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大阪日暮綴

●大阪のど真ん中やのに・・・ 知らんかったこの風景

 下の写真みて「あ、あそこや」と気づく人、大阪人でも案外少ないのでは、と思います。なんで知る人が少ないのかと考えるに、この風景、大阪のど真ん中なのに「住宅街」だからです。ビジネス街や繁華街と違って、外部の人が出入りする機会が少ない。広々した緑地は地元住民の庭みたいなものです。

都会の真ん中にこんな「未知の大空間」があるのか、と不審に思うけど、現実にある面白さ。実際、駄目男も「へえ~、ここにこんな街があったのか」とおどろいたくらいです。ホント、都会の風景は移ろいやすいですね。

湊町新風景1 

同2 

同3 

同4 

どこやねん、これは・・・答えをいうと、なんばパークスの西隣、かつてのJR湊町駅(操車場)です。駅は存続してますが、線路は地下に潜り、地上は更地にして再開発したというわけです。線路は隣の今宮駅からただちに地下に入るため、通勤の人も車窓からこの風景を見る機会がない。むろん、なんばパークスの行楽客が流れてくることもない。・・ので広大な「未知の街」になってるのです

昔の、国鉄時代の湊町駅風景を覚えてる人が見たら、びっくりするかもしれません。

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閑人帳

●そこまで言って委員会?

■民主党都議会議員が内部告発
 月刊「WiLL」10月号に掲載された民主党の東京都議会議員、土屋たかゆき氏の文が民主党の内輪もめの火種になるかどうか興味深い。
 モロに「民主政権を内部告発する」というタイトルで民主党の選挙用の表の顔と裏事情を描いています。バカでも分かるシロウト向けの政策は公表されたマニフェストに書き、しかし、問題点が多く、公表すれば賛否両論が入り乱れて支持率が下がるかもしれない政策は「民主党政策集」のみに載せて、とりあえず知らん顔をする。それで政権が取れたら粛々と実施に移す。

土屋氏は、公開されたマニフェストは、耐震偽装のマンションの宣伝チラシと同じだという。チラシを信じて買ったら(投票したら)中身はえらく違っていた。そんな、国民を欺くような民主党でいいのかと。

国家の将来に重大な影響を与えるが、政治に無知なシロウトには受けない問題とは・・
①外国人参政権 ②慰安婦賠償 ③靖国反対・国立追悼施設 ④国立国会図書館法 ⑤人権救済機関 ⑥夫婦別姓・婚外子 ⑦教育問題全般 を挙げています。民主党には右から左までいろんな思想の議員がいて、それだけでも問題だけど、実際には数が少ない左がのさばり、声が大きいほうが強いというか、党内ヤクザのような存在になっているらしい。その典型が日教組族。

・・・しかし、都議会議員の身分とはいえ、こんなに明快にアンチを唱えたら「除名」処分されかねない。まあ、本人は覚悟もしてるみたいですが。
マスコミの大方は民主党応援団になってしまったので、上記の諸問題については無論知らんふりです。とにもかくにも、今はすんなりと政権交代を実現させることを最優先しています。歴史的大勝利まで。あと4日!。

みんしゅとうアンチ 

大阪日暮綴

●ゲージツだ、文句あっか!   改装中之島公園散歩

 中之島のバラ公園一帯がリニューアルされ「水都OSAKA・2009」というイベント会場にもなって、アーティストが面白い作品を展示しています。
 おかげで、ホームレスのブルーシートハウスはゼロになり、環境は清潔になりました。 しかし、展示されてる「作品」にはなんだかプアなイメージのものが多くて、ゲージツ的かつ貧乏症?ふうアイデア作品の見せ場になっています。リサイクルやエコをコンセプトにすると、それも仕方ないのかもしれません。なお、天満橋から天神橋までの左岸(南側)にも遊歩道ができ、両岸とも歩けるようになりました。(イベントは10月12日まで)

