・・当選に必要な条件がないない尽くしの状況で出馬してどこまで戦えるか、が興味津々です。唯一頼りにするのはブログの読者だけで、それで何十万票も取れるのか、駄目男の予想は当選確率50%、どっちとも言えない。

いったい、どんな男なのか。確かめたい気もあってヤジウマ気分で出かけました。ヒマ人やなあ・・。4月16日、平日の午後、雨降りという悪条件で人が来るのか、という危惧もありましたが、中央区の産業創造館の会場は180名の定員が満席になっていました。中心は30~50歳のビジネスマン。仕事さぼって来たんちゃうか?と思われても仕方ない。女性は1割ほど。自分と同じ70歳くらいのオジンは数名でした。パソコンのユーザーしか案内情報が届かないのでこれは仕方ない。

講演内容は、政治講演というより、経済セミナーという感じ。挨拶も抜きで、いきなりデータ(グラフ)の説明。中心のテーマは「デフレ経済下における政府財政出動の意義」みたいなことでした。経済成長無くしてデフレ脱却は不可能という論です。聴衆は全て彼のブログの読者なので内容は十分理解できたと思います。しかし、この内容で一般向けの講演会をすれば居眠り人続出しそう。

落選すれば原因はこの支持者層の狭さです。カバン(金)は自民党が援助してくれるとしても、地盤、看板は無に等しい。商業でいえば「すきまビジネス」に近く、わずかのブログ読者をねらい打ちするという得票の仕方になります。あとは本の読者が頼み。街頭演説は動員数が少ないからアテにできない。

なんにせよ、選挙史上最初のネット出身の候補者になります。義理人情のしがらみ無しでどこまで得票できるか、注目したいと思います。

■三橋氏のブログ「新世紀のビッグブラザーへ」
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/

■最近発行した「アメリカ、中国、そして日本経済はこうなる」
日下公人・三橋貴明 対談集
三橋本

会場風景
三橋講演会 


★快道ウオーカーからの便り

●やまなみ快道レポート 

■四日目 JR武田尾駅~JR三田駅  
                  
2009年4月19日

 先週は武田尾の桜がまだ早かったので桜を見に2週連続で、歩く事にしました。今日は昼からなので武田尾の駅は人が多く、初夏のような日差しの中、すっかり行楽気分で歩けました。ところが川をはなれて山の方に向かうと、急に人の気配がなくなり、山間の道を、汗を掻きながらの寂しげな、やまなみ快道となりました。

やがて峠を越えて、山あいの農村を横切り、池のほとりで休憩して、ふたたび山道をとおり三田の町へとたどり着きました。国道を歩くところは少し車が多かったのですが、全体として山のふもとの田園地帯をぶらぶらのんびり歩くといった感じでした。この調子で日本海まで行きたいモンです。
                     ~やまなみ最後のたびびと~

やまなみ4月の2 

やまなみ4月の2 

やまなみ4月の2 

やまなみ4月の2 




大阪日暮綴

●これは楽しみ、箕面滝道に「川床」ができます

 社会実験という堅苦しい名分のもと、箕面滝へのハイキングコース沿いに5軒の店が誕生。ただし、今回はテストなので、4月29日から5月16日までの期間限定で営業するそうです。川床といえば鴨川べりや貴船のそれを想像しますが、箕面にできたら大阪の人は気軽に使えるので、これはグッド・アイデアだと思います。テストでいろいろ改善点見つけて、定着してほしいですね。

今まで、滝道沿いはゆっくりくつろげるスペースがなく、なんか、ずっと歩きっぱなしになりがちなので、家族連れやグループには使い勝手がいいのではないでしょうか。ゴールデンウイークの予定まだ無いひとは試しにいかがですか。

このホームページをあけて、文中から別URLに飛んで下さい。店の名前や場所がおおむね分かります。(PDF)
http://www.city.minoh.lg.jp/syoukou/kawayuka.html

