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★★  子供じぶんの思い出話 ★★  MT

家族との記憶 
                          
私は太平洋戦争開戦時の、1941年8月に神戸で生まれ、物心つく前の4歳直前で終戦を迎えました。灘区青谷に家族で住んでいましたが、記録に残る悲惨な神戸大空襲の記憶はほとんどなく、空襲警報が鳴ると防空頭巾をかぶって自宅の防空壕に避難したかすかな記憶がある程度です。終戦直後は、自宅の空地でサツマイモ?などを作っていました。父は母との再婚で、近所に住む腹違いの次兄が進駐軍関係の仕事していた関係で、ジープでやってきた米兵がチョコレートやガムなどをくれました。小学校入学前、母が履物店を始めることになり葺合区(現在の中央区)の大安亭市場へ大八車で家財と共に転居しました。家から校区外の小学校に入学、記憶にあるのは主に両親の仕事の手伝いです。


大工の父とは下小屋で、ノコギリ、カンナ、ノミなどの大工道具で材木を加工し建材に加工したり、出た端材はこれも私の役目だった五右衛門風呂を沸かす薪に利用していました。夏休みや冬休みには、盆、正月の繁忙期に、店に出て母を手伝い、当時日常の履物だった下駄や草履の鼻緒をすげたり、裏金打ちをしたりしました。父が60前と比較的高齢だったので一緒に遊んだ記憶あまりないのですが、一度、夜行列車で弟2人と4人で夜行列車で熱海へ旅行し、大切にしていた真空ガラス瓶入りの魔法瓶を無くすドジな思い出があります。また春夏の休暇には神戸港から汽船で淡路島へよくつれていかれましたが、手漕ぎの船で父の親戚のある最寄の港(郡家、志築)やさらには、木炭バスや徒歩で2里の山中長澤へ出かけていました。夏の帰宅時には乗船待ちの時間を利用して素裸になって浜辺で泳いだりしました。


当時姫路広畑(現日本製鉄)にいた20歳上の長兄宅へも出かけましたが、社宅近くの川(夢前川?)で初めて泳げたのが嬉しかったのをおぼえています。そしてある年の夏、年長の従兄が引っ張るリヤカーに上半身裸で乗せてもらい、自宅の葺合区から須磨区にあった従姉の家に出かけ、山陽電車で帰宅する際、やむなく、従姉の長女の下着を借りました。その時は思いもよらなかったのですが、時を経て、彼女と結婚、国内外の各地に転居した末、今住んでいるのが家内の親元です。

小学校 神戸市立雲中小学校
修学旅行先 伊勢と奈良


小学5年生(左右は弟たち)お父さんと熱海旅行の記念写真
南さん家族  







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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(49)古金屋

 大掃除は夏の風物詩だ。畳を上げて外に出し、日に曝して湿気を払う。同時に床板も上げて床下に風を通す。その日になると、布袋さんのような大男が着物一枚、胸はだけ姿で大きなドンゴロスの袋と棹秤(サオバカリ)を持って「古金屋のテンコでござーい」と大声で呼びながら街に廻ってくる。古金屋と言っているが、ありようは屑屋お払いで、古新聞・古雑誌や空き瓶など平素から溜まっていた不用品の一切合切、何でも買ってくれる。


今は何を捨てるにもお金のかかるご時世だが、当時は逆にどんな廃品でもお金になった。屎尿だけが例外だが、これも江戸時代まで遡れば直接お金にこそならぬまでも野菜類との交換材料にはなった。肥料と作物の物々交換で完全なリサイクルが成り立っていた。今は折角の大資源を処理するためにムザムザと巨費をかけていると或る社会経済学者が論じている。


大掃除は、まず畳を上げる作業から
道明 大掃除




(50)餅搗き屋(もちつきや)

 餅つきは楽しい年末行事の一つだ。その頃になると「搗こ、搗こー。搗こ、搗こー。」と「搗き屋さん」が昔の駕籠かきのように二人で臼を担いで町にやってくる。「搗き屋さーん」と声がかかると、「あいよーっ」と家の前の路上に臼を据える。呼んだ家は予め蒸籠で蒸したもち米を用意しており、それを臼にあけると、すぐさま餅つきが始まる。一人が搗き役、一人が介添えで、搗き役が杵を振り上げている間に さっと餅の一部を裏返して、搗き役がいつも同じ所を搗けばよいようにする。アッという間に一臼(一升)の餅を搗きあげる。二人で役を交代するから疲れる事もなく一日中でも搗く事ができる。少ない家でも三臼,多いところでは十臼ぐらいもの注文が出る。


こうして次々と廻ってゆくのだが,難を言えば商売柄、少しでも早く搗いて次に廻ろうとするから、どうしても搗き方が雑になる。50回搗くべき所を40回で上げようとする。するとどうなるか。餅の粘りが少なくなる。外見では分からないが 食べれば瞭然、餅の伸び方が違う。10センチ伸びる所が5センチで切れてしまう。搗き屋に頼む以上、これは止むを得ない事と諦めねばならない。


今どきの餅つき・・
社員の親睦を深めるために企画された「社内もちつき大会」
同名もちつき


金屏風の前でショーのように演出するもちつきもある。
道明 もちつき 





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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(46)ドブ浚い

