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●北越後だより

2月24日は各地、大荒れ。
北越後も前日から冬型が強まり、朝から吹雪の1日でした。
村上野道クラブは今年の初ウオークで神林村「大池」に行ってきました。
2月中旬からの大雪で里道や松林のお幕場は無理。主として車道を歩きましたが、その代わり塩谷集落をゆっくりと観察することができました。

荒川の河口にある塩谷は昔の北前船の港町で往時を思い出させる町並みは
村上の町以上です。
その集落の端に「稲荷山(15.4m)」があります。地図には三角点は載っていま
すが名前はついていません。山頂には立派な稲荷様の建物もあり、魅力ある山です。4月から神林村も村上市と合併します。機会をみつけて宣伝しようと思っています。

blog (村上の野歩)   http://sa4410.at.webry.info/

● この二つ下に、快道フォトガイド「唐船山」をアップしています。
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読書と音楽の愉しみ

●司馬遼太郎著「坂の上の雲」を読む・・その3

司馬作品の第一の魅力、説得力のある文章とはなにか。
これは同業者のあいだでも無関心でおれない要素らしくて、96年発行の「司馬遼太郎の世界」(文藝春秋社)紙上での、作家、宮城谷昌光氏と清水義範氏の対談「文章に秘密あり」ではこんな発言があります。 (256頁ほか)

清水「文体ということで言えば、司馬さんの凄さは、小説を書くための文章として、新しい文章を作ってしまったことではないかと思っているんです。新聞記者の経歴を忍ばせるジャーナリスティックな文章と、小説の語り口の文章を融合させて、新しい文章をつくりだした。そして、それが可能だったのは、おそらく司馬さんが学生時代から文学青年ではなかったことによるのかも知れません」

「司馬さんは小説をルポルタージュのように書く。その文章が戦後の高度成長期のビジネスマンに広く迎え入れられたわけですね。歴史というものを感情で、でなく、科学的に見る。その見方を語るにはあの文章でなくてはならなかった」

「たとえば、文章の説明する力のすごさ。(略)どこかで合戦があって、山や平野のどこに布陣するのが有利か不利か、その地形を説明するのに、司馬さんは三行ほどの文章で説明してしまう」
宮城谷「そう、おっしゃる通りです。あの地形を説明する能力の凄まじさ。以前、新幹線の中で読んでいた司馬先生の本の中にも、京都の地形を描写するのに、ほんの二,三行ですが、本を放り上げたくなるような素晴らしい文章があって、先を読みたくなくなっちゃった(笑)」

清水「最近、小説は読まないけど、ノンフィクションなら読むという読者が多いそうですね。変な言い方になりますが、司馬さんは歴史上の人物と実際に会ってきて、その結果をわれわれにノンフィクションで教えてくれるように書くわけです」

以上、対談の一部を抜き書きしたもので、駄目男がグダグダ説明するより、司馬作品の魅力を説明するには十分な発言だと思います。

本書の第三巻を読んでいるときに友人から「これもおもろいで」と古本の差し入れがあり、吉村昭の「大黒屋光太夫」(上下巻、新潮社)という、いわゆる漂流ものでした。江戸時代、廻船が嵐で難破してロシアに漂着し、苦難の道数々という内容ですが、舞台の大半はロシアで、この本ではロシアやロシア国民が好意的に描かれているところが「坂の上」と異なります(時代も100年くらい差がある)

で、これも平行して読み、その後、書店で「近代化の相剋」という司馬作品に多い対談集も買って読み、上記引用の本も加わり、あれこれもうゴチャゴチャになってしまったのであります。「坂の上の雲」だけで3000頁くらいあるので、ぜんぶで4000頁近くになりそう。といって、毎日一心不乱に読む、というほどの読書家でもないから、去年10月から、実に4ヶ月もかかってしまいました。ヒマ人ぶりをさらけ出してるみたいですなあ。

さて、国民作家、司馬遼太郎の作品はどれくらい読まれてるのだろうか。
Wikipedia によると、05年の集計で、
第一位=竜馬がゆく 2125万部   二位=坂の上の雲 1475万部
三位=翔ぶが如く  1070万部   四位=街道をゆく 1051万部
五位=国盗り物語 674万部 (以下略)
・・となっており、全部ではゆうに一億冊を超えています。単純計算すれば日本人全部が一冊は読んだ勘定になります。

