読書と音楽の愉しみ


●中村紘子著「ピアニストだって冒険する」を読む

 Kさんから電話あり。「まちごうて同じ本を2冊買うてしまいましてん、一冊贈るので読んでくれますか」一体、どんなミスをすれば、こんな悔しい事態になるのか。事情はともかく、有り難く頂戴しました。何度も書くが、お酒、食料から書物まで、駄目男の暮らしは授かりもので維持されているのであります。吉田兼好は「徒然草」のなかで、好きな人物とは「物をくれる人」なんて書いていますが、ホント、吉田サンは貧乏性の大先輩であります。


中村紘子は惜しくも昨年72歳で亡くなったが、日本のピアニストの大御所でした。男女問わず、存在感の大きさにおいて、この人と肩を並べられる人はいない。本書が遺作になるなんて、何よりご本人が思っていなかったでせう。音楽ファンだけでなく、本のファンも多かった点でもエライと思います。ナントカいう本では大宅壮一賞をもらってます。


300頁にわたって、回想録、懐旧談が満載ですが、面白さでは「アルゼンチンまで潜りたい」や「ピアニストという蛮族がいる」に比べたらやや劣る。それに、このタイトルがピンとこない。
 話の中心はピアニストとしての生い立ちや内外のピアノコンクールのこと、当然、裏話がメインになるけど、ちょっと筆が滑ると個人批判になる。さりとて、平穏無難に書けばぜんぜん面白くないし・・難しいところです。幸い、といってはナンですが、登場する人物の多くが鬼籍に入っていて文句はいえないのが救いです。いや、ご自身も鬼籍に入ってしまって今ごろアチラ世界でブーイング多々、言い訳の毎日だったりして。


音楽論や業界の話は割愛。中村紘子のもう一つの才能はめちゃ多彩な人脈づくりでせう。それも、本人が積極的につくったというより、なりゆきで出来た人脈がほとんどです。本職では演奏とコンクールイベントで世界中に名を売り、本業以外でも、政治家、外交官、企業人、教育者、各界文化人、まことに間口が広い。世間に音楽ファンなんて少数なのに、実際、中村さんの演奏なんか聴いたことない人なのに「お友達」にしてしまう。生来の人徳に、もしや5%くらい「いちびり」センスも混じってるのではないか。


その多彩な人脈のハイエンドは誰か。皇太子殿下であります。十数年前、親しい小和田夫人(雅子妃の母)と雑談しているなかで「殿下はまだ鉄板焼きというものを召し上がったことがない」と聞き、それならうちで、と自宅にお招きすることになった。(夫妻を招いたが、雅子妃は例の体調不良で欠席)当日は作曲家の団伊玖磨夫妻(故人)も招き、マンションのダイニングルームでランチを楽しんだ。むろん、料理は中村サン入魂の手作り、殿下は大喜びで鉄板焼きを堪能されたそうだ。ま、小和田夫人と世間話できるという間柄がシモジモにはあり得ないのですが。


後半、「プライドと国家の品格」という堅苦しい見出しの章で書いているのは、モロに朝日新聞の悪口。紙面批判ではなく、個人批判なので書かれた当事者は辛い(既に故人ならいいけど)。名前は伏せてあるが、文章から個人の特定は容易にできる。ひと月くらい前、このブログで朝日新聞は人材の劣化が進んでると書いたけれど、昔から劣化しっぱなしの新聞社であります。


30年近く前、あるチャリティコンサートに関して朝日新聞からインタビューの申込みがあった。某編集委員が訪ねて来て、それ自体はどういうこともない内容だったが、終わりに人が変わったような口のきき方で「あんた、中卒だろ。なのに、なんで、そんな色んなこと知ってるんだ」たしかに、著者は高校中退で米国へ留学したから、中卒または高校中退の学歴である。そんな低学歴のくせに世間知が豊かなのはあり得んと。「私は一瞬、あっけにとられ、この単細胞編集委員氏にどう応えたものかと、口ごもってしまった」(198頁)


さらに、同じ編集委員がとんでもない非常識行為をやってしまった。彼の娘はヴァイオリニスト。めでたく結婚することになったが、なんという不運か、ウエディングドレスの試着に行ったその帰途に交通事故で亡くなってしまったのだ。それは100%同情に値する。しかし、彼はその悲しみを、読者を装って読者投稿欄「声」に投稿した。この投稿文を見つけた著者が「あの人に違いない」と判断し、あまりに気の毒な事故ゆえにホロリとしてお悔やみの手紙を送った。


月日が経ち、ある日、一冊の文集が送られてきた。かの娘さんを追悼する文集だった。そこには、なんの事前の断りもなく、挨拶の一言もなく、送ったお悔やみの手紙が掲載されていた。「載せてやった、光栄に思え」と言いたいのか。これが朝日新聞編集委員氏の知性と教養のレベルです。


中村御大の怒りは尤もであります。しかし、一番許せないのは、朝日の社員であるのに読者を装って自社の新聞投稿欄に投稿したことです。公私混同、新聞の私物化。こんな非常識、朝日以外ではあり得ない。 普通の音楽エッセイの本なのに、この部分3頁だけはカリカリ怒りをぶちまけている。アーティストは、普通、営業上の配慮から、メディア個々への好き嫌いを言わないものです。しかし、中村紘子は、それをムシして、朝日新聞大嫌いだと書いてしまった。中村ボスの薫陶を受けた多くのピアニストや音楽関係者もこの本を読む。メディアとの付き合いを大事にする彼らにビミョーな影響を与えるでせう。中には、口には出さねど「亡くなられてよかった」と思う人もいるに違いない。(2017年 新潮社発行)


中村紘子


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●川端康成著「古都」を読む

 よりどり100円均一の陳列台で見つけた古文庫本。ええトシして、今ごろこんな本読んでまんのか、と笑われそうですが、本自体もよれよれに古びていて何やらノスタルジーに浸りながら読みました。 巻末の解説で山本健一氏は本書を評して「・・そして作者は、美しいヒロインを、あるいはヒロイン姉妹を描こうとしたのか、京都の風物を描こうとしたのか、どちらが主でどちらが従なのか、実はよく分からないのだ。この美しい一卵性双生児の姉妹の交わりがたい運命を描くのに、京都の風土が必要だったのか。あるいは逆に、京都の風土、風物の引き立て役としてこの二人の姉妹はあるのか。私の考えではどちらかというと、後者のほうに傾いている」


