プチ・ケチの研究

●ものは言いよう・・

 法善寺横丁でちゃんこ鍋など賞味すれば、明くる日からもっぱら粗食に耐えなければ、○ビ生活はハタンするのであります。で、昨年6月の「プチ・ケチの研究」で紹介したような、にんじんの生かじりも○ビメニューの一つでありまして、なんだかウサギになったような気分で人参をガシガシ噛むのであります。(入れ歯じゃ無理みたい)

その人参、サイテー価格のものを「金時人参」に変えたら少しはマシになることを発見。味と香りの良さで勝ります。値段もあまり変わらないし。それに、人参の生かじりではなく「スティックサラダ」と呼べば貧乏くささは無くなります。生かじりよりずっと美味しそうに思える。ものは言いようですなあ・・。新聞の家庭欄に載ってました。

金時にんじん 

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たまには外メシ

●法善寺横丁「角力茶屋」のちゃんこ鍋

 このトシになるまで、ちゃんこ鍋を食したことがない・・からといって、なんちゅうこともないのでありますが、ようやく機会ができました。
 法善寺横丁は水掛不動のすぐ先にある「角力茶屋」。当地で60年以上営業してる老舗だそうで、ちゃんこ鍋ではブランド的評価をもってるらしい。

2階の座敷で賞味。つくねからはじめて、野菜、豚肉、魚と続くのですが、何が一番ウマイかといえば、出汁の味ですね。出汁がすべてを制するという感じ。普通の鍋物では、もとの出汁はそこそこのものでも、具材から出る旨味がプラスされて全体が美味しくなるものですが、それは家庭料理のレベルなのか。やはりプロがつくる出汁の味にはかないまへん・・だから、値段高いのであります。

おすもうさんのラフな日常料理が原点であっても、料理人が何十年もレシピを磨けば、洗練の極めつけといえる「ちゃんこ出汁」ができるのでしょう。それを凝縮した感じの、最後のおじやで満腹ハピーエンド。なんか、また行きたくなるなあ。
要予約。(2月24日 予算=酒コミ6000円くらい)

水掛不動さんの15m先にあります。
ちゃんこ鍋4おわり 

付きだし
ちゃんこ鍋 

魚・肉類は、さわら、鯛、とクエ、それに豚肉。右はつくね、これが美味しい。(5人前)
ちゃんこ鍋2 

ちゃんこ鍋3 

大阪日暮綴

●満開まじか・・大阪城公園梅林

 モタモタしていた梅の開花が、この数日のぽかぽか陽気で一挙に進んだようです。大阪城公園の梅林の満開シーンは、駄目男の予想では2月28日から3月5日。おひまな方はぜひお出かけあれ。どの駅で降りてもけっこう距離があるので、よい運動になります。梅林は樹木が生長して、満開時のボリュウム感が増し、見応え十分になってきました。園内を巡ったあと、お堀端の坂の上から全景を見渡す・・このパノラマシーン見物をお忘れなきよう。下の写真は2月24日(7分咲き)に撮影したものです。

土日にお出かけの場合は、朝早く(10時ごろまで)か夕方をおすすめします。平日でも混雑しているので、土日の昼は大混雑が予想されます。

PR・・「なにわ快道100キロガイド」では「山都コース」で大阪城公園を通ります。ガイドの紹介はこちら・・
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-28.html

2010大阪城梅林 

大阪城梅林 

大阪城梅林 


読書と音楽の愉しみ

●島田裕巳著「葬式は要らない」を読む(その2)

■ハケン並み? お坊さんの年収
 131頁に、住職の収入調査例として曹洞宗14000寺の収入が書いてあり、平均は565万円。これは平均であるから、小さな寺だと年収300万以下はざら。だから、専業ではなく、公務員など別の仕事をもっていることが多い。安定した経営をするためには300軒くらいの檀家が必要であり、法事や月参りなどで一軒あたり年間3万円以上使ったら年収1000万になる。しかし、実際には檀家であっても法事をサボる家も多いから計算通りにはいかない。売り上げ1000万でも、寺の維持管理費、諸経費を差し引けば実収入はガクンと減る。

このような状況において「直葬」が増えてきたらお坊さんの出番は減り、即、収入減につながる。お寺にとってはゆゆしき問題であります。葬式を直葬で済ませる家族が故人のために高額な戒名料を出すはずがないから、ダブルパンチもいいとこです。お寺の収入源である葬式、戒名料、法事のすべてにわたってマイナスの作用が起きます。さりとてお寺が檀家に「立派な葬式をしなさい」なんて言えるものでなし、危機感がつのるのではないでしょうか。

■葬儀業界も厳しい
以下は本書の内容からはずれます。経営のピンチと言う点では葬儀業者も同じでしょう。直葬が増えれば売り上げは減ります。減った分は数でこなす・・といっても、思惑通りに営業圏で次々死んでくれるものでなし、あくまで「待ちのビジネス」であるのが難儀です。それに、近頃はインターネット広告を通じて費用のオープン化が進み、昔のようなぼったくりは出来なくなりました。お葬式の段取りという点では、インターネットのできる人と出来ない人ではものすごい情報落差ができます。出来ない人は、コネがある場合はともかく、なければ業者のペースにのせられるリスクが大きい。

直葬の増加と費用の透明化、この二つのファクターだけでもしんどい問題なのに、昨年、また難儀な問題が生まれました。流通最大手のイオンが葬儀業界参入を発表したのです。そこまでやるか、という感じですが、売り上げ確保のためにはなんでもやる、せっぱ詰まった状況かもしれません。
 イオンが参入といっても、イオンの社員がするのは注文取りだけで、葬儀は地元の業者に委託する。つまり、下請けに使うわけです。売り上げの3割ピンハネするとかになるでしょう。そんなことは分かっていても、依頼者(遺族)はイオンのネームにつられて発注すると思います。当然、業者どうしで価格競争が起きます。イオンの思うツボにはまり、うまみはイオンが吸い取ってしまいます。

本書に戻って、この本で一番詳しく説明されてるのは戒名のことです。なぜ戒名があるのか。どして名を選ぶのか。優劣の差をどう表しているか。相場はいくらくらいか。なかなか興味深い解説です。駄目男は浄土宗の檀家ですが、戒名はもう決まっていて、本書の説明によればサイテーランクの戒名だそうです。(ビリから2番目という説もある)おかげさまで、代金もサイテーで済み、戒名費用で悩むという苦労はありませんでした。さて、どんな名前?・・と知りたいが、書状はしっかり封印されていて、かつ、授かるときに住職から「このまま棺桶に入れるように」と言われました。なので、これと一緒に懐中電灯も入れてもらって、中で読もうと思います。(幻冬舎発行 幻冬新書 2010年1月発行 740円+税)

■参考・・「イオン、葬儀業に参入」のニュース(2009年8月24日)

■3年後に年間葬儀件数の10%を目指す
  イオンは2009年9月から、全国の系列スーパーに葬儀案内パンフレット「安心のお葬式」を配布し、年中無休・24時間対応のコールセンターを設置する。イオンが行うのは受注のみで、特約店契約を結んだ葬儀会社400社に引き継ぐ。 6つのプランを用意し、基本料金は全国一律29万8000円~148万円に設定した。

