読書と音楽の愉しみ



●カズオ・イシグロ著「夜想曲集」を読む

 「日の名残り」と同時に借りて読んだ短編集。題名からクラシック音楽をテーマにした作品集かと思ったら大違い。大方は売れないB級ミュージシャンの苦労物語で、ドタバタコメディもある。よって、感銘の度合は「日の名残り」に比べるべくも無い。ジャンルが異なる読み物だから、比較すること自体が間違っている。


著者が音楽業界に詳しいのは、若い時分は音楽関係の仕事に興味があったからだという。そうであれば、ボブ・ディランがノーベル文学賞をとったことは心底嬉しかったにちがいない。この作品は「昔志した職業」への未練が動機になって書かれたのかもしれない。本書に登場する人物は国籍がばらばらで、仮に10名でバンドをつくったとしたら五カ国以上の国籍を有するメンバーの集まりになる。例えば、任意に集まった、英、仏、伊、蘭、ハンガリーの面々がアンサンブルをつくるのは大変では?と想像するけど、実際は国境や民族なんか何ほどの障害にもならないようだ。まあ、日本だって演歌の業界に日米のハーフが登場しているし。


本書も訳者は土屋政雄氏。あと何年かイシグロ氏との名コンビが続きそうですが、現在73歳なので、さすがに新しい音楽情報に通じているとはいえず、息子さんに手伝ってもらったと「あとがき」に書いてある。ビル・エバンスはともかく、ウエイン・ショーターなんて出て来たら「?」かもしれません。また、「バング&オルフセン」って言葉が二度くらいでてくるのでなんのこっちゃねん、とぐぐってみたら、デンマーク製のオーディオシステムのブランドでした。梅田「ルクア」内のツタヤ書店に商品を展示してあるそう。なんだかイシグロさんが身近になったような気がするから、ノーベル賞効果は大であります。


一番驚いたのは、204ページ「お前の演奏を・・・えらいこっちゃ、スティーブ」というセリフです。なんで関西弁なのか。土屋氏は長野県松本市出身、東大教養学部出とあるので、ほんと、珍訳としか言えない。普通は「大変だ」と訳すでせうが。もしや、土屋家では「えらいこっちゃ」が標準語になっているのかもしれない。(2011年 早川書房発行)


イシグロ氏愛用? バング&オルフセンのHP
http://stores.bang-olufsen.com/japan/bang-olufsen-japan/

アート作品のようなスピーカーシステム?
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●カズオ・イシグロ著「日の名残り」を読む

 久しぶりに「まちライブラリー」を訪ねたら、この本と「夜想曲集」の2冊が棚にあったので両方借りました。書店では売り切れ、中古市場では値上がりしているとか。念のために図書館の予約状況を調べると200人待ちという状況・・この本を借りるために訪ねたのではないのにラッキーな出会いでした。さらに、あくる8日の夜、Eテレで「クラシック音楽館」を見終わったあとに「文学白熱教室」という番組があり、これがイシグロ氏の学生向けレクチャーを収録したもので、彼の文学観、発想方法などの話がとても参考になりました。この二つの出会いでもう読むしかない、という感じ。ノーベル賞は、文学音痴、駄目男にも効果を及ぼしたのであります。


受賞理由で語られた選定委員の言葉「世界とつながっているという幻想的な感覚にひそむ深淵」を聞くと身構えてしまいます。しかし、読んでみると難解な言葉やもったいぶった言い回しがない文章で一安心。ただし、その平易な文の裏に仕掛けられた隠喩を探りながら読まねばならない。字面だけ追うと3ページで退屈するでせう。


ストーリーは英国の貴族、ダーリントン卿に仕えた執事の回想録として概ね一人称で語られ、最高の執事の仕事はいかにあるべきか、完全主義を目指しつつ、失敗や挫折も味わい、主が仕掛けた政治、外交の駆け引きにも巻き込まれ、ふと気がつくと時代は変わっていて誇り高い執事人生は過去のものになっていた。・・といったところですが、本書の一番の魅力は上質な文章にあります。これは翻訳者、土屋政雄氏の功績も大きい。それにしても、純粋な日本人であるイシグロ氏が、第二次大戦前の英国貴族の生活、執事や多くの使用人との主従関係のデリカシーをどうして学んだのか、この努力はたいしたものです。


そんなの驚くことはない。米国人の作家、ドナルド・キーン氏は清少納言の宮廷生活を見てきたように書いてるではないか、といわれたら、ナルホドと納得する。しかし、1930~50年ごろの英国貴族の暮らしについては、リアルに知っている英国人がごろごろいる。何より、貴族は現存する。平安時代の宮廷とは全然ちがう時代設定だから、それを純粋日本人が書くのはものすごくリスクが大きい。リアリティに瑕疵があればボロクソに批判される。しかし、そんな危惧を乗り越えて本書は「ブッカー賞」を受賞した。少なくとも日本人が英国の貴族生活を描くことによる瑕疵は無いものとされた。(注・ドナルド・キーン氏は日本に帰化した)


ラストシーン。執事は港町の桟橋のベンチに座っている。夕焼け空が美しい。隣に座ったみすぼらしい男(実は彼もB級執事だった)に、三十五年に及ぶ執事人生を回想しつつ語る。「私にはダーリントン卿がすべてでございました。持てる力を振り絞って卿にお仕えして、そして、今は・・ふりしぼろうにも、もう何も残っていません」のみならず、ずっと忠実に仕えてくれた女中頭の愛にも報いることができなかった。最高、完璧を目指した執事人生は何だったのか。しょせんは丸出駄目男でしかなかったのか。執事はさめざめと泣く。


隣の男が言う「おやおや、あんた、ハンカチがいるかね。どこかに一枚持っていたはずだ。ほら、あった。けっこうきれいだよ。朝のうちに一度鼻をかんだだけだからね。それだけだ。あんたもここにやんなさい」とハンカチを差し出す。イシグロ氏が川端康成や小津安二郎に傾倒していたとしても、このワンショットは彼らに学んだものではありますまい。川端康成が小説のラストシーンをこんなふうに描いたらドッチラケであります。ここんところはリアル英国人の感覚で書いている。
気を取り直した執事は最後にこう言う。「ダーリントンホールに帰りましたら、新しいアメリカ人の雇い主のためにジョークの練習に取り組んでみることに致します」英国の貴族社会の伝統が薄れ、アメリカ人富豪の生活感覚が浸食をはじめる・・とは書いていないけど、そういうことです。大げさにいえば、英国の没落、良き時代の終わり。


本書は英国最高の「ブッカー賞」を受賞したけど、内容は英国人にとって愉快なものではない。日本人著者が「英国は傾いてますよ」と書いてるのだから。それでも賞賛されたのは、はじめに書いたように「上質な文章」のためではないか。風景の描写からさりげない日常の会話まで、とことん気配りが行き届いた文章ゆえに読み始めたら止まらない。それを日本人が書いたというだけで拍手したくなる。


巻末の丸谷才一の解説が秀逸で解説と言うより小さなエッセイになっている。これを先に読んでしまってはしらけてしまうかもしれないが、文庫版で350ページもあるし、内容をイメージしにくい場合は大いに参考になります。訳者、土屋政雄氏の「あとがき」も楽しい文です。「THE REMAINS OF THE DAY」を「日の名残り」と訳したセンスに敬服。 (2001年 早川書房発行)