山本氏は文学的価値よりは観光案内的価値のほうがやや高いと。川端文学ファンとしては納得しがたいかもしれませんが、こういう見方もある。駄目男の見立ては「五分五分やと思います」です。たしかに、京都の年中行事、観光のことを説明しすぎたという印象は否めません。それは川端センセのサービス精神ゆえかもしれないが、読者はそこまで求めていないと思います。ヒロインの切ない出会いと別れを主題にしてほしかった、と考える読者も多いでせう。


双子の姉妹の一人は北山杉の産地、清滝川沿いの小さな集落で「磨き丸太」をつくる仕事をしている、という設定になっていますが、駄目男の若いころ、といっても昭和50年代は読図の練習を兼ねてこの地域を何回も歩きました。なので、川端センセが説明する山村風景はリアルに想像できるのが楽しい。ハイキングファンなら、鷹峯~沢池~菩提滝~中川のコースを歩いた人もおられるでせう。小説では、ピンポイント的に場所や建物を特定することはありませんが、描写に間違いや不自然なところはなく、センセは何度も現地を訪ねて調査したと思われます。


小説なのに、著者は「あとがき」を書いている。本作は新聞の連載小説であったが、当時、睡眠剤の乱用で、精神、体調とも不安定だった。文章の乱れがあり、編集者を困らせたらしい。おまけに作中の会話はすべて京都弁で、これは手に負えないからその筋のプロに頼んだ。頼まれた人も大苦労したのではないか。(締めきりぎりぎりに原稿が届くので、しっかり、書き換え、校正する時間が無い)あとがき=言い訳であります。


京都の観光情報がやたら豊富で詳しいのは、1961年の執筆時、約1年間、上京区の民家を借りて暮らしたから。あれもこれも書きたい、紹介したいと思うのは仕方ないですね。(昭和43年 新潮社発行)

北山



北山杉 



北山 






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●渡辺和子著「置かれた場所で咲きなさい」を読む

 2012年発売後、累計200万部以上売れたという大ヒット本であります。本書を発行する前、著者はすでに10冊ほど同工異曲の本を出版していたが、ヒットはしなかった。本書が突然ヒットしたのは、内容より題名によるところが大きいと思っています。それまではキリスト信仰をテーマに「心の~~」とか「愛が~~」という題名で、まあ、ありきたり、陳腐なものでした。発行所はPHP研究所に限られていました。それが、題名を「置かれた・・」に変え、発行所も、やり手社長、見城徹氏が率いる幻冬舎に変わると、パンパカパ~ン、大ヒットしたのでした。


似たような内容でも、題名を工夫するだけでこんなに売れるという見本です。著者は2016年に亡くなりましたが、苦節50年、名誉も報酬も最高のものを得て旅立たれました。苦労は十分報われたと思います。 さてと、本書を読んでみると、この本がなんで大ヒットしたのか、よく分からないというのが正直な感想です。カトリックの教えを強くうたわず、上から目線で説かず、といったソフトな語り口が読者に受け入れやすかったではと思いますが、基本は、題名のように、多くを求めず、感謝と寛容のこころをもって生きなさい、ふうなことを説いています。


若者が読めば人生の指針になるような内容であっても、60歳過ぎて、世間の波にもまれてきたじいさん、ばあさんには何ほどの有り難みも感じない本でせう。ありがたい説話も「それがどないしてん」な感じ。但し、著者の父親が二・二六事件で反乱者に襲われ、9歳だった著者の目の前で絶命した事件は生涯トラウマになり、それでも晩年に至って加害者を許す決心に至るのは、常人にはできないことであり、信仰という心の支えがあればこその大決断です。あなたに出来るか、と問われたら「でけまへん」と答えます。


本書は中央図書館の7月読書会の指定本。無難な感想を述べた人が半分、あとは結構きつい批判の発言で、200万部セラーのヒット作品とは思えないイジられ方でした。年寄りは意地悪でおます。(2012年 幻冬舎発行)


置かれた場所で・・ 




 

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●山下裕二著「驚くべき日本美術」を読む

 日本美術の鑑賞ガイドにこんな楽しい本があるとは知りませんでした。驚くべき美術ガイドブック・・とヨイショしておきます。時代に沿って流派や作品の解説をする通常の本とは大違いです。
 本来の専門は室町時代の雪舟などの研究ですが、そこはアカデミックな見方にとらわれず、興味あればなんでも研究する。話転々として横尾忠則やつげ義春まで登場する。脱線しすぎやろ、という批判はあるだろうけど、とりあえず面白い、退屈しない。


一方で、こんなエグイことも言う。「日本画独特の描線の達人は、鏑木清方と上村松園をもって終わった」と。そういえば、そんな気もします。文章が面白いのは、有名人や大家の作品について忖度しないから。
 あの有名な俵屋宗達の「風神雷神図」。これを写した尾形光琳の作品は失敗作だとキッパリ! なんで?・・雷神が背負った太鼓の環が宗達作品では屏風のフレームからはみ出してるのに、光琳はフレーム内に収まってる。これがイカンというのであります。この見方に駄目男は賛成です。大方の美術ファンは同じ意見ではないでせうか。でも、ふつう、シロウトが「尾形光琳作品は失敗作」なんてオソロシクて言えませんよね。


あちこち間口を広げているうちに岡本太郎作品にも関わるようになる。伝統的日本画とは対極にあるようなゲージツですが、太郎のアンチ思想への共感からです。・・というわけで、ハチャメチャな美術論てんこもりでありますが、大いに楽しませてもらいました。(2015年 集英社発行)


驚くべき 






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●14歳の偉業  ~瀬戸のモーツアルト?~

 藤井聡太君の大記録達成でテレビは速報を流すわ、新聞は一面にドカドカ載せるわ、の大フィーバーであります。天才の呼び名が少しも大げさに思えない、百年に一度の逸材。しかも、彼はまだ14歳。自分が14歳のときは・・ありふれたバカの一人でした。


14歳藤井少年の快挙を知って思い出したのが、かのモーツアルトが、同じく14歳のときにやらかした凄ワザです。藤井君と同様、ものすごい能力を発揮した。教会でたった一度聴いた合唱曲をまるごと暗記して、楽譜に再現したのです。(曲は「ミゼレーレ」男女9声部 約12分の曲です) この凄ワザは、父、レオポルドも同席する教会で発揮した。彼は息子の快挙を妻に手紙で伝えた。