同社広報担当者は事業を始める理由について、「故人ともっとも親しかった喪主が一番慌ただしくて、納得した葬儀を行えなかったという不満をよく聞きます。費用についても不透明だという意見が従業員から上がっていて、それなら自分たちで葬儀をやろうということになりました。受注するだけでなく、料金体系の透明化と、葬儀会社の体制もチェックし、お客さまが安心して葬儀を行えるようにしていきます」と話している。

当初想定している顧客の対象は、全従業員30万人とその家族、イオンカード会員1700万人とその家族だが、スーパーのサービスカウンターにも冊子を置いて幅広い層を取り込んでいく。「3年後には年間葬儀件数の10%を手がけたい」と意気込んでいる。また、仏壇、仏具、墓石を販売する、はせがわと業務提携することを2009年8月24日に発表した。
■引用もと
http://news.livedoor.com/article/detail/4312908/

■産経ニュース「消える弔い ~消えてしまいたい~」
2009年9月22日 (リンク切れの場合あり)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090922/trd0909220846005-n1.htm


読書と音楽の愉しみ

島田裕巳著「葬式は要らない」を読む(その1)

 近所の葬儀業者がときどきポストにチラシを入れます。一番新しいチラシに「直葬はじめました。13万円」なる宣伝文句があり、なんだか、初夏の「冷麺はじめました」を連想して笑いました。都会では直葬の割合が増え、2~3割になっているとの情報があります。直葬なんか儲からないと敬遠していては商売にならない時代です。この葬儀屋さんの本業は中堅のパチンコ店で、本社ビルの一部を改装して葬儀場にしました。

■日本の葬式は世界一贅沢
このタイミングで宗教学者が「葬式は要らない」なんて題名の本を出したら、葬儀屋さんは、おいおい、それって営業妨害やで、と言いたくなるでしょう。むろん、著者は葬儀業者を敵にまわして葬儀不要論を述べてるのではありません。ただ、今までの葬儀には無駄や贅沢が多くて「弔い」の本質から外れている。高齢化が進んで、死は「家」の問題から「個人」の問題に移りつつある今、本人にも家族にも望ましい葬式のあり方を考えようというのが本書の趣旨です。

宗教の歴史と弔いの変遷といったマジメな問題は端折るとして、ごく通俗的な情報を書くと、日本消費者協会の調査によれば、2007年における全国の平均葬儀費用は237万円。内訳は、葬儀社への支払いが142万3000円、飲食接待や香典返しが40万1000円、お寺へのお布施や心付けなどが54万9000円だそうです。

全国平均がこの金額ですが、地域によるバラツキは相当あって、一番低いのは四国の149万5000円、一番高いのは東北地方で282万5000円。2倍近い差があります。この違いの中身は分かりません。これを外国と比べるとガクゼンとします。アメリカの平均葬儀費用は44万4000円、イギリスは12万3000円、ドイツは19万8000円、韓国が37万3000円です。(1990年代前半の調査による)日本人の葬儀代は世界ナンバーワンの高額・・・こんなの自慢にはならないでしょう。

■葬儀スタイル、激変中
なぜ日本のお葬式はこんなに高くつくのか。簡単にいえば、見栄や世間体、檀家という独自のシステム、それに「戒名」の存在ゆえです。日本人の国民性ともいえる「世間並み」意識が費用を高止まりさせてきたと言えます。「お父さんの一生は不遇だったが、せめて葬式は世間並みに」こんな意識はほとんどの人がもっていたのではないでしょうか。

その国民性、伝統精神が今ガタガタと崩れてきた。死者の高齢化が葬儀のシンプル化の主な理由ですが、加えて世帯の小家族化、さらに近隣の人間関係の希薄化がシンプル葬儀を後押している。何より、死にゆく本人が葬儀ナシを望むようになった。不況も影響している。著者は、もうかつてのような大勢の会葬者を集める、高額な葬儀の復活は無いだろうと述べています。例外として、有名人の葬儀のあと「お別れの会」が開かれることはありますが、言うまでもなく、これは葬儀ではありません。(つづく)

本・葬式は要らない 


読書と音楽の愉しみ

最近の演奏会から・・

●大阪フィル第435回  定期演奏会

プログラム 
■シューマン ピアノ協奏曲イ短調 F・ピエモンテーシ
■R・シュトラウス アルプス交響曲  指揮・大植英次

 アルプス交響曲は山登りが好きな人にはぜひ聴いてほしい、最高に楽しい曲ですが、世の中うまくいかないもので、登山趣味人でかつクラシック音楽ファンという人はほとんどいないし、クラシック音楽ファンで登山好きというのもまれです。滅多に演奏されないだけに、なおさら聴いてほしい曲です。

滅多に演奏されない曲・・にはワケがあります。オーケストラの編成がバカでかくて、えらくコストが高くつくことと、演奏できるホールが少ないからです。むろん、技術的に非力なオケは演奏できない。日本でこの曲が演奏できる都市は5~6カ所かもしれません。
 
当日の演奏もヘルパー(アルバイトの奏者)をどかどかと入れて、ホルンの奏者が23人(一部ワーグナーチューバを含む)も登場、ステージで10人、ロビーで13人が吹きます。大フィルのホルンの正社員は5人ですから18人はバイトです。バイトさんの演奏する時間は全曲約50分のうち、わずか2分くらいですが、練習に2日要すれば、18×2=36人分の日当が必要です。この部分だけ取り上げても「アルプス交響曲」は無茶ゼニ喰い曲なのです。・・などと、貧乏性の駄目男はゼニ勘定しながら鑑賞したのであります。

曲はアルプスの夜のシーンからはじまり、夜明け~昼~日没~夜で終わります。夜の山をどう表現するのか、日没は?・・全22曲で構成されるアルプスの一日、「小川に沿って歩く」とか「林のなかで道に迷う」なんてシーンもあり、それらが継ぎ目なしに演奏されてアルプスの壮大な光景を音で描きます。嵐の場面もあって、ま、文句なしに楽しい曲であります。

ナマで滅多に聴けないならCDで聴けばええじゃん、という発想もできますが、ラジカセやしょぼいステレオセットで聴くと「アルプス交響曲」が「天保山独奏曲」くらいにしか聞こえないでありませう。(2月18日 ザ・シンフォニーホール)

イメージ画像
アルプス交響曲 


★快道ウオーカーからの便り

●さざなみ快道 レポート ご紹介
 大阪市のMM子さんは10年まえにさざなみ快道を完歩した経験をお持ちです。今回、もう一度歩いてみたいとのことで、改訂版コースで月に一度くらい、女性4人のグループで歩く計画です。(先日紹介した「なにわ快道」レポートと同じメンバーです)スタミナには自信あり、されど道草もまた多し・・皆さんのレポートをお楽しみに。

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MM子さんの Newさざなみ快道 ー紀行文ー ①   
 
2010年1月スタート。月いちで集まり来春完歩、敦賀で打ち上げの予定です。
 
001ー美術館や科学館、中之島新線、大企業の豪華なビル、高層マンションなどが川沿いにボンボン出現。イメージはアップしましたが、外から来る人も中に居る人も相変わらず少ないのではと素人目には思えます。中央市場界隈は、野田のラビリンスとは言えなくなってきています。昔を偲べる家屋や通りがめっきり減りました。中央市場で昼に寿司を と寄りましたが、休みでした。そこここに設置されている大阪の昔がわかる解説板がある度四人とも足を止めては読み、感心し、また歩を進める、幸せな時間でした。
さざなみ1  
 