本



レクチャーのようす (Eテレ)
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●吹奏楽で聴く「展覧会の絵」

 ひょんなことで招待券が手に入って久しぶりに「いずみホール」へ。演奏は「フィルハーモニック・ウインズ 大阪」という初耳の団体です。本拠地は豊能町のユーベルホールというから知らなかったのは仕方ないか。そんな先入観で本番を聴いたところ、これがなかなかハイレベルな演奏なので感心しました。クラシック音楽ファンは吹奏楽というジャンルを下目に見がちだけど、それは偏見というものです。アマチュアの管弦楽団の管楽器セクションよりずっと上手い。


ラベルが管弦楽として編曲した「展覧会の絵」をさらに管楽器用に編曲する場合、弦のセクションをクラリネットかフルートに受け持たせるので、編曲は苦労しないで済むように思うけど、音量や音色のことを考えるとバランスの取り方が難しいかもしれない。といっても、この曲は主題を担当するのは大方管楽器であり、十分耳になじんでいるので、トチらない限り楽しく聴けます。指揮者、ヤン・ヴァンデルローストのもと、しっかりしたアンサンブルと心地よいテンポで、コーダも十分盛り上がり、やんやの喝采を浴びました。音量でいえば、いずみホールの容積に対してツツ一杯という感じ。聴衆の満足度、最高に近かったと思います。一つだけ「?」なこと、チューバのとなりに、なぜかコントラバスが一本あったけど、低音部の下支えにどうしても必要なのだろうか。(9月24日)


いずみホール





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●中井正弘著「仁徳陵」~この巨大な謎~を読む

 著者、中井氏とは一、二度お会いしたことがあって、堺市大浜公園の「蘇鉄山」山名登録がご縁だった。もしや、バー「クラシカル」マスター髙杉さんの紹介だったかもしれない。中井氏は堺市に勤める公務員が本職だけど「堺の歴史ならまかしとき」の歴史通でもあり、本書もその研究の成果の一つであります。氏の知見の質量、学者並みです。


本書は、百舌鳥の古墳群が世界文化遺産登録云々の話なんかぜんぜんなかった1992年の発行。しかし、内容の面白さは今も変わらず、再版してもかなり売れるのでは、と思うくらいです。何が面白いかといえば、仁徳陵に関しては分からないことだらけで、何一つ断定できることがない。いまだに推定、想像でしか語れない大古墳だからです。


被葬者は仁徳天皇か?・・この肝心要のことが分からない。仁徳陵だから仁徳天皇の御陵だろうというのは仮の話。そもそも、仁徳天皇が実在の人物だったかどうかもハッキリしないのであります。それでは話にならないので、通称「仁徳陵」としているだけです。築造されたのはいつか。現在では「五世紀後半あたり」というのが有力な説らしいけど、プラスマイナス100年くらいの誤差はある。なにしろ文字のない時代のことだから、情報は中国の文献をアテにするというのがもどかしい。


仁徳陵は巨大な前方後円墳である。これくらいのことは昔から分かってまっしゃろ?・・いや、分かってなかったみたい。上から見ると鍵穴型のユニークなデザインですが、昔は、これを空から眺めた人は一人もいなかった。本書の江戸時代の図版を見ると二つの山が並んでる図ばかりで「前方後円」の形は認識できなかったようです。文明開化以後、飛行機で空から眺めることが出来るようになって初めて「こんな形やったんか~」と確かめることができた。


なんて書くと、「ケッ、アホクサ!」とむかつく人物がいて、それは千数百年まえに古墳を設計したデザイナー。彼は前方後円のデザインをしっかり頭に描き、全長480mもの巨大古墳をつくった。文字も紙も鉛筆もない時代にどうして設計し、施工したのか。古墳の方角は当時の海岸線と平行する向きになっているけど、これを測量し、現場で指示するだけでも難しい。なぜ、この向きにしたのか。海上から眺めたときに最も大きく見えるようにしたかった。たとえば、外国から使者などが訪ねてきたとき、強大な権力者のシンボルとして誇示したかったのでは、と言われている。


下の古墳の地形図を見ると、仁徳陵は表面がぐちゃぐちゃ状態であることがわかる。となりの履中天皇陵とはえらい違いです。なんでこんなにブサイクなことになったのか。著者もあれこれ考えているけど分からない。いろいろワケありで、工事途中でほうりだしてしまったのか。そんなアホな。森友学園じゃあるまいし。


今でこそ御陵は聖域のような扱いをされているけど、昔は、詳しくは幕末以前までは聖域なんかではなかった。朝廷の権力が衰え、武家社会になるとメンテナンスがおろそかになってしまった。戦国時代は小高い地形ゆえに陣地として利用された。不敬もええとこであります。
 平和な時代になると一般人も自由に出入りし、山菜狩りや物見遊山の
ために登った。仁徳陵周辺の農民はお濠の水を灌漑用水に使った。田畑が拡大するとお濠の水だけでは足りなくなり、遠く狭山池からも引き水したという。当然、水路沿いの農民は反対し、もめ事多々であった。


御陵の聖域扱いが顕著になったのは幕末に尊皇思想が強まってから。現在の拝所ができたのも幕末で、以後、宮内庁の管理になると拝所以外、全面が出入り禁止になった。それで私たちは拝所が御陵の正面であると思っているけど、単に行きがかりでそうなっているだけで、どの面が正面なのか分かっていない。なので、もしや私たちは仁徳天皇のお尻に向かって手を合わせているかもしれない。(1992年 創元社発行)


仁徳陵(右)の表面地形はぐちゃぐちゃ状態。南面だけきれいなのは江戸時代に修復工事をしたから。拝所ではこの面を拝む。
仁徳


敷地47万㎡の仁徳陵。面積では日本一だが、体積では応神陵のほうが大きい。三重の濠があるのはここだけ。
仁徳陵


だんだん観光客が増えてきた
仁徳 

仁徳 








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●百田尚樹著「今こそ韓国に謝ろう」を読む

 久しぶりに会ったIさんからお借りした本。あわて者は、あの百田サンが変節したのか、と早とちりしてしまいそうですが、そんなアホなことはありません。内容は過去に何十冊も発行された「嫌韓本」と同類ですが、普通に嫌韓をうたったタイトルでは売れないから、一策としてこんなひねくれた書名にしたのでせう。中身でなく、タイトルで売上げアップ・・もし、たくさん売れたのなら営業サイドの作戦勝ちです。


通読して残念に思ったのは未知の新情報がひとつもなかったこと。全部、すでに知っている事柄ばかりでした。しかし、著者は新ネタの発掘、広報を意図して書いたわけではないから仕方ないか。三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)やトンスルなんて今やなつかしい言葉であります。全編、韓国に謝るフリして、実は韓国をバカにする話が並ぶ。唯一、本気でハンセーするのは戦前の日本政府(現地では総督部)が愚昧な韓国人に余計なお節介をし過ぎたことでせう。これは駄目男も同感です。


むろん、日本政府に言わせれば、朝鮮半島を支配しなければロシアが進出し、日本と間近で対峙する。双方とも日露戦争の記憶まだ醒めやらず、という時代だったから、日本は焦りまくって半島の日本化をすすめた。ただ、軍事的支配だけでなく、学校の建設とか民度のレベルアップをはかるインフラにものすごい金を注ぎ込んだ。こんな、欧米列強国が植民地において絶対やらない施策をドカドカやって、結局、自分の首を絞める結果になるのだから空しい。


