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ア・ラ・カルト

●愛珠幼稚園見学

 かねてより内部を見たいと思っていたこの幼稚園が一日だけ公開されたので見学しました。淀屋橋駅から歩5分、ビル街のど真ん中にある木造の幼稚園は空間的にも時間的にも十分に異次元の光景であり、訪問者の多くは「信じられへんなあ」という感慨をもったのではないでしょうか。

残念なことに、内部の写真撮影は「園児の安全のため」という役所らしいケチな発想で禁止でしたので、お伝えできません。ただ、今後は年に一回くらいは公開の機会がありそうなので、興味ある人は訪ねてみて下さい。

御殿風と言われる建築の大方は明治時代のカタチを残しており、古いだけでなく、当時としては、ハード、ソフト両面で最新のテクニックを用いていて、このために現在でも普通の幼稚園として使うことができるのです。
 また建設の企画、工事は界隈の商人による出資によるものなので、思い切った設計、技法が可能だったと思われます。建物の母屋である遊戯室の大空間など、今の建築家が見ても驚く大胆な設計です。

また、「研究室」の札がある職員会議室なんか、なんか「明治天皇ご臨席」が似合いそうなしつらえで、気軽におしゃべりできる雰囲気ではありません。 奥の庭園に面した部屋は茶室で当時から園児にお茶の作法を教えていました。

大人もおどろくけど、毎年新入園する子供たちは、さぞや強烈なカルチャーショックを受けるのではないでしょうか。玄関の威厳あるたたずまい、見たことないオール木造の部屋、ここに、もし、先生(保母)方がみんな和服、袴姿で出てきたら、アタマが錯乱しそうですね(笑) 男性は姿三四郎そっくりだったりして。ほんと、そんな妄想が起きそうな空間です。遊戯室のグランドピアノも昔のものを修理しつつ使ってるとか。

資料によると、この建物は空襲による火災で周辺への延焼が懸念されたため、解体するところだったが、終戦間際のどさくさで作業着手が遅れ、もたもたしてるうちに8月15日を迎えてしまったとあります。北隣の「適塾」とともに奇跡的に残ったわけです。
昨年、国の重要文化財に指定され、いまや大阪市民の貴重な文化遺産になりました。(開園は明治34年)   撮影5月10日

■幼稚園の案内・・・
http://www.ocec.ne.jp/yochien/kindergarden/aisyu/



幼稚園の正面玄関
愛種幼稚園1




西面 大きい屋根の下が遊戯室
愛珠幼稚園2

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閑人帳

●最終電車観察記

電車の話が出たついでに・・・

 最終電車に乗ったことがない人は、最終は始発電車とおなじようにがら空きだろうと想像するかもしれないけれど、それは間違い、けっこう混雑します。御堂筋線なんか150%くらいに混みます。四つ橋線でも80%くらい。

 で、観察すれば、運転士と車掌以外はみんな酔っぱらい(笑)。
それはないとしても乗客の95%は酔っぱらいですね。残り5パーセントは、最終電車直前まで仕事していた?超不幸な人たち・・とは勝手な想像です。シラフで最終電車に乗るなんて、どう考えても幸せな状態ではないですね。

不思議なのは乗客の2~3割は20代~40歳の女性であること。水商売ではない普通のOLスタイルです。いったいどんな生活してんねん、この人らは、と思うけど、そんなの人の勝手でしょ・・だし。

梅田を出て本町に到着。「本日の中央線は運行終了しております。お乗り換え出来ませんのでご注意下さい」のアナウンス。難波到着「本日の千日前線は終了しております」動物園前到着「本日の堺筋線は・・」天王寺到着「本日の谷町線は・・」
 なんか、パラパラと乗客をこぼしながら、けだるい感じでレールの上を転がってゆく感じですね。酔客を詰め込んだままいつのまにか「銀河鉄道」になってたりして。いや、そんなファンタジーはかえってしらけますな。

最終電車が来たのに、ホームのベンチで白河夜船のおっちゃん。
おい、目え覚まして乗らんとあかんがな、最終やでこれ・・と、車内で気づいても誰もアクションなし。おっちゃんは、たちまち駅員に外へ放り出されてボーゼン。
ま、しゃーないけど。

混雑しているのに車内はサイレント。おおかた酔っぱらって寝ているためと
連れ合いで乗ってる客がいないからです。最終電車に夫婦どうし、友達どうし乗るなんて、ほとんどあり得ないから会話の起きようがない。
その沈黙の空間になにかしら哀感が漂う。群衆の中の孤独ちゅうやつですか。
しかし、シラフの人が居合わせたら、哀感どころか、不快感最高の電車であること間違いなしです。