002-城北のわんどとそこで過ごす人や鳥の姿は、以前同様穏やか癒し系のんびり美しかったです。皆「気持ちいィ」を連発。本日のように好天に恵まれての10KM歩きくらいですと、この気持ちを抱えたまま余裕で終了できるところがいいですね。次回豊里以北の長い河川敷歩きには変化をつけるため、双眼鏡と湯とポタージュにコーヒーを持参します。
さざなみ2  
 
003-今回快道を歩き通す予定の四人です。永原以北の熊情報にびびった人もいれば、熊なんか何さと意に介さなかった人もいます。
さざなみ3 10-2-20 

●お知らせ・・・カテゴリー項目名を変更しました。
「メール投稿のページ」を「快道メーカーからの便り」に変えました。



読書と音楽の愉しみ

●野崎栄美子著「ろう者のトリセツ 聴者のトリセツ」
   ~ろう者と聴者の言葉のズレ~ を読む

 NHKの教育テレビには「手話ニュース」という番組があって、手話でニュースを伝えています。これでちょっと疑問があるのは、普通の言葉のニュースに比べて、どの程度、正確・詳細に内容が伝わるのかということです。手話の伝達性能っていかほどなのでしょう。

例えば、天気予報で、明日は晴れのち曇り、最高気温は20度、といった情報はわりあい正確に伝えられそうに思います。しかし、東京地検特捜部とか政治資金規正法なんてのは手話で伝わるのでしょうか。なんか難しいような気がしますけど。つまり、手と顔の表情などでどこまで詳しく表現できるのか、見当がつきません。

手話による会話では誤解や勘違いが多々ある。だからもっと厳しくトレーニングしょう・・ではなく、まちがいはあるけど、あまり気にしないでおおらかに認め合おうというのが本書の趣旨です。トリセツという語をタイトルに選んだセンスがすばらしい。
 
誤解・ズレの例を挙げると・・
「3月中」は聴者は「3月末まで」と解しますが、ろう者は「3月中旬」と受け取ります。「2時10分前集合」といえば、1時50分のことですが、ろう者の理解は2時10分の前、2時7分、8分でもよいことになり、遅刻とは思わない。どちらが正しいかの問題ではなく、概念の違いだから喧嘩してもムダです。

概念の相違という点で面白い例は「死亡」です。死亡といえば、普通は人が亡くなることだけど、ろう者は「電車死亡」「ケータイ死亡」などの表現もする。電車が事故で止まった、ケータイが電池切れになった、故障した、も死亡の語を使う。「通訳死亡」は通訳者の手話がヘタで意味が通じないことを表します。

日常会話ですら、きちんと伝わりにくいのだから、複雑微妙な言い回しで会話するのは相当難しい気がします。高度に抽象的な概念はろう者同志のあいだで醸成されていて、聴者向けの会話には使わない(使えない)ということもあるかもしれません。(2009年11月 星湖舎発行)

トリセツ本 


★快道ウオーカーからの便り

●やまなみ快道 のレポートをご紹介

 やまなみ快道マップは2007年に頒布を終了しました。ここに紹介するのは、その最後の購入者<やまなみ最後のたびびと>さんのレポートです。去年、約一年がかりで踏破されましたので、順次掲載します。やまなみのゴールは大江山ですが、さらに延長して日本海側へ達します。

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■一日目 大阪駅~加島駅      2009年2月15日
この冬は、どうしようかと考えて快道メーカーさんの2つ目のやまなみに行こうとする。このコースならば冬のあいだに大阪近郊を走破して日本海まで歩けるんじゃないかと思う。

梅田から歩き出して、○ド○シカメラのところにミッキーが居てたのをカメラに収め、そこからスカイビルを目指し、空き地の縁を回り進んだ。今日は青空にビルが良く映えて、そこから十三大橋を歩いて越えた。なるほど、歩いて渡ると、淀川は大きい。10分は掛かりました。

十三の商店街で遅い昼食を食べ、淀川べりの土手を歩く。土手の上は風が強かったが気持ちが良く広い空間があった。JRの御幣島駅から帰っても良かったがもう少しは歩かなあかんだろうと次へ行くことにした。大野川の遊歩道という所を歩く。足元がブルーのペンキで塗られていた。ここが川のあとだと判るようになっているのかも知れない。

毎日3Kmずつ走ろうと書いてあった。アメリカまで10年かかるそうだ。高速の下の無機質なところを歩いて階段で高架の上にでた。こんな道は快道メーカーさんはイヤみたいだが、日曜日とあって車は走っていないし、大阪らしくって僕には好きなところだった。足がすくんでしまうような高架を越え、もう加島の駅の近くなので今日は少し早いが寒くなってきたのでここらで切り上げるとした。

ココから日本海まで行くことになる。山越えという感じだろう。こんなところに駅が?というところの地下に駅があり、そこからJRで帰りました。ぼちぼち歩いてみようかと思ってます。              やまなみ最後のたびびとより。

十三大橋をわたる
山口やまなみ1 

旧大野川の緑地をゆく
山口やまなみ2 

加島駅近く、JR線路を越える
山口やまなみ3 





古写真再生 昭和は遠くなりにけり

●琉球の旅から・・オンボロ宮古空港の思い出

 久しぶりに古写真登場です。旅先の空港の風景で一番印象的だったのは宮古島の宮古空港です。1966年(昭和41年)に訪ねたときは、まだ沖縄返還前でパスポートが必要でした。本土と違い、インフラ整備どころではない時代だったので、離島の空港は滑走路しかなかった。現在からみれば、ちょっと信じられない空港風景です。

下の一枚目の写真が宮古空港の施設の全てです。滑走路は旧日本軍がサトウキビ畑を切り開いてつくった、1200m、舗装なしの素朴型。左の小屋がターミナルビル兼管制塔(笑)。タタミ10帖ぶんくらいでしょうか。雨が多いのでこれでも無いよりはまし、むろん、無人です。

ダイヤは一日4便だったと思います。那覇又は石垣島発の飛行機が近づくと町から管制官(日本人)がバイクでやってきます。小屋にある無線機でパイロットとやりとりしますが、着陸可能かどうかを判断する気象観測装置は、小屋の上にある小さな風力計だけ。冬は強風の日が多いので,欠航はしょっちゅうあるそうです。
 
飛行機が肉眼で見えるようになると、バイクやタクシーが滑走路を走ってやってきます。空港へのアクセス道路なんかないので、滑走路兼アクセス道路です。みんな慣れているから、着陸寸前でも滑走路を飛ばしてくるタクシーがある。

無事着陸すると、これから乗る客や出迎え客がパイプ製のタラップをゴロゴロ押してドアにつけます。つまり、セルフサービス。無人空港だから仕方ない。(離陸するときは、降りた客や管制官がタラップをはずしたのか)

さて、離陸がすごくスリリング。滑走路が1200mと短いだけでなく、舗装してないからデコボコ、スピードが出ないのです。一番端っこから、猛烈にダッシュしても、なんか当時の田舎のバスみたいにゆれまくる。「わ、もう先ないんちゃうか!」とビビルころ、サトウキビをかすめてようやく浮き上がります。ホッ!