まずは人材を育てよ、政策に異論はないけど、大学設置に置いては、東京大学、京都大学、東北大学、九州大学、北海道大学の次に「京城帝国大学」「台北帝国大学」が設置され、大阪大学、名古屋大学は後回しにされた。そんなアホな! 怒るで!・・であります。京城帝国大学は現在のソウル大学のさきがけ、韓国トップの大学でありますが、韓国人には感謝の気持ちなどさらさらない。


かように、日本による壮大なお節介がベースになって、戦後の韓国はなんとか先進国の仲間入りをした。足らざるところはパクリと捏造でごまかした。百田サンのいうように、日本は韓国との付き合いで後悔と反省の山を築いた。そこにつけ込んで韓国は「慰安婦」や「徴用工」問題でさらに反省と謝罪を求めている。言うまでも無く、慰安婦問題に火を付けたのが朝日新聞であります。


以前にも書いたが、韓国は、北朝鮮とともに世界で最も忌み嫌われている国家であります。近ごろは友好的であった中国にも嫌われている。このため、「現代」中国工場では車が売れずに地元下請け企業への支払いが滞っているとか、中国国内の「ロッテ」系列スーパーが中国政府の嫌がらせもあって続々廃業しはじめた、というニュースもある。ヘタしたら、20年前のIMFショックが再来しますぞ。(2017年 飛鳥新社発行)



百田本 



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●宮本輝著「泥の河」「蛍川」を読む

 読みたいと思いつつ、さぼっていたこの本を古本屋のよりどり百円箱で見つけた。角川文庫で平成9年に70刷だから地味なベストセラーであります。芥川賞受賞の「蛍川」と太宰治賞受賞の「泥の河」両作品が一冊で読めるのだから「お買い得」本でもある。


両作品とも主人公は少年。多感な彼らが味わう肉親や友人の死を通じて味わう切なさ、しみじみ感がウリでせう。著者30歳時の作品だけど、若書きといえるような未熟さはなく、練度の高い文章で読者を惹きつける。近年の芥川賞作品にみる、いかにも文学してますふうのキザな表現がないだけでも心地よい。 どちらの作品がより感銘深いかと問われたら「泥の河」です。舞台が中之島の西端(安治川の起点)という地理的親密感があるためですが、いまや流行らない古典的しみじみ感と読後の余韻においても勝っている。


著者は現在芥川賞の審査委員を担っている。先日紹介した今期の受賞作「影裏」の審査では、これを推さなかった。賞を取るための小細工に嫌悪感をもっている。文章が上手い云々以前の問題でアウトにしたようですが、本書の二作品を読めば、レベルの違いは納得できる。しかし、それは駄目男の「昔はヨカッタ」ふう懐古趣味のせいかもしれない。それは認めるとしても、毎日数時間もスマホをいじってる人たちが決して味わえない、文学作品を読むヨロコビを100円の投資で享受できたのであります。スマホを捨てよ 本を読もう。(昭和55年 角川書店発行)


ほたる河
 



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●8歳時の空襲体験を描いた本があった

 9月8日に書いたNスペ「本土空襲・全記録」記事に関連して、Tさんから、知人の竹村健一氏が漫画本「大阪大空襲の夜」(昭和61年刊行)を発行しているということを知り、図書館で探したら幸い見つかりました。何十人、何百人にも読まれて十分にくたびれていますが、内容は漫画と文で体験をリアルに表現した力作です。


竹村氏は昭和12年生まれなので、被災したときは8歳、駄目男より2年年長です。この2年差で記憶の質量は駄目男と大きく違い、体験が絵に描けるほど具体的で現場感覚があります。だから、本にしようと企画されたと思います。被災したのが西成区の花園町界わいで、猛火に追われていつのまにか阿倍野墓地に逃げ込んでいたという記述なんか、その行程がなんとなく想像できます。駄目男の被災地から2キロくらいの場所です。


もし、この本を戦後生まれの人が読んだ場合、空襲の恐ろしさをどれほど想像できるだろうか。ほとんどの人は火事で自宅が焼けた経験すらないのに、そこに空からバクダンが落ちてくるという酷い場面はなかなか想像しにくいと思います。TVや映画の空襲シーンを思い出して「あんなことだったのか」と参考にするくらいでせう。 空襲を体験した人の多くが自分の子供にもあまり詳しく伝えていないのは、年月が経って当時と現在の時代の空気感が変わりすぎ、今さら相手に理解、共感されにくいという思いがあるからです。実際に肉親を亡くした人は、リアルに話すこと自体がとても辛い。


戦時中の体験レポートには「警戒警報」「空襲警報」発令という言葉がしょっちゅう出て来ます。北朝鮮の脅かしに対応するショボイ策の一つ「Jアラート」は昔で言えば空襲警報に相当し、戦前生まれはその記憶と重なるけど、戦後うまれの人には「危険情報」という実感が全く湧かないでせう。だからといって政府や役所がくどくど説明するのも煩わしい。被害を経験してはじめて理解できる・・・例えば、北朝鮮が日本上空を通過するミサイルを撃った。政府は「Jアラート」で国民に警告した。ところが、ミサイルのトラブルでコントロールを失い、軌道を外れて本体が燃えながら日本のどこかの街に落下、何百人の死傷者が出た、とする。それで初めて「Jアラート」って、そういう意味だったのかと知ることになります。


そんなドジはあり得ないと日本人は妙に北朝鮮のミサイル技術に信頼感をもっている(笑)。脅迫者である北朝鮮が撃つ殺戮兵器は予定軌道を正しく飛行すると信じている。実際は発射で失敗経験がたくさんあることも知っているのに、日本上空を飛ぶミサイルに限って失敗はないと信じているのです。だから警戒心も起きない。実際のところ、総理大臣はじめ、防衛省の現役人物も戦時中を知らないし、一般国民の9割以上は空襲下で逃げ回った経験が無いから、ムシしたい気持ちは分かりますが。


「大阪大空襲の夜」表紙
竹村 


鉄の蓋の直撃を間一髪免れた
竹村


上の絵に描かれている円盤形の物体は集束型焼夷弾の先端部(写真の右前部分)爆撃機から落下後、垂直の姿勢にするため、重りの役目も果たしている。この中に38発の焼夷弾が梱包されていて、空中でバラける。全長約1,5m
竹村本


生きてる人がいない広大な阿倍野墓地が大きな被害を受けなかったのは、なんとも皮肉。
竹村


自宅が焼けるところを茫然と眺めるしかなかった。
竹村


焼夷弾で黒焦げになった親子の遺体(「日本の空襲<近畿編>より)
竹村







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●第157回芥川賞作品 沼田真佑著「影裏」を読む

 十名の選考委員が侃々諤々、激しい議論をして選んだこの作品は、著者の第一作品だった。何年も落選を繰り返しているプロ作家、セミプロ作家を尻目に一作目でパンパカパ~ン、受賞であります。(賞金百万円)


