読書と音楽の愉しみ



●竹本住大夫著「人間 やっぱり情でんなあ」を読む

 惜しまれつつ引退した浄瑠璃の大御所、住大夫の回顧録。話し言葉、それも大阪弁での語りなので、堅苦しさはなく、とても読みやすい。かつ、中身も濃い。50年、100年先になったとき、昭和、平成時代の文楽世界の記録としてとても良い資料になること間違いなしであります。


住大夫自身、師匠とマンツーマン、スパルタ教育で鍛えられた。教える立場になっても弟子にはスパルタ式で芸を仕込む。これには賛否両論あるだろうけど、本書を読む限り、ものわかりのよい、甘い態度では優秀な大夫は育たないと思わせる。そもそも「ちゃんとした大阪弁」を話せる若者がいないから基本のキから教えなければならない。師匠がイラついてカッカするのがわかります。ちゃんとした大阪弁といっても、江戸時代の大阪弁ですからね。楽に習得できるはずがない。


全編、苦労話がてんこ盛りという感じですが、戦中、戦後の、三度のメシにも事欠くありさまは、戦前生まれの読者の身にシミます。ちなみに、文楽の技芸員は全員召集され、戦地へ送られた。しかし、現地で戦死や病死した人は一人もいなかったという。これはとてもラッキーですが、終戦間際の召集なので戦闘シーンに遭遇せずに済んだとも言えます。


本書は住吉図書館読書会の選定本だったので、十数人の参加者が感想を述べあいました。一番共通した話題は本書でもチラリと出て来る、橋下市長時代の文楽協会への補助金カット問題。この件で橋本市長が嫌いになったという人が大勢いた。(駄目男もその一人)芸術文化に対する理解の無さ、が嫌われた由縁ですが、うがった見方をすれば、これが大阪都構想賛否投票でマイナス要因になったかもしれない。賛否きわどい差だったので影響した可能性はあります。橋下サンの美的センスの無さは育ちの悪さによる。氏より育ちと言うけれど、彼の生い立ちに美意識が育つような環境は全く無かった。松井知事も似たようなものですけど・・。(2014年 文藝春秋発行)


人間やっぱり 





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●ケント・ギルバート著
 「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読む

たまには流行りものの本を読もうと買ったけど、買わなきゃ良かったと後悔しました。内容の大方は既に知っていることで新情報なしです。本屋で少し立ち読みしてから判断すればよかった。ガイジンが儒教のことを書いた本だから面白そうと思ったのがまちがいでした。


それはさておき、日本人が儒教に支配されなかったのはラッキーであります。中国と陸続きの朝鮮とちがい、海というフィルターを通して儒教を仕入れたことで、儒教文化をそっくりコピーしなくて済んだ。是々非々の判断をする余裕があったというか、そこが日本人らしいのかも。さりとてキリスト教にも染まらなかった。固有の神道と輸入の仏教をテキトーにミックス、ええとこ取りして文化の礎とした。


著者、K・ギルバートは儒教をケチョンケチョンに貶しています。いかほど勉強したのかわからないけど、ほとんどの日本人読者はすんなり受け入れられる内容です。中華思想に関する知見もノーマルだと言えます。とにかく、ギルバート先生は儒教の弊害=中国人、韓国人のおぞましさを日本人に刷り込みたいのでせう。文脈からは、お人好しで国際情勢に無知、鈍感な日本人にイラついてるような感じも受けます。


儒教思想から抜け出せない中国人、韓国人の国民性を一言でいえば「下衆」がふさわしい。個人の振る舞いから国家の戦略までサンプルをたっぷり説明している。同じアジアの民族で隣国どうしなのだから、中国、韓国と仲よくしようなんて発想がいかにアホくさいことかと警告する。そんなこと、アンタに言われんでも分かってます、と言いたいが、分かってない日本人もたくさんいます。


中国、韓国、北朝鮮が他の世界各国から尊敬や敬愛のまなざしで見られることは未来永劫ないでせう。韓国や北朝鮮は近未来、国家存亡の危機に見舞われるかもしれない。韓国の悲しいところは、仮に韓国という国家が滅びても、世界中の誰も困らないことです。韓国の産業やビジネスは全て他国で代替できる。サムスンやヒュンダイが消滅しても、キムチが無くなっても諸外国は全く困らない。韓国でなければ作り出せない文化や産業がありますか。パクリとコピーだけで生きてきた国家の致命的弱点です。


前から思ってることですが、せめて「即席ラーメン」くらいは韓国で発明してほしかった。安くて美味しい日常食として今や世界中に普及し、途上国では救荒食としても役だっている。世界の食糧事情を下支えしている食品です。これは日本発の文化、ビジネスの一例ですが、もし、韓国で発明されたものなら、世界への貢献が認められ、大いに評価されたでせう。なのに、身近な即席ラーメンさえ発明できない国です。韓国が地上から消滅しても誰も困らない。この国家の存在感の軽さは、もし自分が韓国人なら耐えがたいだろうと想像します。(2017年 講談社発行)

ケントギルバート 






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●葉室麟ほか著「決戦!大坂城」を読む

 講談社では新発想の歴史小説本として「決戦」というテーマをつくり、「関ヶ原」「桶狭間」「川中島」など数種類の本を発行しています。特色は、これらのテーマで数名の新進、ベテランの作家が独自の構想で短編を書き下ろし、競作?していることです。読み手は楽しいが、書き手は作品の優劣を即断されてしまうのでなかなか厳しい。


今回の「決戦!大坂城」は中央図書館の読書会の指定本だったので、参加体験も兼ねて読みました。決戦とは、大坂冬の陣・大坂夏の陣を指します。以下、作者とタイトル、主人公の名前を記すと・・・

・葉室麟『鳳凰記』ー 淀殿
・木下昌輝『日の本一の兵』ー 真田信繁
・富樫倫太郎『十万両を食う』ー 近江屋伊三郎
・乾緑郎『五霊戦鬼』ー 水野勝成
・天野純希『忠直の檻』ー 松平忠直
・冲方丁『黄金児』ー 豊臣秀頼
・伊東潤『男が立たぬ』ー 福島正守