読書と音楽の愉しみ

●岩崎正人著「定年性依存症」を読む

 定年を迎えたサラリーマンがアフター60の新しいライフスタイルを作れず、酒やギャンブルに溺れてしまうケースが増えている。本書で扱われているのは
①アルコール依存症
②出会い系依存症
③ギャンブル依存症
の三つ。最近増えているのがアルコール依存症で、矯正施設である断酒会のメンバーのうち、60歳以上の人は1995年には26%だったのに現在は50%を越えている。仕事にかける情熱や達成感が、定年によって全部無くなって、酒浸りの生活にハマッてしまい、家族に疎まれ、健康を害し、人生ガタガタ、マックラ。

出会い系依存症は前提にメール依存症があり、まじめでジミで・・と絵に描いたような公務員人生を送った男が、ヒマにまかせて出会い系サイトを覗いてるいるうちに魔が差して・・というケースを取り上げている。まじめでジミはプラス評価にもなるが、友人がいない、ヨメはんが冷淡、という環境が転落に導いた。

ギャンブル依存症とはたいていパチンコ狂いのことで、ヒマだらけの生活のなか、ちょっとしたきっかけではじめたパチンコでいきなり大当たりを取ったのが運の尽き、ずるずるとのめり込んで、最後はサラ金業者に追われる身になる。60歳過ぎたオッサンが、まあなんともブッサイクな話やおまへんか・・と冷ややかに見る人も、実は他人事ではなかったりして。

これらの依存症は薬である程度対処できるウツとは違って治療法がない。脱却するには本人の強い意志と回りの理解と支え、自助の会参加による改善くらいしかない。加えて著者が説くのは、本人の物の考え方を改めることで、その第一は「健全な自尊心を育てること」。これは「自分は仕事が出来る人間だ」とか「十分に家族を養っている」というような自尊心ではなく、「生まれてきて良かった」「苦労はしたが自分の人生に満足している」といった自己肯定の考え方だという。

依存症になる心配はないけど、衣食足りて遊びを知らず、毎日ヒマを持てあましている人は多い。のめり込む対象が何もなかった人生というのも、なんだか淋しいではありませんか。健康でだらだらと生き、ひっそりと死ぬ。これで委員会? (WAVE出版 2009年4月発行)

定年依存症本

大阪日暮綴

●データで見る大阪市の図書館
 
 大阪市の中央図書館は先進的な取り組みと充実したサービスが評価されて、昨年度の「Library of the Year 2009」を受賞しました。規模が大きいだけでなく、中身の濃さも認められたわけです。中身の濃さとは主にIT化によるサービスの充実、迅速化のことだと思いますが、それは裏方のハイテクで利用者にはあまり見えない部分です。

そうではなく、見える部分での活況も相当なもので、これだけの規模でスムースに運営するのはたいへんだろうなと他人事ながら案じたりします。以下、平成20年(09年)の利用状況データからの推定を交えたレポートです。

■中央図書館
 西区の地下鉄西長堀駅に直結する中央図書館はアクセスの便利さから利用者が多いのはわかりますが、年間の入館者は166万人。開館日数で割ると一日に6000人くらいになります。この人達が借りる(持ち帰る)本が年間390万冊。毎日、1万2000冊の本が持ち出されるわけです。本の厚さ1,5センチとして、積み上げれば180m、通天閣の2倍にもなります。当然、同じくらいの量が返却されるわけで、合わせて2万4000冊の本が出入りしてることになります。現場にいると全くそんな風には見えないんですが。田舎町の図書館なら、空っぽになってしまいそうな数です。

返却された本は、元の本棚に戻さなければなりません。仮に10人で手分けしても、一人1000冊以上を受け持たなければならない。カートに満載した本を一冊ずつ本棚に戻してゆく。手際よく作業するためには本の背に貼られたラベルの記号を暗記する必要があり、秒単位で仕事しないと到底はかどらないでしょう。100冊に一時間もかかったら、即クビでしょうね。

閲覧室は地下一階から3階までの4フロアで約7000㎡。ここに約30万冊の本が並べられています。地下6階までの倉庫にストックされてる本も合わせると約170万冊。全てコンピュータに登録されているとしても、この中から一冊を取り出しに行くなんて、素人には魔法のように思えます。(むろん、職員しか出入りできません) 将来の収蔵増加も考えて、ストックスペースは330万冊分あるそうです。