例によって、月刊「文藝春秋」を購入、解体して作品部分のみホチキスで閉じ、テープで化粧。もう慣れた作業であります。単行本で買えば千円もするが、こちらは各委員の選評やインタビュー記事も載っていて断然お買い得であります。 前回(156回)受賞作「しんせかい」は「しょーもな」の一言でおしまいの駄作でありましたが、それに比べたらマシであります。まあ、作品の中身より、今どき、自分は純文学で身を立てるのだ、と真摯に取り組んでる人がいることに感心してしまいます。


話は主人公の私と職場で知り合った同年配の男「日浅」とのなんだかよく分からない関係を綴ったものであります。ストーリーの面白さより、文章の上手さで点を稼いでると思うのは駄目男の偏見でありませうか。たとえば、こんな具合・・・・

 後手に日浅に水筒を渡すと、喉を縦にして美味そうに飲んだ。眠たげな瞼のあいだをいっそう細めて、手の甲で日浅は唇をぬぐい、眉に溜まった汗の滴は指先でつまんでそのへんに捨てた。ゆうべの酒がまだ皮膚の下にのこっているのか、磨きたての銃身のように首もとが油光に輝いている。

 どないです。はじめて書いた小説なのに、このこなれた表現力。こんな巧みな情景描写に、特に女性の審査員は好感をもったらしい。ツボがわかってらっしゃるという感じ。芥川賞候補作らしいキザな言い回しも散りばめてある。題名も十分キザであります。たくさん読んでると、傾向と対策がそこはかとなく感じられます。しかし、ご本人が述べているように、次の作品で苦労するのではないか。生真面目そうな人柄ゆえ、悩みも深いでせう。同じ芥川受賞作家でも、又吉直樹氏や羽田圭介氏とはぜんぜん性格が違うみたいです。(2017年 文藝春秋発行)


駄目男謹製 廉価版「影裏」の表紙 

芥川賞2017





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● 岩中祥史著
 「出身県でわかる人の性格」を読む

 ふだん、あまり意識しないけど、言い古された日本人論の一面であります。狭い国土を47地域に分けて、それぞれ人の性格が異なる・・信用しない人もいるけど、干支や血液型よりは信頼できるような気がします。ここでは、最近の出来事から富山県と愛知県の県民性をとりあげてみたい。具体的でわかりやすい例です。


■富山県:「不二越」会長の発言が問題化
 総合機械メーカーの不二越が、7月5日、本社の東京一本化を発表した会見の席上、本間博夫会長が採用に関し「富山で生まれ地方の大学に行ったとしても、私は極力採らない」「偏見かも分からないが、閉鎖的な考え方が強いとして、地元、富山県出身の若者は採用したくない旨の発言をした。これを聞いた学生はむろん、従業員はえらいショックを受けたと思います。現実には、従業員の8割くらいが地元、富山県の出身だから「俺らは嫌われていたのか」と受け止めたはずです。


社員の採用方針について、こんなえげつない発言は聞いたことがない。広く解釈すれば憲法に背く差別発言です。しかし、ま、そのひどい発言はヨコに置いて、本書では富山県民をどう書いているか。よく働き、よく稼ぎ、なのに消費はしない・・世帯収入額では何と日本一!、持ち家率も日本一、自宅の広さも日本一、しかし、生活消費性向は37位!・・。要するに、外面的なリッチさにおいて47都道府県でトップであります。不二越の社員が6畳一間のアパートで貧乏暮らし・・はありえない。


こんなによく働き、よく稼ぐ人たちをそしるとはなにごとか。本間会長は彼ら社員の美徳の裏側に潜む「閉鎖性」を非難したと思われます。勤勉、堅実、安定を尊ぶあまり、リスクを嫌い、進取の精神に欠ける。こんな社員はいらないと言いたかったのでせう。この考え自体はまっとうであります。何十年も社員の働きぶりを見てきて、地元出身社員の真面目だけど考えが「閉鎖的」な面に不満を募らせてきた。本間会長の発言は非難されても仕方ない。しかし、閉鎖的という不満は理解できる。バカマジメをウリにするのは日本郵便に任せておきませう。

参考情報
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170713-00082031-kitanihon-l16

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■愛知県:いつまでもつか「レゴランド」 
 大規模な集客施設が一つも無い名古屋にようやくできたレゴランド。本当に大規模なのかと思ったら、敷地はたったの9ヘクタール(笑)でも、狭くても大入り満員なら言うことなしでありますが、実はかなり厳しいらしい。施設周辺の飲食店が閑散続きではや閉店したとか、集客のためにあれこれ割引きサービス連発とか、情けない話ばかり。


著者は愛知県の県民性にはえらく辛口の評価をしている。いわく「47ある都道府県のうち愛知県ほど立派な県名をもってるところはない。知を愛する・・哲学的名称である」しかし、と続けて「県民性は哲学とは真逆、カネとモノにこだわる気風いと強し」と。さらに、トヨタの車には哲学がないと厳しい。


もし、レゴランドがこけるようなことになれば(ないと思うけど)その原因は県民性に起因すると考えてよさそう。その県民性として「遊びのセンス」が欠けていることをよく表しているのが名古屋には多数を集客できるお祭りがないことだと言う。そういえば・・知りませんねえ。東北や九州にも素晴らしいお祭りがあるのに名古屋はナシ。お祭りという、カネやモノで計れない楽しいことには興味をもてないのか。なんだか侘びしい。


レゴランドの大弱点はリピーターをつくりにくいこと。一度は行くが二度はけっこう。大人のほとんどはそうでせう。こんなこと企画時点で分かってるのにつくってしまった。ディズニーランドやUSJはリピーターが支えてる。三月、半年後に再訪しても新しいアトラクションが楽しめる。レゴランドでそれは無理だと思いますよ。
 しかし、レゴランドは愛知県民だけで企画したものではないはず、レジャービジネスのプロたちがわんさと集まってアイデアを出し合った。開業半年で黄信号がともるなら計画時点で頓挫したに違いない。ここは愛知県民のプライドをかけて頑張ってもらわねば。(2003年 草思社発行)

県民性





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●「9割本」がなんと451冊もあった

 先月の読書会では「伝え方が9割」という本をテーマにして意見を述べあいましたが、図書館でナントカが「9割」をうたう本を調べたところ、大阪市立図書館が蔵書にしているものだけで451冊も見つかりました。ホンマか?と疑いたくなるような多さです。
 10年くらい前に「人は見た目が9割」という本がベストセラーになったことは知っているけど、これの後追い本がたくさん出てもせいぜい10冊くらいと思ってました。9割本はぜんぜんユニークでも希少でもなかったのです。


だったら、一層のこと「10割」をアピールするほうが目立つはずです。しかし、調査では15冊しか見つかりませんでした。9割本の30分の1しかありません。読む側は10割イコール「完璧」と思ってしまうから、さすがにそこまではうたいにくいのでせう。9割だと1割の「逃げ」がある。売る側はこれで責任逃れできるわけです。 ほかの数字はどうか。8割本が73冊と結構多い。7割本は25冊、5割本が12冊とだんだん少なくなっていきます。では1割本は皆無か、というと19冊ありました。1割という数字は、駄目な人やモノを表すために使うのでせう。


実用書やビジネス本のタイトルは著者が決めるのではなく、9割方(笑)は編集者が決める。売れる、売れないは経験豊富な編集者のほうが判断能力が高いからです。むろん、インパクトの強さや好感度なども勘案して決めます。それにしても9割本は多すぎる。既刊の9割本の一部を紹介しておきます。