意外に思ったのは、七名の作家の文体に個性が感じられなかったこと。みなさん、申し合わせたように文体が揃っています。歴史もんはこういうふうに書く・・と、訓練されたみたいにまとまっています。もし、この中に司馬遼太郎の作品を混ぜれば、文体だけで司馬作品と判定出来そうな気がします。文章にクセの無いぶん、読みやすいというメリットはありますが。


読書会では、自分のお気に入り作品として「黄金児」「男が立たぬ」の二作品を推しておきました。いずれも豊臣秀頼の最後が描かれており、今まで何となく「頼りない、甘ったれ」のイメージがあった秀頼を、凛々しく教養も高い貴人として描いています。近年の研究でいろんな資料から従来と異なる秀頼像が確かめられているのかも知れません。他の皆さんの評価では米商人を描いた「十万両を食う」が好評でした。戦争のどさくさで古い米を高く売りつけて大もうけしようとするがめつい男の波乱を描いた作品です。(2015年 講談社発行





本 6がつ







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●三十六代 木村庄之助著
 「大相撲 行司さんのちょっといい話」を読む

大相撲のTV中継、結びの一番は行司のなかで一番えらい「立行司」が仕切ります。この立行司には「木村庄之助」と「式守伊之助」の二名がいて、結びの一番は木村庄之助と決まっている。行司のトップです。・・というのは納得ですが、土俵の勝負はほとんどが1分以内だから、立行司の勤務時間はわずか5~10分くらいでせう。ええ仕事やなあ、とうらやむ人多いのではないでせうか。ほかに仕事は無いのかしらん? という興味もあってこの本を読みました。そうだったのか・・意外な話がけっこうありました。

◆きつい階級社会
 相撲取りにランクがあるように、行司にも「序の口」格から「立行司まで9段ものランクがある。関取とちがって大学卒はいなくて、たいていは中学卒。15歳で就職して定年は65歳だから50年間は勤められるわけです。立派な装束をつけて、えらそーに勝負を仕切ってる立行司が中学卒・・知りませんでした。行司の定員は45名。みなさん相撲協会所属かと思いきゃ違うんですね。相撲取りと同じく部屋所属です。井筒部屋とか、出羽海部屋とか。仕事の中身からいえば、独立した組織のほうが合理的だと思いますが・・。 部屋所属なら三度のメシも関取と一緒に食べる。順番は部屋の師匠(親方)~関取(ランク順)~先輩行司~後輩行司~新米、と、格差社会そのものです。


◆レタリングの名人である
 意外なことの一番は相撲番付表の制作です。歌舞伎の招きという看板と同じような独特の書体で書かれた番付表の原稿を書くのが重要な仕事です。当然、難しい。だから誰でも担当できるものでなく、数名の達筆者が猛練習して書く。手描きだから全員同じ書体にはならず、微妙な違いがある。こんなの、パソコンソフトを使ってるとばかり思い込んでいました。失礼をば致しました。歌舞伎と相撲、いずれも「隙間なくお客が入りますように」という願望を込めて、あんなに黒々した字面にデザインしています。


◆場内アナウンス
 「東方、大関、稀勢の里、茨城県牛久市出身・・」というおなじみのアナウンスも行司の仕事。ただし、声からして中堅行司の役目らしい。勝負後の決まり手のアナウンスも役目です。どの場所も同じ人の声に聞こえてしまうのですが、そんなことはないはず。ばらつきのないようにトレーニングしているのでせうか。これって大事なことだと思います。


◆四股名を考える
 ときに新人力士の四股名を考えることもある。実際には親方が決めることが多いが、名案が浮かばないときは相談相手になる。筆者の命名とは関係ないけど、白鵬のネーミングのいきさつは面白い。新弟子として部屋に配属されてしばらくのとき、原案は「柏鵬」だった。これは当時の人気横綱、柏戸と大鵬から一字ずつ借りたものだが、新米の将来性が全く分からない者には余りに大層な(重い)な名前だと却下。そこで、
柏戸の「柏」の字から木へんを取り、白にした。「白鵬」これなら「厚かましい名前」と言われないで済む。これが命名の由来です。


◆ドジをしたときは・・・
 立行司といえど差し違えるときがある。最高に不名誉なことであります。立行司が短刀を帯びてるのは、差し違えたら責任をとって切腹するという覚悟の証しであります。現実にはどうなのか。翌日に相撲協会へ出向き、理事長に詫びる。これで落着ですが、短期間にドジを繰り返したら辞職ということもある。(2014年 双葉社発行)


「鵬」の字は何回書いても難しい
相撲  


相撲 






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●繁野美和著「86歳ブロガーの
    毎日がハッピー 毎日が宝物」を読む

 繁野さんは、今どき元気ばあさんのモデルでありませう。60歳でパソコンに出会い、82歳でブログをはじめた。タイトルは「気がつけば82歳」。そして平成29年の現在もブログは続いていて、今月6日に90歳になった!! この元気なら100歳ブロガーも不可能ではない。


ブログ自身の人気が高くて固定ファンがたくさんいる。そこに幻冬舎が目を付けて出版したのが本書。軽い気持ちで、日記のつもりで綴った文章が本になり、さぞかし嬉しかったと思います。もし、ブログをやってなかったら、普通に年老いて普通にボケ、普通に亡くなっていたかもしれない。仮に生きていたとしても、認知症とか寝たきりでは楽しみも生きがいもない文字通りの「余生」だったりする。


本書=ブログにアップした文章 を読んで繁野さんの元気のモトは奈辺にあるのか考えてみました。

・生まれつき好奇心の強い性格
・趣味が多くて退屈することがない。
・この歳でも同年配の友人がいる。
・別居している家族とほどよい距離感を保つ。
・ドジをしてもくよくよしない。
・できないことはあっさり諦める。
・食事は自分でつくり、買い食いしない。
・薬漬けの生活にならないよう、病院の言うままにならない。

おおむね、こんなことで心身の健康を保っている。べつに変わったところはない、平凡と言えば平凡なライフスタイルです。この項目をみんな反転させればどうか。趣味がない、友だちがいない、くよくよする性分・・ボケるしかない生活です。アルツハイマーではない、廃用型(頭を使わないで起きる)の認知症は自己責任の度合が高いと言えます。(2014年 幻冬舎発行)