見た目にきれいで洒落てるのは天神橋下のこの作品。地面に植えた風車がまわる。
中之島1 

動物の盛り合わせです。
同2 

動物の皮をはいだ敷物か?・・・よく見ると、はいだのはスポーツシューズの上部でした。なるほど。
同3

同4  

お~い、どこや~~
同5 

ここや、ここや~~・・・対岸のビルの上にいました。
同6 

土木工事用一輪車に木箱を載せて「ゲージツ的屋台」やて。トホホ。
同7 

丸木船をつくってる人もいた。但し、工具は電動工具で・・。
同8 

なにわ橋下に巨大なお魚登場。これが一番のケッサク。
同9 

よく見ると、材料は全部ゴミの寄せ集めでした。以下、クローズアップ写真。
魚の頭。目玉は水道のメーター?
同11 

胴体は主に空き缶を利用。縞模様はいろんなゴミのミックス。
同10 

魚のしっぽ。掃除機、雨樋・・なんでも使えます。
イベントが終われば、「正しいゴミ」に戻るのでせうか。
同12 

同14 

(完)8月26日


大阪日暮綴

■新カテゴリー「大阪日暮綴」
 「ア・ラ・カルト」や「閑人帳」に載せていた記事のうち、大阪に関する情報を
「大阪日暮綴」にまとめます。読み方は「オオサカ ヒグラシツヅリ」。


●大阪で二番目に有名なお寺?・・・一心寺

 一番は四天王寺。これは不変のランキングかも知れません。そして、二位は一心寺ではないかと想像しています。大阪市民で一心寺の名前知らんのはモグリやで・・は言い過ぎかな? 知名度もさることながら、一番感心するのは集客力です。単純に、一日当たりの参詣客の数では四天王寺とあまり変わらないのでは、と思うくらいです。(お彼岸など特別の日は除いての話)

そして、このお寺は「仏教界のベンチャー」ではないかとも思います。お墓ナシでの先祖供養というアイデアを出し、もう100年以上の実績を築いて、今なお新しいユーザー(檀家)を増やし続けている。
 だったら、ヨソの寺院でもこの発想を取り入れて、新スタイルの供養を売り出したらどうかと無責任なこと考えてしまうのですが、なぜか現れませんね。 ゆえに、一心寺流は独走態勢、日々躍進・・なんてのは失礼かな。

いろいろな事情でお墓を作れない人、作りたくない人がいて、だけど、亡き肉親や先祖を弔い、供養したい気持ちは変わらない・・そんな人たちからお骨を預かり、粉に加工して「お骨仏」をつくり、祀る。従って、高価な墓地、墓石を誂えなくて済み、保守管理の苦労もない・・。これはグッドアイデアです。
 もちろん、宗派なんか詮索しない。人種、地域も関係なし。普通は5~10万円くらいの納骨費用で一式落着します。永代供養を希望する人は別途費用を払えば何十年か供養が続きます。(注・一心寺自体は浄土宗の寺)

死者を弔う、供養するという極めて精神的な世界にある種の「合理主義」を取り入れた。一家に一つの墓という個人主義をビミョーに転換させて、なお祀る側の心情やプライドも傷つけないで永く供養するシステム。ここんところがポイントです。

それに、現在の住職(長老)が僧侶であり、建築家でもあったことで、堂塔のデザインを斬新なものにチェンジし、納骨費用のオープンプライス化など、外部者にとても分かりやすいシステムにしたことも、人気向上に大いに役だったと思います。明治時代に考えついた僧侶もベンチャーでしたが、それを引き継ぎ、目に見えるかたちで敷居を低くした高口住職の功績も大きい。

お寺の東隣に「三千佛堂」という立派な講堂があり、その地下には仏教となんの関係もない小劇場があって、芝居や落語会もやってるのですが、これも集客のための作戦なのか。それとも、住職の趣味の延長?