機材はAIR-AMERICAという米軍の下請けをして軍人や物資をベトナムの戦地などへ輸送している、多分中小企業の飛行機。ゆえにサービスなどあるはずもないけど、驚いたのは救命用のゴムボートを通路に立てかけてあることで、ただでさえ狭い通路なのに席へ着くのがタイヘンです。離陸後は女性乗務員が例によって救命具の付け方を説明しますが、横にボートがどてんと置いてあると、海上不時着のリアリティ十分です。それに、どう見ても全員乗れるサイズではないし。空港が無人なので、チケットの扱いなどは乗務員の仕事、なんかバスの車掌さんみたい。

あれから半世紀近くたちました。日本中の空港が立派になり、離島のオンボロ空港を覚えてる人もほとんどいないでしょう。下のURLをあけて現在の宮古空港のようすを見れば、あれは幻覚ではなかったかと訝りたくなります。

■宮古空港のホームページ
http://www.miyakoap.co.jp/index.html

1966年12月の宮古空港。小さい小屋とタラップがあるだけ。
中央右手が滑走路を走ってきたタクシー。
宮古空港1 

飛行機はDC-4という双発プロペラ機。
芋に羽をつけたようなずんぐりデザインで愛嬌あり。
宮古空港の思いで 

 

大阪日暮綴

●ボーゼン・・400年の歴史史跡が空っぽ!!

 西成区太子1丁目5-2、地下鉄動物園前駅の近くに「太子地蔵」というお地蔵さんがあり、なんでこの地に「太子」なのか、興味をもっていました。ネットで西成区 太子地蔵で検索するとけっこうたくさんの情報がでます。それで、先週末、ネット地図を手に出かけたのですが、見つかりませんでした。ネット情報がええ加減なのかと思い、区役所へ行って立派な町歩きガイドのパンフをもらい、再度現地へ行きましたが、やはり見つからない。

近くのコンビニで店員さんに尋ねたら「昨年無くなりました。あったのはここです」と案内してくれました。えええ??ここに??・・史跡、太子地蔵は10坪ほどの小さな更地になっていました。これじゃ見つかるはずがない。太子地蔵や大きな石碑などまるごと消滅しているのです。移転しましたとかの説明も一切無しです。こんなのアリか? 何十年も史跡探訪してきたけど、こんな目に合うのは初めてでした。

パンフの説明によると、江戸時代はこの一帯に墓地と刑場があり、その一角に地蔵さんが祀られていたらしい。千日前と同じようなところでした。近世から戦後に至り、区画整理など進んで、象徴的に地蔵さんだけが残されたみたいです。地味とはいえ、400年の歴史がある史跡が、こっそり、かつ、カンペキに撤去されたなんて聞いたことがない。誰が何のために撤去したのか・・と嘆いても仕方ないので、また区役所へ行き、担当課の職員に「えらいこっちゃ、太子地蔵はん、拉致されてまっせ」と報告しておきました。さて、地蔵さんは見つかるでせうか

■撤去される前の太子地蔵写真・このファイルから引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Taishi20061007_072234.jpg

太子地蔵1 

 ■もぬけのカラになっていました(2月16日)
太子地蔵 

まち歩きガイドに掲載されている太子地蔵の説明。  住所は太子1-5-2が正しい
太子地蔵 




メール投稿のページ

 ●「なにわ快道」商都コース  レポートをご紹介します

「なにわ快道」マップのユーザーMM子さんから「商都コース」ウオークのレポートが届きました。全39キロのうち、前半18キロを歩いて本町がゴールです。MM子さんは「さざなみ快道」も月一回くらいのペースで歩く計画を立て、先日スタートされました。10年くらい前、旧版地図で完歩されていて、今回は改訂版での歩行です。さざなみ快道はやまねこさんも進行中ですので、投稿あり次第、両方掲載します。

●MM子さんの「なにわ快道」商都コースレポート 
                   歩行2月11日(祝

 本日なにわ快道③コース井高野から本町まで約18キロを歩いて参りました。乗り換え乗り換えやっと着いた今里線井高野で下車したのは、私ともうお一方の二人だけ。曇天の朝8時発。

江口の君堂、逆巻地蔵は、いわれを知ると足を止めずに通り過ぎることができません。せせらぎの道をふくめ、新淀川になる前の様子が偲ばれ興味をそそられました。おなかがすいてたまらなくなってきた10時頃、淡路駅手前の線路沿いにやっと1件のCAFE発見。モーニングセットをとりました。再出発後読図ミス。浄水場近くを早めに右折してしまったらしく、崇禅寺になかなかたどり着けず、約50分のロス。

長柄の橋はきれいな形をしていますね。橋上歩きも眺めも爽快。天神橋筋に突入する頃に昼。こんなに人通りがあるのはここと駒川商店街が市内でダントツではないでしょうか。商店街終点近くで和風の宿の内部そのままを使っているらしいピータ-パンというイタリアンの店に遭遇。優雅に豪華に安価にLUNCHしました。

老松町ではギャラリーに入って鑑賞したり、食べに行ってみたくなった店のチェックやメモをしたりしました。御堂筋に入ってすぐ、近頃話題のおかきのFREE SHOPの前を通りかかり、おやつタイムをとることに決定。今日はよう食べるなーと感心しつつ熱いほうじ茶をいただき、お土産を買い、3時過ぎに店を出る頃、外は本降りの雨。心おきなく今日の行程を終える事が出来ました。後半約21キロをいつ歩くか未定ですが、グルメとも併せて楽しみです。    大阪市 MM子 
       
                                  ■文中の「おかきのFREE SHOP」播磨屋ステーションの案内です。
もうかなりの有名スポットらしいです。
http://www.harimayahonten.co.jp/pc/index.html

■同・利用者ののブログ
http://blog.livedoor.jp/syokumemo/archives/51291035.html

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「なにわ快道 100キロガイド」の説明は、
←左のカテゴリー「なにわ・・」を クリックして下さい。

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大阪日暮綴

●アルバム日記「酒とバラの日々」 いつのまにか31年目に

 日記をつけるなんて全く性に合わない。しかし、暮らしの中での出来事の記録を一切しないと不便だったり、困ることがある・・。そんな、ずぼらで記憶力の悪い駄目男が30年前に考えついたのがアルバム型の日記。アルバムの写真のポケットに写真と同じサイズのカードを入れて出来事をメモします。むろん、写真も入れます。メモは一件一行でもOK、なにも無ければカードの消費は進まない。最近は月に数行、一枚しか使わないときもままあります。

■年中「酒とバラの日々」
 生活上の喜怒哀楽、何事もありのまま書き付けるのが日記の基本なら、駄目男式アルバム日記は失格です。喜哀楽は書くけど「怒」は書かない。だから、他人が見たら、駄目男の人生は「酒とバラの日々」に見えます。ほんとは「酒とイバラの日々」だったりして(笑)。
メモには感情を表す語句は書かない。無味乾燥に書きます。
「○月○日 A君と10年ぶりに会う。梅田の××で一献」
「○月○日 ××氏死去の知らせあり 享年○○歳」これだけです。