■市内全図書館
 中央を含む24区すべての図書館を対象にすると、貸し出し冊数は年間1200万冊。もう天文学的な数字になります。なんか、大阪市民はすごい読書家ばかりに思えてしまうが、一人当たりにするとたった4,5冊、な~んや、これぽっちかいな、アホクサ、な感じです。これは平均の数字で、実際は市民の7割は年に一冊も借りない、非利用者だと思います。

その根拠は登録者カードの発行数で推定できるもので、約60万枚、市民4人に1人の割合いだからです。もったいないことだと思いますが、それは貧乏人の発想で、読みたい本は買えばいいという人が多数派でしょう。それに、他人の手でさわりまくった本は不潔という理由で図書館を利用しない人もいます。駄目男の場合、図書館で借りるのは年間20~30冊程度。購入も同じくらいです。(数えたことがない)

データの推移で近年すごく増えたのがネットによる蔵書検索。市民が自分のパソコンで検索する回数は年間400万件に上ります。館内にある専用の装置での回数も合わせると800万件を越えます。これで予約する数が260万冊。10年前より5倍くらいに増えています。

ところで、拙著「なにわ快道」も検索できるでしょうか。なんせ、コピー紙をホチキスで留めたような粗末な代物なので、図書に値せずと登録をしてくれなかった図書館もあるようです。また、きちんとした奥付をつくらなかったために検索ワードにバラツキができてしまって引き出せないケースもあります。これは大いにハンセーしているところです。

■下の中央図書館の蔵書「検索する言葉」欄に なにわ快道 と入れてポチするといくつか出てきます。なぜか、中央図書館は「発注中」の語がありますが、意味不明。
http://www.oml.city.osaka.jp/internet/japanese/

■堺市の中央図書館でも検索できました。
書名(タイトル)欄に なにわ快道100キロガイド と入れてクリックして下さい。出た書名をクリックすると、貸し出し中とかも分かります。
http://www.lib-sakai.jp/SKCLIB/servlet/search.result

■大阪市の図書館の利用状況(PDF)
http://www.oml.city.osaka.jp/pub/tsushin86.pdf 

大阪市立中央図書館。
図書館外観 

閑人帳

●ものすごく分かりやすい「経済原論」

 とりあえず自分の生活に関係なさそうなギリシャの経済危機について、断片的な情報を読んでいますが、危機であることは分かっても、それを救済するとか、しないとかのEU側や金融機関の各論を理解するのはタイヘンです。日本の経済問題で、例の「国民の借金800兆円」ナントカだって、将来はマックラと本気で思ってる人から、そんなの財務省の陰謀という人までいて、何を信じていいのか分からない。

以下のコラムは、経済のイロハのイの、まだ手前くらいのコンポンを述べていて、目からウロコ的に分かりやすい原論です。
(ここから引用)

【日本書紀】に見る経済の根本
                .文/廣宮孝信(作家)

 筆者は近頃、自著やブログにおいて
・カネは印刷するなり日銀の当座預金を増やすなりすることによって、いくらでも創れる。
・だから経済の問題は根本的にはカネの問題ではない。
・究極的には食い物が足りるかどうかである。
・札束が山積みになっていたところで食い物がなければヤギでもない限り生きて行けない。
・逆に、カネがなくても食い物が十分にある状態であれば人間は生きていける。
・昔はカネという概念そのものが無かったし、律令時代は税は「税金」ではなく、租庸調(米、労役、繊維製品)という「物納」であった。

というような話題を繰り返し取り上げているのですが、ブログの読者の方から『日本書紀』において次のような宣化天皇の詔(みことのり)の文言があると教えて頂きました:

詔曰。食者天下之本也。黄金万貫不可療飢。白玉千箱、何能救冷。
『日本書紀 巻第十八 《宣化天皇元年五月辛丑朔》』

詔(みことのり)に曰く。食は天下のもとである。黄金が万貫あったところで、飢えをいやすことはできない。白玉が千箱あったところで、身体のこごえを救うこともできない。

「宣化天皇元年」とは、調べましたところ西暦536年になるようです。「経済」とは「経世済民」、世を適切に治め、民を苦しみから救済するという意味ですから、宣化天皇はまさに経済の本質、根本をついた詔を1500年も前に発せられていたのであります。