 同寺のHPによると、納骨された数はすでに200万人分に達するとか。今の世相を考えると、一心寺方式が衰退することは考えられず、むしろ、需要増に応えて分院(支店)出現の可能性もありそうです。

■一心寺のホームページ
http://www.isshinji.or.jp/index.html

モダンな山門を境内から見たところ。鉄骨でできている。
一心寺1 

仁王さんも並みの姿ではありません。なかなか迫力あります。
一心寺2 

このお堂に「お骨仏」が祀られている。10年に一度くらい「新仏」をつくるそうで、次回は平成29年の予定。仏像は塗装しないので骨の色のまま。
一心寺3 
一心寺4 

鉄筋コンクリートの「三千佛堂」 地下に「倶楽」という小劇場がある。
一心寺5 

金色に輝く仏像は信者の寄付金でつくり、増やしていく。蓮台だけは既に供えてある。大体100年後に千体揃うのでは、という目論み。
一心寺6 

堂内の照明は屋根のソーラーパネルによって発電したもの。
一心寺7 
お寺の講堂はふつう畳敷きですが、ここは椅子席。正面に巨大仏像画が描かれ、
下のほうにギザギザに見えるのはヒマラヤ山脈。誰でも自由に入れる。
一心寺9 

閑人帳

●創業百年以上の企業、全国に21000社!

 会社の倒産情報でおなじみの東京商工リサーチ社が珍しく「歴史文化情報」を発信、全国の老舗のデータを公表しています。
■共同通信47ニュース
http://www.47news.jp/CN/200908/CN2009081201000927.html

老舗のナンバーワンは、いつぞやHPでも紹介した建設業「金剛組」 四天王寺境内西隣にショボイ建物を構えている会社です。創業西暦578年、四天王寺を建てた渡来人が初代オーナー。発注人は聖徳太子というから、もう笑うてしまいそうな大昔の話です。当時の文献が残っていたらピカイチの国宝間違いなしですね。この歴史の古さ、日本一は当然、世界一でもあります。

2009ー578=1431。創業以来1431年間、同じ仕事をしてきた。このあいだに四天王寺の五重塔は8回建て直した。8回目はあの1945年の空襲で焼失後、7回目は室戸台風でバラバラに倒壊。ゆえに、現在の五重塔はコンクリート造りになったのですが、終戦後間なしの時期の発想としてやむを得ないとはいえ残念であります。コンクリートでも300年はもつまいに・・。

コンクリ造り五重塔は倒れなかったが、金剛組は2006年にコケてしまいました。社長の苦悩、いかばかりだったか。幸い、高松建設が救ってくれて消滅は免れ、社名も残ったけど、この先安泰というものでもない。宮大工という優れた職人のかたまりみたいなものだから、いっそうのこと別の法人にして国がバックアップできないのか。いわば組織ごと無形文化財的扱いにするのです。

子供のころ、四天王寺の近くに住んでいたので、焼けた五重塔の基壇はチャンバラゴッコの陣地にして遊びました。空襲時の高熱で花崗岩の基壇はボロボロになり、子供の手でも簡単に崩すことができたくらいです。そのころ、母親から「てんのじには金剛組ゆうて名人の大工さんがぎょうさんいてはるんやで」と何度も聞かされていたので、名前はずっと覚えていたわけです。
■金剛組のホームページ
http://www.kongogumi.co.jp/

金剛組オフイス
金剛組 

先日、肥後橋から御堂筋へ抜ける際、西横堀の高速道路下で「すし萬」本店の前を通りました。外観は相変わらず明治調の古い民家のままです。周りはビルばかりのなか、ここだけ明治時代にタイムスリップできるシーンです。しかも今でも本店として商売しているのだから驚きます。
 調べてみたら創業は1653年、江戸時代、徳川家光あたりの時代です。以来、基本的には寿司屋さんを続けて今日に至るという、気の遠くなるような老舗です。
■すし萬のホームページ

http://web.me.com/bebek_sapi/Site/Welcomepage.html

すし萬本店

すし萬 

閑人帳

●こちらの「検定」無茶難しい・・・

    「天王寺 観光歴史 検定問題集」

 必要あって、天王寺区役所から史跡巡りの資料を送ってもらいました。
その中に上記の問題集があって、観光客向けの初心者レベルの問題だろうと思い、読んでみると、これが難問揃いです。駄目男は天王寺区生まれなので少しは有利なはずなのに、難しくて参りました。なめたらアカンのですね。トホホ。