 え、何、それって商売?と、アっと驚くタメゴロー的商売である。太ももの半ばまで隠れる超ロングのゴム長靴を履いてドブに入る。わが町には昔も今も下水道がないので、あらゆる家庭廃水が円田川とか、我が家の隣りにあるドブ川などを通って最終的には海に流れ込む。そのドブに入ってスコップで底の泥を掬っては篩(ふるい)にかける。すると古釘とかビールの栓とか いろんなものが篩の中に残る。それらの中からお金になりそうな物だけ選り出して残りは又ドブに戻す。まさかこれだけでは食べていけまいから、暇な時の内職稼ぎみたいなものだろうが、それにしても変わった仕事もあったものだ。

(47) 富山の薬売り

 「越中 富山の万金丹」という言葉はお聞きになった事があろうかと思う。その富山の薬売りというのが百姓家を一軒、一軒回っては赤い丈夫な紙袋を置いて行く。中には風邪薬、頓服、腹痛、下痢止めなど家庭用常備薬一式が入っている。この時は無料である。一年経つとまた薬売りが回ってきて、その間に使った薬の代金を請求するとともに使った薬を補給するというシステムで本当に良くできたやり方だと思う。健康保険も無かった時代の事とて百姓たちは滅多な事では医者に掛からなかった。街に近い所ならともかく、遠く離れた所では急場の間に合わない。どうしても手許の薬に頼る事になるし、又それで八割から九割方の病気は治ってしまうものだ。こんな便利なシステムが成り立ったのもどこにでも商人宿などがあって旅回りの費用が安く上ったからだろう。今のように旅行費、人件費が高くなっては とてもやっていけるものではない。という事でいつとなく 消えてしまった。先に「子供の遊び」に出てきた「紙風船」はこの富山の薬売りが子供への景品としてくれたものである。


訪問販売の元祖?・・薬売りの商いのようす
クスリ売り 


「トンプク」なんて懐かしい
クスリ売り




48)下駄の歯の差し替え

 この所すっかり靴が普及して、下駄を履く機会が殆ど無くなった。下駄にも一木物と差歯型の二種 類あるが 今我々の履いているのは略すべて一木物で、歯がすり減れば(そこまで履くとはとても考えられないが)それまでの使い捨て型である。これに対し差歯型は下駄の台に二本の細い溝を掘って そこに歯を差した物だから、歯が減れば歯だけ差し替えれば良く、いつまででも履ける。それにこちらの方が少しだけれど背が高いから道路事情の良くなかった昔は雨の日はこちらに限った。とにかく今は絶滅してしまったと思うが、或は今でも料理屋の板前さんあたりが特別歯の高い所謂「高下駄」を履いているかも知れない。床が常に水浸しの所には適していよう。

 前置きの下駄の説明が長くなってしまったが、という訳で差し歯のチビったのを替える商売で鋳掛屋と同じく道端に腰を据えて カミさん連中がチビた下駄を持ってくるのを待って仕事にかかる。勿論、要望があれば鼻緒の方も新しいのに替えてくれる。


歯入れ行商人
下駄 



下駄



店を構える商人もいた
下駄







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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(43) 鋳掛屋

 路傍で、しかも毎日ではないが決まった日があるのだろう。その日になると近辺のおかみさん達が穴のあいた鍋や釜を持って集まってくる。鋳掛屋の仕事は鞴(ふいご)で火を熾す事から始まる。細長い、さして大きくもない箱の下の方にある把手を押したり引いたりして火を熾す。燃料は炭火ではなくコークスを使っていたように思う。青白い炎が出てきた所でハンダの登城である。何だかよく分からぬが、これを火で炙って穴に当てるとジューっと薄い煙が出て穴が塞がってしまう。子供の眼には魔法でも見るような驚異だった。それ以前に鍋や釜に穴があくという事自体も信じ難い気がするが。後年 ゴルファーの親睦会に「ハンダ会」というのがあった。ハンダのように会員間の仲を親しくくっつけようの意らしい。ハンダにはこういう活用のされ方もある。



底板全部取り替える大仕事
鋳掛けや 


真ん中部分だけ修理した鍋
いかけや 



江戸時代の鋳掛け屋 左手で操作してるのが「ふいご」
鋳掛けや


(44) こうもり傘の修繕

 まだ番傘や蛇の目が主流だった時代の事で、こうもり傘がまだ珍しく漸く出始めた頃の事とて品質も良くなく、しょっちゅう骨が折れたり曲がったりした。今ならポイ捨てものだが、これに限らず使えるものはとことんまで使い切る時代だったから修繕屋は貴重な存在だった。恐らくペンチ一丁での仕事だと思うが、「コーモリガサノ シューゼーン」と呼び歩いて、二、三本集まったところでお宮さんの玉垣の前あたりにやおら腰を据えて仕事にかかる。これも露天商の一つである。



(45) 羅宇屋(らおや・らうや)

 まず煙管(キセル)から説明の要がある。日本のパイプだと思えばいい。シガレットにパイプは不要だが「刻み煙草」(煙草の葉を細かく刻んだもの。煙草そのもの)は煙管がないと吸えない。これにも二種類あって(A)普通の煙管、または長煙管。実物はともかく花魁が口にしている絵はご覧になった事があると思う。「雁首」と「吸い口」が金属で、両者を繋いでいる竹が「ラオ」である。吸われた方はご存知のように煙草って凄い程ヤニを出すもので、ラオがヤニですぐ詰まってしまう。それは自分の眼で見ると、こんなものを吸っていたのかと恐ろしくなる程だ。紙縒りや竹のヒゴ又は針金などで自分で掃除する事もできるが、汚いし汚れる上に、それでもすっきり綺麗にならないのでラオ屋の登場となる。