おカネというものは幾らでも創れるものであり、物々交換をスムーズに行うための方便であり、広く国民に必要な物資やサービスを行き渡らせるための道具に過ぎません。この根本を踏まえれば、「国の借金」とか「財政赤字」とかいったものは、はっきり言ってどうでも良いことなのです(この根本を踏まえる以前に、アイスランドは政府の金融純負債がマイナスで実質借金ゼロ、しかも財政黒字であったにもかかわらず「実質国家破綻」したのですから、そもそもからしてどうでも良いことなのですが)。

そして、この根本に立ち返れば、年金問題もカネの問題ではなく、究極的には「将来にわたって食い物が足りるかどうか」という問題であることが分かります。年金の収支が黒字であったところで、年金資産が使いきれないくらい積みあがったところで、もしも仮に将来食糧不足の状態が起こったとすれば結局のところ、「黄金万貫不可療飢。白玉千箱、何能救冷」なのですから。

今、日本経済の問題は長きにわたるデフレであり需要不足です。
一方、将来は資源の枯渇によるエネルギー不足、エネルギー不足による食糧生産能力の低下による食糧不足、少子高齢化に伴う労働力不足などの供給不足などが主たる問題になることが予想されます。

それゆえ、経済政策の取るべき方針は、将来の供給不足が発生することを防ぐための投資――例えば、代替エネルギーの技術開発や普及促進のための投資や、一人当たりの生産能力を高めるための教育やロボット技術等への投資――に重点をおいた大規模な財政出動を行うことにより、現在の需要不足と将来の供給不足を同時に解消することであると考えることができるのです。

これが、宣化天皇の詔に立ち返って考えた場合における、筆者が到達した一つの結論であるのですが、いかがでありましょうか?
 そして、食い物を始めとする物資の供給が保たれるならば、通貨の価値、カネの価値も保たれることになります。モノとの交換が保証されることこそが通貨価値の真の担保なのですから。

食者天下之本也――1500年前でも1500年後であっても、国民が生き残り続けるために必要なのはカネではありません。食い物です。
(引用ここまで)
■引用もと「MPJコラム」
http://mp-j.jp/modules/d3blog/details.php?bid=67&cid=2#latterhalf67

1500年前は貨幣が無かったハズ、とツッコミを入れる人がいるかもしれないが、超素朴な、経済の原点を再認識するという点で、面白い文です。

★快道ウオーカーからの便り

●やまなみ快道レポート 

■三日目 JR中山寺駅~JR武田尾駅  
                2009年4月12日

4月になり暖かい日が続き又、歩くことにしました。きょうはあの有名な武田尾の廃線跡を目指します。前回の駅から歩きだした。少し行くと桜が咲いていた。いい季節になった。

中山寺は、観光客もちらほら見られリュックを背負っているのが珍しいぐらいだった。寺を離れ住宅街を行き、立派な宝塚の駅へと着いた。 駅ビルの中で昼食をすませ先へと進みました。川を越えて、山越えで廃線跡へと降りてきました。やまなみ快道らしいコースだと思いました。川沿いに真新しい水管橋ができていた。きれいな橋だった。

ここから廃線跡へと向かう。時折ハイカーが通り、ここまできてやっとリュックが似合うようになりました。廃線跡はさび付いた鉄橋などありとても面白かった。JRの警告がやたらと目に付いたが、兵庫県も少し整備して、公園にしてしまった方がいいと思う。桜がもう少し咲いていれば、すごい人出となっていたことだろう。

トンネルの中では、本当に暗く手元の懐中電灯だけでは足元さえも良く見えず、壁際まで近づいて初めて方向がわかるようだった。いくつかそんなトンネルを超えて、道は川沿いの快適な道となり、ようやく武田尾の駅が見えた。武田尾の駅は無人で、とてもここまで大阪から歩いて来たとは思えませんでした。
                   