何という名誉、人気。しかし、逆に言えば影響力の怖さも察するに余りある。
司馬遼太郎は、こと「坂の上の雲」については断固、映画化、テレビドラマ化は許さない、と言っていたそうです。内容の大半を占める日露戦争の描写の映像化で、好戦派と誤解されるおそれがあるからです。(「司馬遼太郎の世界」から)
   
ところが、買った文庫本の帯には「NHKスペシャルドラマ 撮影開始」なんて宣伝があり、読めば来年から11年までに13回放送予定という。奥さんが禁を破って許可したのか、それとも内容を大幅に変えるのか。天上の司馬センセイ「オイコラ、わしは許さへんぞ」と怒ってるかもしれません。 (完)

写真は独特にして編集者泣かせ?の原稿。
司馬原稿

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●新高野快道⑤ 古市から喜志まで    やまねこ
  
2月11日 晴れ
雪の降った翌々日 絶好のハイキング日和
朝起きた時の天気予報があまりに良いので急に思い立ちて快道を目指す。古市までは布施で乗り換えて大阪線と道明寺を経由し古市まで行く 

古市発11時40分
前回 西琳寺を通過したので、ゆっくり拝観する。
境内に入ったとたん10年以上前にもハイキングで来たのを思い出して懐かしかった 12時16分

臥龍橋に行く途中 安閑天皇陵にオーラを感じ コースを外れて拝礼する。そのあと住宅街に入りこんでしまい必死に道を探して大和川を
目指しどうやら河川敷にたどり着き 1時間半遅れで昼食をすます

壷井八幡宮は裏門から急坂を登り(これが結構おもしろく)
境内で出会った地元の人の話に耳をかたむけたりして
しっかりと神社の佇まいを堪能する 15時37分

源氏三代の墓までの道路はきれいに舗装されていて迷うことなくたどり着いた。小高い山の上の墓地までのコースも昔と違いゆるやかな丸太の階段になっていて10年間の時の流れにただ感無量の想いでした。

今回はゆっくりした歩行なので 喜志駅を終点としました。16時30分

快道メーカー付言・・・・
「歴代天皇総覧」によれば、やまねこさんがオーラを感じたという安閑天皇は、今歴史ファンに人気の継体天皇の第一子。六世紀はじめごろの天皇で、この四代あと、用明天皇の時代に聖徳太子がデビューします。
            

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小谷村の塩の道ガイド、府川さんから「塩の道」PRの投稿が届いていますので、コピーしてこのページで紹介します。

野楽路会では1998年と99年、有志6名で5月連休にのべ一週間くらいかけて、糸魚川~小谷~松本を歩きました。もう10年前になるのですねえ・・。


●古道 塩の道 千国街道 ご案内  府川

初めてメールをお送りいたしました。
私は長野県 小谷村在住の府川と申します。小谷村の公認塩の道ガイドです。貴ホームページサイトを拝見し、私どもの村の「古道 塩の道」ぜひ歩いていただきたいと思いメールをしました。

全国に「塩の道」がありますが、小谷村を貫ける千国街道は 糸魚川~松本(120km)のうちの40kmほどです。
現在は 5つほどのコースが整備されています。 自慢は
① ほとんどが 土の道であり、原生林を貫ける道が残されていること。
② コースの中に峠がある(集落と集落を結びつけていた生活道)
③ アルプスの絶景、季節ごとの花々、自然の恵み
④ 道端に 昔から見守ってきた 石仏(石造物)が建っている
⑤ 道の整備はしましたが 古人があるいた同じ道を歩ける・・・・・・・

●毎年 5月3日~5日まで 塩の道祭りが開催され 5月3日は 我々の小谷村を歩きます。
●コースの各スポットにて 天ぷら、漬物等の振る舞いが地元の方々の協力によりあります。
●本年は 前日5月2日 前夜祭・前日ハイク等も企画しております。

詳しくは 私が作りました ホームページを見て頂ければ幸いです。
小谷村を歩こう:http://www.sirouma.com/

古道 塩の道 千国街道(小谷村を歩こうの一項目です):http://www.sirouma.com/sio/

勝手ながら 貴サイトを 小谷村を歩こうのリンク集に掲載させていただいております。よろしければ 相互リンクしていただければ幸いです。また 塩の道散策に協力的な宿のご案内もできますので その節は遠慮なくご連絡ください。

読書と音楽の愉しみ

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●司馬遼太郎著「坂の上の雲」を読む・・その2


準備と執筆に10年を要した力作
日露戦争で日本は勝った。その勝ちっぷりは、ボクシングになぞらえれば、陸戦は2対1の判定勝ち、海戦はTKO勝ちというところでしょうか。その陸海の戦いぶりが詳細に描かれていて、つい「講釈師 見てきたようなウソを言い」ってな言葉を思い浮かべてしまうのであります。司馬センセイ、スミマセンです。


ただ、満州の大地で展開される戦いは、参考地図があるといえど、読者には空間的なイメージがつくりにくい。想像しやすいのは、ごく狭い地域でドンパチする有名な「旅順口」の攻防場面くらいでしょうか。


それに比べ、海戦場面はわかりやすい。何しろ地名が出てこないもんで。(当たり前や)最終の第八巻はこの日本海海戦のありさまが延々300頁近くを費やして描写されます。ロシアはロジェストウエンスキー率いるバルチック艦隊。この敵方のロ長官はじめ、参謀や士官の人間描写がまた詳細をきわめ、司馬センセイが本人に会ってきたようなリアルさで綴られるのはスゴ~イ、というしかありません。小説だから作者の空想でも書けるのですが、そうではない。徹底的に資料を渉猟して下っ端の水兵の日記やメモまで吟味している。むろん、それらはロシア語だからロシア語に詳しい知人に翻訳してもらいます。


日本海軍の連合艦隊の活動における人間描写も面白くて、いかにも司馬流という場面多々です。特に指揮官、東郷平八郎と参謀で本書の主役でもある秋山真之(さねゆき)の描き方は、表現が極端ということの賛否はともかく、読者にはわかりやすくて読み飽きない。
 これらの事物を描くための、気の遠くなるような膨大な資料収集、整理はとても一人ではできっこないと読者は想像しますが、著者が後書きで語るところでは全部一人でやるそうです。(ま、奥さんくらいは手伝うでしょうけどね)


この作品を書くために、資料収集と検証に五年、構想と執筆に五年、計十年を費やしたとあります。このため、普段の人づきあいをおろそかにせざるを得ず、疎まれたらしい。それくらいエネルギーを費やし、集中したということでしょう。
 小説といいながら、描く事件はすべて現実に起きたことだからウカツなことはできない。その重圧に耐えながら、なお空想を織り交ぜて筆を進める。そしてできあがった作品のすごい説得力。これぞ小説家冥利に尽きる、というものでしょう。(つづく)


●秋山真之のお孫さんは前衆議院議員だったという情報・・
http://www.oishihisako.com/ 


●Wikipedia 辞典による秋山真之像
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E5%B1%B1%E7%9C%9F%E4%B9%8B

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●北越後だより

2月6日(水)
昨日までの吹雪模様の天気がどこへやら、
今朝は新雪が10cmほどあったが、風もなくおだやか。
風がないと体感温度もちがう。昨日の寒さ2℃より5,6度高い感じである。
いつものように午前8時に防寒支度をして散歩に出かけた。
三面川河畔のネコヤナギにところどころ白いものが。
川の水も温んでいるように見えた。
ヤマメも動き始めたようだ。・・・・まだまだですが。

村上の野歩
http://sa4410.at.webry.info/

読書と音楽の愉しみ

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●三大ピアノ協奏曲とは・・?


「下戸の止まり木」で紹介しているバー、カンパネラのマスターが店の常連客に、ピアノ協奏曲のベストスリーを投票せよと、メールでのアンケートを呼びかけました。個人の好みではなく、市場での人気をもとに選べという。

駄目男は自信満々で投票しました。
①チャイコフスキーの一番 
②ベートーベンの五番(皇帝) 
③ショパンの一番


ま、異存のないところだと思うのでありますが、集計結果を見ると・・アチャ、③がハズレでした。③はラフマニノフの二番が入り、ショパンは次点でした。ムム、なんでやねん。 ほかにグリークのイ短調やモーツアルトの21番なんかもあるけど、ショパンが落ちるとはなあ。皆さんが選んでも同じような結果になるでしょうか。


カンパネラの掲示板
http://6720.teacup.com/barcampanella/bbs

読書と音楽の愉しみ

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司馬遼太郎著 「坂の上の雲」を読む・・その1
                          
文藝春秋社 文庫版全8巻


■もし、日露戦争に負けていたら・
読み出したら止まらない、という本にはあまり出会わないものですが、本書は梅原猛「隠された十字架」以来の止まらない本になりました。 両書とも古い発行で、読書ファンには「今頃こんな本読んでまんのか、ハハハのハ」と笑われそうですけど。 