小さい四輪の車を押して大抵夜中に廻ってくる。按摩じゃないが、ピーっと割と甲高い音をたてるのですぐ分かる。こちらはラオに蒸気を通して掃除をするので本当に綺麗になって その後の一服が格別においしいとの事だ。
 もう一つ「鉈豆煙管」もある。こちらは鋳物製で前者よりぐっと短い。専用の煙管入れの袋に入れて、これまた専用の煙草袋と共に腰に手挟むのが普通である。落語によく出てくる「卒爾ながら 火を一つ・・」のあれである。吸い終わるとプっと吹いて、まだ火の残っている吸殻を掌の上で転がしながら、次の一服の火種にする所なんか、熱くないのか、火傷しないかと、見ていてはらはらする。


きせるの説明
きせる 


きせるの行商兼「らおや」?
らおや




(46)ドブ浚い

 え、何、それって商売?と、アっと驚くタメゴロー的商売である。太ももの半ばまで隠れる超ロングのゴム長靴を履いてドブに入る。わが町には昔も今も下水道がないので あらゆる家庭廃水が円田川とか、我が家の隣りにあるドブ川などを通って最終的には海に流れ込む。そのドブに入ってスコップで底の泥を掬っては篩(ふるい)にかける。すると古釘とかビールの栓とか いろんなものが篩の中に残る。それらの中から お金になりそうな物だけ選り出して残りは又ドブに戻す。まさかこれだけでは食べていけまいから、暇な時の内職稼ぎみたいなものだろうが、それにしても変わった仕事もあったものだ。




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●原稿募集 「わたしの一名山」「追憶の旅」

暑中お見舞い申しあげます。
 酷暑に耐える日々が続きます。さりとて優雅に避暑旅行というわけにはいかないのが現実でありますが、せめてアタマの中で懐かしい登山、旅を追想してみませう。7月26日に新潟の佐藤由弘さんの「百名山リスト」を紹介しました。これに因み、思い出の山、旅の作文を募集します。


作文はかなわん、と言う人は、たとえば、関西百名山のなかで登頂した山のリストをつくるとか、テキトーに手抜きした原稿でもOKです。「一名山」が道に迷って往生した山でも面白いと思います。暑さしのぎにキーボードをたたいて下さい。

関西百名山 リスト
http://www.komachans.com/list/kansai100.html

■〆切り・・8月20日 
■投稿はメールに限ります。(1000字以内 ワード、エクセル不可)
 写真添付OK。
■名前は英文字の頭文字で。送信時は名前を記入して下さい。


こんな思い出も・・一番長距離の切符を買った旅。小樽発~鹿児島行き
最長距離きっぷ  



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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供の遊び 

(42)読み物 「唐獅子城」ほか

 マンガではなくて読み物である。確か「幼年俱楽部」だったと思う。「唐獅子城」という題が余りにも印象的なので記憶に残った。父と城を失った城主の遺子「獅子丸」が軍師の佐分利老人(白髭,道服、長い杖という仙人スタイル)、豪傑の明星軍太兵衛と三人で地下洞の流れを小舟で脱出するシーンと、風の夜、凧に乗った獅子丸が城の名の由来になっている天守の唐獅子の鬼瓦に飛び降りるシーン。この二つの挿絵が記憶に残っている。作者は覚えてないが吉川英治あたりが画きそうなストーリーだった。当時は新聞でも雑誌でも印刷物の活字にはすべてルビが振られていた。だから平仮名さえ読めれば意味は分からずとも どんな漢字でも読む事が出来たし、読んでいる中におぼろげながら意味も分かってくるという面白さがあった。その一方、日本人に近視の多いのはルビのような小さい字を読むからだとの説もあった。


もう一つは吉屋信子の「麗しの母」。「麗」が余りに難しい漢字だったのに惹かれて従姉弟の本をパラパラとめくり読みしただけだが、「エピローグ」とか「プロローグ」とか横文字が出てきて流石に年上の子は難しいものを読むなと感心したものだ。
 大体ここまでが小学生になる前の事のつもりだが もとより はっきり線引きできるものでもないのでその点はご容赦願いたい。この後暫くは店を構えない商売のあれこれについて書いてみたい。




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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供の遊び 

(41) マンガ

 今と比べると極端にマンガの少ない時代だった。そんな中で「少年倶楽部」に連載された唯一のマンガで超ロングセラーを続けたのが田河水泡の「のらくろ」で前後10年近くに亘ったのではないか。しかし「のらくろ」が少尉で退役した後、大陸に渡ったり、帰国後、喫茶店のマスターになったりまでご存知の方は意外と少ないように思う。同じ著者の「凸凹黒兵衛」は「主婦の友」に連載された。また「蛸の八ちゃん」については「昨日召された蛸八は、弾丸(タマ)に当たって名誉の戦死、蛸の遺骨はいつ還る、骨が無いから還らない・・・」という ふざけた、そして取りようによっては物議を醸しそうな歌が流行った事もある。

マンガ 


マンガ 


マンガ


「幼年俱楽部」の方はもう少し賑やかで「日の丸旗之助」「一二三四五六(ひふみよごろく)」、「〇□(まるかく)さん ちょんすけさん」など、いずれも「宮尾しげを」だったと思う。
 「坂本牙城」の「タンク タンクロー」は傑作で、大きな鉄の球に幾つかの丸窓があり、そこから顔が出たりピストルが出たりというハチャメチャマンガだった。猿飛佐助と三好青海入道の漫遊記はマゲモノマンガとあったが、このマゲモノの意味が分らなかった。マゲモノは「髷物」で要するに時代物だと知ったのは ずっと後の事だ。
 「冒険ダン吉」(島田啓三)や「長靴三銃士」は既に単行本になって居り「漫画常設館」などと共に 年上の男の子から借りて読んだ。また流線型という言葉が流行った時期もあり早速「流線太郎」(或は流線小僧)というマンガが出来たりもした。