全部で150問。大阪検定の3~2級クラスの問題が推定6~7割、残りが
自分にはお手上げに近い難問です。いくつかをコピーしてみます。(全て四択)

31問・・・浄春寺には、松尾芭蕉の反故塚など当時活躍した文化人が多く祀られています。天文学で有名な人もいますが、どなたの墓でしょう。
①間 長涯  ②伊能忠敬  ③高橋至時  ④麻田剛立

43問・・・芭蕉は大阪で亡くなる16日前の9月26日、ある料亭で句会をひらいています。その料亭はなんといったでしょう。
①西照庵  ②浮瀬亭  ③福屋   ④廣田屋

46問・・・秦聖寺は京都西山柳谷観音の支所です。その御利益は?
①頭痛  ②風邪  ③眼病  ④富くじ

55問・・・初代坂田籐十郎の墓は四天王寺にあります。平成十七年に中村雁治郎が襲名した藤十郎は何代目でしょう。
①二代目  ②三代目  ③四代目  ④五代目

60問・・・極楽浄土(西方浄土)のご本尊は?
①大日如来  ②薬師如来  ③釈迦如来  ④阿弥陀如来  

135問・・・大阪冬、夏の合戦で活躍した薄田隼人正兼相は増福寺に墓があります。どこの武将だったでしょう。
①徳川  ②豊臣  ③薩摩  ④前田

この6問のうち、駄目男が正解を知っていたのは、31,46,60の3問のみでした。「大阪検定」3級の問題に比べたら、ず~~っと難しいです。もし、6問ぜんぶ正解できる人は2級に楽々合格できるのではないでしょうか。
で、全150問にトライした結果、正解は92問、正解率62%でした。これから「あてずっぽう正解」を引くと50%(50点)あるかどうかでしょう。大阪検定の2級でこのレベルの問題出たら、しっかり落第です。

上記問題の答えは・・31問④ 43問② 46問③ 55問③ 60問④
135問② です。 

天王寺検定 

閑人帳

●第一回「大阪検定」3級 採点結果通知・・

 ・・が来ました。びっくりしたのは合格率の高さです。受験者数3964人に対して合格者数3877人、97,8%でした。これじゃ落ちたほうがエラソーにできるのではと(笑)。合格点は54点です。

①問題がやさしすぎた。
②自信のある人しか受験しなかった。・・が高率の理由でしょうか。

駄目男の成績は88点(100点満点で)順位は3964人中984位でした。平均点は80,5点、100点満点の人が4名いたそうです。エライ!
 なお、2級の合格率は70,7点。やはり難しかったのか。
来年も6月ごろに1/2/3級試験があるそうです。

採点通知票
大阪検定通知 


たまには外メシ

●新和食の店・・湊町リバープレイス「燈花」

 なんばハッチの北向かい、道頓堀川べりに今年できた和食の店です。
この一帯は住友倉庫が所有する土地が多く、この物件もハコは住友系列企業が開発したものらしい。新しい歩行者専用橋「浮庭橋」も費用は大阪市と住友が費用ワリカンでつくったという情報もあります。

 当店のコンセプトは、「居酒屋以上、料亭未満」というところでしょうか。一人4000~5000円までで若い人にも受ける洒落たレシピとインテリアで誘導しようというコンタンが見えます。平日なのに、なかなか繁盛していました。(8月5日)

なんばハッチ3階からの風景。黒い屋根の建物2階が「燈花」
外メシ 燈花 

店の川向かいは「なにわクルーズ」船の乗り場です。
同10 

注文したメニューは「蕎麦懐石」 陶器のビアグラスとつきだし。
以下、デザートとも7品。3360円。粗塩をつけて食べる十割そばが、なかなか美味しかった。そばといえばつゆ、に決めつけなくてもいいわけですね。
同 

同4 

同3 

同5 

同6 

同7 

同8 

デザートは白玉のぜんざいをカクテルグラスで・・。
同9 

陽が落ちると夜景もそこそこきれい。
同11 

■お店の紹介はこちら・・・予約するのがベター。
http://www.opefac.com/horie_toka/index.htm

 

大阪日暮綴

●天神祭には負けるけど・・
下町の神社のユニークな祭を見物

■その2 西成 生根神社の「だいがく」祭を見物
  この祭り、運の悪いことに、日取りが天神祭とガチンコしているので、どうしても影が薄い、話題にならないのがお気の毒であります。しかし、歴史は古く、しきたりなどもよく受け継がれていて、大阪府の民俗文化財第一号とか。場所は地下鉄玉出駅の北数分、国道26号を西へ入ったところです。
 
神社は住宅超過密地域にあり、村祭りのイメージなど描きようもないけど、昔は「勝間村」というのどかな村落でした。下の地図は明治10年代のものですが、隣の集落まで1キロくらいは離れており、一面の田畑が広がって「勝間南京」などが生産されていました。勝間南京=こつまなんきんで、ただ今もてはやされている、なにわの伝統野菜の一つです。

「だいがく」は「台額」「台楽」とも書き、大きな台に柱を立て、横木にたくさん提灯をぶら下げた山車の一種です。この柱をくるくるまわして動きを演出します。てっぺんまで約20m、重さは4トンもあるそうで、昔はこれを80人くらいで担ぎ、町を練りました。しかし、大きすぎて街路の電線に当たるとか不都合もあって、現在は縮小コピーした小型のものが公園のなかを巡ります。

境内で「こつまなんきん焼酎」というレアものの酒を売っていたので買いました。どんな味?・・期待しましたが、特に南京の香りがするでもなく、少々期待はずれでした。スッキリした口当たりです。(7月24日)

明治10年代の勝間村(中央黒い部分) 周辺は一面の畑が広がっていた。
だいがく 追加11 

生根神社の社殿と「だいがく」
だいがく祭1 

境内には「こつま南京 まじない石」があって、なでると中風、ボケ封じに効くそう。
だいがく5 

こどもたちの獅子舞列が到着
だいがく3 

だいがくはくるくるまわし、ときどき足で台をゆすって、てっぺんの鈴を鳴らす。小中学生は二人で、高校生以上は一人でまわす。
だいがく4 

挨拶する浜村淳さん。毎年くるというけど、どういう関係? やしきたかじんのお母さんも見物に・・。
だいがく9 

焼酎の試飲と販売。通販で売り上げを伸ばした「足立酒店」が明石の醸造業者に委託してつくってるという。こつまなんきんは東住吉区の農家一軒が生産するが、量が少ないので、酒も少ししか造れない。ゆえに?値段は高い。
だいがく7 

だいがく8 

賑やかな歌や囃子とともに西成の夜は更けて・・・。
だいがく10終わり 


■「生根神社」の由緒はこちら・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E6%A0%B9%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E8%A5%BF%E6%88%90%E5%8C%BA)




たなかよしゆきさんの部屋

●青春18きっぷを使って「良寛さん紀行」                                                                    

                              たなかよしゆき

 
 7月20日から24日まで「青春18きっぷ」を使って「良寛さん紀行」をしてきました。(いずれ、写真と文にまとめて発表したいと思ってます。)

■7月20日
 一日目は家を午前5時20分に出て始発で行動。京都で8時15分発新快速敦賀行きに乗車。敦賀で金沢行きに各停につながっているせいか、敦賀まで立ちっぱなし。青春18きっぷ使用開始初日でけっこう満員でした。金沢行きには座れてホッ。
 12時25分金沢着、同26分富山行き乗車。13時58分富山着。14時20分糸魚川行きに乗車。15時33分糸魚川着。16時18分直江津行きに乗車、17時00分直江津着。17時31分新潟行き快速に乗車。18時00分柏崎着。越後線に乗り換え、出雲崎19時18分着。

スーパーで缶ビールやアテを買って19時25分バス乗車(バスが上手くつながっていて、ホッ)出雲崎、良寛堂19時40分着。出雲崎の海の沖には漁り火が七つ八つともっていて旅情をかきたててくれました。良寛堂にお参りして民宿「まるこ」に投宿。

■7月21日
  できるだけ徒歩による行動をとりました。出雲崎から海岸を北上して郷本のそばまで歩き、そこから内陸部へ入り、良寛さん最後の地、島崎(和島村)を目指しました。途中から豪雨。雨の中、ずぶぬれになって、良寛さんのお墓参り。これも良寛さんの旅らしいとアキラメマシタ。
 木村家(良寛さん最後の草庵あり)も見て小島谷駅へ。越後線に乗り、出雲崎へ戻りました。まるこ投宿。万歩計3万5316歩。

■7月22日
 バスと越後線で分水駅まで行き、ここから行動開始。分水駅7時30分発、大河津分水路沿いに国上(くがみ)山へ。途中からまた雨が降り出し、ちょっと泣きそうに。靴もまだ半乾き。しかし、小雨で上がってくれてホッ。乙子(おとご)神社から国上寺五合庵を見て中部北陸自然歩道に出て、野積。野積から寺泊へ。観光案内所で安い宿を探してもらい、旅館「田甚(たじん)」投宿。 お風呂が鉱泉で感激。ちょっとぬるかったけど・・。万歩計3万3327歩。

■7月23日
 田甚を6時15分に出て行動開始。寺泊の海を離れて内陸部へ。大森子陽の墓7時50分。求草8時45分。ここから三国林道を縦断し、塩之入峠11時10分。与板町には12時15分。与板の町はNHK大河ドラマ「天地人」一色。お船の方生誕地碑も黒御影石のできたてホヤホヤ、ピッカピカ。良寛さんゆかりの徳昌寺と由之(弟)の松下庵跡、楽山苑をみたら、みるべきものもなく、バスにて長岡駅へ。ビジネスホテル投宿。駅のコンビニへビールとアテを買いに行く。万歩計3万5982歩。

■7月24日
 始発で行動開始。21日と逆コースで家には19時25分頃到着。20日と24日の分も入れると5日間で合計11万8624歩。

 出雲崎~島崎~分水(国上寺)~寺泊~与板とほぼ歩いてまわり、なつかしい良寛さんの風景にたっぷりひたれて満足しました。旅はやっぱり歩きですネ。雨に濡れて歩いたことも、良寛さんの旅らしいことと満足しています。おかげで旅の疲れも全くなく、胸の中は充実感で満たされています。(付・ビジネスホテルの大画面テレビ(私の家のと比べたら)でスケベー根性出してアダルト放送を久しぶりにみて、コーフンするやら幻滅するやらでガックリきました。まっ、これも世間についての勉強。余分なオマケでしたが・・・トホホ)

 これに味をしめて、8月には鹿児島県知覧を目指そうかと。特攻平和会館やホタル館・富屋食堂をみたいと前から思ってましたので。もちろん、青春18きっぷをトコトン利用して・・。
 ついでにJRで九州を一周してこようかと。時間がたっぷりあり、イラチでなかったらオススメです。(20日の車内では、青春18きっぷを使って北海道一周を計画している70歳の老人と会い、勇気をもらいました。キャリイを引いて待ち時間うろうろしていました。老鉄ちゃんとか)

■この夏の「青春18きっぷ」のポスター(部分) 山口線篠目駅  
青春18きっぷ09夏 


閑人帳

●難波八阪神社の船渡御行事が発展しますように・・

 7月13日に掲載した、ア・ラ・カルト「八阪神社夏祭りの船渡御」記事と同じ趣旨を再編集して大阪日日新聞の読者欄に投稿したら、7月31日に掲載されました。
 今はまだ知名度が低くて天神祭の船渡御の人気には比べるべくもないけれど、祭り会場としての立地条件では天神祭より優れた面もあるので、運営次第では将来メジャーになる可能性があると思っています。大阪の代表的な夏祭りが、キタとミナミ、二つになれば見物衆もうんと増えるでしょう。
 まだ工事中の戎橋~湊町間の道頓堀河岸工事が終われば、この祭の人気は一気に高まると期待しています。

7月31日 大阪日日新聞
日日新聞投稿 八阪神社」