~やまなみ最後のたびびと~

やまなみ3回目 

やまなみ3回目 

やまなみ3回目 

やまなみ3回目 

ア・ラ・カルト

●風流&クラシック・・近江八幡のお花見散歩

 前回紹介した「背割堤」の桜並木はスケールの大きさが魅力になっていますが、今回はこじんまりしたお花見シーンを案内します。長浜や彦根に比べてややジミな印象の近江八幡。古い町並みと堀端風景、それに手こぎ舟による水郷めぐりくらいがウリで、観光バス連ねて・・来ても駐車場もない狭い町です。その分、のんびりしています。

のんびりといえば、手こぎ舟での水郷めぐりは、パンフのうたい文句が「日本一遅い乗り物」で、実際、4キロのコースをノンストップで漕いでも平均70分かかります。時速4キロ未満です。運悪く向かい風のときだったら2時間くらいかかるらしい。
 船頭さんは平均年齢70歳くらい。一番忙しい時期は一日6回も出番があるそうで、さすがにクタクタですわ、夜中、太ももに痙攣おきますねんと言うてました。のんびりはお客さんだけの話でございます。みんな地元の農家の主のアルバイトかと思っていたら、なぜか、元校長や先生なんかもいて、けっこう多彩らしい。

運航は貸し切り主体なので、個人でふらりと行くとかなり割高(2100円)。6~8人のグループで行くのがベストです。
 隣の安土町がなにやらモメたあげく、先月、近江八幡市に合併されました。今後は観光情報も一元化されるので、ヨソ者はちょっと便利になりますが、なじむのに少々時間がかかりそうです。

■水郷めぐりの案内・・・
http://www.suigou-meguri.com/

近江八幡さくら風景 

近江八幡 

近江八幡 

近江八幡 

近江八幡 

近江八幡おわり 


大阪日暮綴

●航空管制図

 久しぶりに堺のバー「クラシカル」へ行ったら、カウンターの隣席の人がNさんという第一航空のヘリ操縦士兼営業係。珍しい?女性の操縦士です。そのときもらったのが下の地図で、飛行時の規制を表した一般人には用事のない地図です。伊丹、神戸、関空、八尾、各空港の管制空域を描いてあって、飛行には高度などの制限があります。

ヘリコプターなんか自由にスイスイ飛んでるように思えますが、実際はなんのかんのと規則だらけですいすいではないらしい。特に大阪湾周辺は狭い範囲に四つも空港があるから、安全を考えれば規制だらけもやむを得ない。例えば八尾空港から岡山まで飛ぼうとすると、大阪湾上は規制のアミをかいくぐって行くようなもの。ま、仕方ないですね。市街地では1000フィート(300m)以下で飛んではいけないそうです。

ほかに、あれこれ話聞いたけど、酔っ払って忘れてしまいました。遊覧飛行もやってるのでどうぞ、と宣伝もしてました。

■バー「クラシカル」のHPはこちら・・
http://www.osk.3web.ne.jp/~classiy/

■第一航空のHPはこちら・・
http://dai1air.com/nr/nr_osaka_day.html

航空管制図 




読書と音楽の愉しみ

豊島美雪とこそっと関西オノマトペ研究会著
●「キュッと曲がって90°」を読む

けったいな題名の本でありますが、オノマトペとは擬音語、擬声語、擬態語などを包括的にいう語だそうであります。すなわち、キュッとか、バシッとかドスドスとか、こてこてとか。
 そういえば、駄目男はオノマトペ多用人間であります。ブログの文章でも、人参をシガシガかじるとか、チンタラ歩くとか、ドヒャーッとか、ヘナヘナなんて言葉をしょっちゅう使っております。

本書は、関西人はオノマトペをたくさん使う、またそれで物事や感情を上手に表すという前提でいろんな用例を挙げ、オノマトペの役割、効果を探ろうという真摯にしてどうでもええじゃないか的研究のレポートであります。
 なるほどなあ、と思ったのは、野球解説でおなじみの福本豊さん。この人の解説にはオノマトペがたくさん出てきて、関西風の説明やなあと納得。
本書から引用すると・・
「インコースにきたらパチーンと行ったらなあかん」
「こういうミスしてるとガバーッと取られます」
「ビャッと来た球をビャッと打って、ビャッと走ったらええんですわ」
「今の打席はスパッとさばけてましたね」
なんて言い方がふつうに出てきます。オノマトペなくして福本流解説はないと。