マンガ 


 マンガ 


まだ字が読めず母に読んで貰ったものに豪傑のお化け退治がある。余り何度も読んで貰ったので科白を全部覚えてしまった。今でも最初の部分の「拙者は天下の豪傑、坂田の金十郎。町はずれの古寺にお化けが出るとの噂あり。いでや退治をしてくれんと・・・」までは覚えている。まずは大入道、続いて一つ目小僧、三つ目小僧、一本足の唐傘のお化けと、お化けの常連がぞろぞろ出てくる類のものだった。

 アチャラものとしては、お馴染のミッキーマウスやポパイの他に「ベテイさん」があった。大きなおめめに小さい口、アロエの葉のようなギザギザの髪の毛が特徴で、これがハリウッドのファースト・レディと言われたベティ・デーヴィスの戯画と知ったのはずっと後の事である。

マンガ

ベティ・デーヴィス
道明マンガ 






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●夏のミニ企画ふたつ レポート

■7月9日(月)長居植物園 de おしゃべり会
 ハスの花鑑賞のために、月曜日も臨時営業。しかし、これを知ってる人は少数だから園内はガラ空きです。木陰のテーブルではやめのランチタイム=ビヤタイム。この日は、幸い猛暑日ではなかったので、まずまず快適でした。(参加10名)

夏のミニ企画 

■7月21日(土)西成でちょい呑み&ジャズライブ
 猛暑の午後、西成の「Donna Lee」でのライブ。暑さでガラ空きかもと懸念されましたが、なんとか20人くらいのもの好きが集まって開催。気軽に生演奏が楽しめる店で、土曜日は昼も公演します。ビール500円、アテ300円~、チャージ1000円~(投げ銭)という西成価格です。(参加4名)

公演案内は・・
http://nishinarijazz.blog133.fc2.com/blog-entry-201.html


夏のミニ企画 









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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供のあそび

(40) 夜店


夜店 


 夜店・・何と魅惑的な言葉だろう。夜店と聞くだけで心が浮き立つ。日が暮れるのを待ちかねて浴衣に着替え、団扇片手にルンルン気分。早く早くと母の手を引っ張って急ぎに急ぐ。
 とば口の屋台は「冷やし飴」のオッチャンだ。「冷やこて甘い。冷やこて甘い。」と大声で盛り上げている。大きな氷のブロックに溝を掘って「冷やし飴」を並べた姿はいかにも冷たそうだ。しかし、まだまだ先は長い。こんな所で貴重な小遣いを使ってしまう訳には行かぬ。

昔ふうのひやしあめは無くなったが、宇治園心斎橋店では、こんな「ひやしあめ」が飲める。
夜店 ひやしあめ 


「金魚掬い」の大きな水槽がある。これもなかなか魅力的だ。針金の輪に紙を貼っただけの掬い網を買う。3枚で1セットだったように思う。大きな金魚は狙わない事。これを狙うとすぐ網が破れてしまう。少しぐらい網が破れても 残った紙と針金で金魚を掬うのではなく引っかけるのがコツ。だがこうして掬った金魚を如何にして家に持ち帰ったのだろう。肝心の所の記憶が欠けている。ビニール袋なんて便利な物の無かった時代だ。その上、折角持ち帰った金魚も、二、三日もすれば大抵死んでしまう。何故だろう。

夜店 



「綿菓子」 これも夜店の目玉の一つだ。何の変哲もない円筒だが、お金を渡すとオッチャンがお猪口に一杯程のキザラ(ザラメ砂糖)を上部の漏斗状の部分に入れて片足で漕ぎ始める。漏斗が廻りだすと、あら不思議、漏斗の底から何やらモワーっと煙のようなものが出てくる。オッチャンがそれを串で上手に絡めとり、みるみる綿菓子になってゆく。甘い。おいしい。それに驚異だ。あんな少しの砂糖がどうしてこんなに大きく膨らむのか。

夜店 



「パチンコ」もある。一つずつ球を入れては右下のバネで弾く。天井まで駆け上がった球はコトコトと釘に当たりながら落ちてくる。あ、入った、と思ってもなかなかすんなりとは入ってくれぬ。やっと入っても別の所から球が一つ出てくるだけ。つまり10箇の球で10回遊べるか、12,3回遊べるかだけの事で球は減る事はあっても増える事は絶対になく、呆気なく終わってしまう。

夜店 


「箱庭」もあった。さほど大きくもない箱の中に山あり森あり,川もあれば汽車も走っている。駅のプラットホームには人も2,3人立っている。なかなかの物と思うがこれも今はなくなったようだ。 何だか得体のしれぬ「ガラクタ屋」もある。ゴザの上に古釘一本とか、柄のない鋸の歯とか、ネジの片方とか、およそ使い物にならないような物ばかり並べて、あんな事で商売になるのかと子供心にも不思議に思う。その他「いか焼き」とか「焼きそば」とか「たいこ焼き」など、いろんな食べ物類もあった筈だが、記憶にない所をみると買って貰えなかったからだろう。日がとっぷり暮れて、辺りの闇が濃くなるにつれてアセチレンの青い灯がだんだん明るさを増してくる。まさに幻想の世界だ。夜店はやはり懐かしい。