■ペーパー製のブログ?
 文字だけの日記に比べ、写真も混じるアルバム型日記は、過去の出来事を時系列でリアルに思い出すことができる。これがメリットです。文と画像で構成するから、なんか「紙製ブログ」みたいですね。文字だけの日記やノートと写真だけのアルバムを別々につくると、まとまった時系列でのメモリーになりにくい。アルバム式は人生の軌跡を、自分にも、身内にもわかりやすく「保存」するための一案かと思います。
 
30年分のメモリーが7冊のアルバムに収まっています。一冊で3~5年分のメモカードと写真を収納します。うんと情報を絞れば、一冊で10年使えるかも知れません。これくらいなら、子供も捨てずに保存してくれそうです。立派な旅のアルバムを何十冊もつくっても、結局ゴミになるだけ、ということに早く気づきませう。人生後半に至れば、モノや情報は「貯める」より「捨てる」ほうが大事だと思うのですが。

■別にチケット専用ファイルも
 アルバムのメモにはコンサートへ行った、美術館へ行ったということは書きません(単に面倒くさいから)チケットを残しておいて、2~3年分まとめてファイルに貼り付けます。こんなの必要が無いといえば無いのですが、習慣になっています。

音楽会チケットを数えると、1979年から2009年までの30年間に574枚(回)。一回平均3000円とすると約172万円。車一台ぶんくらいの金額。ゴルフ場に574回通うよりはるかに安上がりですが、それは好みの問題。昔の思い出が蘇るのは美術展のチケットで、これは残しておいて良かったと思ってます。

酒とバラ・・ 

メモと写真。紙でつくったブログです。
酒とバラ・・  

チケット専用ファイル
酒とバラ・・ 

読書と音楽の愉しみ

●呉善花著「漢字廃止で韓国に何が起きたか」を読む
(その2)

 自分の名前が漢字で書けない・・なんだかミジメな気がするけど、別に生活上の不便はないのでしょう。しかし、庶民はともかく、エライ人の話になれば問題も大きい。以下の記事は同じくYONHAP通信によるものです。(2009年7月8日)

ここから引用
●前大統領の氏姓の文字を間違える

去る7日、メディアで公開された故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の遺骨箱の蓋に、盧前大統領の氏姓である『盧』の文字が誤って刻まれ、早期に修正される事が発表された。
 8日、盧前大統領側によれば来る10日、金海市(キムヘシ)進永邑(ジンヨンウプ烽火山(ポンファサン)の獅子岩の下の墓地に、安置される盧前大統領の大理石の石函の蓋に刻まれた『盧』という文字が、間違えて書かれているという一部からの指摘に対して確認作業を行い、この日のうちに修正される予定だ。

大理石の中でも最高品質として有名な忠南(チュンナム)・保寧(ポリョン)の南浦(ナムポ)鳥石で製作されたこの石函の蓋は、曹渓宗(チョゲジョン)総務院長のチグァン僧侶が漢字で書いた『大韓民国第16代大統領盧武鉉1946-2009』という文字が刻まれている。

しかし、この文字の中で氏姓である『盧』文字が本来の『虍』ではなく、『广』で誤って刻まれているという指摘が申告された。これに対してキム・ギョンス秘書官は、「誤字の部分を確認して、直さなければならない部分は直す」と言いながら、「『とても小さな墓碑』建設委員会の委員長であるユ・ホンジュン前文化財庁長がチグァン僧侶と話し合い、この日のうちに修正する予定だ」と語った。 (引用ここまで)

お坊さんでさえ、大統領の名前の文字を間違えるのだから、庶民が自分の名前を書けないくらい、ちっとも恥ずかしくないですね。
 次のニュースは、日本同様、同音異語が多い韓国語でハングルならではの大ミスが起きてしまった例です。

ここから引用
韓国KTX 枕木不良問題 09-02-19 
http://blog.livedoor.jp/x1000th/archives/736300.html

■KTX欠陥枕木問題は、製造業者が設計図の「防水」を「水を減らすこと」と誤解したのが原因 (注)KTXは韓国の高速鉄道のこと

<アンカー>
次のニュースです。昨日(16日)京釜高速鉄道の第2段階事業区間の枕木約300個に亀裂が発見されたという報道がありました。ところが、この区間に設置されたコンクリート枕木15万個は、すべて不良品だったという驚くべき事実が確認されました。TBCのソ・ウンジン記者がレポート報道します。

<レポーター>
高速鉄道のレールを支えるコンクリート枕木が帯状にぱっくりと割れています。鉄道施設公団は、京釜高速鉄道第2段階工事現場でこのような亀裂の発生した枕木は全部で332個だと発表しました。しかし、大邱~慶州間の96.9km区間に設置された枕木15万3千個全部が、こうした亀裂の危険を抱えていることが分かりました。全部、防水材ではなく吸水材が入っている不良品だからです。

問題は、締結装置を作った業者が、図面に出ている防水(バンス)材を吸水材だと解釈して枕木製造会社に製品を納品したことです。

<インタビュー: 埋立栓納品会社関係者>
「バンスという概念も曖昧で、水を遮断することもバンスだが水の量を減らすこともバンスだから…」 (訳注:「防水」「放水」「防守」「防銹」「傍受」などはハングル表記では同じ「バンス」。)  (引用ここまで)

ハングルでは防水と吸水が同じ表記というのもナンですが、製造業者がどちらかを確かめずに15万本もつくったというのもオドロキです。同音異語の場合、ハングルでは前後の文脈で正しい言葉を判断するけど、語彙が多いと勘違いや誤解が生じるのは仕方ない。日本語は表意語と表音語を混ぜて使うからミスは少ないけど、それでも??と迷う場合があります。

例えば、ハングルと同じ表音語である「かな」で「AさんとBさんは、たいしょうてきないきかたをえらんだ」と書いた場合、「たいしょう」は、対象、対照、対称、対症、のどれなのか、いきかたは。行き方なのか、生き方なのか、迷いやすい。漢字があってもややこしいのに、無ければ感覚、ニュアンスだけを頼りに判断しなければなりません。当然、微妙な言い回しや抽象的語句は避けるようになり、言葉は品位を失っていく。哲学や質の高い文学作品など生まれない由縁です。

韓国内の漢字を復活させよ、という世論はだんだん力を失っているようで、それを唱える人の多くは日本に統治された時代に教育を受けた人であり、年々数は減っていく。仮に、今後、政府が漢字復活の必要を認めたとしても、実際にどうするのか。まずは漢字を教えることの出来る教師の育成からはじめなければならない。その教師に漢字を教えることが出来る人材の質量を考えると・・もう絶望的です。

本書は2008年10月3日発行 PHP研究所 950円


読書と音楽の愉しみ

●呉善花著「漢字廃止で韓国に何が起きたか」を読む
(その1)

 昨年6月9日に紹介した、水村美苗著「日本語が亡びるとき」は感銘深い本でありましたが、そのテーマの関連本です。言葉を大事にしない国や国民はいずれ国家の衰退を招くであろうと、韓国人の著者が韓国の将来を危惧して書いています。むろん、日本にとっても他人事ではありません。

駄目男は永年「ハングルで高度な抽象観念を思考したり表現することができるのか」という疑問をもっていましたが、本書を読んでほぼ答えが得られたように思います。答えは「ノー」でした。

いきなり、問題の核心部分の文章を引用します。(42ページ)