ザルツブルグの妻への手紙 ~1770年4月14日~
  おまえはたぶんローマの有名な『ミセレーレ』のことがよく話題になっているのを聞いたことがあるだろう。 この曲はたいへん尊重されているので、礼拝堂の歌手たちには、パート譜を一枚でも礼拝堂から持ち出したり、写譜したり、あるいは誰かにやったりすることは、破門をもって禁じられているのです。 ところが、私たちはもうそれを手に入れてしまっているのだ。 ヴォルフガングはもうそれをすっかり書き取ってしまったし、もしこの曲の演奏に私たちが立ち会う必要がなければ、この手紙に同封してザルツブルクに送ってしまうことだろう。 でも演奏の仕方が作品自体よりも重要なので、私たちは帰るときにこの曲を持って行くことにします。 それにこれはローマの秘曲なので、直接間接に教会の検閲に触れないために、他人の手には渡したくないのだ。(引用終わり)


モーツアルトの凄ワザのせいで「門外不出の秘曲」はパーになってしまい、楽譜は出版されて誰でも歌えるようになった。日本でもライブで聴く機会はあり、駄目男は2年前の6月に、タリス・スコラーズの演奏で聴きました(兵庫芸セン大ホール)。2015年6月18日にブログを書いています。

藤井君の強さのベースは膨大な数の盤面の記憶にあり、これに新しいAIのワザなどを取り込んで藤井流新戦法で攻めることらしい。脳内全部コンピュータって感じなのでせうか。モーツアルトの一曲丸覚え術は、楽譜という記号に頼らず、右脳でイメージとして覚え、楽譜に再現するときは作曲家としてのセンスで声部を構成したのでは、と想像します。


余談ながら、駄目男が生涯で聴いたヴォーカル(声楽曲)で最高に美しい曲だと思っているのは、ここで紹介している

・アレグリ「ミゼレーレ」と
・モーツアルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
・ラフマニノフ「ヴォカリーズ」の三曲です。
 ヴォカリーズはやや「通俗」の印象があるけど、あの世へ旅立つときのBGMとしてぴったりでせう。


■タリス・スコラーズが歌う「ミゼレーレ」
https://www.youtube.com/watch?v=R5uBWa7UJFQ&list=RDR5uBWa7UJFQ#t=33


■キリ・テ・カナワが歌うラフマニノフ作曲「ヴォカリーズ」
https://www.youtube.com/watch?v=fW630zFA93Y


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●中島誠之助著「骨董掘り出し人生」を読む

 「開運なんでも鑑定団」の常連鑑定士としておなじみのオジサン。すごい博識ぶりに感心していますが、どんな人生を送ってきたのだろうか、興味がありました。昭和13年生まれだから駄目男より一歳上です。裕福な家庭に育ったが身内の人事が複雑で諸々の事情から養子として育った。義父が骨董商なので修業は必然だったけど、跡継ぎにはなりたくないと逃げ回る。最後は遠洋のマグロ漁船の乗組員になって日本脱出までやるが、結局、骨董人生を送ることになった。


有り体にいえば、骨董商は「本物か、偽物か」の世界。骨董趣味人が経験を積んだからなれるという甘いビジネスではない。

・先天的に恵まれた感性、美意識の持ち主
・子供じぶんからの豊富な学習
・人間の真贋を見分ける才能、人脈づくりの才能も必要
・時代感覚にも敏感であること

等々の才覚がある人だけが成功する。なんでも鑑定団には、自称「この道30年」みたいな趣味人(鑑定依頼人)が登場するが、ほとんどはただの素人である。骨董修業の基本は風呂敷包みのワザ。いろんな形の商品をいかにきっちり、丈夫に包めるか。これだけで一年くらいかかるという。(現代は宅急便の発達で段ボール輸送になった)著者は風呂敷包みのワザでは日本で五人の内に入る名人だと自負している。


いろいろ苦労を重ねた末、独立して店をもつことができた。誠実な商いが認められて上客がつくようになった。なかでも贔屓にしてくれたのが高峰秀子。彼女は女優を引退後、骨董の蒐集に凝り、中島氏は良い相談相手になった。こういう経験が骨董商のネームバリューを高めることになる。1970年代、雑誌「ミセス」や「家庭画報」で古伊万里を紹介する記事が多くなった。そのころ著者は自分のセンスで集めた古伊万里の専門店「からくさ」をオープンした。すると雑誌などの取材が増え、古伊万里ブームが起きる。どかどか売れるので仕入が追いつかず、田舎町を車で駆け回って集める。国内で品薄になるとヨーロッパまで出かけて古伊万里探しをした。(明治時代に大量に輸出されたので、欧州にはたくさんあった)


かくして古伊万里ブームのおかげで貧乏暮らしと決別、リッチマンになれた。しかし、それも見切りをつけて商売はやめ、著作や講演会で稼ぐことがメインになる。今や悠々自適の身、ふだんは八ヶ岳山麓に建てた山荘で読書三昧の優雅な日々を送る。嗚呼、うらやましい。(2007年 朝日新聞社発行)

 
古伊万里大皿
中島 


中島




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●竹本住大夫著「人間 やっぱり情でんなあ」を読む

 惜しまれつつ引退した浄瑠璃の大御所、住大夫の回顧録。話し言葉、それも大阪弁での語りなので、堅苦しさはなく、とても読みやすい。かつ、中身も濃い。50年、100年先になったとき、昭和、平成時代の文楽世界の記録としてとても良い資料になること間違いなしであります。


住大夫自身、師匠とマンツーマン、スパルタ教育で鍛えられた。教える立場になっても弟子にはスパルタ式で芸を仕込む。これには賛否両論あるだろうけど、本書を読む限り、ものわかりのよい、甘い態度では優秀な大夫は育たないと思わせる。そもそも「ちゃんとした大阪弁」を話せる若者がいないから基本のキから教えなければならない。師匠がイラついてカッカするのがわかります。ちゃんとした大阪弁といっても、江戸時代の大阪弁ですからね。楽に習得できるはずがない。


全編、苦労話がてんこ盛りという感じですが、戦中、戦後の、三度のメシにも事欠くありさまは、戦前生まれの読者の身にシミます。ちなみに、文楽の技芸員は全員召集され、戦地へ送られた。しかし、現地で戦死や病死した人は一人もいなかったという。これはとてもラッキーですが、終戦間際の召集なので戦闘シーンに遭遇せずに済んだとも言えます。


本書は住吉図書館読書会の選定本だったので、十数人の参加者が感想を述べあいました。一番共通した話題は本書でもチラリと出て来る、橋下市長時代の文楽協会への補助金カット問題。この件で橋本市長が嫌いになったという人が大勢いた。(駄目男もその一人)芸術文化に対する理解の無さ、が嫌われた由縁ですが、うがった見方をすれば、これが大阪都構想賛否投票でマイナス要因になったかもしれない。賛否きわどい差だったので影響した可能性はあります。橋下サンの美的センスの無さは育ちの悪さによる。氏より育ちと言うけれど、彼の生い立ちに美意識が育つような環境は全く無かった。松井知事も似たようなものですけど・・。(2014年 文藝春秋発行)