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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供のあそび

(38) 積木

丸いのや三角、,四角の木切れと言ってしまえば味気ないが 何よりもこれで家を作ったり,乗り物を作ったり あれこれと頭を働かせるところがいい。電池で動く玩具には頭を使う余地が無い。木製だから怪我をする心配もないし 第一 手触りも柔かく感触もいい。子供の玩具として勧めたい 見直して貰いたいものの一つである。「レゴ」もこれに近いが あれはブロックの形が一様だし プラスティック製ではね。子供には すぐ飽きのくる高価な玩具より原始的な素朴なものの方が遥にいいと思うが いやこれは子供より買ってやる親に聞かせる話だった。


積み木  


39) 福笑い

 お多福の顔の外郭だけをほぼ画面一杯に刷った紙がある。それとは別に顔のパーツである眉,眼、鼻、口がある。目隠ししてこれらのパーツをここぞと思う所に置いて・・・さて目隠しを外すと何と何とまるでピカソが画いたような思いも寄らぬ顔が現れ 一同腹を抱えての大笑いとなる。 まさにお正月に打ってつけのお遊びで「福笑い」とは全く良くぞ名づけたりである。

福笑い 


(40) その他

(A)かくれんぼ・鬼ごっこ
 子供の遊びと言えば真っ先に出てくる遊びだが実際には殆どやらなかった。
(B)アヤトリ 
本物の「のび太」はこれの名手だが、コチトラはさっぱり。ただただ女の子の手先の器用さに呆れるばかりだった。
(C)ケンケン
 片足でピョンピョン跳び廻ったまでは覚えているが さて それから先は残念ながら忘却の彼方である。

他に・・「影踏み」「木登り」「ビー玉」「カルタ」「双六」「トランプ」「花火」などで遊んだ。 


アヤトリ
あやとり 


花火あそび
花火   






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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH


(36) 蚕

 そう養蚕の蚕です。ただしこちらは業ではなく、遊びの蚕飼いです。幸い我が家の庭には桑の木が一本あったので餌の心配はなし。適当な箱に桑の葉を敷き、貰ってきた五、六匹の蚕を入れる。最初は桑の葉の陰に隠れて何処に居るのか分からなかった程の蚕も、日が経つにつれて次第に大きくなり、小さい子の小指位の大きさになると、いや食べるは食べるは、桑の葉が目に見えて小さくなってゆく。食べる音まで聞こえる気がする程だ。一定の大きさになると食べるのやめて口から糸を吐き出し繭を作る。養蚕業なら繭から絹糸を作るが、こちらは ほっとらかしで、そのうちに繭を食い破って蛾が出てきて、その辺にあたり構わす卵を産みつけて何処かへ行ってしまう。卵の附いた箱は捨ててしまい、これでお遊びはおしまい。何ともあっけない幕切れである。


桑の葉をむしゃむしゃ食べて・・
道明かいこ 


美しい繭をつくる・・
道明 かいこ 


蛾も可愛らしい
道明かいこ 


(37) 蓮華摘み

 戦前、田植前のひととき、右を見ても左を見ても、辺り一面、田圃という田圃がすべて蓮華畠になる時期があった。こんなとき家族そろって畠に出ると、女の子はまず間違いなく蓮華を摘んで、それで首飾りを作りにかかる。男の子はただ摘んで女の子に渡すだけ。だがこの時「花の中でゴロリと大の字になって空を見る」その時の何とも言えぬ気持。言葉では表せない。至福の時ともちょっと違う。気宇壮大ともちょっと違う。間違いないのは、もう一度体験してみたい事の最たるものだが、絶対に二度と体験出来ないものという事。今ではときたま ちらっと蓮華を見かけるだけ。戦後はみんな何故蓮華を植えなくなったのだろう。



道明 れんげ




道明 れんげ



レンゲ畑に寝転んで空を見る・・至福のひととき
道明れんげ 








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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供のあそび

(33) お湯鉄砲

 新造語である。お湯の中で遊ぶ。合掌した手を90度ずらして組み親指と親指との間に少し隙間を作る。くっついている掌を少し開いてその間にお湯を入れ、掌をぐっと合わせると、親指の間の隙間からお湯がピュっと飛び出す。慣れるとお湯の距離も伸びるし、狙った的に当てる事もできるようになる。でも一人でやっても面白くも何ともない。手頃な年頃の相手が居ればいいのだが 行きつけの風呂屋にはそれがいない。所がよくしたもので、その辺のオッサンが相手になってくれる。オッサンにしてみればガキを相手に適当にあしらっているつもりかも知れない。いずれにしろ、大人と子供が湯船のなかでジャレ合うなんて本当に平和な時代もあったのだ。


(34) シャボン玉

 材料の石鹸水は勿論、自家製のものだし、ストローは本物の麦藁である。プラスチックもヴィニールも無い時代だ。ストローの先をちょっとだけ石鹸水に漬け、ソーっと吹くと大きなシャボン玉が出来るし、少し吸い込んでちょっと強めに吹くと、小さいシャボン玉の群れがワーっと出てくる。絶対にしてはいけないのは吸い込み過ぎない事。口の中に石鹸水が入ったらそれこそ大変。くれぐれもご用心、ご用心。