~ここから引用~

「いまの韓国語では深遠な哲学や思想の議論はまず成り立たない。いかに朱子学の伝統を誇っても、あの気学の概念展開をハングルだけで理解することは出来ない。ハングルだけで世界的な水準をもった哲学論文を書くこともほとんで不可能である。日本語か西洋語でやるしかない。そこまで言わなくとも、私の知る韓国のご老人のなかには「韓国語では難しいことは考えられない。考えようとすればどうしても日本語になる」と言われる方が何人もいる。

逆に言うと、韓国人の多くが、日常的肌触りをもった言葉で全てを論じられると勝手に思っている。日本の朝鮮統治の問題ひとつとっても、容易に日常的感性から抜け出た議論をすることができないのもそのためである。私はそれを反日思想教育や伝統的な小中華主義のせいばかりと思ってきたが、決してそれだけではない。(引用ここまで)

日本語の書き言葉が、漢字+かな で成り立っているように、韓国でも1970年ごろまでは漢字+ハングル が標準でした。それが民族主義の高まりなどもあり、また、ハングルこそ世界で最高の文字だという政府や学者の宣伝(洗脳)もあって次第にハングルオンリーになり、現在では公用文書までハングルのみで書かれています。それは構わないけど、ハングルは表音文字であり、それだけで全ての文が書けるのか、理解できるのか、コミュニケーションが成り立つのか、これが問題なのです。

漢字の追放は韓国の勝手であって、他国がとやかく言う問題ではない。しかし、当の韓国ではさまざまなマイナス効果が生まれ、深刻な事態に直面しています。分かりやすい例を書くと、ほとんどの韓国人は、1970年ごろまでに発行された本や雑誌が読めない。日本でいえば、東京オリンピックや万博があった時代に発行された本を、今の日本人は読めないということになります。そんなアホな、という気がするけど事実です。自分の国で発行された本が読めない。それは図書館の存在価値を著しく貶めます。ちょっと古い時代の小説や資料を読みたいと思っても読めないのです。あるいは、学生が30~40年前に発表された学者の論文を読んで参考にしたいと思っても読めない。

漢字が読めないということは、当然、書けないことでもあります。漢字を書く習慣を全く無くした結果、どんなことが起きたか。韓国YONHAP通信の記事にこんなのがありました。(2007年6月12日)

ここから引用
■大卒者の6~7割、両親の名前を漢字で書けない

【永川12日聯合】4年制大学卒業者の10人に6~7人が、両親の名前を漢字で書けないという研究結果が明らかになった。
 陸軍第3仕官学校・国語学科の金鍾煥(キム・ジョンファン)教授がこのほど発表した論文は、昨年2月に全国104校の4年制大学で143学科の男子卒業生317人を対象に実施した試験結果に基づく。漢字能力検定試験4級の問題を用いたところ平均点は100点満点中17.4点で、試験を受けた人の95.3%が50点以下だった。4級では漢字1000字の音と訓を知っており、500字の漢字を書く能力があるかを測る。70点以上が合格となる。

 また、14.5%の人は自分の名前を漢字で正確に書くことができなかった。父親の名前を漢字で書けなかったのは65.3%、母親の名前の場合は75.4%に達した。65.6%の人が4年間通った大学の名前を、75.4%が自分の学科名を漢字で書くことができなかった。

 中学校で習う基礎的な漢字8つの筆順を聞いたところ、「有」の字を正しい筆順で書けた人は3%、「方」は10%、「母」は19%、「生」は25%だった。

 今回の結果について金教授は、卒業生の相当数がハングルと漢字交じりで書かれた教養書や専攻書を十分に読めない状態のまま大学を卒業したことになると指摘した。実態改善のために小学校から漢字教育を実施すべきとしている。 (引用ここまで)

自分の名前や両親の名前も漢字で書けないのなら、また、ハングルが世界一優れた文字と自負するなら、いっそうのこと漢字を全廃してハングルだけにすればよいではないか。つい、こう思ってしまうのでありますが、政府もそこまでは踏み切れないらしい。

~つづく~

2008年10月3日発行 PHP研究所
漢字廃止で何が起きたか 


たまには外メシ

●京都「柚子の里」でとり鍋を賞味  (二月九日)

 京都の「かくれ里」と言ってもよい水尾(京都市右京区)で名物のとり鍋を賞味。前回訪問より10年以上たっているのに、山里の風情はたいして変わっていませんでした。歓迎のアーチも看板もなく、観光地の雰囲気はまるでない点に好感を覚えます。

今回は「六兵衛」というお家を利用。新築された客室からの眺めが良い。
柚子風呂とトリの水炊きという定番メニューで5300円。JR保津峡駅からの往復の送迎料金とおみやげ込みですから、手頃な値段といえるでしょう。柚子の里というとどうしても冬のイメージになりがちですが、春や秋も楽しいかもしれません。

■参考情報
https://tabidachi.ana.co.jp/card/594570

窓からの眺め。イノシシが出るので畑はしっかりガードを固めている
ゆずの里 

看板はこれだけ。車道からは見えない
ゆずの里 

とりの水炊きセット
ゆずの里 

さあ、できましたよ~
ゆずの里 

ゆずの里 


閑人帳

●222222・・づくしの面白登山

 HKさんからいただいた年賀状に、11年ぶりに数字づくしの登山を計画していますとの文。すなわち、平成22年2月22日2時22分22秒に222mの山へ22名で登るとのことであります。2が15も連なるというこだわりようで、世間にはいろんな人がいるなあと感心。

11年前の1づくし登山は1が16連なって今回より一つ多い。その違いは何か。察すれば、山の高さが1111mだったのではないか。(吉野方面ではなかったかと思います)
 今回登る222mの山は? 「日本山名総覧」をひもとけば、どうやら和歌山県みなべ町界隈の「高田山」らしい。ならば、ちょうど梅の見頃、これは楽しく、めでたい山登りになりそうです。

次回は平成33年3月3日に333mの山へ33人で・・となりますが、う~ん、実現はビミョーでありますなあ。とりあえず、今上陛下の長寿を祈りませう。

■みなべ町の観光ガイド
 http://www.aikis.or.jp/~minabe/

大阪日暮綴

●かるめら焼き  ~なつメロならぬ、なつ菓子~

 昨日、節分会で大にぎわいのあびこ観音へ行ったとき、露天商で「かるめら(カルメ)焼き」を見つけ、思わず買ってしまいました。今でもこんな菓子が売れるのかと、いささか怪しんでいますが、何百軒もある露天商で1~2軒が細々続けてるのではと思います。

これを家で自分でつくった経験のある人は?・・ と尋ねれば、団塊世代の最年長(昭和22年生まれ)が、一番の古手かもしれません。いや、戦後生まれでは無理か? 昭和20年代、砂糖は貴重品で、甘いお菓子に飢えていた時代、家庭でつくれる砂糖菓子として流行したのですが、この作り方が難しくて失敗だらけの記憶のみあり、下の写真のようなカタチにできた覚えはありません。砂糖をこねて最後に重曹を入れるのですが、そのあとにふっくら膨らむはずが、なぜかへなへな~となって、ミジメな形になってしまいます・・・と書けば、ご年配の方、だんだん記憶が戻ってきたのではありませんか。