90歳で現役、繁野さんのブログを訪問してみませう。
http://thoughts.asablo.jp/blog/2017/05/27/


86sai  







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●読書会に初参加

 近くの図書館のチラシを見て利用者が主宰する読書会に参加してみました。指定された本を読んだ人が会議室に集まり、めいめい自分の感想(批評)を述べる。月に一度の開催で時間は90分です。今回の指定本は和田竜著「村上海賊の娘」上下巻です。すでに読了していたので気楽に参加しました。メンバーは17人、うち男性は3人きりというオバサン天国。平均年齢は60代後半でせうか。


一人3分くらいの持ち時間でしゃべります。この本、上下巻で1000ページ近い長編だから読むだけでもエネルギーが要ります。意外なことに3割くらいの人が読み終えていなかった。そんな人は参加資格ないのかと思ったら、べつにかまわないらしい。「上巻」しか読まなかった人が多い。(本は図書館から提供されるので買う必要は無い。提供期間は約一ヶ月)


ヒット作品なのに「悪評」だった
 この本は2014年度の「本屋大賞」に選ばれ、累計100万冊を売った新潮社のヒット作品。なのに、皆さんの評価は低くてボロクソにけなす人もいた。駄目男の感想も皆さんと同じようなもので、中身の割には長すぎる。主人公以外の人物も主人公並みに詳しく描かれ、主人公が埋没してしまった。戦闘シーンの描写が長くて話が進まない・・などです。泉州海賊が使う泉州弁も是とする人は少数でした。世間の評判とえらい違いなので、本当に100万冊売れたのか怪しい。もしや新潮社の宣伝が上手だったから捌けたのかもしれない。


というわけで、ヒット作品なのに悪評という残念な結果になりました。当会のメンバーの偏見ではなく、世間の平均的な評価ではないかと思います。しかし、大阪人でも知識が乏しい「石山合戦」の有り様が大略理解出来たという人は多く、駄目男もこれは同感です。大阪湾で大規模な海賊同士の海戦があったことは知らない人のほうが多いでせう。
 話術の上手下手が問われる会ではありませんが、要領よく話すのはなかなか難しい。数名の人は語る内容を大学ノートに下書きしていて、これを読んでいましたが、原稿作りが大変です。そこまで生真面目にやる気はないというのが駄目男のホンネです。十人十色の感想が聞けて勉強になりました。(5月26日 住吉図
書館)


住吉図書館
住吉図書館






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●井上道義「ブルックナー9番」を聴く

 「大ブルックナー展」なんちゃって、美術展みたいな冠をつけて、大フィルとのシリーズ演奏会。今回の9番で最終回を迎えた。企画当初にガンが見つかって、あわや・・と心配された井上サンですが、どうやら克服したようでファンも一安心です。はじめて3階席で聴いたけど、音響的な不利はなく、視界も良好でした。(距離感は相当ありますが)


9番はブルックナー最後の作品。そして第3楽章でオシマイという未完成作品です。但し、演奏時間は70分を要するので短いという印象はまったくない。そして、今回しみじみ感じたことは「4楽章はナシでもええ」でした。音楽としての完成度からいえばこれで十分、なんの不満もない。おそらく聴衆のほとんどは同じ思いをしたのではないでせうか。


しかし、伝記を読むと、ご本人は最後まで書きたかったらしい。余命いくばくもないと悟っていても書きたかった。もうアカンとなってからは、自作の「テ・デウム」を4楽章として演奏してほしいと周囲に頼んだらしい。でも、そんなことしたら9番全部がオシャカになること明白だから、みんな無視した。無視して正解です。


その第3楽章はアダージョで終わる。ラストの2分間くらいは現世から彼岸へ三途の川を渡るがごとき浄められた音の世界、こんなふうに息を引き取ることができたらどんなに幸せだろう・・あの世が近いオジンでなくてもイメージした人多いと思う。管楽器が最高のデリカシーを以て、最後はホルンがささやくように鳴る。もうこの先は要らない。


と、大フィルも渾身の名演奏でしたが、拍手でフライングした駄目客が数人いた。このがきゃ~。折角の崇高な余韻をぶち壊したのであります。芸センの聴衆のレベルアップに、あと10年くらいかかりそう。(5月21日 兵庫県立芸術文化センター大ホール)



ブルックナー





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●村上春樹著「図書館奇譚」を読む

 ベストセラーになる村上氏の小説は読んだことがないけど、こんな短編はときどき読む。いつぞや読んだ「パン屋を襲う」と同じく、イラストがとても魅力的で、それが読む動機になる。要するに大人の絵本みたいなものです。実際、内容も「不思議の国のアリス」と似ている。図書館の地下室へ案内されたら、そこは暗黒の迷宮で「羊男」や「美少女」が絡む。最後は無難に娑婆へ戻るのですが、村上サンは難解な?小説を書くあいまに、こんな他愛ない童話?を書いて息抜きしてるのでありませう。


あとがきを読むと、本書はアメリカ版、ドイツ版など四つのバージョンがつくられて、単なる翻訳だけでなく、文章自体も書き直した。オリジナルに拘泥しないというわけか。すてきなイラストに合わせて画家との共同作業みたいな作り方も試みている。中身がファンタジーだから、著者自身、そんな変身を楽しんでいるのかも知れない。
 この本は「まちライブラリー@難波」で借りました。閑人にして本好きという人にはとても居心地のよい空間です。最初に500円投資して会員になれば、一回2冊、2週間借りることができます。地下鉄大国町駅から徒歩10分くらい。(日曜日休館)

くわしくはこちら・・・
http://machi-library.org/where/detail/59/



本 



本





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●中九兵衛著「甚兵衛と大和川」を読む

 かねてより、大和川の付け替え工事のドキュメントを読んでみたいと思っていたところ、図書館で本書に出会い、興味深く読みました。著者の中氏は甚兵衛の末裔で自ら多くの文献資料を所蔵しているため、内容の正確さでは他書より優れています。実際、著者は巷間に普及した間違った情報の訂正、広報にも力を入れています。