しゃぼん玉


(35) 紙相撲

 シッカリした紙を二つに折って切り、力士の半身像を切り取る。それを屏風のように90度に開くと力士の立像になる。これを乗せた台をトントンと軽く叩くと、その振動で力士が動く。相手方も同様でハッケヨイも待たず、立ったままでいきなり相撲が始まる。ただこれらの力士、操る側の思うようには動いてくれない。横に動いて台から落っこちたり 勝手にひっくり返ったりで ガップリ四つに組んで押し合い揉みあうケースなんか滅多になく、勝つより負けで勝負がつく。
 

「紙相撲セット」なる商品があるらしい。
紙相撲 


集団の遊びとして考えられた、等身大の紙相撲。この場面の決まり手は「引き落とし」かな。
紙すもう 






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●ご案内

7月9日(月) 緑陰de昔話とか地震のことを語る会
参加は・・喜多村さん、梅本MWさん、松田さん、
道明MWさん、石田さん(12時)、小西 8名
■10時10分 地下鉄長居駅 南改札口集合 弁当持参

**********************

7月21日(土)西成で、ちょい呑み&ジャズライブ
21日に決まりました。時間を変更しましたのでご注意。

■集合・・午後2時20分
地下鉄御堂筋線 動物園前駅 北改札口
(堺筋線、JR、南海、乗り換え口)
■店・・Donna Lee 以前、ご案内した店です
小柳エリコ(V)  山田静香(P)
雪谷まさよし(B) 松田順司(Ds)
■千円札、硬貨をご用意下さい
  チャージ1000円、飲食費各自現金払い
 ライブは15時~15時40分ごろまで(1ステージ)
■参加のかたは前日までにお知らせ下さい。



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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供のあそび

(31)ベッタ(方言)
 標準語でいうとメンコ、と言えば説明の要はなかろう。厚手の矩形の紙に相撲取りや野球選手の絵のついた札である。相手の札をひっくり返すべく力一杯叩きつけるのだが、その際、札に油を着けると重くなって強くなるというので 油を着けるどころか油浸しにしたものだ。確かにこうすると容易にひっくり返らなくなったが、それは相手方も同様なのでなかなか勝負がつかず、お互い草臥れ儲けに終わったような気がする。


べったん 


強い者はどんどん札が貯まる
べったん


(32)バイ(ベーゴマ)
 コマの変種と言えよう。コマが木製の胴に鉄の心なのに対し、こちらは全身これ鉄の塊で心棒がない。形は小粒だが完全な円錐形でバイ貝に似ている。この名の所以である。心棒もなくてどうして紐が巻けるのか、そこは良くしたもので、胴全体が浅い溝になっていて紐を巻くのに不自由しない。

 コマ(独楽)が読んで字の如く一人で遊ぶのに対し、こちらは格闘技である。格闘技が大袈裟過ぎるなら勝負事にしよう。二人が一、二、三、で同時に一つの台の上でバイを廻し始める。バイは離れたりぶっかったりしながら廻り続け、片方が弾き飛ばされて台から落ちたらそちらの負け。勝った方がバイを取ってしまう。だから、ゲームを続ける為には最初から数個のバイを用意しなければならない。それでもオケラになってしまえばどうするか。何がしかのゼニを出して相手からバイを分けて貰わねばならない。これはゼニになる勝負事なのだ。基本的には二人で勝負を争うが 三人や四人でもできる。四人が一つの台の周りに集まれる限度だろう。


鋳物製で裏面に糸をまく溝がある

べいごま


あそび方

べいごま 



今では高級玩具になってしまった
べいごま 









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子供の遊び つづき

(27)のり(海苔)拾い

 春になって海の水が温かくなってくると、いろんな海草類が波打際に打ち上げられてくる。のり拾いのシーズンの始まりだ。みんなで小鍋を持っていそいそと海辺に出かける。海苔は色が黒っぽいから見つけるのは簡単だが、何しろ量が少ない。大半が緑のわかめである。まあざっと言って全体の一割もあれば御の字で、とてもそんなにはない。小鍋に半分以上取れれば「取ったぞ!」という気分で意気揚々と家に帰る。それを砂糖と醤油で時間をかけて コトコトと煮詰める。海苔の佃煮だ。市販のものと比べると少々水っぽいが味は悪くない。慣れれば市販のものより食べやすいように思うが、欲目だろうか。しかしこれ「遊び」の内に入れていいのかな。余りにも実益の密度が濃いようだが。まあ いいとしておこう。


(28)あさり(浅蜊)堀り

 所謂「潮干狩り」である。海苔のシーズンから2~3ケ月、今度は「あさり」のシーズンだ。砂地でも採れない事もないが岩場の方がいい。岩場と言っても岩や石はうわべだけで、一皮めくるとやはり砂場でないと。めくった下の砂場に小さいブツブツが見つかればしめたもの。それは貝が呼吸するための穴だから、その下を掘ると必ず貝がいる。小さい熊手を武器に日焼けも何のそのと夢中になる事数時間。大した量でもないが、掘ったアサリをバケツに入れて引き上げる。帰ってからそのバケツに塩水を入れて一晩砂を吐かせる。こうしないと貝の中には結構砂が入っていて、これをせずにそのまま浅蜊汁なんかにしようものなら、口の中が砂でジャリジャリして食べられたものではない。

あさり掘り 

あさり


(29) ママゴト

 部屋の一画に敷物を敷き、何やらこまごました小道具を並べて女の子が坐っている。そこへ一家の主役の男の子が「ただいま」と帰ってくる。それに対し、女の子が「お父さん、お帰りなさい」から始まって延々と、それこそ果てしも無くおしゃべりが続く。お人形を相手の一人ママゴトの場合もおなじで、よくまあ言葉が続くものとただただ感心するのみだ。「・・の長電話」の言葉があるように女性と男性では染色体が違うのだから、頭の構造も違っていて当然なのかも知れない。


(30) ????