むろん、楽しい、面白い場面だけに使われるのではありません。
「残業減って、生活カツカツや」
「太ってしもてズボンきちきちや」
「今日もパチンコで負けてすってんてん」
いろいろございます。

発行・・組立通信 890円
ネットで買えます。「天満スイッち」のブログ
http://store.tenmaswitch.com/news/3.html

オノマトペ1 


お好み焼きにカツオをドバッ・・あるいは、オムライスにケチャップを「ドバッ」とかけるという場合の「ドバッ」はなんぼくらいの量なのかの研究。ケチャップは98グラムが最適量らしい。ほんまかいな。
おのまとぺ2 


大阪日暮綴

●泣かせます ~大阪昔風景画集~
     ~野村廣太郎「明治・大正 大阪百景」から~

■その4・・金屋橋と道頓堀川のまがり
 今回、あちこち訪ね歩いた画集の現代風景のなかで、一番ショッキングなシーンがこの道頓堀川風景でした。うまく言えないが「風景の陵辱」みたいな感想です。あまりにミジメで涙ちびるどころか、涙だだ漏りです。

原画(明治時代)
場所は四つ橋筋の南端、今の湊町リバープレイスの東側で、道頓堀川と昔の西横堀川(画面で前後方向の川)との分岐点の風景です。画題の「まがり」がそれを表しています。西横堀川にかかる木造の橋が「金屋橋」。橋の右手が道頓堀方面、左手が南堀江になります。画集の説明文には「明治36年(1903)に第5回内国勧業博覧会が開かれ、大衆輸送のために川筋に巡航船が生まれたが、当時の主な交通機関である人力車とのあいだに客の奪い合いがあり、ここで衝突した」とあります。現代に置き換えれば「なにわクルーズ船」とタクシーとが客の奪い合いということになりますが、そんな争いはあり得ませんね。
湊町 原画 


現代の風景
西横堀川は埋め立てられて、上を高速道路が通っています。すぐ右横の大黒橋の架け替え工事が行われているため、水の汚さはここが最悪。話題になった「カーネルおじさん」が川底から見つかったのはこのあたりです。

原画の木造「金屋橋」は薄汚い鋼鉄の橋になって今も架かっていますが、橋上を高速道路がかぶさるようにかかり、なんとも陰気な感じです。現地で原画と見比べたら、相当鈍感な人でも暗然たる思いがするでしょう。いま盛んに宣伝している「水都風景の復活、整備」にはこんな「水都風景」も含まれています。なお、画面の左手のビルには、カテゴリー「たまには外メシ」で紹介した喫茶店「キャビン」があります。丸窓のところです。

■「たまには外メシ」喫茶「キャビン」紹介のページ
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-entry-737.html

湊町 

原画では木造の「金屋橋」をアップした写真。白い橋脚の後の鋼鉄橋です。
湊町 


金屋橋を西側から見たところ
湊町 


四つ橋筋からのロングショット
湊町 

■お知らせ・・このテーマは新カテゴリー「泣かせます・・大阪昔風景画集」に収めます。

ア・ラ・カルト

●桜満開、人も満開 ~背割堤桜並木~

 お付きあいの花見で数年ぶりに背割堤へ。
往復3000mの花のトンネルを散歩すれば、もう食傷気味でヨソの名所へ行く気がしなくなりそうです。ここの桜並木に比べれば、大阪市の大川端の桜並木なんか貧相に見えます。並木のスケール、樹木のボリュウム、自然環境の良さにおいて、京阪神ではナンバーワンではないかと思うのですが、意外に、大阪市民でも「どこにあるの?」と知らない人が多い。「背割堤の桜並木」の宣伝ポスターを見た人はほとんどいないでしょう。ポスターをつくったかどうかさえ分からない。

こんな「お宝桜名所」なのに、地元八幡市も京阪電車も近年まで「知らん顔」してたからです。観光宣伝より、クチコミやネット情報で「すごいで背割堤」のうわさが広まったのではと思います。あとはリピーターが激増したことで写真のような「人も満開」風景になりました。京阪電車 八幡市駅から北へ徒歩15分。