古代の河内は潟湖、泥質地で水は自然の流れに委ねられていたけど、住民が増えるにしたがい、堤防工事など人手が加わって川と田畑の整備が進むようになりました。しかし、川幅は狭く、また、土砂の堆積が早くてしょっちゅう氾濫しました。江戸時代半ばまでは、大和川は大阪城の東側で淀川に合流しており、その淀川も度々洪水に見舞われたので当然、大和川もスムースに流れない。さらに、堤防のかさ上げをくり返しるうちに大和川水系はほとんど天井川になってしまった。ひどい所では河底が田畑より3mも高くなった。


毎年のように洪水に襲われ、小規模な土木工事を繰り返しても根本的対策にならないとして「大和川付け替え」という、誰もが目を剝くような大胆なプロジェクトを企画したのが中甚兵衛だった。石川との合流点あたりから西へ、海までどど~んと新しい川を開削する。延長約14キロ、巾は100間(180m)というトンデモ規模の大工事であります。
 甚兵衛は大坂の奉行所へ陳情しますが、むろんアウト。ならば、直接江戸幕府に訴えようと江戸へ下りますが、当然、江戸でも玄関払い。しかし「さよか、あきまへんか」で退くような甚兵衛ではない。父の意志をを継いだ二代目甚兵衛は陳情を繰り返すために十数年間も江戸に住み着いた。ものすごい執念であります。

陳情40年、工事はたったの八ヶ月
すったもんだの挙げ句、遂に幕府は甚兵衛の計画の正しさを認め、工事を許可する。陳情開始から40年以上経っていた。むろん、この期間、河内一帯はずっと洪水に悩まされ続けた。人命、作物の被害、計り知れない。とにもかくにも念願の工事に着手できた。今なら、国土交通省~
近畿地方整備局~ゼネコン~下請け~孫請けというラインで仕事しますが、当時は、江戸幕府~藩主(ここでは姫路藩ほか)~大坂奉行所~地元頭~農民というラインで工事を進めます。下命を受けた藩は費用は自前なので大弱り。


14kmもの長い川をつくるのだから測量も精密にしなければならず、ビミョーな傾斜で流れをスムースにする。こういう地味なポジションで優れた仕事をした人がたくさんいるはずですが、彼らの名前は残らない。工事は1704年2月末にはじまり、10月に終了。たった八ヶ月というのが信じられない。この快挙は動員人足数が240万人というすごい人海作戦で達成された。単純計算では一日一万人を動員したことになります。人力を侮ってはいけません。


これで万事めでたく解決・・ではなかった
 この大工事で洪水の悩みはほぼ解決されたが、実際には新しい川でも溢水や小規模な洪水、橋の流失という災害は起きた。百点満点は難しい。
さらに、新大和川は流域の産業に変化をもたらした。川周辺の土壌は砂の多いものに変わり、米づくりに不向きで、代わりに木綿の栽培が盛んになった。大坂の産業構造に変化をもたらした。
 もう一つ、難儀なことが起きる。新しい川が吐き出す大量の土砂が河口にたまり、堺の港の存立を脅かすことになる。浚渫や堤防づくりに追われるが、結局、港は大型船が出入りできないまでに衰退した。さらに、川の開削が住民に微妙な意識の変化をもたらす。摂津と泉州の境界は、昔は市内中心部の大小路だったが、大和川が出来て川が境界になった。地続きだった時代に比べて住民の意識も変わり、昔は堺の人が主役だった住吉大社の祭りが大阪の祭りになってしまった。


川の開削ですべてがすっきり分けられた・・と思いきゃ、そうでもなく「遠里小野」という町名は大阪市住吉区と堺市の両方にあるし、平野区の「瓜破(うりわり)」の町の一部は大和川の南側にある。微妙、かつ、ややこしい。堺市にとっては、大和川の開削は良いことばかりではなかったようです。(2004年 中九兵衛発行)

甚兵衛







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●閑人集合 ~四天王寺 古本市~

 長いGW、天気も良し。なのに、これというアテもない諸兄におすすめする古本市。本の好きな人には格好のひまつぶしができます。むろん、冷やかしだけでもよし、半日くらいすぐに過ぎてしまいます。買った本をさっそく木陰で読んでるひともいて、悦楽のひとときでありませう。帰りに「釣鐘饅頭」なんか買って懐かしい味を確かめながらページをめくればもう常連さんの仲間入りです。5月3日まで。


天王寺参り 


釣鐘屋本舗 創業は明治時代
天王に参り


釣鐘饅頭
天王寺参り 





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●勝谷誠彦著「獺祭」~天翔ける日の本の酒~ を読む

 日本酒の好きな人なら必読の書。山口県の二流メーカー「旭酒造」の波瀾万丈のサクセスストーリーと日本酒業界の裏事情を知るに最適の資料でもあります。「文春」記者を辞め、テレビ業界からも追放?された勝谷氏が糊口を凌ぐためにはじめた文筆業の成果でもある読み物です。


遠回し、あいまいな表現を嫌う著者のこと、ここまで書いて委員会?と本人も気にしながら、しかし、書いてしまいましてん、という感じで、書かれて傷ついた関係者もかなりおられると想像します。 勝谷氏は、売れ行き不振で倒産、廃業が迫るころから旭酒造の桜井社長の人柄に共感し、ライターという立場で20年近く付き合った。そして「獺祭」の企画、生産、販売を学びつつ、これは日本酒製造に革命を起こしたブランドであると確信する。実際、地酒蔵元の多くは獺祭を見習って旧来の生産方式を見直し、高品質の酒をつくれるようになった。


「獺祭」が起こした革命とは・・・
◆酒の生産は杜氏が仕切るという伝統を廃止した。
 蔵元(オーナー)が自ら杜氏の役目を担う。
◆酒を絞るに袋を使わず、遠心分離器を採用した。
◆カンと経験ばかりを頼りにせず、データ(数値)をベースにする。
◆冬場中心の生産を年間生産(四季醸造)可能にした。
◆大吟醸しかつくらない。
◆卸業者を介せず、小売店、消費者に直販する。