 女の子が二人 向き合って座り交互に今風にいうハイタッチを繰り返す遊び。最初に手前の女の子の右手と向かいの女の子の左手で 次には逆の掌で軽く叩き合う。これを「せっせっせ」で始まる歌に合わせて繰り返し続ける。「セッ、セッ、セッ、一月談判破裂して、日露戦争・・・」のように勇ましいものもある。ただ この遊び 何というのか そもそも遊びの名前があったのかどうか、それすらハッキリしない。女の子の遊びに関する記憶となると、どうしてもあやふやになる。


駄目男(注)あそびの名称は次の二つのいずれかかも知れません

ひとつは・・「おちゃらか ホイッ」・・かも
https://45mix.net/otyaraka_hoi/

でなければ・・これかも
http://www.amakusa1.com/homura/pdf/kodon%20asobi.pdf
せっせっせ・・と歌いながら相手と手を突き合わせ、手を叩いて遊ぶ。「夏も近付く八十八夜 トントン 野にも山にも若葉が茂る トントン  あれに見えるは茶摘みじゃないか トントン 茜だすきに菅の笠」


せっつぇっつぇ 







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子供の遊び つづき

(24) 紙風船

 これは売り物ではない。富山の薬売り(稿を改めて別の項で紹介する)がお得意さんの子供たちにサービスとしてくれる細やかなプレゼントである。子供の掌に入る程小さく小さく折り畳んであるが、それを丁寧に広げて行くと、そこそこの大きさになる。端っこにある穴からプッと息を吹き込むとと膨らんで風船になる。毬つきと逆に上につく一人遊びだ。中が空気だから間違ってもゴム風船のように飛んで行ってしまう心配はない。


紙風船 


紙風船


(25) 縄跳び

(A)一人跳び
 この場合は遊びというよりもトレーニングの色彩の方が強いように思える。殊に一跳びの間に二回縄を廻す場合には。しかし縄跳びをしながら追っかけっこをするのは間違いなく遊びと言える。

(B)大勢で
 
二人の子が長いロープの端を持ってぐるぐる廻し始める。廻っているロープの輪の中へ一人また一人と順々に入って行くのだが 何故か女の子だけの遊びになってしまって男の子は殆ど入らない。入る時のタイミングだけが問題で、これを誤るとロープに足を取られて自分も危ないし遊びもオワになって又始めからやり直しとなり、引っかけた子はロープを廻す方になる。エスカレーターのような簡単のものでも、初めての時はなかなか第一歩が踏み出せないようなもので、慣れれば何でもない。


縄跳び 



(26) ひっつき虫。
 本当の名前は何というのか知らない。ラグビーのボールのような形でとげとげだらけの小さい雑草の実の事をこう言った。人の着物なら何にでも簡単にひっつくから。これを誰でもよい前に居る子の背中に向かってひょいと投げるとぴたりとくっつく。小さい物だから、くっつけられた方は全然感づかない。そこで引っ付けた方が「後ろの紋付き代書の子」と囃し立てるのだが、何の事だか言ってる方も分からないという変な遊びである。 (駄目男・注)ひっつき虫の本名は「オオオナモミ」です。


ひっつき虫 


とげの先がかぎ針形になってるので、はずれにくい。
ひっつき虫




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●7月 ミニ企画をふたつ ご案内

(A)緑陰 de 昔話とか地震のことを語る会

長居植物園はハスが見頃です。ハス池の畔の木陰(写真)でおしゃべりのひとときを。(弁当持参・ビールは少々用意します)

7月9日(月)ハス観賞で臨時開園 雨天の場合は12日(木)
■10時10分 地下鉄長居駅 南改札口集合 
■入園料 200円
■参加の方は前日までにお知らせ下さい。

緑陰ランチ  

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(B)西成で、ちょい呑み&ジャズライブ
    次のどちらかにします。
    7月20日(金)ライブ・永信防災会館 19時~ 
    7月21日(土)ライブ・太子KAMAPUB 19時~ 
    どちらにするか、7月8日にお知らせします。





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●6月例会レポート

 中之島万歩   
~担当 駄目男~

 街歩きは不人気で、今回の参加はサイテーの3人。幸い、天気は曇り日だったので、汗だくにならずに歩けました。端から端まで歩いてみれば、KYさんの歩数は10700歩。約6キロとなります。(クイズは取りやめにしました)

南さんのスケッチ 
 中之島の西端、昭和橋からの「川の駅 船着場付近」
中之島 


堂島川遊歩道
中之島 



ランチは「エルガーデン」 関西電力本社の4階にありますが、広大な玄関に何の案内もない。ガードマンに場所を尋ねてゆくと長い廊下の突き当たりにありました。この不案内=不親切は社員食堂扱いのせいか、と思ったけど、店は、R・ロイヤルホテル直営とか。ロイヤルがが社員食堂やるの? ま、ヨソモンが一人で行くには相当勇気がいる社食?です。ランチはドリンクつきで1000円~1200円くらい。

中之島万歩

中之島


中之島



ゴールは天神橋の下
中之島 



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●7月・8月の例会、くちまめ企画はお休みです。
 7月にミニ企画を考え中。