人間やっぱり 





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●ケント・ギルバート著
 「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読む

たまには流行りものの本を読もうと買ったけど、買わなきゃ良かったと後悔しました。内容の大方は既に知っていることで新情報なしです。本屋で少し立ち読みしてから判断すればよかった。ガイジンが儒教のことを書いた本だから面白そうと思ったのがまちがいでした。


それはさておき、日本人が儒教に支配されなかったのはラッキーであります。中国と陸続きの朝鮮とちがい、海というフィルターを通して儒教を仕入れたことで、儒教文化をそっくりコピーしなくて済んだ。是々非々の判断をする余裕があったというか、そこが日本人らしいのかも。さりとてキリスト教にも染まらなかった。固有の神道と輸入の仏教をテキトーにミックス、ええとこ取りして文化の礎とした。


著者、K・ギルバートは儒教をケチョンケチョンに貶しています。いかほど勉強したのかわからないけど、ほとんどの日本人読者はすんなり受け入れられる内容です。中華思想に関する知見もノーマルだと言えます。とにかく、ギルバート先生は儒教の弊害=中国人、韓国人のおぞましさを日本人に刷り込みたいのでせう。文脈からは、お人好しで国際情勢に無知、鈍感な日本人にイラついてるような感じも受けます。


儒教思想から抜け出せない中国人、韓国人の国民性を一言でいえば「下衆」がふさわしい。個人の振る舞いから国家の戦略までサンプルをたっぷり説明している。同じアジアの民族で隣国どうしなのだから、中国、韓国と仲よくしようなんて発想がいかにアホくさいことかと警告する。そんなこと、アンタに言われんでも分かってます、と言いたいが、分かってない日本人もたくさんいます。


中国、韓国、北朝鮮が他の世界各国から尊敬や敬愛のまなざしで見られることは未来永劫ないでせう。韓国や北朝鮮は近未来、国家存亡の危機に見舞われるかもしれない。韓国の悲しいところは、仮に韓国という国家が滅びても、世界中の誰も困らないことです。韓国の産業やビジネスは全て他国で代替できる。サムスンやヒュンダイが消滅しても、キムチが無くなっても諸外国は全く困らない。韓国でなければ作り出せない文化や産業がありますか。パクリとコピーだけで生きてきた国家の致命的弱点です。


前から思ってることですが、せめて「即席ラーメン」くらいは韓国で発明してほしかった。安くて美味しい日常食として今や世界中に普及し、途上国では救荒食としても役だっている。世界の食糧事情を下支えしている食品です。これは日本発の文化、ビジネスの一例ですが、もし、韓国で発明されたものなら、世界への貢献が認められ、大いに評価されたでせう。なのに、身近な即席ラーメンさえ発明できない国です。韓国が地上から消滅しても誰も困らない。この国家の存在感の軽さは、もし自分が韓国人なら耐えがたいだろうと想像します。(2017年 講談社発行)

ケントギルバート 






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●葉室麟ほか著「決戦!大坂城」を読む

 講談社では新発想の歴史小説本として「決戦」というテーマをつくり、「関ヶ原」「桶狭間」「川中島」など数種類の本を発行しています。特色は、これらのテーマで数名の新進、ベテランの作家が独自の構想で短編を書き下ろし、競作?していることです。読み手は楽しいが、書き手は作品の優劣を即断されてしまうのでなかなか厳しい。


今回の「決戦!大坂城」は中央図書館の読書会の指定本だったので、参加体験も兼ねて読みました。決戦とは、大坂冬の陣・大坂夏の陣を指します。以下、作者とタイトル、主人公の名前を記すと・・・

・葉室麟『鳳凰記』ー 淀殿
・木下昌輝『日の本一の兵』ー 真田信繁
・富樫倫太郎『十万両を食う』ー 近江屋伊三郎
・乾緑郎『五霊戦鬼』ー 水野勝成
・天野純希『忠直の檻』ー 松平忠直
・冲方丁『黄金児』ー 豊臣秀頼
・伊東潤『男が立たぬ』ー 福島正守


意外に思ったのは、七名の作家の文体に個性が感じられなかったこと。みなさん、申し合わせたように文体が揃っています。歴史もんはこういうふうに書く・・と、訓練されたみたいにまとまっています。もし、この中に司馬遼太郎の作品を混ぜれば、文体だけで司馬作品と判定出来そうな気がします。文章にクセの無いぶん、読みやすいというメリットはありますが。


読書会では、自分のお気に入り作品として「黄金児」「男が立たぬ」の二作品を推しておきました。いずれも豊臣秀頼の最後が描かれており、今まで何となく「頼りない、甘ったれ」のイメージがあった秀頼を、凛々しく教養も高い貴人として描いています。近年の研究でいろんな資料から従来と異なる秀頼像が確かめられているのかも知れません。他の皆さんの評価では米商人を描いた「十万両を食う」が好評でした。戦争のどさくさで古い米を高く売りつけて大もうけしようとするがめつい男の波乱を描いた作品です。(2015年 講談社発行





本 6がつ







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●三十六代 木村庄之助著
 「大相撲 行司さんのちょっといい話」を読む

大相撲のTV中継、結びの一番は行司のなかで一番えらい「立行司」が仕切ります。この立行司には「木村庄之助」と「式守伊之助」の二名がいて、結びの一番は木村庄之助と決まっている。行司のトップです。・・というのは納得ですが、土俵の勝負はほとんどが1分以内だから、立行司の勤務時間はわずか5~10分くらいでせう。ええ仕事やなあ、とうらやむ人多いのではないでせうか。ほかに仕事は無いのかしらん? という興味もあってこの本を読みました。そうだったのか・・意外な話がけっこうありました。

◆きつい階級社会
 相撲取りにランクがあるように、行司にも「序の口」格から「立行司まで9段ものランクがある。関取とちがって大学卒はいなくて、たいていは中学卒。15歳で就職して定年は65歳だから50年間は勤められるわけです。立派な装束をつけて、えらそーに勝負を仕切ってる立行司が中学卒・・知りませんでした。行司の定員は45名。みなさん相撲協会所属かと思いきゃ違うんですね。相撲取りと同じく部屋所属です。井筒部屋とか、出羽海部屋とか。仕事の中身からいえば、独立した組織のほうが合理的だと思いますが・・。 部屋所属なら三度のメシも関取と一緒に食べる。順番は部屋の師匠(親方)~関取(ランク順)~先輩行司~後輩行司~新米、と、格差社会そのものです。