お酒に関心のない人が読めば地味な情報に思えますが、灘や伏見の大手メーカーではない、地方の蔵元にすれば大革命であります。箇条書きにすればカンタンに思えてしまうけど、それぞれのテーマを実現するために大変な苦労を経験させられた。山ほどの借金をかかえてしまった。それでも前進あるのみと、常にプラス思考でイバラの道をかき分けた。


勝手な想像をいえば、あと10年くらいで酒造りは杜氏と蔵人が行うという常識がなくなってしまうのではないか。旭酒造では社長と社員が酒造りのフルコースを担い、杜氏はいない。それで「獺祭」のような高品質な酒をつくっている。獺祭の最高級品は4合瓶で3万2400円もするが、品質は杜氏がつくったものではなく、社長の企画、社員の製造になる酒である。 旭酒造では海外への輸出に力を入れていて、すでに売上げの一割を占めている。ニューヨークとパリにアンテナショップをつくり、欧米人の感性に合う酒の研究を続けている。こんな時勢に、杜氏の感性や経験で欧米人の味覚を探るのは難しい。


さて、数日前のニュースで、勝谷氏が兵庫県知事選挙に出馬すると伝えていた。現職、井戸氏の五選を阻んで兵庫に新風をという意気込みでありますが、今でも無頼派のイメージが強いから楽観はできない。それは本人も承知なので、記者会見では苦心の変装?でソフトなおじさんをアピールしている。当選したら、言うことまでソフトになる?・・ならないでモメそうな気がします。(2014年 西日本出版社発行)


ホンネは無頼派
勝谷


ヘンシーン! 
勝谷


旭酒造のHP
https://www.asahishuzo.ne.jp/index.php

「獺祭(だっさい)」命名の由来
https://www.asahishuzo.ne.jp/dassai/origin.html 


本・だっさい 


 


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●中野信子著「サイコパス」を読む

 世に住まう人の100人に一人がサイコパスである、と著者は言う。ならば、日本には約120万人のサイコパスがいることになる。もしや、自分も?・・と不安になる人もいるはずだ。自分がそうではなくても、確率からいえば、私たちは生涯で何人かのサイコパスに出会う、付き合う可能性は高い。彼ら、彼女らに振り回されないためにもサイコパスに関する知識を仕入れておいた方が良いと思う。


最近、世間を騒がせている「時の人」にもサイコパスを疑われる人物はたくさんいる。千葉でベトナム人の女児を殺したと疑われている容疑者がサイコパスの見本。相模原の障害者施設で19人を殺害した男や金持ちの老人を次々と誘惑し、青酸カリで殺した「後妻業」おばさん、趣味で人を殺した、元名大女学生・・。このブログで裁判記録を紹介した、池田小学校事件の犯人、宅間守。彼らに共通しているのは、良心の呵責なしに人を殺せることです。


こんな極悪人が100人に一人の割合でいたら恐ろしくて生きておれない。実はもっとゆるい、ソフトなサイコパスもいる。快活で話し上手、物事に積極的に取り組むといった誰にも好まれるタイプに見える人が実は・・という例がたくさんある。よって、サイコパスイコール犯罪者、犯罪予備者という見方は間違っている。有名人、実力者と評価されている人にもサイコパスはいるから人の判断は難しい。


サイコパスの訳語は精神病質者であるけど、これじゃ漠然として分からない。具体的にはどんな人物なのか。本書によれば「良心を持たない人」である。無茶きつい言い方だけど、著者個人の認識ではなく、一般的な概念になっている。

サイコパスの特徴(犯罪心理学者のロバート・D・ヘアの定義)
◆良心が異常に欠如している
◆他者に冷淡で共感しない
◆慢性的に平然と嘘をつく
◆行動に対する責任が全く取れない
◆罪悪感が皆無
◆自尊心が過大で自己中心的
◆口が達者で表面は魅力的


自分がこの定義に合致するか、又は、身辺にこのような人物がいるか。考えてみる価値はあります。このような人格の持ち主であっても、世間では有能な人物と評価され、あるいは普通に人気者だったりする。


本書の巻末には「サイコパスの多い職業 トップ10」が載っている。
1位・・企業の経営責任者
2位・・弁護士
3位・・報道関係者
4位・・セールスマン
5位・・外科医
6位・・ジャーナリスト
7位・・警察官
8位・・聖職者
9位・・シェフ
10位・公務員


聖職者がランクインというのはビックリですが、著者は具体例としてマザー・テレサを挙げている。弱者の味方という立場を生涯貫いた立派な修道女に裏の顔があると。1位・経営責任者にしてサイコパスといえばまずブラック企業の経営者を想定するが、その通りであります。社員が過労自殺しても平然としておれるのはサイコパスならではの態度である。外食産業の雄だった「W」の社長など、ピッタリ当てはまる。遺族の悲しみに寄り添い、反省するなどありえない。(マスコミ向けの謝罪は芝居である)


上記の職業を見てイメージできることは、仕事や私生活で大きな失敗をしたとき、素直に謝罪したがらない人たちであること。自分のミスを認めず、他人のせいにしてピンチを逃れようとする。これは当事者個々の性格によるものではなく、基本的に「道徳や倫理を学習できない」サイコパス特有の気質によるものだ。逆に、サイコパスの少ない職業は、看護士、内科医、教師、技術者(職人)、アーティストなどがある。


サイコパスには、有能で好感の持てる人もたくさんいる、ということを認識した上で、なお難儀なことがある。
 その1・・サイコパスは遺伝する。
 その2・・サイコパスは治療できない。
 その3・・サイコパスはADHDと相関性がある。
本書では脳科学の面からも多様な研究が進んでることを記してあるが、この3点を解決するのは難しいようだ。生まれつき「良心を持たない」人がいるなんて信じたくないけど、一定の比率で「反社会的人間」が存在することは知っておかなければならない。


日本人の代表的サイコパスは誰か。織田信長であります。学者も一般人も異論はないでせう。彼のサイコパスぶりに翻弄されたのが明智光秀ではないかと思います。(2016年 文藝春秋発行)

本/サイコパス





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●細川貂々著「ツレがうつになりまして」を読む

 名前「貂々」はてんてんと読みます。テンはイタチ科の動物。この方の旦那さん(ツレ)がうつを患い、なんとかフツーの暮らしに戻るまで一年半の闘病生活をマンガで描いた。この表現のユニークさが受けたのか、25刷を重ねる人気本になった。病気が治ったうえに大きな臨時収入、こんなハピーなこともあるのですね。