露天商のオッチャンに「今はどんな方法でつくってるん?」と尋ねると、「今も昔も同じでんがな、ぜんぜん変わってまへんで」 ほんまか?と聞き返しましたが、ホンマだそうです。プロでもときどきチョンボするとか。こんなもんつくるのに必死のパッチになった時代があったんやなあ・・。ホロリ。

■ネットにレシピが紹介されてるところをみると、今でもつくる人がいるんですねえ。カンタンにはできないこと、昔と同じみたいです。
 
http://www.mfc-online.org/presen612.htm

 http://www.h3.dion.ne.jp/~ento/KARUME-KEN.html

直径10センチくらい。一個200円 三つ500円でした。
かるめら焼き 

たまには外メシ

●天王寺駅前 旬菜工房「魁」(かい)

 雑誌「大阪人」天王寺区特集号に紹介されていた店。店の背後は、自分が子供の頃は菓子の卸売り市場で随分活気があった。今はすっかり衰退して、昼なお暗い飲み屋街になっている。なんだか、つげ義春の漫画に出てきそうな雰囲気の寂れた裏通りです。

店は料理も雰囲気もきわめてスタンダードって感じ。最近はどうしても「わたみ」的大バコの利用が多いので、たまにこんな店にくるとスタンダードが新鮮に思えるから不思議です。お値段もスタンダードでした。

店の横手の入り口
外メシ 天王寺 

岩牡蠣とふつうの牡蠣
外メシ天王寺 

牛すじ
外メシ天王寺 

芥子菜の和えもの
外メシ天王寺 

ワカサギの天ぷら
外メシ天王寺 
 

きずし
外メシ天王寺 

合鴨ロースト
外メシ天王寺 

■魁の案内はこちら・・・
http://kai.tennouji.jp/


閑人帳

●テレビコメンテーターの正体

 1月29日の「閑人帳」で「情報弱者」は新聞やテレビのコメンテーターの意見に易々と乗せられてしまう云々と書きました。それを証すような情報です。ニュース番組などで解説役をしている人物が小沢一郎事務所から講師料などとして多額の金を受け取っていたことがわかりました。民主党へ投票させるために、コメンテーターを抱き込んでいた。

昨年の選挙前から、民主党を持ち上げ、小沢幹事長を擁護するような発言を繰り返してきたのは、小沢から金をもらっていたからと疑われても仕方ない。現在分かってるのは下記の人物ですが、駄目男はテレビをあんまり見ないので、顔を想像できるのは、勝谷誠彦、寺島実郎、大谷昭宏、くらい。皆さん、一回50万円もらって民主党をヨイショしてきたわけです。当人は金をもらったことと解説内容とは関係ないとおっしゃるでしょうが、そんなの誰も信用しませんね。名目の「講師料」といっても実際に講演したのかどうかも疑わしい。

小沢一郎の悪賢さはこんな面でも発揮されていたのか、と敵ながらアイデアの良さに感心します、と、たまには褒めてあげませう。視聴者の多くはこんな裏操作を知らずに彼らの発言を信じた可能性が高い。それが政権奪取に役立ったのだから、一回50万の講師料はとても有効な投資といえます。

引用元ブログ「せと弘幸Blog・日本よ何処へ」
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52427059.html

~ここから引用~

小沢を擁護する評論家や学者の正体

お金をもらっていれば当然だよね。何と分かり易い事か。
先ずは2ちゃんねる掲示板からの紹介です。

■■テレビに出てる政治評論家の連中が、小沢擁護ばっかりな理由が判明しました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_
detail/q1136103956

●小沢一郎政経研究会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/
contents/090930/000013294.pdf

講演謝礼 525,000円 H20.4.23 (株)オーケープロダクション
(取締役 小倉智昭 所属タレント 小倉智昭 諸星裕 室井佑月)
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin
/contents/000025218.pdf

講師謝礼 300,000円 H19.4.19 高野孟
講演謝礼 300,000円 H19.9.10 二木啓孝
講演謝礼 500,000円 H19.12.25 勝谷誠彦
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/
contents/000021534.pdf

講師謝礼 300,000円 H18.4.11 末延吉正
講演謝礼 500,000円 H18.7.14 森田実
講演謝礼 500,000円 H18.12.6 倉田真由美

●改革国民会議
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/
contents/090930/000013300.pdf

講師料 500,000円 H20.7.11 山口二郎
講師料 500,000円 H20.7.12 寺島実郎
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/
contents/000025226.pdf

講師料 500,000円 H19.2.1 株式会社 森田総合研究所
講師料 500,000円 H19.2.3 嶌 信彦
講師料 500,000円 H19.8.20 有限会社 大谷昭宏事務所
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/
contents/000021543.pdf

講師料 500,000円 H18.2.12 末延吉正
講師料 500,000円 H18.7.16 勝谷誠彦

 マスコミ対策は万全って訳ですね?
補足 これは小沢側の事務所が総務省に提出した書類です。
総務省が一般公開してる書類ですから、なんの問題もありません。
もしここに書かれていることがウソなら、小沢の秘書は虚偽記載で逮捕 (すでに逮捕されているので再逮捕)ということになりますよ。

 やっぱりね。どおりでこの連中が希代の悪党政治家・小沢一郎を擁護するのに何故必死なのかが、これで判明しました。ゼネコンピンハネ政治家、公共工事を食い荒らす政治家を容認するなど、とても常識では考えられなかった。

 しかし、小沢から一回の講演料として50万円ものカネをもらっていれば、これはもう庇うしかありません。朝も書きましたがゼネコンから半ば恐喝まがいに吸い上げた汚いカネのお裾分けに与っていた。

 つまりは同じ穴のムジナ、一蓮托生の間柄だったというわけです。一生懸命に小沢を擁護して検察の暴走とか、国策捜査とか検察ファッショとか言っているヤツらの正体がこれですか。 どんどん紹介していきましょう。

~引用ここまで~


★なにわ快道 5600m ー 日本最長の連続商店街


●なにわ快道「商都コース」から・・

5600m 日本一長い「連続型商店街」写真ガイド

 「なにわ快道100キロガイド」では、100キロのうち、10キロが商店街を歩くコースになっています。その地図原稿をつくってるときに、上のタイトルのような、超長距離の商店街コースを発見しました。


天神橋筋商店街を同一名で統率された「単独型で日本最長の商店街」とすれば、こちらは複数の商店街を連ねて一筆書きコースに設定する「連続型で日本最長の商店街」と言えます。その距離は天神橋筋商店街の2倍、5600m。これを「日本最長」といえるかどうか、まだきちんと検証したわけではありませんが、一筆書き(同じところを二度通らない)の条件をクリアするのはかなり難しいのではと思います。さらに、物理的距離だけでなく、歩いて楽しいという、観光価値も条件にすれば、これを凌ぐ商店街はなさそうに思えるのですが・・。もし、情報をお持ちの方は教えて下さると助かります。


さて、どこからどこまで歩けば5600mになるのか。答えは、駅名で言えば、地下鉄本町駅~天王寺駅になります・・と書けば想像できるでしょうか。日常生活では、本町から天王寺まで歩いて行こうなんて考えませんね。それを非日常モードに切り替えると、楽しく、ときに探検気分で歩ける。そこがこの企画の狙いです。じっさい、一日のうちに心斎橋筋とジャンジャン横町を訪ねた人なんていないでしょう。