「男と女は打算が9割」
「出世はヨイショが9割」
「9割の会社は社長で決まる」
「会議の9割はムダ」
「女性はマナーで9割変わる」
「試験は暗記が9割」

こんな本、読みたいと思わない人が10割だったりして。


読書と音楽の愉しみ


●中村紘子著「ピアニストだって冒険する」を読む

 Kさんから電話あり。「まちごうて同じ本を2冊買うてしまいましてん、一冊贈るので読んでくれますか」一体、どんなミスをすれば、こんな悔しい事態になるのか。事情はともかく、有り難く頂戴しました。何度も書くが、お酒、食料から書物まで、駄目男の暮らしは授かりもので維持されているのであります。吉田兼好は「徒然草」のなかで、好きな人物とは「物をくれる人」なんて書いていますが、ホント、吉田サンは貧乏性の大先輩であります。


中村紘子は惜しくも昨年72歳で亡くなったが、日本のピアニストの大御所でした。男女問わず、存在感の大きさにおいて、この人と肩を並べられる人はいない。本書が遺作になるなんて、何よりご本人が思っていなかったでせう。音楽ファンだけでなく、本のファンも多かった点でもエライと思います。ナントカいう本では大宅壮一賞をもらってます。


300頁にわたって、回想録、懐旧談が満載ですが、面白さでは「アルゼンチンまで潜りたい」や「ピアニストという蛮族がいる」に比べたらやや劣る。それに、このタイトルがピンとこない。
 話の中心はピアニストとしての生い立ちや内外のピアノコンクールのこと、当然、裏話がメインになるけど、ちょっと筆が滑ると個人批判になる。さりとて、平穏無難に書けばぜんぜん面白くないし・・難しいところです。幸い、といってはナンですが、登場する人物の多くが鬼籍に入っていて文句はいえないのが救いです。いや、ご自身も鬼籍に入ってしまって今ごろアチラ世界でブーイング多々、言い訳の毎日だったりして。


音楽論や業界の話は割愛。中村紘子のもう一つの才能はめちゃ多彩な人脈づくりでせう。それも、本人が積極的につくったというより、なりゆきで出来た人脈がほとんどです。本職では演奏とコンクールイベントで世界中に名を売り、本業以外でも、政治家、外交官、企業人、教育者、各界文化人、まことに間口が広い。世間に音楽ファンなんて少数なのに、実際、中村さんの演奏なんか聴いたことない人なのに「お友達」にしてしまう。生来の人徳に、もしや5%くらい「いちびり」センスも混じってるのではないか。


その多彩な人脈のハイエンドは誰か。皇太子殿下であります。十数年前、親しい小和田夫人(雅子妃の母)と雑談しているなかで「殿下はまだ鉄板焼きというものを召し上がったことがない」と聞き、それならうちで、と自宅にお招きすることになった。(夫妻を招いたが、雅子妃は例の体調不良で欠席)当日は作曲家の団伊玖磨夫妻(故人)も招き、マンションのダイニングルームでランチを楽しんだ。むろん、料理は中村サン入魂の手作り、殿下は大喜びで鉄板焼きを堪能されたそうだ。ま、小和田夫人と世間話できるという間柄がシモジモにはあり得ないのですが。


後半、「プライドと国家の品格」という堅苦しい見出しの章で書いているのは、モロに朝日新聞の悪口。紙面批判ではなく、個人批判なので書かれた当事者は辛い(既に故人ならいいけど)。名前は伏せてあるが、文章から個人の特定は容易にできる。ひと月くらい前、このブログで朝日新聞は人材の劣化が進んでると書いたけれど、昔から劣化しっぱなしの新聞社であります。


30年近く前、あるチャリティコンサートに関して朝日新聞からインタビューの申込みがあった。某編集委員が訪ねて来て、それ自体はどういうこともない内容だったが、終わりに人が変わったような口のきき方で「あんた、中卒だろ。なのに、なんで、そんな色んなこと知ってるんだ」たしかに、著者は高校中退で米国へ留学したから、中卒または高校中退の学歴である。そんな低学歴のくせに世間知が豊かなのはあり得んと。「私は一瞬、あっけにとられ、この単細胞編集委員氏にどう応えたものかと、口ごもってしまった」(198頁)


さらに、同じ編集委員がとんでもない非常識行為をやってしまった。彼の娘はヴァイオリニスト。めでたく結婚することになったが、なんという不運か、ウエディングドレスの試着に行ったその帰途に交通事故で亡くなってしまったのだ。それは100%同情に値する。しかし、彼はその悲しみを、読者を装って読者投稿欄「声」に投稿した。この投稿文を見つけた著者が「あの人に違いない」と判断し、あまりに気の毒な事故ゆえにホロリとしてお悔やみの手紙を送った。


月日が経ち、ある日、一冊の文集が送られてきた。かの娘さんを追悼する文集だった。そこには、なんの事前の断りもなく、挨拶の一言もなく、送ったお悔やみの手紙が掲載されていた。「載せてやった、光栄に思え」と言いたいのか。これが朝日新聞編集委員氏の知性と教養のレベルです。


中村御大の怒りは尤もであります。しかし、一番許せないのは、朝日の社員であるのに読者を装って自社の新聞投稿欄に投稿したことです。公私混同、新聞の私物化。こんな非常識、朝日以外ではあり得ない。 普通の音楽エッセイの本なのに、この部分3頁だけはカリカリ怒りをぶちまけている。アーティストは、普通、営業上の配慮から、メディア個々への好き嫌いを言わないものです。しかし、中村紘子は、それをムシして、朝日新聞大嫌いだと書いてしまった。中村ボスの薫陶を受けた多くのピアニストや音楽関係者もこの本を読む。メディアとの付き合いを大事にする彼らにビミョーな影響を与えるでせう。中には、口には出さねど「亡くなられてよかった」と思う人もいるに違いない。(2017年 新潮社発行)


中村紘子


読書と音楽の愉しみ



●川端康成著「古都」を読む

 よりどり100円均一の陳列台で見つけた古文庫本。ええトシして、今ごろこんな本読んでまんのか、と笑われそうですが、本自体もよれよれに古びていて何やらノスタルジーに浸りながら読みました。 巻末の解説で山本健一氏は本書を評して「・・そして作者は、美しいヒロインを、あるいはヒロイン姉妹を描こうとしたのか、京都の風物を描こうとしたのか、どちらが主でどちらが従なのか、実はよく分からないのだ。この美しい一卵性双生児の姉妹の交わりがたい運命を描くのに、京都の風土が必要だったのか。あるいは逆に、京都の風土、風物の引き立て役としてこの二人の姉妹はあるのか。私の考えではどちらかというと、後者のほうに傾いている」


山本氏は文学的価値よりは観光案内的価値のほうがやや高いと。川端文学ファンとしては納得しがたいかもしれませんが、こういう見方もある。駄目男の見立ては「五分五分やと思います」です。たしかに、京都の年中行事、観光のことを説明しすぎたという印象は否めません。それは川端センセのサービス精神ゆえかもしれないが、読者はそこまで求めていないと思います。ヒロインの切ない出会いと別れを主題にしてほしかった、と考える読者も多いでせう。