背割堤 桜満開 

背割挺 

せ割堤 

背割堤 


大阪日暮綴

●坂本龍馬と岩崎彌太郎と司馬遼太郎
 ~土佐稲荷神社がとりもつご縁~

 西区の中央図書館裏手にある土佐稲荷神社。4日、日曜日頃に桜満開になりそうです。地下鉄西長堀駅から100mの近さなのでどうぞ。
 この神社界隈は三菱財閥発祥の地、即ち、創業者、岩崎彌太郎の住んでいたところです。昔は神社北側に長堀川があり、土佐藩の物流拠点でもありました。神社は土佐藩地の鎮守のために勧請されたものですが、当時から町民の参拝や花見が許され、いわばオープンスペースとしてだれでも利用できたそうです。

企業が丸抱えしている神社って他にもあるかもしれませんが、ここは徹底していて、維持管理はむろん、敷地を囲む玉垣には系列企業と社長、重役の名がずらり。改めて財閥のスケールの大きさを知ることができます。神紋はご存じスリーダイヤで軒先や賽銭箱にもこのマークが使われています。マークのデザインは二つの家紋をミックス、リ・デザインしたもので、今でも全然古さを感じさせないスグレモノだと思います。

坂本龍馬と岩崎彌太郎の関係はNHK大河ドラマ「龍馬伝」でご存じの通り・・と書きながら、駄目男は見たことがないので、どんな男に描かれているのか知りません。面白いのは、司馬遼太郎がこの神社の隣の公団アパートで「竜馬がゆく」を執筆したことで、しばし、神社を見下ろしては「これも不思議な縁やなあ」と思いつつ筆を進めたかもしれない。神さまのとりもつご縁とはこんなことか。

このアパート、今はどうみてもオンボロですが、建設された昭和32年では革新的、かつ最高級の公団住宅であり、家賃も最高クラスで1万6000円。当時の大卒の初任給は1万円くらいだから、貧乏人には夢の高級住宅でした。ゆえに、有名人も入居し、女優の森光子や野村克也(当時は南海ホークスの捕手)も住んでいたと資料にあります。司馬遼太郎はまだ産経新聞に勤めていました。

この神社は、幕末の国難の一つともいえる「堺事件」にも関わりがあり、当たった人は死刑という、世にも恐ろしい「くじ引き」が行われたところでもあります。詳細は下の「堺事件」でご覧下さい。

この神社から公団アパート北側を通り、新なにわ筋を渡って東へ、あみだ池通り沿いの、落語「阿弥陀池」でもおなじみの「和光寺」を訪ねるコースは、ほんの1キロ余りのショートコースながら、歴史ファンには興味深い散歩道になります。粟おこしの老舗、あみだ池大黒堂も界隈にあります。当店の3500点に上る「大黒コレクション」はあっと驚くスゴイ宝物ですが、団体で予約しないと見られないのが残念。店の裏手の土蔵です。(3月31日)

■土佐稲荷神社を詳しく説明している三菱グループのHP
http://www.mitsubishi.com/j/history/series/yataro/yataro09.html

■司馬遼太郎の経歴など
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E9%A6%AC%E9%81%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E

■堺事件の顛末
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

■和光寺の地図案内
http://map.quus.net/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%BA%9C/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E8%A6%B3%E5%85%89/%E5%92%8C%E5%85%89%E5%AF%BA%EF%BC%88%E3%81%82%E3%81%BF%E3%81%A0%E6%B1%A0%EF%BC%89/

桜が見頃の土佐稲荷神社境内
土佐稲荷神社 


賽銭箱のスリーダイヤマーク
土佐・・ 


社殿と司馬遼太郎が住んでいた公団アパート
10階の西側というから、上から二つ目の階になります。
土佐・・ 


岩崎邸跡を示す石碑。本当の邸宅跡は道向かい、現在阪急グループが工事中の
マンション敷地ですが、石碑を現地に残す交渉叶わず、追い出されてしまったそうです。
土佐・・