◆レタリングの名人である
 意外なことの一番は相撲番付表の制作です。歌舞伎の招きという看板と同じような独特の書体で書かれた番付表の原稿を書くのが重要な仕事です。当然、難しい。だから誰でも担当できるものでなく、数名の達筆者が猛練習して書く。手描きだから全員同じ書体にはならず、微妙な違いがある。こんなの、パソコンソフトを使ってるとばかり思い込んでいました。失礼をば致しました。歌舞伎と相撲、いずれも「隙間なくお客が入りますように」という願望を込めて、あんなに黒々した字面にデザインしています。


◆場内アナウンス
 「東方、大関、稀勢の里、茨城県牛久市出身・・」というおなじみのアナウンスも行司の仕事。ただし、声からして中堅行司の役目らしい。勝負後の決まり手のアナウンスも役目です。どの場所も同じ人の声に聞こえてしまうのですが、そんなことはないはず。ばらつきのないようにトレーニングしているのでせうか。これって大事なことだと思います。


◆四股名を考える
 ときに新人力士の四股名を考えることもある。実際には親方が決めることが多いが、名案が浮かばないときは相談相手になる。筆者の命名とは関係ないけど、白鵬のネーミングのいきさつは面白い。新弟子として部屋に配属されてしばらくのとき、原案は「柏鵬」だった。これは当時の人気横綱、柏戸と大鵬から一字ずつ借りたものだが、新米の将来性が全く分からない者には余りに大層な(重い)な名前だと却下。そこで、
柏戸の「柏」の字から木へんを取り、白にした。「白鵬」これなら「厚かましい名前」と言われないで済む。これが命名の由来です。


◆ドジをしたときは・・・
 立行司といえど差し違えるときがある。最高に不名誉なことであります。立行司が短刀を帯びてるのは、差し違えたら責任をとって切腹するという覚悟の証しであります。現実にはどうなのか。翌日に相撲協会へ出向き、理事長に詫びる。これで落着ですが、短期間にドジを繰り返したら辞職ということもある。(2014年 双葉社発行)


「鵬」の字は何回書いても難しい
相撲  


相撲 






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●繁野美和著「86歳ブロガーの
    毎日がハッピー 毎日が宝物」を読む

 繁野さんは、今どき元気ばあさんのモデルでありませう。60歳でパソコンに出会い、82歳でブログをはじめた。タイトルは「気がつけば82歳」。そして平成29年の現在もブログは続いていて、今月6日に90歳になった!! この元気なら100歳ブロガーも不可能ではない。


ブログ自身の人気が高くて固定ファンがたくさんいる。そこに幻冬舎が目を付けて出版したのが本書。軽い気持ちで、日記のつもりで綴った文章が本になり、さぞかし嬉しかったと思います。もし、ブログをやってなかったら、普通に年老いて普通にボケ、普通に亡くなっていたかもしれない。仮に生きていたとしても、認知症とか寝たきりでは楽しみも生きがいもない文字通りの「余生」だったりする。


本書=ブログにアップした文章 を読んで繁野さんの元気のモトは奈辺にあるのか考えてみました。

・生まれつき好奇心の強い性格
・趣味が多くて退屈することがない。
・この歳でも同年配の友人がいる。
・別居している家族とほどよい距離感を保つ。
・ドジをしてもくよくよしない。
・できないことはあっさり諦める。
・食事は自分でつくり、買い食いしない。
・薬漬けの生活にならないよう、病院の言うままにならない。

おおむね、こんなことで心身の健康を保っている。べつに変わったところはない、平凡と言えば平凡なライフスタイルです。この項目をみんな反転させればどうか。趣味がない、友だちがいない、くよくよする性分・・ボケるしかない生活です。アルツハイマーではない、廃用型(頭を使わないで起きる)の認知症は自己責任の度合が高いと言えます。(2014年 幻冬舎発行)


90歳で現役、繁野さんのブログを訪問してみませう。
http://thoughts.asablo.jp/blog/2017/05/27/


86sai  







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●読書会に初参加

 近くの図書館のチラシを見て利用者が主宰する読書会に参加してみました。指定された本を読んだ人が会議室に集まり、めいめい自分の感想(批評)を述べる。月に一度の開催で時間は90分です。今回の指定本は和田竜著「村上海賊の娘」上下巻です。すでに読了していたので気楽に参加しました。メンバーは17人、うち男性は3人きりというオバサン天国。平均年齢は60代後半でせうか。


一人3分くらいの持ち時間でしゃべります。この本、上下巻で1000ページ近い長編だから読むだけでもエネルギーが要ります。意外なことに3割くらいの人が読み終えていなかった。そんな人は参加資格ないのかと思ったら、べつにかまわないらしい。「上巻」しか読まなかった人が多い。(本は図書館から提供されるので買う必要は無い。提供期間は約一ヶ月)


ヒット作品なのに「悪評」だった
 この本は2014年度の「本屋大賞」に選ばれ、累計100万冊を売った新潮社のヒット作品。なのに、皆さんの評価は低くてボロクソにけなす人もいた。駄目男の感想も皆さんと同じようなもので、中身の割には長すぎる。主人公以外の人物も主人公並みに詳しく描かれ、主人公が埋没してしまった。戦闘シーンの描写が長くて話が進まない・・などです。泉州海賊が使う泉州弁も是とする人は少数でした。世間の評判とえらい違いなので、本当に100万冊売れたのか怪しい。もしや新潮社の宣伝が上手だったから捌けたのかもしれない。


というわけで、ヒット作品なのに悪評という残念な結果になりました。当会のメンバーの偏見ではなく、世間の平均的な評価ではないかと思います。しかし、大阪人でも知識が乏しい「石山合戦」の有り様が大略理解出来たという人は多く、駄目男もこれは同感です。大阪湾で大規模な海賊同士の海戦があったことは知らない人のほうが多いでせう。
 話術の上手下手が問われる会ではありませんが、要領よく話すのはなかなか難しい。数名の人は語る内容を大学ノートに下書きしていて、これを読んでいましたが、原稿作りが大変です。そこまで生真面目にやる気はないというのが駄目男のホンネです。十人十色の感想が聞けて勉強になりました。(5月26日 住吉図
書館)


住吉図書館
住吉図書館






読書と音楽の愉しみ



●井上道義「ブルックナー9番」を聴く

 「大ブルックナー展」なんちゃって、美術展みたいな冠をつけて、大フィルとのシリーズ演奏会。今回の9番で最終回を迎えた。企画当初にガンが見つかって、あわや・・と心配された井上サンですが、どうやら克服したようでファンも一安心です。はじめて3階席で聴いたけど、音響的な不利はなく、視界も良好でした。(距離感は相当ありますが)