双子の姉妹の一人は北山杉の産地、清滝川沿いの小さな集落で「磨き丸太」をつくる仕事をしている、という設定になっていますが、駄目男の若いころ、といっても昭和50年代は読図の練習を兼ねてこの地域を何回も歩きました。なので、川端センセが説明する山村風景はリアルに想像できるのが楽しい。ハイキングファンなら、鷹峯~沢池~菩提滝~中川のコースを歩いた人もおられるでせう。小説では、ピンポイント的に場所や建物を特定することはありませんが、描写に間違いや不自然なところはなく、センセは何度も現地を訪ねて調査したと思われます。


小説なのに、著者は「あとがき」を書いている。本作は新聞の連載小説であったが、当時、睡眠剤の乱用で、精神、体調とも不安定だった。文章の乱れがあり、編集者を困らせたらしい。おまけに作中の会話はすべて京都弁で、これは手に負えないからその筋のプロに頼んだ。頼まれた人も大苦労したのではないか。(締めきりぎりぎりに原稿が届くので、しっかり、書き換え、校正する時間が無い)あとがき=言い訳であります。


京都の観光情報がやたら豊富で詳しいのは、1961年の執筆時、約1年間、上京区の民家を借りて暮らしたから。あれもこれも書きたい、紹介したいと思うのは仕方ないですね。(昭和43年 新潮社発行)

北山



北山杉 



北山 






読書と音楽の愉しみ



●渡辺和子著「置かれた場所で咲きなさい」を読む

 2012年発売後、累計200万部以上売れたという大ヒット本であります。本書を発行する前、著者はすでに10冊ほど同工異曲の本を出版していたが、ヒットはしなかった。本書が突然ヒットしたのは、内容より題名によるところが大きいと思っています。それまではキリスト信仰をテーマに「心の~~」とか「愛が~~」という題名で、まあ、ありきたり、陳腐なものでした。発行所はPHP研究所に限られていました。それが、題名を「置かれた・・」に変え、発行所も、やり手社長、見城徹氏が率いる幻冬舎に変わると、パンパカパ~ン、大ヒットしたのでした。


似たような内容でも、題名を工夫するだけでこんなに売れるという見本です。著者は2016年に亡くなりましたが、苦節50年、名誉も報酬も最高のものを得て旅立たれました。苦労は十分報われたと思います。 さてと、本書を読んでみると、この本がなんで大ヒットしたのか、よく分からないというのが正直な感想です。カトリックの教えを強くうたわず、上から目線で説かず、といったソフトな語り口が読者に受け入れやすかったではと思いますが、基本は、題名のように、多くを求めず、感謝と寛容のこころをもって生きなさい、ふうなことを説いています。


若者が読めば人生の指針になるような内容であっても、60歳過ぎて、世間の波にもまれてきたじいさん、ばあさんには何ほどの有り難みも感じない本でせう。ありがたい説話も「それがどないしてん」な感じ。但し、著者の父親が二・二六事件で反乱者に襲われ、9歳だった著者の目の前で絶命した事件は生涯トラウマになり、それでも晩年に至って加害者を許す決心に至るのは、常人にはできないことであり、信仰という心の支えがあればこその大決断です。あなたに出来るか、と問われたら「でけまへん」と答えます。


本書は中央図書館の7月読書会の指定本。無難な感想を述べた人が半分、あとは結構きつい批判の発言で、200万部セラーのヒット作品とは思えないイジられ方でした。年寄りは意地悪でおます。(2012年 幻冬舎発行)


置かれた場所で・・ 




 

読書と音楽の愉しみ


●山下裕二著「驚くべき日本美術」を読む

 日本美術の鑑賞ガイドにこんな楽しい本があるとは知りませんでした。驚くべき美術ガイドブック・・とヨイショしておきます。時代に沿って流派や作品の解説をする通常の本とは大違いです。
 本来の専門は室町時代の雪舟などの研究ですが、そこはアカデミックな見方にとらわれず、興味あればなんでも研究する。話転々として横尾忠則やつげ義春まで登場する。脱線しすぎやろ、という批判はあるだろうけど、とりあえず面白い、退屈しない。


一方で、こんなエグイことも言う。「日本画独特の描線の達人は、鏑木清方と上村松園をもって終わった」と。そういえば、そんな気もします。文章が面白いのは、有名人や大家の作品について忖度しないから。
 あの有名な俵屋宗達の「風神雷神図」。これを写した尾形光琳の作品は失敗作だとキッパリ! なんで?・・雷神が背負った太鼓の環が宗達作品では屏風のフレームからはみ出してるのに、光琳はフレーム内に収まってる。これがイカンというのであります。この見方に駄目男は賛成です。大方の美術ファンは同じ意見ではないでせうか。でも、ふつう、シロウトが「尾形光琳作品は失敗作」なんてオソロシクて言えませんよね。


あちこち間口を広げているうちに岡本太郎作品にも関わるようになる。伝統的日本画とは対極にあるようなゲージツですが、太郎のアンチ思想への共感からです。・・というわけで、ハチャメチャな美術論てんこもりでありますが、大いに楽しませてもらいました。(2015年 集英社発行)


驚くべき 






読書と音楽の愉しみ


●14歳の偉業  ~瀬戸のモーツアルト?~

 藤井聡太君の大記録達成でテレビは速報を流すわ、新聞は一面にドカドカ載せるわ、の大フィーバーであります。天才の呼び名が少しも大げさに思えない、百年に一度の逸材。しかも、彼はまだ14歳。自分が14歳のときは・・ありふれたバカの一人でした。


14歳藤井少年の快挙を知って思い出したのが、かのモーツアルトが、同じく14歳のときにやらかした凄ワザです。藤井君と同様、ものすごい能力を発揮した。教会でたった一度聴いた合唱曲をまるごと暗記して、楽譜に再現したのです。(曲は「ミゼレーレ」男女9声部 約12分の曲です) この凄ワザは、父、レオポルドも同席する教会で発揮した。彼は息子の快挙を妻に手紙で伝えた。

ザルツブルグの妻への手紙 ~1770年4月14日~
  おまえはたぶんローマの有名な『ミセレーレ』のことがよく話題になっているのを聞いたことがあるだろう。 この曲はたいへん尊重されているので、礼拝堂の歌手たちには、パート譜を一枚でも礼拝堂から持ち出したり、写譜したり、あるいは誰かにやったりすることは、破門をもって禁じられているのです。 ところが、私たちはもうそれを手に入れてしまっているのだ。 ヴォルフガングはもうそれをすっかり書き取ってしまったし、もしこの曲の演奏に私たちが立ち会う必要がなければ、この手紙に同封してザルツブルクに送ってしまうことだろう。 でも演奏の仕方が作品自体よりも重要なので、私たちは帰るときにこの曲を持って行くことにします。 それにこれはローマの秘曲なので、直接間接に教会の検閲に触れないために、他人の手には渡したくないのだ。(引用終わり)


モーツアルトの凄ワザのせいで「門外不出の秘曲」はパーになってしまい、楽譜は出版されて誰でも歌えるようになった。日本でもライブで聴く機会はあり、駄目男は2年前の6月に、タリス・スコラーズの演奏で聴きました(兵庫芸セン大ホール)。2015年6月18日にブログを書いています。

藤井君の強さのベースは膨大な数の盤面の記憶にあり、これに新しいAIのワザなどを取り込んで藤井流新戦法で攻めることらしい。脳内全部コンピュータって感じなのでせうか。モーツアルトの一曲丸覚え術は、楽譜という記号に頼らず、右脳でイメージとして覚え、楽譜に再現するときは作曲家としてのセンスで声部を構成したのでは、と想像します。


余談ながら、駄目男が生涯で聴いたヴォーカル(声楽曲)で最高に美しい曲だと思っているのは、ここで紹介している

・アレグリ「ミゼレーレ」と
・モーツアルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
・ラフマニノフ「ヴォカリーズ」の三曲です。
 ヴォカリーズはやや「通俗」の印象があるけど、あの世へ旅立つときのBGMとしてぴったりでせう。


■タリス・スコラーズが歌う「ミゼレーレ」
https://www.youtube.com/watch?v=R5uBWa7UJFQ&list=RDR5uBWa7UJFQ#t=33


■キリ・テ・カナワが歌うラフマニノフ作曲「ヴォカリーズ」
https://www.youtube.com/watch?v=fW630zFA93Y


読書と音楽の愉しみ



●中島誠之助著「骨董掘り出し人生」を読む

 「開運なんでも鑑定団」の常連鑑定士としておなじみのオジサン。すごい博識ぶりに感心していますが、どんな人生を送ってきたのだろうか、興味がありました。昭和13年生まれだから駄目男より一歳上です。裕福な家庭に育ったが身内の人事が複雑で諸々の事情から養子として育った。義父が骨董商なので修業は必然だったけど、跡継ぎにはなりたくないと逃げ回る。最後は遠洋のマグロ漁船の乗組員になって日本脱出までやるが、結局、骨董人生を送ることになった。


有り体にいえば、骨董商は「本物か、偽物か」の世界。骨董趣味人が経験を積んだからなれるという甘いビジネスではない。

・先天的に恵まれた感性、美意識の持ち主
・子供じぶんからの豊富な学習
・人間の真贋を見分ける才能、人脈づくりの才能も必要
・時代感覚にも敏感であること

等々の才覚がある人だけが成功する。なんでも鑑定団には、自称「この道30年」みたいな趣味人(鑑定依頼人)が登場するが、ほとんどはただの素人である。骨董修業の基本は風呂敷包みのワザ。いろんな形の商品をいかにきっちり、丈夫に包めるか。これだけで一年くらいかかるという。(現代は宅急便の発達で段ボール輸送になった)著者は風呂敷包みのワザでは日本で五人の内に入る名人だと自負している。


いろいろ苦労を重ねた末、独立して店をもつことができた。誠実な商いが認められて上客がつくようになった。なかでも贔屓にしてくれたのが高峰秀子。彼女は女優を引退後、骨董の蒐集に凝り、中島氏は良い相談相手になった。こういう経験が骨董商のネームバリューを高めることになる。1970年代、雑誌「ミセス」や「家庭画報」で古伊万里を紹介する記事が多くなった。そのころ著者は自分のセンスで集めた古伊万里の専門店「からくさ」をオープンした。すると雑誌などの取材が増え、古伊万里ブームが起きる。どかどか売れるので仕入が追いつかず、田舎町を車で駆け回って集める。国内で品薄になるとヨーロッパまで出かけて古伊万里探しをした。(明治時代に大量に輸出されたので、欧州にはたくさんあった)


かくして古伊万里ブームのおかげで貧乏暮らしと決別、リッチマンになれた。しかし、それも見切りをつけて商売はやめ、著作や講演会で稼ぐことがメインになる。今や悠々自適の身、ふだんは八ヶ岳山麓に建てた山荘で読書三昧の優雅な日々を送る。嗚呼、うらやましい。(2007年 朝日新聞社発行)

 
古伊万里大皿
中島 


中島




読書と音楽の愉しみ



●竹本住大夫著「人間 やっぱり情でんなあ」を読む

 惜しまれつつ引退した浄瑠璃の大御所、住大夫の回顧録。話し言葉、それも大阪弁での語りなので、堅苦しさはなく、とても読みやすい。かつ、中身も濃い。50年、100年先になったとき、昭和、平成時代の文楽世界の記録としてとても良い資料になること間違いなしであります。


住大夫自身、師匠とマンツーマン、スパルタ教育で鍛えられた。教える立場になっても弟子にはスパルタ式で芸を仕込む。これには賛否両論あるだろうけど、本書を読む限り、ものわかりのよい、甘い態度では優秀な大夫は育たないと思わせる。そもそも「ちゃんとした大阪弁」を話せる若者がいないから基本のキから教えなければならない。師匠がイラついてカッカするのがわかります。ちゃんとした大阪弁といっても、江戸時代の大阪弁ですからね。楽に習得できるはずがない。


全編、苦労話がてんこ盛りという感じですが、戦中、戦後の、三度のメシにも事欠くありさまは、戦前生まれの読者の身にシミます。ちなみに、文楽の技芸員は全員召集され、戦地へ送られた。しかし、現地で戦死や病死した人は一人もいなかったという。これはとてもラッキーですが、終戦間際の召集なので戦闘シーンに遭遇せずに済んだとも言えます。


本書は住吉図書館読書会の選定本だったので、十数人の参加者が感想を述べあいました。一番共通した話題は本書でもチラリと出て来る、橋下市長時代の文楽協会への補助金カット問題。この件で橋本市長が嫌いになったという人が大勢いた。(駄目男もその一人)芸術文化に対する理解の無さ、が嫌われた由縁ですが、うがった見方をすれば、これが大阪都構想賛否投票でマイナス要因になったかもしれない。賛否きわどい差だったので影響した可能性はあります。橋下サンの美的センスの無さは育ちの悪さによる。氏より育ちと言うけれど、彼の生い立ちに美意識が育つような環境は全く無かった。松井知事も似たようなものですけど・・。(2014年 文藝春秋発行)


人間やっぱり 





読書と音楽の愉しみ



●ケント・ギルバート著
 「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読む

たまには流行りものの本を読もうと買ったけど、買わなきゃ良かったと後悔しました。内容の大方は既に知っていることで新情報なしです。本屋で少し立ち読みしてから判断すればよかった。ガイジンが儒教のことを書いた本だから面白そうと思ったのがまちがいでした。


それはさておき、日本人が儒教に支配されなかったのはラッキーであります。中国と陸続きの朝鮮とちがい、海というフィルターを通して儒教を仕入れたことで、儒教文化をそっくりコピーしなくて済んだ。是々非々の判断をする余裕があったというか、そこが日本人らしいのかも。さりとてキリスト教にも染まらなかった。固有の神道と輸入の仏教をテキトーにミックス、ええとこ取りして文化の礎とした。


著者、K・ギルバートは儒教をケチョンケチョンに貶しています。いかほど勉強したのかわからないけど、ほとんどの日本人読者はすんなり受け入れられる内容です。中華思想に関する知見もノーマルだと言えます。とにかく、ギルバート先生は儒教の弊害=中国人、韓国人のおぞましさを日本人に刷り込みたいのでせう。文脈からは、お人好しで国際情勢に無知、鈍感な日本人にイラついてるような感じも受けます。