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子供の遊び つづき

(22) 折り紙

 折り紙と聞けば、まずカラフルで正方形の千代紙で折った鶴。次いで千羽鶴とくるのがまず常識。だが、ここで一捻りして通常の四分の一の千代紙で折ってみる。超ミニの鶴ができる。これを外人の目の前でやってみせると彼らは吃驚仰天、オー ワンダフルとウケル事、請け合い。日本人て何と器用なんだろう。まるでマジシャン(手品師も魔法使いも英語では同じマジシャン)のようだとお目眼をパチクリ。少しは尊敬の(?)眼差しで見てくれるかも知れないし、ほんの僅かでも国際親善に役立つかも知れないから、たかが折り紙と馬鹿にせずに、一つ位は知っておかれても御損はない。しかし子供の遊びでいう折り紙はこれとは違って新聞紙1ページを使う。千代紙より格段に大きい。それにモノクロで長方形だ。残念ながら兜、舟、飛行機しか折り方を知らない。

(A)兜
 これは横山隆一の「フクちゃん」だったか、「サザエさん」のカツオだったかがこの兜を冠っているマンガを見たような気がする。だとすれば、今も生きている訳で立派なものだ。実際子供の頭がスッポリ入る程大きいし、ちゃんと前立てまで附いている。これを着てチャンバラをやると幾らか強くなったような気になるから妙だ。

新聞史でつくった兜
道明 かぶと 

(B)舟
 左右のみならず前後も対称という簡単な構造である。しかし紙製の悲しさ 折角の舟ながら水に浮かべる事ができない。浮かべるとカチカチ山の狸の泥舟じゃないが、水を吸ってゆっくりゆっくり沈んでしまう。全く何のための舟だか。

色紙でつくた舟
道明 舟 

(C)飛行機
 これにも先の尖った超音ジェットのようなのと、先端に尾翼が付いたようなのと二種類がある。飛ばす時は余り力を入れず、そっと押し出すように投げるのがコツで、ちょっと力を入れるとすぐ墜落してしまう。上手にやれば結構飛ぶよ。

チラシでつくった飛行機
道明 飛行機 


(23) 紙芝居。
 カチカチカチと拍子木の音が聞こえると、どこからともなくガキんちょどもがわらわらと集まってくる。そんな空地がどこにでもあった。紙芝居屋のおっちゃんがその辺を一回りして、まあこんなものかと言った所でやおら飴を売り出す。この一銭を払えない者、払う気がない者もいる。「飴買わんもんは、うしろで、うしろで」とおっちゃんは喚くが、なあに前でも後ろでもたいして変わらない。


人気一番は何と言っても「黄金バット」。首から上は髑髏、裏が赤地の黒マントを着てサーベルにブーツという完全な洋式スタイル。善い方がピンチになると、何処からとなく現れて助けてくれる。まるで鞍馬天狗だが、こんなのが一番うける。子供の世界は善い方か悪い方かの二つしかないから極めて分り易い。これとは別にこわ~いシーンを覚えている。ストーリーはまるっきり思い出せない。ただ一シーンだけ。旅の母子がいて、母親がくたびれ果てて道端の手ごろな岩にもたれてウトウトしている内に、その岩に吸い込まれてしまう。母親の姿形がだんだん薄れて行く所が怖くて、いまだに記憶に残っている。


紙芝居
道明 紙芝居 


道明 紙芝居 


人気作「黄金バット」のタイトル
道明 紙芝居 黄金バット


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(20)将棋

 将棋と言えば今なら羽生永世名人、藤井新七段,ちょっと古い所で大山名人、もっと前なら坂田三吉などが頭に浮かぶところだが、ここは子供の遊びの場でそんな高尚なものではない。幾つかの遊び方があるが、ここでは単純な「積み木崩し」型のみ説明する。

積み木崩し型

 ありったけの駒を盤の上にうずたかく積み上げる。この積木の山を崩さずに動かせる駒を探す。案外、一つ二つはあるものだ。見つかったらそれを引き抜くのだが、抓んではいけない。指一本でそーっと、そーっと抑え込みながら盤面を滑らしながら引き抜く。なかなかスリリングで指先に全神経を集中しないとうまく行かない。緊張の一瞬である。指がちょっとでも震えると崩れてしまってダメ。崩れると選手交代でまた動かせそうな駒を探す所から始まる。これの繰り返しで山を崩さずに引き抜いたコマの多い者が勝ちで二人でも三人でもそれ以上でも遊べる。他に「双六型」「おはじき型」という遊び方がある。


積み木崩しあそび
道明 将棋



おお! 猫でもできるのか。
道明 将棋



(21)日光写真

 ・・というヘンテコなものもあった。ネガとプリント紙は 駄菓子屋で売っているが ハイポは薬局でないと買えない。サイズは手札型位だったかな。絵柄は相撲取り、映画俳優、野球選手、と言った所。ネガは勿論、実際の絵とは白黒が逆になっている。ネガとプリント紙をガラス板つきの写真立てに入れて長時間日光に曝す。2~3時間かかったように思う。早く見たくて時間不足のまま取り出すとボヤけた絵になってしまう。もういいだろうという所でハイポを溶かした水にプリント紙を漬けると白黒の正常な写真ができあがる。たったそれだけの事かと言われそうだが、何しろ写真というものが、今と違って格段に珍しい時代だったからネ。写真というだけでハイカラだったんだ。(注)ハイポ=画像の定着剤として使われるチオ硫酸ナトリウム


日光写真のネガ板(白黒反転した絵柄)
道明 日光写真