9番はブルックナー最後の作品。そして第3楽章でオシマイという未完成作品です。但し、演奏時間は70分を要するので短いという印象はまったくない。そして、今回しみじみ感じたことは「4楽章はナシでもええ」でした。音楽としての完成度からいえばこれで十分、なんの不満もない。おそらく聴衆のほとんどは同じ思いをしたのではないでせうか。


しかし、伝記を読むと、ご本人は最後まで書きたかったらしい。余命いくばくもないと悟っていても書きたかった。もうアカンとなってからは、自作の「テ・デウム」を4楽章として演奏してほしいと周囲に頼んだらしい。でも、そんなことしたら9番全部がオシャカになること明白だから、みんな無視した。無視して正解です。


その第3楽章はアダージョで終わる。ラストの2分間くらいは現世から彼岸へ三途の川を渡るがごとき浄められた音の世界、こんなふうに息を引き取ることができたらどんなに幸せだろう・・あの世が近いオジンでなくてもイメージした人多いと思う。管楽器が最高のデリカシーを以て、最後はホルンがささやくように鳴る。もうこの先は要らない。


と、大フィルも渾身の名演奏でしたが、拍手でフライングした駄目客が数人いた。このがきゃ~。折角の崇高な余韻をぶち壊したのであります。芸センの聴衆のレベルアップに、あと10年くらいかかりそう。(5月21日 兵庫県立芸術文化センター大ホール)



ブルックナー





読書と音楽の愉しみ



●村上春樹著「図書館奇譚」を読む

 ベストセラーになる村上氏の小説は読んだことがないけど、こんな短編はときどき読む。いつぞや読んだ「パン屋を襲う」と同じく、イラストがとても魅力的で、それが読む動機になる。要するに大人の絵本みたいなものです。実際、内容も「不思議の国のアリス」と似ている。図書館の地下室へ案内されたら、そこは暗黒の迷宮で「羊男」や「美少女」が絡む。最後は無難に娑婆へ戻るのですが、村上サンは難解な?小説を書くあいまに、こんな他愛ない童話?を書いて息抜きしてるのでありませう。


あとがきを読むと、本書はアメリカ版、ドイツ版など四つのバージョンがつくられて、単なる翻訳だけでなく、文章自体も書き直した。オリジナルに拘泥しないというわけか。すてきなイラストに合わせて画家との共同作業みたいな作り方も試みている。中身がファンタジーだから、著者自身、そんな変身を楽しんでいるのかも知れない。
 この本は「まちライブラリー@難波」で借りました。閑人にして本好きという人にはとても居心地のよい空間です。最初に500円投資して会員になれば、一回2冊、2週間借りることができます。地下鉄大国町駅から徒歩10分くらい。(日曜日休館)

くわしくはこちら・・・
http://machi-library.org/where/detail/59/



本 



本





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●中九兵衛著「甚兵衛と大和川」を読む

 かねてより、大和川の付け替え工事のドキュメントを読んでみたいと思っていたところ、図書館で本書に出会い、興味深く読みました。著者の中氏は甚兵衛の末裔で自ら多くの文献資料を所蔵しているため、内容の正確さでは他書より優れています。実際、著者は巷間に普及した間違った情報の訂正、広報にも力を入れています。


古代の河内は潟湖、泥質地で水は自然の流れに委ねられていたけど、住民が増えるにしたがい、堤防工事など人手が加わって川と田畑の整備が進むようになりました。しかし、川幅は狭く、また、土砂の堆積が早くてしょっちゅう氾濫しました。江戸時代半ばまでは、大和川は大阪城の東側で淀川に合流しており、その淀川も度々洪水に見舞われたので当然、大和川もスムースに流れない。さらに、堤防のかさ上げをくり返しるうちに大和川水系はほとんど天井川になってしまった。ひどい所では河底が田畑より3mも高くなった。


毎年のように洪水に襲われ、小規模な土木工事を繰り返しても根本的対策にならないとして「大和川付け替え」という、誰もが目を剝くような大胆なプロジェクトを企画したのが中甚兵衛だった。石川との合流点あたりから西へ、海までどど~んと新しい川を開削する。延長約14キロ、巾は100間(180m)というトンデモ規模の大工事であります。
 甚兵衛は大坂の奉行所へ陳情しますが、むろんアウト。ならば、直接江戸幕府に訴えようと江戸へ下りますが、当然、江戸でも玄関払い。しかし「さよか、あきまへんか」で退くような甚兵衛ではない。父の意志をを継いだ二代目甚兵衛は陳情を繰り返すために十数年間も江戸に住み着いた。ものすごい執念であります。

陳情40年、工事はたったの八ヶ月
すったもんだの挙げ句、遂に幕府は甚兵衛の計画の正しさを認め、工事を許可する。陳情開始から40年以上経っていた。むろん、この期間、河内一帯はずっと洪水に悩まされ続けた。人命、作物の被害、計り知れない。とにもかくにも念願の工事に着手できた。今なら、国土交通省~
近畿地方整備局~ゼネコン~下請け~孫請けというラインで仕事しますが、当時は、江戸幕府~藩主(ここでは姫路藩ほか)~大坂奉行所~地元頭~農民というラインで工事を進めます。下命を受けた藩は費用は自前なので大弱り。


14kmもの長い川をつくるのだから測量も精密にしなければならず、ビミョーな傾斜で流れをスムースにする。こういう地味なポジションで優れた仕事をした人がたくさんいるはずですが、彼らの名前は残らない。工事は1704年2月末にはじまり、10月に終了。たった八ヶ月というのが信じられない。この快挙は動員人足数が240万人というすごい人海作戦で達成された。単純計算では一日一万人を動員したことになります。人力を侮ってはいけません。


これで万事めでたく解決・・ではなかった
 この大工事で洪水の悩みはほぼ解決されたが、実際には新しい川でも溢水や小規模な洪水、橋の流失という災害は起きた。百点満点は難しい。
さらに、新大和川は流域の産業に変化をもたらした。川周辺の土壌は砂の多いものに変わり、米づくりに不向きで、代わりに木綿の栽培が盛んになった。大坂の産業構造に変化をもたらした。
 もう一つ、難儀なことが起きる。新しい川が吐き出す大量の土砂が河口にたまり、堺の港の存立を脅かすことになる。浚渫や堤防づくりに追われるが、結局、港は大型船が出入りできないまでに衰退した。さらに、川の開削が住民に微妙な意識の変化をもたらす。摂津と泉州の境界は、昔は市内中心部の大小路だったが、大和川が出来て川が境界になった。地続きだった時代に比べて住民の意識も変わり、昔は堺の人が主役だった住吉大社の祭りが大阪の祭りになってしまった。


