なにわ快道 再歩行



●なにわ快道 再歩行

山都コース  ~その6(完)~ 

天保山から舞洲・新夕陽ヶ丘へ

 天保山のすぐそばに渡船乗り場があり、対岸の此花区桜島へ渡ります。USJの敷地に沿った道を北上して此花大橋のたもとに着きますが、このあたりの街路があまりに殺風景なので、ガイドでは「人外魔境」なんて大げさな言い方で案内しています。なにわ快道100キロのなかで、特異なロケーションです。舞洲は物流基地として発展しており、人影はかいもく見当たらないのに、大型トラックがぶんぶん行き交っています。快道は舞洲緑地を経て西端の「新夕陽ヶ丘」を目指します。水都コースの終着点と同じですが、アプローチは別々なので、同じ道を歩くことはありません。


天保山渡船のりばから見たUSJのホテル群
山都6



桜島側の乗り場
山都6


USJ外周の歩道 快適な道なのに歩いてる人を見たことがない。
山都6 



よくもこんなややこしい構造物をつくったもんだと感心する。「人外魔境」というあだ名をつけた殺風景。
山都6 




此花大橋はこんならせん型の歩道で一気に登ります。
山都6 



ハデな外観でUSJと間違われたこともある舞洲の清掃工場
山都6 




オリックス二軍用の練習場は2017年春に完成予定、写真は選手寮
山都6 




舞洲緑地は快適だが民間企業の割り込みで使いにくくなってきた。
山都6 



今も人気の高いログハウス
山都6 



ゴールの「新夕陽ヶ丘」へ到着です。
山都6 





スポンサーサイト

なにわ快道 再歩行



●なにわ快道 再歩行

山都コース  ~その5~ 

昭和山から天保山へ

山都コースは、山めぐりのコースなのに、渡船に三回も乗るとか、水辺の風景が多いコースでもあります。昭和山を下りて大正内港沿いの緑地を進むと千歳渡しの乗り場に着きますが、地元の利用者はほぼ100%自転車を使うので、徒歩の人はよそ者だと分かります。ここだけでなく、八カ所の渡船すべてに言えることですが。鶴町からは長大な「なみはや大橋」を渡ります。大阪市内では一番展望の優れた橋で、六甲山系から和泉山脈まで大阪平野を囲む山が全部見渡せます。山の頂上ではなく、橋のてっぺんが展望最高というのが低山めぐりの面白さです。


航路の長さでは一番の「千歳渡船」 元気な人は上の千歳橋を歩いて渡ることもできます。
山都5昭和山~天保山 


大正区と港区を結ぶ「なみはや大橋」とても華奢なつくりなので、よく揺れます。
山都5 


歩行者より、マラソンの練習やジョギングで使う人のほうが多い。
山都5 


橋のてっぺんからの東側の眺め。橋の向こう、黒っぽく見えるのは昭和山のある千島公園。右端にハルカスが見える。遠くの山は生駒山系。
山都5 


大阪にも「ベタ踏み坂」があるぞ。なみはや大橋の港区側はこんなに急勾配。
山都5


港区側には昔の住友倉庫の煉瓦建物が残っている。
山都5


煉瓦倉庫はクラシックカーの展示場になっている。
山都5 


天保山公園はポケモンの人気スポットになっている。
山都5 


おなじみ「天保山」山頂。日本一低い山の名誉?は仙台市の「日和山(3m)」に奪われてしまったが、三角点標識のある山では、今も日本一低い。
山都5 



なにわ快道 再歩行


●なにわ快道 再歩行

山都コース  ~その4~ 

天王寺・茶臼山から昭和山へ

 2009年に「なにわ快道」ガイドを発行したあと、天王寺エリアは大変身しました。「あべのキューズモール」の開発、日本一高い「ハルカス」ビルの建設、そして、天王寺公園のリニューアルです。同時に、大阪市の長年の懸案だった「阿倍野再開発」が終了、これらのインフラ投資の総額は1兆円近いのではと推定します。また、隣接の「新世界」界隈も観光客が大幅に増え、昔の「ヤバイ街」のイメージは無くなりました。山都コースはそんな賑わいの街から、西成区、大正区の生活道をたどり、昭和山を目指します。


一心寺のモダンな山門。いま、大阪市内で一番羽振りの良い寺は、ここかもしれない。
山都4 


一心寺境内の「ジャカランダ」 これだけ目当てに訪ねてくる人も多い。(6月中下旬)山都4

 

一心寺の東向かいにある「三千仏堂」 ホールは参観自由。
山都4 



ハルカスが一番かっこよく眺められるのは美術館裏の「慶沢園」
山都4 



天王寺公園が公営から民営になって集客力は大きくアップ、カフェなどサービス施設も増えた
山都4 



阿倍野墓地から眺めたハルカス。墓石もミニチュアのタワーに見えます。
山都 



聖天山(15m)は寺の境内が山頂(三角点標識は無し)
山都 



鶴見橋商店街は西へ進むほどに人通りが少なくなり、最後は廃墟の趣になる。
山都 



かつてはホームレスに占拠されていた津守公園。ようやく住民に開放された。
山都 



渡船で西成区から大正区へ渡ります。大きなアーチは木津川大水門
 
山都4縮小


地下鉄トンネルの残土を積み上げた「昭和山」地元住民の運動のおかげで地形図に掲載された。山都 







なにわ快道 再歩行



●なにわ快道 再歩行

山都コース  ~その3~ 

大阪城から天王寺・茶臼山へ

 山都コースのなかでは「お上りさん」コースと言ってよい、よく知られた道筋です。地理的には上町台地の尾根(頂点)部分を南下します。空堀商店街界隈は戦時中の空襲を免れたこともあって古い民家が残り、それを改装した飲食店などが散在します。商店街は上町筋から松屋町筋にむかって下り坂になっており、大阪市内では一番傾斜のきつい坂道商店街です。生国魂神社から南はお寺が続き、風情のある坂道が残っています。唯一国道になっている「逢坂」の手前に真田幸村終焉の地とされる安居神社があり、今年は大河ドラマの影響でずいぶん参拝客が増えました。


