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閑人帳

●「屑神社」 なんてあるのか!?

答え・・・あるんです。
下に掲載の<古道紀行 おおばこの会>の例会予定、第141回,忍阪の道・・の行程に「嬉河原屑神社」の名前があります。屑神社なんて文字の誤入力?と思って検索したら、ほんとにありました。
 クズという読みの神社は、普通は葛、国栖、久須、などの文字を使いますが、「屑」はありえん! 冗談 やろ、神さまに失礼や、と思うのが常識です。

なんで「屑」なのか。興味津々なのに案の定よく分からない。
下に紹介のHPをあけると、昔は春日神社だったが、1927年、昭和のはじめに屑神社に改名したとあります。大昔の話ではなく、80年くらい前の話というのが又興味をそそります。それなら「屑」に変えたいきさつを知ってる人が周辺におられると思うのですが・・。まさか、過去何百年お祀りしたのに何の御利益も無かったので、この屑め! と屑神社にしてしもた・・ではないでせうね。

文では支配者に虐げられた民衆の反感、怨恨かも・・みたいな説明もしています。真相はどうだったのか。HP文、前段のおわりに出てくる「エウカシ」って何なのか。これは古事記に書かれた、いわゆる神武東征記に出てくるキャラクターの一人、当地、宇陀地方を支配していた兄弟の兄の名前です。
 彼は神武天皇に恭順の意を示さなかったばかりか、暗殺を企て、しかし、失敗して自分の仕掛けたワナに落ちて死にます。神武サイドから言えば、これで目出度し目出度しの大団円。

しか~し、平定された地元宇陀人は・・・。の話と屑神社が関係あるのかどうかも不明ですが、まあ、いろいろ想像をかき立てる名前の神社ですね。

■大和の神々「屑神社」のホームページ
http://kamnavi.jp/as/uda/uresi.htm

■古事記に出てくる「エウカシとオトウカシ」のドラマ
http://www.melma.com/backnumber_91972_626781/

「神武東征記」は数年前、図書館で子供向きの本を借りて読みました。神話だから荒唐無稽この上なしですが、艱難辛苦の冒険物語として読めば面白い内容です。ただ、東征ツアーのさなかに、同じ場所に一年も滞在したりして、今風にいえば「こんなダルいプランでは兵士のモチベーション下がりまっしゃろ」とツッコミたくなるし、大和へ行くのに大阪湾からの上陸をあきらめて、海路熊野まで行って超遠回りコースをとるいきさつは子供でも「アホクサ」とシラけそうです(笑)。

キャプテン神武の一行は熊野で上陸して一路北上します。国道なんかありませんから毎日毎日藪こぎの連続。方位は磁石がなかったので三本足の「ヤタガラス」をナビゲーターに使い、ようやく大和が近づいたところ、宇陀で邪魔したのが「エウカシ」でした。藪こぎの苦労だけで大和へゴールインではドラマにならないので、こんなエピソードを加えたのでせうか。

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閑人帳」

●どっこい、生きてる 「国民宿舎」

 昭和30~40年代に大人気だった国民宿舎。国の施策としては珍しいヒット作だったと思います。しかし、幾星霜を経てほとんどが老朽化し、あるいは経営のヘタクソさで廃業続出、もう絶滅したと思ってました。公営のユースホステルも同じ運命をたどりました。

ところが、ほんの少しの宿舎だけが大人気施設となって残ってることを知りました。施設の評価は普通「稼働率」ではかりますが、下に案内している茨城県の「鵜の岬」はこれがなんと96パーセント、信じがたい高率です。要するに年中満員御礼状態で経営しています。
 なんで??のワケはリンク記事を読んで頂くとして、立地や施設のグレード+ヒューマンファクターがすごく大事だということがわかります。裏返せば、他の赤字の責任を問われず、「官」の発想から抜け出せなかった宿舎はぜんぶオシャカになったということです。