ヴォリュウムも中身の濃さも大変な力作ゆえ、さて感想を書こうと思っても、え~と、何から書けばええんかいな、と迷ってしまいます。
 思いつくままに記すと、第三巻あたりで気になったのは、もし、日露戦争に負けていたら、日本はどうなっていたか、です。
・・ホント、どうなっていたでしょう。負けていたら日本はロシアに支配され、二流以下の国家、国民になっていたでしょう。平和で経済力豊かな国になってるなんてあり得ない。


著者は甘めに想像しています。「北海道はロシア領になる。本州は直接支配されなくても佐世保や敦賀は「租借地」にされてロシアのフリースペースになるだろう」と。日本人がロシア人なることはないにしても、要するに属国にちかい扱いになる。今で言えば、チェチェンやグルジアみたいな立場ですか。文句タラタラの今の日本とどちらがいい?


思い出したのは「元寇」です。かの時、神風とやらが吹いて元の大軍団は自滅状態になり、日本は事なきを得るのですが、もし、元の計画通り上陸、支配に成功していたら・・日本の歴史は書き換えになります。
 しかし、なんでおます、日本はアメリカにボコボコに負けて占領されたのに、いまこのように文句タラタラでも平和と繁栄を築いたのだから、相手がロシアや元でも大して変わりまへんやろ。そういう考え方もできます。だから、日露戦争に負けてもさほど不幸にはならなかっただろうと。う~ん、それは甘すぎるんとちゃいますか。


では、日露戦争に勝った日本は、その後平和と繁栄を続ける幸せな国であり得たか、というと、そうではない。軍部がだんだんエラソーにのさばりはじめて「列強国」の一つだと自信過剰になり、結果は惨めな敗戦国になった。一億総懺悔させられました。
 では、もう一度反転して、太平洋戦争に勝ったとしたら・・その先は総懺悔で済まない、一億壊滅国家になったかもしれないし・・。考え出したらキリがありません。


ただ、結果論として、日露戦争に負けるよりは勝ったほうがベターであったとして、では、勝ったのは日本軍が強かったから? それとも相手が弱かったから? 
日露双方、丁々発止の戦略、本書の面白さの一つはここにあります。
(つづく)

読書と音楽の愉しみ

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●糸川英夫著「八十歳のアリア」を読む


著者はもう10年くらい前に亡くなったけど、ロケット開発の先駆者、脳波測定器や心電図計の開発、「逆転の発想」という本をヒットさせた科学者として有名でした。
 業績は数多いけれど、生涯を通じて一番長く付き合い、情熱を注いだのはヴァイオリンの製作でした。これはあまり知られていないのですが、本書はその自作ヴァイオリン「ヒデオ・イトカワ号」の着想から完成に至る顛末をエッセーにしたものです。


科学者ですから、かの名器「ストラディバリウス」にまつわる神秘性や伝説を引きはがし、最高の音づくりの方法を方程式で解き明かしてみせる・・と意気込むのですが、方程式はできても、実際にヴァイオリンのカタチに表すのはタイヘンです。
「う~ん、なんでやねん、どないせえちゅうねん、こないしたらどや」大阪弁でいえばこんなふうに悪戦苦闘の連続です。


やっと完成させて、ヴァイオリニストにテストを頼むのですが、プロは誰も相手にしてくれません。ニス(塗料)なんか音質に関係ナシ、と白木のままなんですが、なんか棺桶みたいで・・。なんやかんやで、世にでるまで(本人が記念コンサートをやるまで)45年もかかってしまいました。だから、糸川博士にとっては、このヴァイオリンづくりこそライフワークだったのです。


これって博士の仕事?趣味? と問われたら趣味でしょうねえ。35歳からスタートして45年かかって、一円の稼ぎにもならなかったもんで。ところが、博士号をとるための音響工学の論文はヴァイオリン研究の成果であるし、脳波測定器の開発もヴァイオリン研究から発想されたものなので、趣味で片づけていいのか、難しい。世間でロケット博士のニックネームで呼ばれたけど、博士号取得のタネはロケットと関係ないのです。


「良い音をつくる方法の科学的解明」をうたいつつ、もともと音楽好きだった博士は、ストラディバリウスの卓越した音色、それを生んだ職人への尊敬の念も持ち合わせています。ストラドの音を聴いて感動する人間の心の奥までは測定できない。神秘性を認めるにやぶさかではないと脱帽するのです。(ネスコ 文藝春秋発行 1992年)

アリア