(注)「なにわ快道100キロガイド」で案内しているコースは、心斎橋~道頓堀間でアメリカ村や堀江、湊町も経由しているので、ここに紹介するコースとは若干異なります)

では、ご案内。
(この商店街は知ってる、知らん、とチェックしてみて下さい)

スタートはここです。中央大通りの船場センタービルのきわから
「せんば心斎橋」へ。東側に「丼池筋」があります。
5200mー1  

心斎橋商店街、実は三つに分かれていて、北から「せんば心斎橋」
「しんきた心斎橋」心斎橋筋商店街」が続いています。長堀通りから南側が
「心斎橋商店街」です。
5200m2 

長堀通りの北側は、正しくは「しんきた商店街」です。
5200m3 

道頓堀商店街 ここ知らん人はモグリですね。
52んm5 

法善寺横丁にも寄ります。
5200m6  

水掛不動にもお参りしませう。
5200m7 

千日前商店街 
5200m8 

おなじみ、よしもとの前を通って
5200m10 

「道具屋筋」へ入ります
5200m9 

すごい品揃えに見とれてしまいます。
5200m11 

道具屋筋を抜けたら「なんさん通り」です。
5200m12 

ちょっと東へ行けば、日本橋三丁目の交差点。 
このあたりで変わらない風景は立派な高島屋別館だけになりました。
5200m13 

オジン、オバンには縁のない街になってしまった、日本橋でんでんタウン。
「昭和は遠くなりにけり」実感させられます。
5200m14 

通天閣へのアプローチは「通天閣本通り商店街」です。
新世界界隈に四つか五つの商店街があり、ややこしい。
5200m15 

「大阪コテコテ文化センター」でございます。
5200m16 

ジャンジャン町(横町) このハイカラな看板を見よ
5200m17 

LEDの電飾なんかもつけて・・ジャンジャン横町、時代に追いついております。
5200m18 

人気の高い串カツ屋には行列ができます。
成長度ナンバーワンは「だるま」でしょう。
5200m19 

JR高架下商店街? 昔のようなションベン臭さは無くなりつつあります。
5200m20 


多くの大阪市民にとって、この先は「未知の世界」
「動物園前1番街」本名は「飛田本通り」と申します。
5200m1 

1番街と2番街の切れ目。ここは、昔の南海電車が横切っていました。
5200m 

2番街もそこそこにぎわっています。
5200m 

2番街から脇道へ入ると「オーエス劇場」ここの場末感はなかなかのものです。
5200m 

「本日午後は休演 バルサン使用中」 の張り紙が。ゴキブリ退治のために
休演というのが、なんか笑えます。
5200m 

本通りを左折して「新開筋商店街」へ入ります。
一挙に昭和30年代に戻ったような・・。
5200m 

いい感じですねえ、この光景。この通りの右手が24時間営業の飛田新地。
ご用心。
5200m 

古い建物の好きな人に人気の「鯛よし百番」
悪趣味も度を超すと感動してしまうという、過激インテリアが売り物です。
「なにわ快道」100キロ完歩の打ち上げ宴会にはぜひ訪ねてほしい店です。
(未成年者は連れて行かないように)
5200m 

新開筋商店街を抜けると、おおお・・別世界の風景。
5200m 

再開発のビルにも「あべのマルシェ」商店街が続きます。
残念ながら、おおむねシャッター通りになっています。
5200m 

上町台地の勾配が通路に現れて、こんな風景が・・。
5200m 

マルシェに続く「ポンテ」を抜けたところで商店街が終わります。本町から
5200m、ずいぶん歩きごたえのあるコースです。
土地勘のない人は、ここがどこなのか戸惑うでしょう。
天王寺駅まで6~7分です。ごくろうさまでした。
5200m 


■観光振興に生かしたい、大小「日本一の商店街」

 大阪には、単独、連続、それぞれで日本一長い商店街がある。さらに、日本一短い商店街(肥後橋商店街)もある。スケールの大小において三冠王というわけです。これを「商店街観光」のネタにして観光客を増やせないだろうかと思っています。

 上に紹介した5600m商店街は、「心斎橋でショッピング」の常連さんはゼッタイに歩かないコースですが、他府県からの観光客や外国人にはとても刺激的で興味津々のコースだと思います。大阪でしか体験できない商店街歩きは、楽しい土産話、自慢話になるのではないでしょうか。あとは、どうしてお金を使わせるか、が課題です。

大阪人でも、西成区の飛田本通りなんて、ほとんどの人には「未知の世界」でしょう。単に、おしゃれとか賑わってるとかだけでない、ディープなシーンも知ってもらいたいと思います。5600mが長すぎるのであれば、観光コースとして、新世界を終端にしても良いでしょう。(4000m程度になります)
 

読書と音楽の愉しみ

最近の演奏会から・・・

●大フィル1月定期演奏会

プログラム
エルガー 「海の絵」作品37 メゾ・ソプラノ 重松みか
同    交響曲第二番 変ホ長調 作品63

 こんなプログラムでも9割方席が埋まったのは、このたびNHK交響楽団の正指揮者になった尾高忠明への期待、興味ゆえかもしれない。言い換えれば、このプログラムで客を呼べる指揮者は尾高さんしかいない。

イギリス音楽のプログラムに接するたびに思うことはただ一つ。神さまはアングロサクソンに音楽の才能を授けなかった・・・。これは駄目男の勝手な持論でありますが、イギリス人にはなぜ音楽的創造能力がないのかを論じた文などに接したことがないので、一人合点しているわけであります。こんなことを言えば、イギリスにはなぜ美味しい料理がないのかも問題にせよ、といわれるかもしれない。い~や、美術だってそうだ、と口をはさむ人がいるかもしれない。

それはさておき、ゲルマンやラテン系に比べて明らかに音楽のセンスが劣る理由を民族史だけでなく、例の右脳、左脳論なんかで説明してくれたら納得するんですけどね。
 エルガーと言えば、イギリスでは大御所、有名ブランドなのでありますが、知られてる曲といえば、行進曲「威風堂々」と「愛の挨拶」という小品のみ。今回演奏の交響曲2番も威勢は良いが、なんともまとまりの無い曲で、ドンチャカ、ドンチャカやってるうちに終わってしまった。せめて起承転結くらいつけろよ、と聴衆の多くは思ったのではないか。だからといって、オーケストレーションなど、技術的にはさしたる問題はなく、あくまで創造性のなさがダメなのであります、なんちゃって、ぼろくそにくさして、エルガーはん、すんませんです。

30年くらい昔だったか、もっともイギリステイストの作品を書いたディーリアスの作品を意図的に聴いたことがあるけど、その曖昧模糊さに感動し?神さまはアングロサクソンに・・の持論ができてしまった。しかし、あとで調べると、この人はイギリス生まれではあるが、両親はドイツ人で、しかも作曲活動はおおかたパリでなされたと知った。民族の問題ではなかったのである。だが、その後、他のイギリスの作曲家の音楽を聴いてるうちに、また持論に戻ってしまった。

最近はハンセーして、しかし、ちょっぴり皮肉もこめて、イギリス音楽について蘊蓄を語ることが出来る人こそ、一流の音楽ファンだ、と思うようにしています。(1月22日 ザ・シンフォニーホール)

■エルガーのプロフィール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC