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●「通り抜け」最終日

 森ノ宮の図書館へ行くまえに「通り抜け」 へ寄り道。17日が最終日で月曜日。天気予報は雨・・なら空いてるはずという予想はしっかり外れて大賑わいでした。賑わいの原因は3~4割を占める外国人観光客。彼らに「月曜日」って関係ナシなのでした。大川端の屋台が大半営業していたのも外国人目当てでせう。


外国人にとっては、大川端の咲き残りのソメイヨシノと通り抜けの八重桜系、両方の桜が見物できて大満足だったと思います。通り抜けの桜並木は、日本中でここでしか見られない風景で、エレガントだけではない桜の姿に驚きの声を挙げてる人もたくさんいました。


通り抜け 

枝の位置が低いので記念写真が撮りやすいのも人気のモト。

通り 


なるほど・・
通り 



「今年の桜」に選ばれた「ウコン(鬱金)」
通り 






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背割堤に「さくら であい館」オープン

 年々人気の高まる「背割堤の桜並木」に展望台が完成、さらに知名度が高まりました。展望台は花見シーズン以外でも利用できますので、八幡市の新しい観光スポットになります。(花見期間以外は無料) 数年ぶりに訪れて驚いたのは、バーベキューを禁止したらゴミが見事に消えたこと、土手や草広場では、探さなければ見つからないほどクリーンな風景になっています。バーベキューファンがいかにマナーが悪かったかを再認識させられます。もうゴミ収集車の出番はありません。


人混みの嫌いな人には、花見以外の季節に訪ねることをおすすめします。「であい館」ができて、ふだんの人出も多少増えますが、のんびり散歩するには最高に快適な環境です。八幡市駅から徒歩15分。


背割り堤

背割り 



背割り 



展望台は高さ25m。下りは階段も使える。
背割り 



左が木津川、右が宇治川
背割り 



背割り 






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●天保山公園 桜まつり

 旧知の三人と昼メシの会。その前に久しぶりに天保山界隈を散歩しようと大阪港駅付近を歩きました。天保山公園では桜まつりとかで、屋台も出て大賑わい。外国人もたくさんいます。しばらく前はここがポケモン聖地とかで若者が殺到しましたが、もうすっかり忘れられたみたい。
(4月8日)

花見


色の濃い「ヨウコウザクラ」が混じって華やか
花見


チャイナのねえさんたちも満足のようす
花見


築港高野山の桜も満開。稀勢の里が属する田子の浦部屋の宿泊所になっていたので場所中は見物人で賑わったらしい。大阪港駅から徒歩5分。
天保山花見2017





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●桜の向こうに雪の山

 4月にはいってからも北陸の一部では「なだれ注意報」が出されているので、今年は残雪の多い春になりそうです。その雪山風景が桜の背景にあれば、さらに魅力的な風景になるけど、関西ではほとんど見られないのが残念です。下の写真は2012年4月19日に福井県で撮影したものですが、九頭竜川堤防の桜が満開、そしてバックに雪山という「絵になる風景」でした。ヒマのある方におすすめする、関西では見られない花見です。訪ねたのは越前鉄道沿いの勝山と大野、JR利用で、大阪から日帰りで行けます。(残雪の多少は年によって大きく変わりますので、下調べして出かけませう)

yukiyama



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yukiyama 





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●快適遊歩道「伊吹せんろみち」を歩く

 伊吹山麓を訪ねるのは拙著「湯めぐりウオーキング」の下見調査以来、十数年ぶりです。昼過ぎまで中山道「柏原縮」を見物して一駅西の近江長岡駅に行くと駅舎に「伊吹せんろみち」のパンフがあり、これで山麓のジョイ伊吹まで歩くことにしました。


伊吹山麓はセメントの原料、石灰岩の産地なので、戦後、大規模なプラントを建設し、運搬には専用線路をつくって近江長岡駅まで運びました。昭和27年の開業時は蒸気機関車で、その後ディーゼル機関車、電気機関車が使われましたが、1996年、トラック輸送に転じて廃線となり、線路は放置されます。2007年に線路跡を生かして遊歩道に生まれ変わりました。駄目男が「湯めぐり」コース調査で訪ねた時は線路が残っており、セメント工場も広大な廃墟になっていて、それなりに魅力があったのですが、敷地内部の様子は伺えませんでした。


近江長岡駅から終点まで3,5キロ、標高差は80m程度ですから、ごくゆるい上り道です。車両の通行はできないので安全、常に伊吹山を正面に眺めながら楽しく歩けます。この季節はまだ中腹以上に残雪があるので、夏に比べてずっとかっこいい山に見えます。ちなみに、関西では数少ない「日本百名山」に選ばれている山です。(標高は1377m)
 駅からこの道をジョイ伊吹まで歩き、帰りは「湯めぐり」で紹介した三島池経由の道をたどれば約10キロのハイキングコースになり、伊吹山麓の田園風景も楽しめます。「青春18きっぷ」を使えば、大阪駅発なら大幅に安くなります。(通常往復運賃4420円)


伊吹せんろみちの風景 撮影は3月19日
伊吹 


いぶき


遊歩道わきに古いレールを束ねておいてある
いぶき


車道と交差するところはトンネルでくぐる
いぶき


終点にはモニュメントとしてレールを残してある
いぶき


ジョイ伊吹 市民会館ロビー
いぶき


建物も広場も伊吹山を借景にしている。
いぶき





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●ようやく春の彩りに・・・長居公園・植物園

 冬の植物園は開店休業状態で閑古鳥が鳴く・・ので、花のファンより野鳥のファンのほうが多いかもしれない。三脚に望遠レンズをセットしてひたすら鳥を待つ。なかなか忍耐の要る趣味です。
 3月半ば、梅の次にサンシュユが咲く頃から、ようやく春らしい彩りになって少し来園者が増えます。最近は上等のカメラをもつ「カメラ女子」?が増えて、女性だけ対象のカメラ講習会も催される。さもなければスマホで、駄目男のように安物のコンパクトカメラを使う人は皆目いなくなりました。遠からず、絶滅危惧種になりそうです。


サンシュユ
sannsyuyu 


dou 


マンサク
マンサク


アブラナ
アブラナ


河津桜
河津桜


アフリカ産の花の寄せ植え
アフリカ






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●縄文時代の大阪

 下の写真は「大阪高低差地形散歩」の著者、新之介氏がパソコンで描いた数千年昔の大阪の風景です。同じような画像を見る機会が増えたのでご存じの方も多いと思います。教科書にも載ってるかもしれません。 縄文時代は現在より海水面が数メートル高かった。この情報をもとに地形を描くとこんな風景になります。上町台地は半島のようなかたちで、西は大阪湾、東は河内潟(湖)と呼ぶ浅い海です。これが土砂の堆積で次第に陸地化します。

画像引用元
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-entry-863.html


上町筋


神話に出て来る話、神武天皇の一行が上陸したのは生駒山麓というのはこの写真で分かります。現在の石切あたりですが、ここまで舟を漕いで来た。舟を下りていきなり生駒山に登ります。しかし、上陸作戦は失敗し、すごすご引き返します。


大和に通じる「なにわ大道」づくり
 写真には、現状と比較しやすいように淀川や市内の湾岸地帯の地形も白い線で描かれています。自然の作用による陸地化と人工による陸地造成があいまって現在の姿になりました。大昔ではなく、江戸時代半ばまでは、大和川は台地に沿って北上し、大阪城の東で淀川と合流していました。もともと水量の多い淀川に大和川の水も加わるのだから、しょっちゅう洪水が起きる。これが新大和川開削の理由です。淀川も新淀川を開削して水害に対処しました。


台地の上端(北端)に難波宮が設けられ、中国など外国からの船はこの西側の岸に着いた。ここから大和へ向かうために上町台地をまっすぐ南下する「なにわ大道」がつくられ、堺で東へ向きを変えて大和へ。 難波宮から南下する道というと、単純に上町筋を想像してしまい、なにわ大道は平坦な道だったと錯覚しそう。もちろん間違いです。復元された大極殿跡は上町筋から東へ約200mのところにあり、ここに近い道を選んで南へ進むと坂だらけの道になります。フラットな地形の街に住んでる人には驚きというか、新鮮な風景に見えます。新之介氏もこの坂道風景に触発されて「大阪高低差地形散歩」を著された。大発見や~、みたいな気分だったかもしれない。


上町筋も市街地として開発されるまでは坂道だらけだったと思いますが、路面電車を走らせるためにも丁寧な平坦化造成工事が行われた。しかし、それ以外の町は坂や崖を残したまま開発されたので「坂道風景」がたくさん残っています。なにわ大道は、上町台地では全く痕跡がないけど、少し東側の道(清水谷高校校舎の西側の道)は千日前通りまではほぼ直線道なので、古代のなにわ大道の風景を想像しながら散歩できます。この道に名前をつけるか、「歴史の散歩道」に選定すると知名度が上がって散歩ファンが増えると思います。


難波宮大極殿跡 ここから「なにわ大道」がはじまる
上町  


上町筋は平坦に造成された道だが・・・
上町


上町筋から少し外れると坂道が多くなる
上町


崖や急傾斜地を公園にした例
上町




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●カンアヤメ(寒咲アヤメ)

 アヤメって初夏に咲くものと思い込んでいましたが、冬に咲くのもあってはじめて見ました。丈が低くて、寒風に身をすくめているように見えます。はじめて案内された「都市緑化植物園」(豊中市)で咲いてました。


kannayame



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● 向井潤吉の農村風景画を思い出す・・
    ~日本民家集落博物館~

20年ぶり?くらいに訪ねてみたらラッキーが二つ。一つはシニア割引きデーで半額(250円)入場できたこと。もう一つは梅林の梅が見頃だったこと。ここに梅林があること、忘れてました。
 茅葺きの農家と梅がある風景は郷愁感を味わうには最良のアイテムと言えます。100年前は日本中で普通に見られた風景なのに、今は博物館でしか見られないというのはさびしいけれど、そのぶん、保存価値はますます高まります。ほとんどの家屋がここへ来て60年たつこと自体にも驚きます。まわりの樹木が成長して違和感もなくなりました。


絵の好きな人なら向井潤吉の郷愁感あふれる農村風景作品を思い出すでせう。茅葺きの家や山里風景を描いた画家では、たぶん人気ナンバーワンだと思います。たいていの図書館には画集があるので、在りし日の田舎風景に出会うことができます。

案内はこちら・・・
https://www.occh.or.jp/minka/


古民家


古民家 



古民家 



古民家 



古民家

向井潤吉作品のひとつ
古民家


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●三川合流点にまもなく展望塔が完成

 宇治川、桂川、木津川の三川が合流するところに「背割堤」という桜の名所がありますが、これを高見から見物できるタワーがまもなく完成します。今まで駐車場しかなかったところだから、オープンしたら人気スポットになること、間違いなしです。(展望塔は有料です)


名前は「さくらであい館」。高さは約25m、西側(下流側)に長く連なる桜並木を見下ろすことになり、ヨソではみられないパノラマシーンが見物できます。オープンは3月25日。この日はまだ花見には早い気がするけど、階下ではジャズライブなど、イベントもあります。但し、レストランなどはなさそうなので、弁当は持参が必要(臨時の売店はあるはず)


背割堤は桜の名所としては歴史が浅く、見物されるようになったのは30年くらい前からでせう。その前は松並木でした。地元、八幡市が永らく観光客の増加を嫌い、名所にしたくなかったせいもあります。(清掃費ばかりかさんで、収入はゼロという、ありがた迷惑な名所だったから)それはともかく、今回のタワー建設で集客力は高まり、知名度も全国区になるのでは、と期待できます。拙著「京快道」のコースでもあります。


完成予想図
sakura



JR西日本の広報誌「おとなび」の表紙に登場した背割堤のさくら
sakura




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●道頓堀川の源流は高津神社境内だった

 新之介氏の「大阪高低差地形散歩」本には上町台地のあちこちが紹介されていて、いずれも興味深いのですが、江戸時代に開削された道頓堀川は梅川(梅の川)を堀り広げたものという歴史があり、その原形が高津神社に残っています。うっかり見過ごしてしまいそうな小さな橋が証拠物件です。昔、神社の境内の低地に湧水があり、この小さな流れが西へ500mほど下ると道頓堀川につながる。この自然の流れを利用し、人工の川にした。現在、水路の痕跡はありませんが、昔の人は、モニュメントとして石橋をつくり、境内の風情を楽しんだようです。


高津神社参道の低地に架けられた「梅之橋」川が消え、池をこしらえたが、水がなくて無粋な風景になっている。水を入れるだけで雰囲気は良くなると思うのですが。
高津神社 



高津 



高津


橋から西へ500m、道頓堀川と東横堀川(手前)との出会い。
高津



下大和橋から下流を見る。遠くの黄色いのはドン・キホーテ
高津

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●「ようこそ横尾温泉郷」展 鑑賞

 美術館が温泉館に変身?・・神戸市の王子公園隣にある横尾忠則現代美術館で開催中のユニークな展覧会です。横尾氏は数年前、ある雑誌の企画で全国の温泉を訪ね、取材と制作を続けた。その成果をまとめて展覧しています。温泉館に変身、といってもタオルを持参しなくても鑑賞できます。温泉風景だけでなく、昔、えらくこだわって連作した「Y字路」風景もたくさん出品してあります。


アカデミックな画業にこだわらない画家なので、ピピとインスピレーションが浮かんだら、その世界に猪突猛進する。どんな仕上がりになるのか、ご本人も分からず、筆を置いた時点の表現が意図に叶っておれば「作品」となるみたい。あちこちにイチビリ精神もふりかけられているのが楽しいけれど、温泉風景なのに、三島由紀夫や夏目漱石がさりげなく描かれていたりするので、生真面目な美術ファンが見たら、なんでやねん、と不満をもつかもしれない。ま、そんなカタブツは来ないと思いますが。 ちなみに、「週刊新潮」の表紙絵を描いてる 成瀬政博氏は実弟だそう。
知りませんでした。


館の玄関前でみ知らぬおばさんに「チケットお持ちですか」と声をかけられ、いいえ、と答えると「招待券一枚余ってるのでお使い下さい」とプレゼントされました。・・で、温泉郷入館はタダに。こいつは春から・・。(2月21日)

案内はこちら・・
http://www.ytmoca.jp/exhibitions/2016/12/post-6.html


では、横尾温泉郷へご案内・・・

一階ロビーに卓球台が。温泉宿をあらわしてるらしい。
横尾 おわり 

「女湯」しかありません

横尾



横尾 



横尾 



横尾 


横尾流の銭湯表現
横尾 


パンフを置いてあるだけですが
横尾 





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●太子快道再歩行 ~近つ飛鳥風土記の丘から叡福寺へ~

 太子快道の番外コースで聖徳太子の御廟がある叡福寺を訪ねます。近鉄「喜志」駅からバスで終点の「阪南ネオポリス」へ。ここから東側が風土記の丘で、百以上の小さな古墳があります。歩けば、坂道、階段だらけの道なので敬遠して博物館を訪ねます。前回来たのが2005年だから12ぶり。それにしては建物や展示の印象はまったく変わっていないので、妙に安堵感を覚えました。考古学の博物館だから当たり前かも知れませんが。


博物館から叡福寺までのコースはどうか。これも変化はありませんでした。車道沿いにコンビニが一軒できたのが唯一の変化です。そして叡福寺は相変わらず、しんと静まりかえっています。博物館からの道は誰も知らない?ので無人境ですが、里山の雰囲気が味わえる魅力的な道です。
(注)このコースは、4月のお花見プランでも訪ねる予定です。


博物館は安藤忠雄の設計。これは駐車場から玄関へ通じる道です。
風土記



梅が咲き始めています。
風土記



展示室の中心部。展示は充実しているが、子供には難しい。
風土記


発見から保存処理まで12年かかった巨大な「修羅」
風土記



レプリカですが、近くの鹿谷寺の十三重の石塔の再現。パーツを積み上げたのではなく、凝灰岩の山を掘り下げてつくった、ソリッドモデルです。
風土記


博物館の裏から山道がはじまります。
風土記



叡福寺の聖徳太子御廟
風土記 終わり



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●飛鳥・橘寺のセンダンの種

 「太子快道」のゴールは明日香村の橘寺。聖徳太子の生まれた寺といわれています。再歩行で訪ねたら、観音堂前のセンダンの大木にまだ実が残っており、お土産に拾って帰りました。幹回りが2m以上ある古木で、おなじみの長居植物園の木より太く、200年くらいたっていそうな感じです。シーズンオフとあって、観光客はほとんどなく、境内は閑散としています。


西側からのロングショットがお気に入りです。
たちばな


観音堂前のセンダンノキ
たちばな 


枝先にまだ実が残っている
たちばなでら 


これを拾いました
たちばな 

明日香村にようやくホテルができる
 昨年秋の情報で、村の西寄りの真弓地区にホテル計画が持ち上がりました。年間80万人もの観光客が来るのに、村にはホテルがなかった。
計画が進まないのは、村による開発規制がすごく厳しくて、一般的な鉄筋コンクリートの洋風ホテルはアウトみたいです。で、今回、進出を決めたのは星野リゾート。ということは、お金持ち向きの高級ホテルになります。和風、木造になるかもしれない。村にしたら、貧乏人をたくさん集めるより、少数のお金持ちに来てもらうほうがイメージアップになるし、しっかり稼げます。完成は5~6年後になるらしい。

参考情報

http://www.sankei.com/west/news/161029/wst1610290039-n1.html




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●相国寺・承天閣の伊藤若冲展

 相国寺が運営する福祉施設の年次総会に今年も参加。今回のゲストはタレントの橋本マナミさんですが、ぜんぜん知らない人なので、なんでこんなところに登場したのか不思議でしたが、9月か10月にBS放送で、有馬頼底管長と対談する番組に出たのが縁での招聘らしい。以前に招かれた、竹下景子さんや真野響子さんに比べたら、若いぶん話し方が頼りないのは仕方ないか。しかし、頼底はん、毎度うまいこと口説きますなあ。


承天閣美術館では「伊藤若冲展」を開催中・・といっても、メインの出品は「コロタイプによる複製」で作品は「動植彩絵」全30幅。なんや、複製でっか、しょーもない、と言いそうになりますが、これが、すごいハイテクです。かつ、現在主流のデジタルコピーではなく、100年以上前に開発されたアナログ技術によるものです。マジマジと見つめても到底ニセモノとはわからない。つまり、本物を見るのと同じ感銘を与えるニセモノであります。とても複雑そうな技術ですが、制作したエンジニアの努力に頭が下がります。


伊藤若冲は相国寺と縁が深い人だったので、この作品は寺に献納されたのですが、明治になって、いろいろワケありのために、寺が宮内庁へ寄贈を申し出た。その手続きに書かれた文書が会場に展示してある。寄贈後、宮内庁(当時は宮内省)は受領を示すとともに「金一万円」を相国寺に下賜したと書かれている。明治22年における一万円とは、いかほどの価値なんでせうか。貧乏性、駄目男は気になるのでした。


複製をつくるに当たって、相国寺は宮内庁に作品の貸し出しを申請した。しかし、ぐずぐずしてなかなか許可が下りない。そこで、有馬管長は陛下の側近に直談判した。(側近を通じて陛下にお願いしたということ)そうしたら、すぐOKになって入手できたという。今上陛下とは、学習院幼稚園での学友だった縁で、今でもツーカーの間柄だという(?)。


複製作品の展覧会だから館内はガラ空きか、といえば全然ちがって大入り満員であります。(駄目男ら総会参加者は無料で入れました)若冲の人気作品の複製をつくって展覧会を催す。どかどか稼ぐ。これって、相国寺しかできないプロジェクトでせう。国立の美術館ならこんな発想ではなく、本物を10年に一度とか公開するのが正しい。天皇家の宝物とあっては、全30幅の展覧なんて、他の美術館は企画すらできないはずです。それなのに相国寺はこんな手で・・ようやりますなあ。


余談ながら、年末のビッグイベント「有馬記念」は有馬家の有馬頼寧氏が1956年にはじめたレース。同じ血筋で、禅僧とギャンブラーがいるのが面白い。展覧会は12月4日まで。


相国寺の紅葉
相国寺



承天閣美術館アプローチ
相国寺 


橋本マナミさん
相国寺



伊藤若冲「動植彩絵」から「群鶏図」 相国寺  


かえり道、御堂筋のイルミネーションを見物
相国寺 






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●楽しい「イケフェス」見学記 ~その3~


◆浪花組本社ビル
 「生けフェス」で公開されたのは、有名大企業のビルだけではなく、個人住宅も含まれたワイドなジャンルでオープンになりました。この浪花組も知名度は低いながら、左官業ではトップクラスの実績がある老舗業者です。そんな左官業者のビルがなんで公開に応じたのか。実は、このビルを設計したのが、文化勲章受賞の一流の建築家、村野藤吾(故人)だからです。では、浪花組と村野藤吾との関係はいかがなりや・・本題から外れるのでパスであります。


現地を訪ねてビックリなのは、ビルがミナミの飲み屋街のど真ん中にあることです。えらいとこに建てたなあ。訪問のみなさん、一様に驚きます。なんでこんなとこに?・・いや、これも本題ではないからパスです。
 外観は写真の通り。おそらく、浪花組の社長さんは村野センセに「ゼニはなんぼでも出します」とか言ったのか、かなり手間のかかるつくりになっており、インテリアも大理石を使うなど、普通のオフイスには贅沢すぎる仕様になっています。でも、正直言って、この外観は「考え過ぎて失敗」ではないかと駄目男は思うのでありました。村野センセ、スビバセンね!


村野藤吾の業績などはこちら・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E9%87%8E%E8%97%A4%E5%90%BE#.E4.BD.9C.E5.93.81



ネオン街のど真ん中にある本社ビル(中央区東心斎橋)
浪花組 



壁面のディティール 老朽化が激しい
浪花 おわり 



いまどき珍しい、ブラウン管式のコンピュータを使っている
浪花 



事務机や応接セットまで、家具も村野氏がデザインした。写真は受付用のデスクと椅子。角張ったデザインが嫌いで、丸みのあるかたちで統一されている。
浪花



浪花組は、実は、心斎橋の喫茶店「プランタン」のオーナーでもあった。廃業後、客用の椅子が本社の会議などで使われている。
浪花



バブル景気はなやかだった時代、当社は金融業にも手を出し、地下に顧客用の金庫室をつくった。
浪花


金庫室には、万一閉じ込められたときのために脱出口が設けてある。但し、知っているのは社員のみ。
浪花 


業績を高めた三代目社長、N氏は、四六時中、接客時でも濃いめのサングラスをかけていた。ゆえに「Nはん、目え無いんちゃうか」と陰口する人もいたとか。
浪花 


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◆モリサワ本社ビル
 地下鉄大国町駅近くにあります。すぐ東側が「木津卸売市場」という、少し殺風景な環境。当社は、知名度でいえば浪花組よりさらに低いかもしれません。パソコンなどで使われる文字の書体(フォント)を開発、販売する会社です。きわめて特殊な分野の仕事で、一般の人には理解しにくいためか、ショールームでは「文字の歴史」の解説からやっています。ふだん、なにげに使ってる漢字や英文字も時代に即して新しいデザインが開発されており、ワープロ時代に比べたら、ずいぶん種類が増え、形は洗練されているはずです。ただ、一般のユーザーは気づきにくい。


では、当社の最新デザインの書体はなにか、といえば「新ゴ」だそうです。ゴシック体の最新デザインですが、どの辺が新しい?となると、いわく言いがたい。それくらいビミョーな変化です。それより、駄目男が抱くキホン的な疑問をガイドのおねえさんにぶつけてみました。「書体の開発が仕事であることは分かる。ではどうやってゼニ儲けするのでせうか?」答えは「新書体のソフトをパッケージにして売り込む」でした。スマホの画面で最も読みやすい書体を開発すると、それをアップルとか、MSとか、各メディアへ売り込む、と。


話は単純ですが、まあ、難儀な交渉でありませう。それに「新ゴ」という新製品を開発したら、漢字、かな、数字だけでなく、この書体に見合う(違和感を起こさない)英文字やハングルも新デザインにする必要がある。そのあたりがなかなか難儀で、つまり、開発費用がかさむ。さらに、漢字の場合は正字と略字、両方つくるだけでもすごい手間がかかります。アナログ時代は一字ずつ手書きでつくったというから、気の遠くなりそうな根気のいる仕事でした。駄目男なら勤務三日で辞表出しそう。


文字づくりがいかに面倒くさい仕事であるか、「憂鬱」の漢字をサンプルにすると・・・左から「小」「中」「大」の見本を示しますが、画数はそれぞれ異なっています。小は大の三分の一くらいしか画数がない。それでも「ゆううつ」と読ませなければならない。ここんところが書体デザイナーの腕、センスの見せ所でせう。ややこしい漢字が千字あるとすれば、最低三千字の書体をつくらなければならない。書体が十種類あれば三万字。コンピュータが自動的に略字のデザインをしてくれないのであれば、一字ずつ手作りです。嗚呼、駄目男には、想像するだに憂鬱な仕事です。

 憂鬱     憂鬱    憂鬱 小中は略字、大のみが正しい漢字 


モリサワ本社ビル
モリ おわり 


文字の歴史、書体の進化などを展示しているショールーム。
モリ 


当社が飛躍するきっかけになった写植機の展示
モリサワ



古代中国の甲骨文字
モリ 


安政の江戸大地震を伝える瓦版
モリ

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昨年の「生けフェス」では3万人ものビジターがビル見学を楽しんだそうです。新旧の建物に好奇の目を向ける、愛着を持つ・・鉄道ファンに似たところがあるかもしれません。鉄ちゃんならぬ、建ちゃんですか。主催者の弁では、大阪は市内の中心部に鑑賞価値の高い建物がギュッと詰まってる希有の都市であるそう。興味湧けば、来年はぜひ参加してみて下さい。(公式ガイドブック300円 見学はほとんどが無料)




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●楽しい「イケフェス」見学記 ~その2~


◆田辺三菱製薬本社ビル
 薬品メーカーが集まる道修町に新しくできたビル。二階に展示室があるけど、ふだんは自由に見学できない。(事前予約が必要)展示内容はほとんどが歴史の古い田辺製薬のもの。昔人間にはなつかしい看板もある。


薬品メーカーが集まる道修町に新本社ができた。
田辺 


江戸時代の「田邊屋」の店構えを復元
田辺


昔のはかりなど道具を展示
田辺 


一粒肝油「ハリバ」のポスター 肝油を知ってるのは、じいさん、ばあさん。
田辺 


勅許・・今なら「宮内庁御用達」に値する、一流を示す看板。
田辺 


田辺製薬 


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◆三井住友銀行 大阪本店ビル
 二日間のビルめぐりで圧巻のシーンがこのビルの「営業室」であります。なのに、撮影禁止という無慈悲。ガードマンだらけで厳戒です。
 1990年代だったと思うが、この「営業室」で、朝比奈隆指揮の大阪フィルが演奏会を催した。(銀行の記念行事だったかもしれない)・・と書けば、その空間のスケールが想像できるでせう。まるでギリシャ神殿の内部みたいな(見たことないけど)荘厳なインテリアです。
 しかし、表向きは銀行の営業室です。だったら、ヨレヨレの身なりで、千円札一枚持って「あの~・・口座をつくりたいのですが」と申し出てもかまわないハズ。本当に受け付けてくれるでせうか。


土佐堀川に面して堂々たる姿を示す「三井住友銀行大阪本店」
住友 


玄関ホールの天井はステンドグラス、昔は自然光だったが、今はLEDを光源にしている。
住友 


知らんかったなあ・・SMBC
 生まれてこの方、三井にも住友にも口座をつくったことがないので、社名の由来など知るよしもない。で、正面玄関に掲げられたプレートを見て「?」と思ったのは当然であります。「三井住友銀行」と「Sumitomo Mitsui Banking Corporation」の二枚。SMBCのフルネームがコレとは迂闊にも気が付きませんでした。


係員に「なんで、Mitsui Sumitomo・・ではないのか」と尋ねると、「英語表記では、こうなっております」と素っ気ない返事。素直に表記すればいいものを、なぜひっくり返すのか?。単に語呂の問題かもしれない。住友三井って、ちょっと言いにくいですからね。なので、三井住友にした。だったら英語表記も Mitsui Sumitomo・・にすべきところ、逆にしている。もしや、これも言いやすさの問題で、MSBCよりSMBCのほうが言いやすいからなのか。しかし、それは表向きの理由で、本当は、三井と住友のパワーバランスの問題が絡んでるのではないか、と駄目男は邪推するのでありました。


住友 


住友 


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本町界隈の民家「北野家」住宅には見学者が行列をつくっていたのでパス。
住友 


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◆新世界の喫茶店「再会」
 一度、中を見てみたいと思っていたところ、やっとチャンスがきました。まだ終戦後のどさくさ時代、昭和28年にに完成した、戦前生まれの人間には涙がちびりそうになるロマンティックな設計です。これが通天閣の足元からわずか50mのところにあるのだから、昔も今も「場違い感」は満点、ずっと閉鎖されたままでよくぞ生き残ってるなあと感心します。


で、この先、どうするのよ、どうなるのか? ビジターはみんな気になって仕方ない。オーナーさんは高齢ながら存在し、登録有形文化財にもなっているので、今日明日に解体なんてことはなさそうですが、どなたか、しっかり受け継いでほしい。
 喫茶店の全盛期は1950~80年ごろだったでせうか、ミナミでは「黄昏」や「田園」「プランタン」といった店がトップクラスでした。いまや「純喫茶」は言葉さえ死語になってしまい、残ってるのは、千日前の「アメリカン」と心斎橋筋の「ミツヤ」くらい。もう絶滅危惧種ですね。


築60年以上経つが、きちんと維持されている
再会 


一階の客室 椅子やテーブルもオーダーメイド
再会



アンプはマッキントッシュ。スピーカーはロゴがないので別注?
再会 



二階ではときどきライブが催される
再会 



階段まわりの意匠
再会 


階段の滑り止め金具の取り付けにマイナスねじが・・ノスタルジー満点
再会 







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●楽しい「イケフェス」見学記 ~その1~

「建築女子」ってファンがいるのか?
 イケフェスってなんどす?・・フルネームは「生きた建築ミュージアム フェスティバル」。11月5日と6日の二日間、大阪市内の新旧のビルを76棟公開するイベントです。ふだんは入れないビル、全く用事のない建物が見られるというので、物好きな人がわんさと訪れました。当然、男性の方が多いと想像していましたが、意外や意外、女性の方が多かったので驚きました。20才~50才くらいのネエチャン、オバチャンがどどどとやってきます。控えめに見ても6割は女性です。一体、ビル巡りの何が面白いのでせうね。首を傾げる駄目男でした。


 これだけ人気があるのだから、できれば、京都や神戸でも企画してほしい。見学した人は、公開した企業や商品に関心をもつので、PRにも役立ちます。ゼネコン(建築会社)なんか、ふだんは市民との接点が全くないだけに、社業の宣伝には良い機会になります。
 それはともかく、駄目男が二日間で訪ねたのは、76棟中、たったの8棟、1割しか訪問できませんでした。来年も開催されるのだったら、ぜひ見学したいと思います。以下はその見学記です。駄目男の感想では、建物のカッコ良さでは、三井住友銀行大阪本店、レアもんでは「浪花組」オフイスが一番でした。


◆大阪証券取引所ビル
 北浜のシンボル的なビルですが、旧館は外観を残して高層ビルに建て替えられました。専属のガイドがいるから、ふだんでも見学者は多いのでせう。


玄関前で、創立者、五代友厚の銅像があたりを睥睨している。
北浜 おわり 


保存された旧館のステンドグラスが美しい。
北浜


五代友厚直筆の建議書?
北浜 


仕事は一流、書道は三流?
現代の経営者の色紙が10枚以上展示されてるけど、残念ながら達筆の人はいない。中にはパソコンのフォントでごまかしてる人もいた。昭和生まれは習字の練習をするヒマがなかった? 安心しました。
 

アサヒホールディング社長
北浜 

 
神戸製鋼所社長
北浜


パナソニック社長
北浜


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◆ルポンドシェルビル(大林組旧本店)
 天神橋のたもとにある、築90年のビル。長い間「辻調理師学園」がテナントとして入居していたことと、フランス料理店「ルポンドシェル」
で知られています。ルポンドシェルとはフランス語で「天を架ける橋」の意味で、これを「天神橋」に引っかけた。そうだったのか・・納得。


現本店と向かい合う旧本店ビル。内部は昔の面影がなくなっている。
大林 


大阪城天守閣も、初代通天閣も、大林組が建てた・・って、知ってました?
大林


大林 


近鉄奈良線の生駒トンネルも大林組が請け負った。出水や落盤で大変難儀な工事だったらしい。
大林


展示室からの中之島のながめ。見学者はコーヒー無料サービスあり。
大林 


大林 




ウオーキング・観光



●トマトジュースにおける格差問題を知る

 中之島の大阪市役所南側に写真のようなビールの飲めるオープンテラスがあり、友人と散歩のついでに立ち寄ってビールを一杯。同じ所に兵庫県福崎から出張してきたナントカという業者がトマトジュースを売っていました。友人が小瓶買って2本プレゼントしてくれましたが、帰宅して飲むとえらく美味しい。スーパーで時々買うトマトジュースとぜんぜん味が違う。今まで飲んでたのはなんやねん?・・であります。ラベルには100%果汁、添加物ナシと書いてある。


で、貧乏性だから「なんぼするんやろ」と気になって調べたら、ドヒャー、1リットル瓶2本入りで5900円!!。一本2950円・・ふだん買う商品の10倍以上ではありませんか。頂いた小瓶(180ml)は6本入りで4500円もする。酒よりずっと高いジュースであります。日本酒でいえば大吟醸酒並みの値段です。もったいないので、一本を半分ずつ飲むことにしました。たかがジュースにこんなに格差があっていいのか、下流老人は感謝とひがみの入り交じった気分であと3回、ちびちび、しみじみと飲むのであります。

福崎ファーム
http://item.rakuten.co.jp/fukusaki-farm/10000002/



もったいなくて一気に飲めない
トマトジュース 


水辺でビールが飲める市役所前のテラス。今年は10月末で閉店。
トマトジュース 




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●龍馬がつないだ二つの天保山

 大阪市港区の天保山公園に、近年、新しいモニュメントが加わりました。木造の灯明台のような記念物に「ここが坂本龍馬とお龍の新婚旅行出発地」という説明があり、二人の旅行は日本で最初の新婚旅行だそうです。伏見の寺田屋で難を逃れた龍馬は傷の手当てのあと、お龍と淀川を下り、ここ天保山から薩摩藩の「三邦丸」という英国でつくった軍艦にのって鹿児島へ向かいます。


そして着いた先が鹿児島市の天保山。ありゃ、こっちも天保山かいな。カップルは驚いたかもしれません。但し、大阪の天保山は「てんぽうざん」ですが、鹿児島のは「てんぽざん」と読みます。なんで同じ名前なのか。両方とも天保時代に、そばの川の底をさらって土砂を積み上げ、山にしたからです。大阪は安治川、鹿児島は甲突川、いずれも河口に築いた小山です。


さらに共通しているのは、両方とも山に砲台を築いたことです。大阪の天保山砲台は安治川に進入する外国船を撃つため、鹿児島の砲台は錦江湾に入る外国船を撃つためです。いかにも幕末らしいインフラ整備。
 では、本当に役立ったのか。大阪の天保山砲台は出番がなかった。しかし、鹿児島の天保山砲台は大活躍します。あの「薩英戦争」の火ぶたはこの砲台からの射撃ではじまったのです。英国の艦隊と1~4キロの距離をおいて激しい撃ち合い。大砲の性能では英国の方が最新式だから負けですが、それでも薩摩軍は訓練の成果が出て善戦します。


勝負はいかに・・・薩摩軍はボロ負けと書く本もあるけど、五分五分とする資料もある。大砲の性能は英国軍のほうが良くても、揺れる船からの射撃は命中率が落ちる。その点、陸から撃つ方がずっと有利です。
 閑話休題、鹿児島の天保山についた龍馬カップルは遠く高千穂あたりまで旅したという。波瀾万丈の人生のなかで、わずかに安らぎの日々を送った二人でした。鹿児島の天保山公園には二人の銅像が設置されていて大阪よりずっと待遇が良い。ま、それは龍馬と薩摩藩の関係から当然だと思います。でも、こんなに共通点があるのだから、地元の町どうしで交流して、両方とも今はぺちゃんこの天保山を観光で「盛り上げる」のも楽しいのでは、と思います。

薩英戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E8%8B%B1%E6%88%A6%E4%BA%89



大阪の天保山公園にあるモニュメント
天保山 


同説明文
天保山 


幕末の浮世絵に描かれた天保山灯台
天保山 


鹿児島の天保山公園に建つ龍馬カップルの銅像と公園風景
天保山 


天保山 


同地図
天保山