それにしても、年末年始の宿泊は競争率80倍!とは・・。ヒマなホテルのオーナーからみたらヨダレたらたらの妬ましさです。
 で、大阪にも残ってるのか、と見たら、全滅でした。京都も全滅。奈良県はつつじで知られた「葛城ロッジ」一軒のみ。兵庫には「赤とんぼ荘」など数軒残っています。

大阪近辺では、新高野快道の近くにある「紀伊見荘」が生き残り組。しかし、先日、紀見峠の丹波屋さんを訪ねたおりに伺った話では、もう何年も前に地元の人が買い取って(又は借りて)経営しており、サービスが良くなったせいで客が増えてるとのことでした。しかし、看板は全く変えてないので、知らない人は公営国民宿舎と勘違いするかもしれません。

さて、来月のはじめに「定額給付金 活用ツアー」なる名目で吉備路の「サンロード」という宿を利用しますが、実はここが総社市経営の国民宿舎で、稼働率が「鵜の岬」に次いで第2位(83パーセント)という施設です。まだ築数年みたいですが、よくぞ建てる勇気があったなあ、と変に感心します。どんな宿なのか、なんで2位なのか、見てきたいと思います。

■「鵜の岬」の人気絶頂ぶりをご覧下さい。
 下のほうに「サンロード」も出てきます。
 
http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/031120uno_no1_b.htm

■他の生き残り国民宿舎の情報はこちら・・
 
http://www.kokumin-shukusha.or.jp/

閑人帳

●各地で散歩コースの開拓、PRが盛んに・・

 健康増進、観光振興、タテマエがなんであれ、楽しく歩けるウオーキングコースの充実は嬉しいことです。大阪市では、この春から「大阪あそ歩」と名付けたミニコースの情報が公開され、ボランティアガイドによる詳しい説明付きのミニツアーもはじまりました。いつまでも、キタ、ミナミ、海遊館だけやあらへんで・・と、大阪の街再発見を意図した企画です。

プランを見たら「大阪食い倒れ 料亭シリーズ 高麗橋 吉兆」なんてのもあって、それで、な、な、なんぼやねん、と参加費見たら、35000円! うぎゃ~~、定額給付金ぜんぶ注ぎ込んでも足らんやおまへんか。
 ま、一見さんおことわりの店だから、こんな機会でないと行けませんけどね。甲斐性のある人は行っとくなはれ。

コースの地図はプリントできますので、好きなエリアを選んで散歩するのもいいでしょう。まだ数が少ないですが、将来は100コースくらいできそうです。

新潟県でも合計44コースを選んでPRしています。昨年「交流会」で訪ねた関川村も紹介されています。あのへんは村中散歩コースだらけって感じの環境なのがうらやましい。村上市にもコースがあります。

■「大阪あそ歩」の案内はこちら・・・
http://www.osaka-asobo.jp/

■新潟県の健康ウオーキングコースの案内はこちら・・・(県庁のHP)
http://www.kenko-niigata.com/21/step2/undousyuukan/walkingroad/index.html

閑人帳

●惜しまれない人・・小沢一郎

政権奪取のためには身を捨ててでも・・と悲壮な決意で辞任したのに、国民のあいだで惜しい、残念だという声がまるで起きないのが小沢サンの情けないところ。民主党支持の有権者だって大半は「良かった、ホッとした」気分でしょう。妙な話ですが、この見識は正しい。

逆に、自民党支持者は「惜しい、辞めないでほしかった」という反応。なぜなら、相手が岡田さんとかより、不人気の小沢サンのほうが戦いやすいから。ご当人は無念やるかたないといった心境でしょうが、遠からず、あのとき辞めて良かったと安堵する日がくるでしょう。

あまり表沙汰になってないけど、小沢さんの秘書の一人は韓国の女性。国の税金で賄われる秘書雇用になぜ韓国人なのか。ルール上、問題がないとしても、韓国は日本を「仮想敵国」視している国です。現に竹島を不法占拠している。なんでそんな国の人を秘書にするのか。この点でも説明責任があるでしょう。まして、政界の実力者と秘書の関係であれば、大事な国家機密が流出する心配多々です。