川の開削ですべてがすっきり分けられた・・と思いきゃ、そうでもなく「遠里小野」という町名は大阪市住吉区と堺市の両方にあるし、平野区の「瓜破(うりわり)」の町の一部は大和川の南側にある。微妙、かつ、ややこしい。堺市にとっては、大和川の開削は良いことばかりではなかったようです。(2004年 中九兵衛発行)

甚兵衛







読書と音楽の愉しみ



●閑人集合 ~四天王寺 古本市~

 長いGW、天気も良し。なのに、これというアテもない諸兄におすすめする古本市。本の好きな人には格好のひまつぶしができます。むろん、冷やかしだけでもよし、半日くらいすぐに過ぎてしまいます。買った本をさっそく木陰で読んでるひともいて、悦楽のひとときでありませう。帰りに「釣鐘饅頭」なんか買って懐かしい味を確かめながらページをめくればもう常連さんの仲間入りです。5月3日まで。


天王寺参り 


釣鐘屋本舗 創業は明治時代
天王に参り


釣鐘饅頭
天王寺参り 





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●勝谷誠彦著「獺祭」~天翔ける日の本の酒~ を読む

 日本酒の好きな人なら必読の書。山口県の二流メーカー「旭酒造」の波瀾万丈のサクセスストーリーと日本酒業界の裏事情を知るに最適の資料でもあります。「文春」記者を辞め、テレビ業界からも追放?された勝谷氏が糊口を凌ぐためにはじめた文筆業の成果でもある読み物です。


遠回し、あいまいな表現を嫌う著者のこと、ここまで書いて委員会?と本人も気にしながら、しかし、書いてしまいましてん、という感じで、書かれて傷ついた関係者もかなりおられると想像します。 勝谷氏は、売れ行き不振で倒産、廃業が迫るころから旭酒造の桜井社長の人柄に共感し、ライターという立場で20年近く付き合った。そして「獺祭」の企画、生産、販売を学びつつ、これは日本酒製造に革命を起こしたブランドであると確信する。実際、地酒蔵元の多くは獺祭を見習って旧来の生産方式を見直し、高品質の酒をつくれるようになった。


「獺祭」が起こした革命とは・・・
◆酒の生産は杜氏が仕切るという伝統を廃止した。
 蔵元(オーナー)が自ら杜氏の役目を担う。
◆酒を絞るに袋を使わず、遠心分離器を採用した。
◆カンと経験ばかりを頼りにせず、データ(数値)をベースにする。
◆冬場中心の生産を年間生産(四季醸造)可能にした。
◆大吟醸しかつくらない。
◆卸業者を介せず、小売店、消費者に直販する。

お酒に関心のない人が読めば地味な情報に思えますが、灘や伏見の大手メーカーではない、地方の蔵元にすれば大革命であります。箇条書きにすればカンタンに思えてしまうけど、それぞれのテーマを実現するために大変な苦労を経験させられた。山ほどの借金をかかえてしまった。それでも前進あるのみと、常にプラス思考でイバラの道をかき分けた。


勝手な想像をいえば、あと10年くらいで酒造りは杜氏と蔵人が行うという常識がなくなってしまうのではないか。旭酒造では社長と社員が酒造りのフルコースを担い、杜氏はいない。それで「獺祭」のような高品質な酒をつくっている。獺祭の最高級品は4合瓶で3万2400円もするが、品質は杜氏がつくったものではなく、社長の企画、社員の製造になる酒である。 旭酒造では海外への輸出に力を入れていて、すでに売上げの一割を占めている。ニューヨークとパリにアンテナショップをつくり、欧米人の感性に合う酒の研究を続けている。こんな時勢に、杜氏の感性や経験で欧米人の味覚を探るのは難しい。


さて、数日前のニュースで、勝谷氏が兵庫県知事選挙に出馬すると伝えていた。現職、井戸氏の五選を阻んで兵庫に新風をという意気込みでありますが、今でも無頼派のイメージが強いから楽観はできない。それは本人も承知なので、記者会見では苦心の変装?でソフトなおじさんをアピールしている。当選したら、言うことまでソフトになる?・・ならないでモメそうな気がします。(2014年 西日本出版社発行)


ホンネは無頼派
勝谷


ヘンシーン! 
勝谷


旭酒造のHP
https://www.asahishuzo.ne.jp/index.php

「獺祭(だっさい)」命名の由来
https://www.asahishuzo.ne.jp/dassai/origin.html 


本・だっさい 


 


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●中野信子著「サイコパス」を読む

 世に住まう人の100人に一人がサイコパスである、と著者は言う。ならば、日本には約120万人のサイコパスがいることになる。もしや、自分も?・・と不安になる人もいるはずだ。自分がそうではなくても、確率からいえば、私たちは生涯で何人かのサイコパスに出会う、付き合う可能性は高い。彼ら、彼女らに振り回されないためにもサイコパスに関する知識を仕入れておいた方が良いと思う。


最近、世間を騒がせている「時の人」にもサイコパスを疑われる人物はたくさんいる。千葉でベトナム人の女児を殺したと疑われている容疑者がサイコパスの見本。相模原の障害者施設で19人を殺害した男や金持ちの老人を次々と誘惑し、青酸カリで殺した「後妻業」おばさん、趣味で人を殺した、元名大女学生・・。このブログで裁判記録を紹介した、池田小学校事件の犯人、宅間守。彼らに共通しているのは、良心の呵責なしに人を殺せることです。


こんな極悪人が100人に一人の割合でいたら恐ろしくて生きておれない。実はもっとゆるい、ソフトなサイコパスもいる。快活で話し上手、物事に積極的に取り組むといった誰にも好まれるタイプに見える人が実は・・という例がたくさんある。よって、サイコパスイコール犯罪者、犯罪予備者という見方は間違っている。有名人、実力者と評価されている人にもサイコパスはいるから人の判断は難しい。


サイコパスの訳語は精神病質者であるけど、これじゃ漠然として分からない。具体的にはどんな人物なのか。本書によれば「良心を持たない人」である。無茶きつい言い方だけど、著者個人の認識ではなく、一般的な概念になっている。