ツレがうつになったのは会社(中小企業)が傾き、リストラでは生き残ったものの、辞めた社員の仕事もこなさねばならず、それが続いて過労~うつ~出社拒否という、よくあるパターンです。まずかったのは、テンさんが夫にやさしく寄り添うという付き合い方ができず、突き放した態度を続けたためにツレはたちまちどん底に落ち込み、自殺願望を起こしてしまう。家庭における修羅場到来でありますが、そこは漫画家、陰険な場面でも笑いをとることを忘れず、よって、読者は「えらい薄情なヨメはんやなあ」とニヤニヤしながら読みすすめるのであります。ツレは食事も拒否して、頭からふとんかぶってシクシク泣く日々。


しかし、投薬が効いて少しずつ症状が改善される。もっとも、揺り戻しもあって、突然、落ち込んで「死にたい」と言ったりする。これを繰り返して一年半後、ほぼ正常に戻った。このケースで一番の救いは、ツレが失業してたちまち経済ピンチに・・ではなかったこと。ヨメさんの収入でなんとか持ちこたえられた。少々薄情でも有り難いヨメさんです。


うつを患ったことは不幸な体験ですが、ツレさんは以前のような頑固でわがまま、完全主義(神経質)という性格が変化して、人当たりがやわらかくなった、とテンさんが述べています。災い転じて福となす・・うつを患う人がみんなこんなハッピーエンドにはならないでせうが、今は「うつは治る」時代だという認識を前提に対処できる。このマンガもウツのイロハを学ぶには有益な「読むクスリ」の役目を果たしています。(2006年 幻冬舎発行)

本・ツレうつ 






読書と音楽の愉しみ



●井上理津子著「大阪 下町酒場列伝」を読む

 ひと昔前「大阪人」というローカル雑誌があった。そこに連載されていた酒場紹介記事をまとめて文庫本にしたもの。井上理津子の著作は「最後の色街 飛田」を読んだことがあり、とても読みやすく、下町の人情物語を描くのが上手いので気に入っている。


大阪市内全部で29軒の居酒屋が紹介されているが、取材は2001~2003年。ということは、現在まで十数年たっていて、店主が亡くなっていたり、廃業した店もある。自分が行ったのは29軒中、わずか4軒だけど、今も生存しているかどうか確かめていない。


せめてもう一軒は訪ねて見ようと「背割堤」へ行った帰途に大正区の「クラスノ」へ。JR環状線大正橋駅北側の路地にある、間口2間の小さい店。入り口寄りのカウンター席に座ると目上に賞状が2枚。古ぼけた方は平成元年、海部首相から授けられたもので、厳しいシベリア抑留の労苦をねぎらったもの。もう一枚は百歳を祝う安倍首相からの賞状。下町の酒場に首相から贈られた賞状が2枚もあるのは珍しい。


店名の「クラスノ」はソ連(当時)の中央部にある街の名前、クラスノヤルスクのことで、ここで長く辛い抑留生活を送った。忘れてしまいたい恨みの街なのに、逆に再出発人生の原点と考えたらしい。店主、松原さんは今年百一才を迎え、さすがに衰えて老人施設で暮らしておられる。ちなみに、この本の取材で著者が訪ねたときは84才で、元気ハツラツ爺さんだった。店は、息子さん、お孫さんに引き継がれて、メニューも先代のものを引き継いでいる感じだけど、不詳。


評判の良い「だし巻き」と「きずし」「いか天ぷら」と焼酎を注文したが、きずしの酢が甘すぎるのが残念。敷居の低さは文句なしなので、一人で出かけてもすぐなじめます。(2004年 筑摩書房発行)


海部首相からの賞状
クラスノ 


安倍首相からの賞状
クラスノ

クラスノ 


クラスノ 




読書と音楽の愉しみ



●和田竜著「村上海賊の娘」を読む

 上下巻合わせて1000頁、上巻は友人から頂戴し、下巻は図書館で借りて読む。瀬戸内海に実在した村上海賊が毛利家の要請で大阪の石山本願寺へ10万俵の米を届ける。しかし、織田信長はこれを阻止せんと泉州の海賊、眞鍋一族などを使って合戦となった。その顛末を描いた時代劇、歴史教科書で学ぶ「石山合戦」の一部であります。


上巻の半分程まで読み進んだとき、この作品はコミックで読んだほうがいいのでは?と思いつく。(コミック版もある)結局は最後まで活字を読んだのでありますが、話のくどいのにはウンザリしましたね。アクションものなのに人事の解説が続いてなかなか前へ進まない。著者は大量の歴史資料を読み込んでいるので、そのウンチクのあれこれを披露したくて、つい過剰な説明をしてしまう。で、話が進まないのであります。


なのに、本願寺や近辺の砦、要するに合戦の地理的な説明があいまいで戦場としてのロケーションが描けていない。木津川海戦といいながら、どんな風景なのかかいもく分からない。地理ファンとしては不満が募るのであります。著者が16世紀の大阪の地理、地形の概念をもてなかったからでせう。文献資料だけではリアルな風景は想像しにくいのです。


下巻最後のヒロイン(村上海賊の娘)とヒーロー(泉州海賊のリーダー)との一騎打ちなんか延々と何十頁も続いて「ええ加減にせんかい」と読み飛ばしたくなります。劇画を文字にしてるだけで文学的なネウチなんかありません。しかし、コミックファンがこれを読めば「文学作品を読んだ」と思うかもしれない。


泉州海賊の出番では泉州弁の会話が誇張されて書かれ、面白いけど、どうして著者は泉州弁を学んだのでせう。大阪生まれだけど赤ちゃんのときに広島へ引っ越してるからネイティブな泉州弁は身についてないはず。身分差があっても敬語を使わないというような感覚で泉州人のキャラクターづくりをしている。各地から兵士が集まるのだから、全部標準語で会話させたら退屈する・・そんな意図があったのかもしれません。(2013年 新潮社発行)