もし、小沢サンが総理大臣になったら、この件で国民は納得するだろうか。「んな、アホな!」と反応するのが普通でしょう。 在日への地方参政権付与を言い出したのも、この秘書さんの件と無関係とはいえないかも知れない。そうだとしたら公私混同もええ加減にしろ、と言われるでしょう。裏金問題で逮捕された秘書と情報筒抜けかもしれない韓国人の秘書。「一点のやましいところもない」やなんてよく言うね。

夫人が創価学会信者だというのは真相不明なので、また仮に事実であっても他人がとやかく言えないが、自民と公明との癒着を批判してきた民主党や民主党支持者にはうっとうしい話です。この先、小沢サンや民主党が公明党批判のパワーを落としたら、事実かもしれないという疑念が湧く。民主党と公明党が手を組む場面だってあるかもしれない。(その前に民主党が空中分解しそうだけど)

秘書が韓国人で奥さんが学会信者(仮定・下の参考情報参照)。こんな人に国家の経営を任せていいのか。・・・なので、今回の辞任は本人のため、国民のためにとても良い判断でした。
 
■秘書が韓国人、の問題を批判するブログ
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-880.html

■真偽不明・参考情報
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019556&tid=ja1ed9afiwfb3u&sid=552019556&mid=278827

ア・ラ・カルト

●改装「造幣博物館」見学

硬貨や勲章を造る造幣博物館が改装オープンとのことで、初めての見学です。お金(硬貨)を造る役所だから財務省(旧大蔵省)直轄かと思えば、今は独立行政法人だそうです。ま、中味は変わらないと思いますが。

入り口は銀橋(桜宮橋)のたもとにあり、住所氏名を書いて入場します。博物館までの通路は桜の「通り抜け」の道、今は緑の並木道です。内部は一新されたらしく、ディスプレイも十分お金をかけたと思われるリッチなもの。欲をいえば「お札」も見たいのですが、こちらの製造物ではないので展示はありません。

ハイビジョン映像による工場の歴史や硬貨の製造過程など、要領よくまとめてあってわかりやすい。それに明治~大正時代に使われた機械、器具のメカやデザインがとても魅力的です。手作りの大判小判の時代から、いきなり蒸気機関による大量生産へ移行したのだから、開設当初の、ついこの間までチョンマゲを結っていたエンジニアの苦労が忍ばれるというものです。技術情報も乏しく、先輩もいないなかで、よくもこんな複雑な機械が作れたもんだと感心します。

土日と祭日は休館。入場無料です。JR桜宮駅から大川端を散歩して行くのがおすすめのアクセスです。(5月1日)

■造幣博物館案内
http://www.mint.go.jp/plant/visit_museum_h.html


造幣博物館 

同2 

同3 


玄関にある大時計。工場の技師が1876年(明治9年)につくって工場内に時刻を知らせた。1998年に修理して現在も時を刻んでいる。
同4 

展示室は1~3階まであり、エレベーターも新設。ディスプレイは宝飾店のようにリッチ。
同6 

貨幣の原点は石や貝殻だった。
同7 

昔の硬貨の鋳造を復元したもの。現代は打ち抜き、プレス加工になっている。
同8 

徳川家康の時代に使われた「慶長大判」 1601年に16000枚造られ、家康が関ヶ原の戦いの恩賞として各武将に手渡したものではないかと・・。
10×7センチくらいで164グラム。純度1000分の671。
同9 

江戸時代の造幣局? 大判小判の製造所の様子がジオラマで展示してある。
これは最終工程で、目方を量ったり、花押を描いたり・・という、今なら品質管理部の仕事みたい。
同11 

昔は、旅に出るときはお金をいかに守るか、いろんな工夫をした。
これは刀にみせかけた財布。鞘を抜くと刀身の代わりに銭を収納できるようになっている。うっかり抜くと道に銭をばらまく恐れありです。
同12 

同13おわり

(完)撮影5月1日
 

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