サイコパスの特徴(犯罪心理学者のロバート・D・ヘアの定義)
◆良心が異常に欠如している
◆他者に冷淡で共感しない
◆慢性的に平然と嘘をつく
◆行動に対する責任が全く取れない
◆罪悪感が皆無
◆自尊心が過大で自己中心的
◆口が達者で表面は魅力的


自分がこの定義に合致するか、又は、身辺にこのような人物がいるか。考えてみる価値はあります。このような人格の持ち主であっても、世間では有能な人物と評価され、あるいは普通に人気者だったりする。


本書の巻末には「サイコパスの多い職業 トップ10」が載っている。
1位・・企業の経営責任者
2位・・弁護士
3位・・報道関係者
4位・・セールスマン
5位・・外科医
6位・・ジャーナリスト
7位・・警察官
8位・・聖職者
9位・・シェフ
10位・公務員


聖職者がランクインというのはビックリですが、著者は具体例としてマザー・テレサを挙げている。弱者の味方という立場を生涯貫いた立派な修道女に裏の顔があると。1位・経営責任者にしてサイコパスといえばまずブラック企業の経営者を想定するが、その通りであります。社員が過労自殺しても平然としておれるのはサイコパスならではの態度である。外食産業の雄だった「W」の社長など、ピッタリ当てはまる。遺族の悲しみに寄り添い、反省するなどありえない。(マスコミ向けの謝罪は芝居である)


上記の職業を見てイメージできることは、仕事や私生活で大きな失敗をしたとき、素直に謝罪したがらない人たちであること。自分のミスを認めず、他人のせいにしてピンチを逃れようとする。これは当事者個々の性格によるものではなく、基本的に「道徳や倫理を学習できない」サイコパス特有の気質によるものだ。逆に、サイコパスの少ない職業は、看護士、内科医、教師、技術者(職人)、アーティストなどがある。


サイコパスには、有能で好感の持てる人もたくさんいる、ということを認識した上で、なお難儀なことがある。
 その1・・サイコパスは遺伝する。
 その2・・サイコパスは治療できない。
 その3・・サイコパスはADHDと相関性がある。
本書では脳科学の面からも多様な研究が進んでることを記してあるが、この3点を解決するのは難しいようだ。生まれつき「良心を持たない」人がいるなんて信じたくないけど、一定の比率で「反社会的人間」が存在することは知っておかなければならない。


日本人の代表的サイコパスは誰か。織田信長であります。学者も一般人も異論はないでせう。彼のサイコパスぶりに翻弄されたのが明智光秀ではないかと思います。(2016年 文藝春秋発行)

本/サイコパス





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●細川貂々著「ツレがうつになりまして」を読む

 名前「貂々」はてんてんと読みます。テンはイタチ科の動物。この方の旦那さん(ツレ)がうつを患い、なんとかフツーの暮らしに戻るまで一年半の闘病生活をマンガで描いた。この表現のユニークさが受けたのか、25刷を重ねる人気本になった。病気が治ったうえに大きな臨時収入、こんなハピーなこともあるのですね。


ツレがうつになったのは会社(中小企業)が傾き、リストラでは生き残ったものの、辞めた社員の仕事もこなさねばならず、それが続いて過労~うつ~出社拒否という、よくあるパターンです。まずかったのは、テンさんが夫にやさしく寄り添うという付き合い方ができず、突き放した態度を続けたためにツレはたちまちどん底に落ち込み、自殺願望を起こしてしまう。家庭における修羅場到来でありますが、そこは漫画家、陰険な場面でも笑いをとることを忘れず、よって、読者は「えらい薄情なヨメはんやなあ」とニヤニヤしながら読みすすめるのであります。ツレは食事も拒否して、頭からふとんかぶってシクシク泣く日々。


しかし、投薬が効いて少しずつ症状が改善される。もっとも、揺り戻しもあって、突然、落ち込んで「死にたい」と言ったりする。これを繰り返して一年半後、ほぼ正常に戻った。このケースで一番の救いは、ツレが失業してたちまち経済ピンチに・・ではなかったこと。ヨメさんの収入でなんとか持ちこたえられた。少々薄情でも有り難いヨメさんです。


うつを患ったことは不幸な体験ですが、ツレさんは以前のような頑固でわがまま、完全主義(神経質)という性格が変化して、人当たりがやわらかくなった、とテンさんが述べています。災い転じて福となす・・うつを患う人がみんなこんなハッピーエンドにはならないでせうが、今は「うつは治る」時代だという認識を前提に対処できる。このマンガもウツのイロハを学ぶには有益な「読むクスリ」の役目を果たしています。(2006年 幻冬舎発行)

本・ツレうつ 






読書と音楽の愉しみ



●井上理津子著「大阪 下町酒場列伝」を読む

 ひと昔前「大阪人」というローカル雑誌があった。そこに連載されていた酒場紹介記事をまとめて文庫本にしたもの。井上理津子の著作は「最後の色街 飛田」を読んだことがあり、とても読みやすく、下町の人情物語を描くのが上手いので気に入っている。


大阪市内全部で29軒の居酒屋が紹介されているが、取材は2001~2003年。ということは、現在まで十数年たっていて、店主が亡くなっていたり、廃業した店もある。自分が行ったのは29軒中、わずか4軒だけど、今も生存しているかどうか確かめていない。


せめてもう一軒は訪ねて見ようと「背割堤」へ行った帰途に大正区の「クラスノ」へ。JR環状線大正橋駅北側の路地にある、間口2間の小さい店。入り口寄りのカウンター席に座ると目上に賞状が2枚。古ぼけた方は平成元年、海部首相から授けられたもので、厳しいシベリア抑留の労苦をねぎらったもの。もう一枚は百歳を祝う安倍首相からの賞状。下町の酒場に首相から贈られた賞状が2枚もあるのは珍しい。


店名の「クラスノ」はソ連(当時)の中央部にある街の名前、クラスノヤルスクのことで、ここで長く辛い抑留生活を送った。忘れてしまいたい恨みの街なのに、逆に再出発人生の原点と考えたらしい。店主、松原さんは今年百一才を迎え、さすがに衰えて老人施設で暮らしておられる。ちなみに、この本の取材で著者が訪ねたときは84才で、元気ハツラツ爺さんだった。店は、息子さん、お孫さんに引き継がれて、メニューも先代のものを引き継いでいる感じだけど、不詳。


評判の良い「だし巻き」と「きずし」「いか天ぷら」と焼酎を注文したが、きずしの酢が甘すぎるのが残念。敷居の低さは文句なしなので、一人で出かけてもすぐなじめます。(2004年 筑摩書房発行)


海部首相からの賞状
クラスノ 


安倍首相からの賞状
クラスノ

クラスノ 


クラスノ