村上海賊  





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●オノユウリ著
「美術館で働くということ」を読む

 美術館の裏側で働く人のことを知りたいと思っても、意外に情報が少ない。この本はマンガ。東京都現代美術館の学芸員にして漫画家、という変わったポジションにいる女性がごく初歩的な裏情報を説明したものです。学芸員というとえらくマジメな職業人をイメージしてしまうけど、中にはこんなお茶目な職員さんもいるのですね。


学芸員には主に三つの役割があって、展覧会を企画する人、常設展の企画や作品の収集、管理をする事業係、そして、外部に宣伝したり、教育普及を担当する人、に分かれます。ま、一番やりがいのあるのは企画係でせう。そのぶん、苦労も多いみたいですが。
 企画展は美術館の幹部や外部の識者が提案するものだと思ってましたが、そうではなくて、基本的に学芸員が企画、提案するそうです。それも、ベテラン中心ではなく、入社数年の新米でも提案できるというから、けっこうオープンな職場です。むろん、思いついてすぐ提案なんてことはさすがになくて、普通は数年かけて温めた案を提案する。本書では、8年かかってようやく実現できた企画展という例も紹介されるから、気の短い人には不向きな仕事です。


べつに、売上げのノルマなんてないけれど、自分の企画した展覧会は、人気や来場者数がものすごく気になる。何年も準備に費やしたのに、明けてみればガラ~ン、ではショックです。私たちがなにげに訪ねる展覧会も、学芸員さんは裏で客入りに一喜一憂しているのです。
 館が収蔵品を選ぶときも学芸員は自分の目にかなった作品を推薦することができます。ここはモロに審美眼が試される場面でせう。もし、購入が決まったら、その作品には我が子のような愛着を感じる。当然です。


会場で作品のレイアウトを決めるのも学芸員の仕事です。これって、相当経験を積まないとスムースに進まない仕事ではと思います。レイアウトの上手、下手でお客さんの印象、感銘度に影響するからです。それに、作品の解説文書きも仕事ですから、作文の苦手な人は苦労します。
 はた目には地味でラクそうな仕事に思える学芸員ですが、実際は月100時間残業もありや、という場面もあるらしい。それに現代アーティストというのは変人が普通だから付き合いもしんどい。社交のセンスも求められるわけです。NHK Eテレ「日曜美術館」に出て来る学芸員も、みなさん見識が高くて話し方も上手な人ばかりです。一流の美術展には一流の学芸員がついている。ゆえに安心して鑑賞できるわけです。(2015年 KADOKAWA発行)


美術館ではたらく 





読書と音楽の愉しみ



●「値段の風俗史」を読む  ~その2~

■焼酎(鹿児島産芋焼酎 1,8リットル)
昭和元年・・・81銭
昭和20年・・8円
昭和54年・・850円
 半世紀で1000倍になっている。しかし、昭和54年から現在までは2倍程度にしか値上がりしておらず、1500円程度で購入できる。(注)戦前の焼酎は度数が40度で生産されていた。現在は25度が標準。


■東京大学の授業料(年額)
明治12年・・12円
明治43年・・50円
昭和20年・・150円
昭和45年・・1万2000円
昭和55年・・18万円
(注)現在は81万7800円(入学料+授業料)


■鶏卵(1キロ当たり)
明治12年・・10銭
昭和6年・・・20銭
昭和20年・・1円50銭
昭和21年・・15円20銭
昭和31年・・95円
昭和41年・・223円
昭和45年・・190円
昭和50年・・367円
昭和54年・・314円
(注)現在は300円程度。卵が物価の優等生といわれるようになったのは、昭和50年(1975年)あたりから現在まで横ばいに近い安定した価格を維持しているから。終戦時は1年で10倍値上がりした。


■公務員の初任給(大学卒)
明治27年・・50円
明治40年・・50円
昭和12年・・75円
昭和21年・・540円
昭和26年・・5500円
昭和44年・・3万1000円
昭和54年・・9万7500円
(注)平成28年の初任給は、大卒・総合職で18万2700円


■航空旅客運賃(東京~大阪間)
昭和3年・・・35円(毎週3往復)
昭和13年・・30円(一日二往復)
昭和26年・・6000円(プロペラ機)
昭和40年・・6800円(ジェット機)
昭和55年・・1万4100円(ジェット機)
(注)現在は、LCCなら4000円くらいからある。JALで1万4000円くらい。


■劇場の観覧料金(帝国劇場の最高~最低料金)
明治44年・・5円~20銭(この年に開業)
昭和元年・・・8円~50銭
昭和20年・・15円~1円50銭
昭和29年・・1500円~120円
昭和55年・・7000円~2000円


各項目、終戦後のひどいインフレがわかるように編集して載せました。1年で物価が10倍なんて信じられないけれど、みんなこれを経験して今の暮らしがあります。現在の政府がインフレ誘導のために「3%の物価上昇」を目標にして四苦八苦しているのをみると隔世の感、ひとしおです。


私たちはなんとなく、デフレ=善、インフレ=悪のイメージにとらわれがちですが、資本主義社会でデフレが続けば、まちがいなく国家破綻です。(ひどいインフレも国家破綻を招きます)それにしても、戦後、百倍以上値上がりしたものがたくさんある一方、焼酎や航空運賃など、30年前と変わらない、あるいは、逆に値下がりしているものもあります。前回紹介した「たい焼き」の値段が、30年間、ほとんど変わらないのはなぜか? 研究すると面白いかも知れません。(昭和56年 朝日新聞社発行)

読書と音楽の愉しみ



●「値段の風俗史」を読む ~その1~

 いろんな物価の今昔比較に有名人のエッセイを加えた楽しい本。但し、発行が昭和56年なので「今」の値段は昭和56年=1981年止まりとなります。明治はじめから約100年間の変動を知ることができます。 面白いのは、値段の変化だけでなく、モノ自体の盛衰がわかることです。昭和56年には実在したモノが、平成の今では消えてしまって、それが妙に懐かしい。


例えば・・赤帽の料金、駅売りのお茶、マッチ、炭、蚊帳、花嫁ふとん、和文タイプライター、などです。みんな昭和時代の終焉とともに姿を消してしまいました。平成生まれの若者は「赤帽」の意味が分からないのではないでせうか。それでは物価の今昔の比較例を紹介しませう。


■国鉄山手線の初乗り運賃
明治42年・・5銭(この年に開通した)
昭和21年・・20銭(終戦の翌年)
昭和24年・・10円
昭和54年・・100円(1979年)
(注)現在は140円


山手線開通時の車両 ホデ6100型
物価


■小学校教員の初任給(基本給)
明治19年・・5円
明治33年・・10~13円
昭和23年・・2000円
昭和45年・・3万1900円(万博の年)
昭和55年・・10万2000円


■背広のオーダーメード
明治7年・・・25円
明治34年・・15円
昭和22年・・4000円
昭和55年・・12万円
(注)小学校教員の初任給と比べると、いつの時代でも背広のほうが高かったことがわかる。現在は初任給以下の値段で誂えることができる。


■鉛筆(学童用一般品一本の値段)
明治20年・・1厘
昭和5年・・・1銭
昭和20年・・20銭
昭和22年・・2円
昭和25年・・10円
昭和54年・・30円


■鯛焼き
明治42年・・1銭
大正10年・・1銭
昭和7年・・・2銭
昭和13年・・5銭
(昭和16年から22年まで、戦時統制のため、製造禁止)
昭和23年・・5円
昭和45年・・25円(万博の年)
昭和55年・・80円              ~次回に続く~


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読書と音楽の愉しみ



●山下澄人著「しんせかい」を読む

 第156回芥川賞受賞作品。例によって、月刊「文芸春秋」を買って作品部分をナイフで切り取って読む。単行本で買うと1728円もする。 毎回、今度こそは読み応えある作品を、と期待するのですが、残念ながら今回もアウトでした。話は、倉本聰氏が主宰する演劇塾に参加した青年(著者)の経験をもとにフィクションに仕立てたものですが、毎度のことながら、身辺10m内のことしか書けない。そもそも「しんせかい」というタイトルからして、脱力感しか感じられない。


もしや、自分に鑑賞眼がないだけかもしれませんが。これが傑作でないことは審査した各氏の論評でもわかります。何人かが「なんでこの作品が選ばれたのか」と他人事のように無責任な発言をしている。だったら、今回は受賞作品ナシ、という結論でもよいではないか。(受賞作ナシの回もかなりある)あるいは、選考を現在の年二回から一回に減らしてはどうでせうか。少なくとも現在よりはレベルが上がると思います。


芥川賞を受賞して、その後も作家として活躍している人は意外に少ない。みなさん、なんでメシを食ってるのかと心配するくらいです。過去10年間の受賞者を調べてみると、青山七恵・諏訪哲史・楊逸・磯崎憲一郎・赤染晶子・朝吹真理子・鹿島田真希・黒田夏子・田中慎弥・藤野可織
・小山田浩子・小野正嗣・滝口悠生・・・の各氏は、はやばやと有名作家から無名作家になってしまった。しょせんは「一発屋」でしかなかった。「火花」で億単位の稼ぎをした又吉直樹氏だって、名前は知られてるけど、評価された作品はこれ一作きり。なので、これの焼き直し(文庫本化とか)とテレビへの露出でなんとか世間に顔つなぎしている。


芥川賞に比べたら、直木賞作家のほうがずっと存在感が大きいような気がします。知名度、収入、において芥川賞作家より上ではないか。分かりやすい話ゆえに、TVドラマ化、映画化がしやすいのも有利です。むろん、直木賞作家にもピンとキリの落差は大きいでせうが。直木賞作家、朝井まかてさんは講演会で「芥川賞や直木賞を受賞した作家でも、年収200万とかの人が普通にいる」と業界裏話をしていましたが、誇張ではないと思います。・・と、芥川賞作品に文句言いながら、半年後、新作品が発表されると、つい「文藝春秋」を買ってしまう駄目男であります。 

しんせかい 






読書と音楽の愉しみ



●新之介著「大阪高低差地形散歩」を読む

 著者の新之介氏は「十三のいま昔を歩こう」という人気ブログの管理人さんです。長年、大阪の街歩きを続けているあいだに、大阪を「地形」で見直すことの面白さにはまり、独学を続けたあげく、とうとうこのような本を出版するまでになりました。ただいま、大阪の歴史や文化を地形という視点から語れる第一人者でありませう。
 ご自身は十三界隈で生まれ育ったことから、大阪はずっと平坦な街だと思い込んでいた。しかし、あるとき、中沢新一著「アースダイバー」を読んで地形の歴史的変遷に興味をもち、坂の多い上町台地を歩いて地形探索に開眼したと述べています。


新之介氏でなくても、大阪は平坦で坂道が少ない街だと思い込んでる人は多いはずです。なぜなら、坂道や崖(急斜面)が多いのは、中央区、天王寺区、阿倍野区の三区、上町台地にある区に限られているからです。淀川区とか、西区とか、生野区といった街に住んでる人には「坂道の多い街」のイメージはしにくいはずです。


新之介氏に比べたら、関心度は百分の一くらいですが、駄目男も街の風景にアクセントをつける坂道や迷路(ラビリンス)を面白がるタチなので、本書はとても参考になります。ただいま平坦な街に暮らしてる人も坂の街に興味をもつきっかけになる本だと思います。
 この、大阪の地形問題、昨年秋はNHK「ブラタモリ」の企画にもなって著者が出演されました。また、本書は梅田の紀伊國屋書店一店だけで1000冊も売れたとのことで、こんなマニアックな本が?と訝りつつ、ニンマリしてしまいます。同好の士がどんどん増えてほしい。(2016年 洋泉社発行)

ブログ:十三のいま昔を歩こう
(ブラタモリのロケのレポートがあります)
http://atamatote.blog119.fc2.com/

下の写真は、本書でも紹介されている阿倍野区西端の崖と坂道風景、そして周辺のラビリンスふう町並みのワンシーンです。(阿倍野墓地の西側、南側になります)


大阪市内でこういう風景は珍しい

地形


地形

古墳の跡にマンションが建つ
地形 


大谷学園の通学路
地形 


古い民家の向こうにハルカスが見える
地形 


偶然、アトリエ コーナスを見つけた。アーティストを目指す知的障害者のアトリエ。
地形 



地形散歩