儒教思想から抜け出せない中国人、韓国人の国民性を一言でいえば「下衆」がふさわしい。個人の振る舞いから国家の戦略までサンプルをたっぷり説明している。同じアジアの民族で隣国どうしなのだから、中国、韓国と仲よくしようなんて発想がいかにアホくさいことかと警告する。そんなこと、アンタに言われんでも分かってます、と言いたいが、分かってない日本人もたくさんいます。


中国、韓国、北朝鮮が他の世界各国から尊敬や敬愛のまなざしで見られることは未来永劫ないでせう。韓国や北朝鮮は近未来、国家存亡の危機に見舞われるかもしれない。韓国の悲しいところは、仮に韓国という国家が滅びても、世界中の誰も困らないことです。韓国の産業やビジネスは全て他国で代替できる。サムスンやヒュンダイが消滅しても、キムチが無くなっても諸外国は全く困らない。韓国でなければ作り出せない文化や産業がありますか。パクリとコピーだけで生きてきた国家の致命的弱点です。


前から思ってることですが、せめて「即席ラーメン」くらいは韓国で発明してほしかった。安くて美味しい日常食として今や世界中に普及し、途上国では救荒食としても役だっている。世界の食糧事情を下支えしている食品です。これは日本発の文化、ビジネスの一例ですが、もし、韓国で発明されたものなら、世界への貢献が認められ、大いに評価されたでせう。なのに、身近な即席ラーメンさえ発明できない国です。韓国が地上から消滅しても誰も困らない。この国家の存在感の軽さは、もし自分が韓国人なら耐えがたいだろうと想像します。(2017年 講談社発行)

ケントギルバート 






読書と音楽の愉しみ



●葉室麟ほか著「決戦!大坂城」を読む

 講談社では新発想の歴史小説本として「決戦」というテーマをつくり、「関ヶ原」「桶狭間」「川中島」など数種類の本を発行しています。特色は、これらのテーマで数名の新進、ベテランの作家が独自の構想で短編を書き下ろし、競作?していることです。読み手は楽しいが、書き手は作品の優劣を即断されてしまうのでなかなか厳しい。


今回の「決戦!大坂城」は中央図書館の読書会の指定本だったので、参加体験も兼ねて読みました。決戦とは、大坂冬の陣・大坂夏の陣を指します。以下、作者とタイトル、主人公の名前を記すと・・・

・葉室麟『鳳凰記』ー 淀殿
・木下昌輝『日の本一の兵』ー 真田信繁
・富樫倫太郎『十万両を食う』ー 近江屋伊三郎
・乾緑郎『五霊戦鬼』ー 水野勝成
・天野純希『忠直の檻』ー 松平忠直
・冲方丁『黄金児』ー 豊臣秀頼
・伊東潤『男が立たぬ』ー 福島正守


意外に思ったのは、七名の作家の文体に個性が感じられなかったこと。みなさん、申し合わせたように文体が揃っています。歴史もんはこういうふうに書く・・と、訓練されたみたいにまとまっています。もし、この中に司馬遼太郎の作品を混ぜれば、文体だけで司馬作品と判定出来そうな気がします。文章にクセの無いぶん、読みやすいというメリットはありますが。


読書会では、自分のお気に入り作品として「黄金児」「男が立たぬ」の二作品を推しておきました。いずれも豊臣秀頼の最後が描かれており、今まで何となく「頼りない、甘ったれ」のイメージがあった秀頼を、凛々しく教養も高い貴人として描いています。近年の研究でいろんな資料から従来と異なる秀頼像が確かめられているのかも知れません。他の皆さんの評価では米商人を描いた「十万両を食う」が好評でした。戦争のどさくさで古い米を高く売りつけて大もうけしようとするがめつい男の波乱を描いた作品です。(2015年 講談社発行





本 6がつ







読書と音楽の愉しみ



●三十六代 木村庄之助著
 「大相撲 行司さんのちょっといい話」を読む

大相撲のTV中継、結びの一番は行司のなかで一番えらい「立行司」が仕切ります。この立行司には「木村庄之助」と「式守伊之助」の二名がいて、結びの一番は木村庄之助と決まっている。行司のトップです。・・というのは納得ですが、土俵の勝負はほとんどが1分以内だから、立行司の勤務時間はわずか5~10分くらいでせう。ええ仕事やなあ、とうらやむ人多いのではないでせうか。ほかに仕事は無いのかしらん? という興味もあってこの本を読みました。そうだったのか・・意外な話がけっこうありました。

◆きつい階級社会
 相撲取りにランクがあるように、行司にも「序の口」格から「立行司まで9段ものランクがある。関取とちがって大学卒はいなくて、たいていは中学卒。15歳で就職して定年は65歳だから50年間は勤められるわけです。立派な装束をつけて、えらそーに勝負を仕切ってる立行司が中学卒・・知りませんでした。行司の定員は45名。みなさん相撲協会所属かと思いきゃ違うんですね。相撲取りと同じく部屋所属です。井筒部屋とか、出羽海部屋とか。仕事の中身からいえば、独立した組織のほうが合理的だと思いますが・・。 部屋所属なら三度のメシも関取と一緒に食べる。順番は部屋の師匠(親方)~関取(ランク順)~先輩行司~後輩行司~新米、と、格差社会そのものです。


◆レタリングの名人である
 意外なことの一番は相撲番付表の制作です。歌舞伎の招きという看板と同じような独特の書体で書かれた番付表の原稿を書くのが重要な仕事です。当然、難しい。だから誰でも担当できるものでなく、数名の達筆者が猛練習して書く。手描きだから全員同じ書体にはならず、微妙な違いがある。こんなの、パソコンソフトを使ってるとばかり思い込んでいました。失礼をば致しました。歌舞伎と相撲、いずれも「隙間なくお客が入りますように」という願望を込めて、あんなに黒々した字面にデザインしています。


◆場内アナウンス
 「東方、大関、稀勢の里、茨城県牛久市出身・・」というおなじみのアナウンスも行司の仕事。ただし、声からして中堅行司の役目らしい。勝負後の決まり手のアナウンスも役目です。どの場所も同じ人の声に聞こえてしまうのですが、そんなことはないはず。ばらつきのないようにトレーニングしているのでせうか。これって大事なことだと思います。


◆四股名を考える
 ときに新人力士の四股名を考えることもある。実際には親方が決めることが多いが、名案が浮かばないときは相談相手になる。筆者の命名とは関係ないけど、白鵬のネーミングのいきさつは面白い。新弟子として部屋に配属されてしばらくのとき、原案は「柏鵬」だった。これは当時の人気横綱、柏戸と大鵬から一字ずつ借りたものだが、新米の将来性が全く分からない者には余りに大層な(重い)な名前だと却下。そこで、
柏戸の「柏」の字から木へんを取り、白にした。「白鵬」これなら「厚かましい名前」と言われないで済む。これが命名の由来です。


◆ドジをしたときは・・・
 立行司といえど差し違えるときがある。最高に不名誉なことであります。立行司が短刀を帯びてるのは、差し違えたら責任をとって切腹するという覚悟の証しであります。現実にはどうなのか。翌日に相撲協会へ出向き、理事長に詫びる。これで落着ですが、短期間にドジを繰り返したら辞職ということもある。(2014年 双葉社発行)


「鵬」の字は何回書いても難しい
相撲  


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