難波宮跡公園から見た大阪歴史博物館(右)とNHK大阪放送局
山都3大阪城~夕陽ヶ丘




空堀商店街は坂道商店街
山3 




戦前の民家を生かした店舗。カフェや雑貨店が入居している
山3 



商店街の南、300mほどに「大阪市立中央小学校」という、あいまいな名前の学校がある。都心の空洞化によって人口が減ったために、四つの小学校が一つに統合された。しかし、その後にマンションブームが起き、子供が一挙に増えて収容できなくなり、やむを得ず、運動場をつぶして校舎を増築した。安易に廃止、統合すると、こんな難儀なことになる。
山3 



高津神社の北門 
山3 



落語「高津の富」はこの高津神社が舞台。この噺を得意にした、五代目、桂文枝の石碑が立つ。
山3 



高津神社から南へ10分ほどで生國魂神社に着く。
山3 




鳥井さんが鳥居を寄贈。生國魂神社の大鳥居は、昭和30年代、壽屋(現サントリー)の社長、鳥井氏が寄贈したもの。
山3 



寺町と松屋町筋をつなぐ道は風情のある坂道になっている。
山3 





山3 




安居神社境内に新しくつくられた真田幸村の銅像。ここが終焉の地になった。
山3 



山都コース、二つ目の山は「茶臼山」(26m)徳川方、秀吉方、両方の陣地になった。
山3 







なにわ快道 再歩行



山都コース  ~その2~ 

城北川から大阪城へ

 地元住民しか知らない「快道」を宣伝するのも快道メーカーの役目ですが、城北川の遊歩道もその一つ、1600mに及ぶ長い道なのに、交通信号が一カ所もないのが快道たる由縁です。寝屋川水門からは野崎街道をたどり、京橋へ。ここを境に風景はがらりと変わり、OBPのビル街を経て大阪城公園に入ります。


城北川 北すみれ橋からの風景 両岸は桜並木になっている
山都2 


山都2-城北川~大阪城


川の東側には、戦前「大阪大国技館」があった。4階建て、2万5千人収容の、東京の国技館より大きい施設だったが、戦時色が濃くなるにつれ観客が減り、廃止になった。
山都2おわり 


城北川と寝屋川が出会う水門。(水門の右が城北川)水門の前の道が昔の「野崎道」この川を屋形船が往来し、歩き組の参詣客とけんか腰のかけあいをした。
山都2


昔の野崎参りを偲んで「野崎道」の石碑がある。
山都2 

動画・桂春団治の「野崎参り」
 話に出て来る「片町」というのは今のOBPあたり、「徳庵」は寝屋川水門の東先の集落です。
https://www.youtube.com/watch?v=POPSbHkNmeA


蒲生町のあたりには昔の民家や寺が残る
山都2


上の写真の向かい側にある高級イタリアン・レストラン「ジャルディーノ蒲生」
山都2


つげ義春的風景・・京橋駅の手前の野崎道沿いにある奇妙な風景。住宅と墓地の墓石がくっついてる。勝手な想像をいえば、終戦のどさくさに住宅(バラック小屋)が墓地に割り込み、居座った、という見立て。前回歩行(2009年)と全く変わっていないが、いずれ消え去る風景。
山都2 



OBP(大阪ビジネスパーク)を通り抜けて大阪城公園へ
山都2 

 

山都2 


天守閣を一番かっこよく撮れるのはこのアングルですが、気づかない人が多い。
山都2


見物客の7~8割が外国人です。
山都2 





なにわ快道 再歩行


●なにわ快道 「山都コース」再歩行  

~その1~ 鶴見緑地周遊

 大阪は水の都だけではなく「山の都」でもあるのだ、と勝手に吹聴して市内の低山を徘徊します。鶴見新山~茶臼山~聖天山~昭和山~天保山~新夕陽ヶ丘 の順で、悲しいかな、自然の山はひとつもありません。元古墳や土砂、建設廃材などを積み上げた人工の山ばかりです。それでも、鶴見新山と新夕陽ヶ丘を除いては、地形図にちゃんと山名が記載されており、いうならば、国土地理院お墨付きの山でもあります。初回は数年ぶりに訪ねた鶴見緑地を案内します。市内最大の公園です。


正面入り口を入って右手には、小さな里山シーンがある。
山都1~鶴見緑地 


公園のシンボルになっている「風車のある丘」
鶴見 


大阪市内で一番高い山、鶴見新山の頂上(39m) 周囲の樹木が生長して展望がきかなくなったのが残念。

鶴見 


大池
鶴見 


「花博」のパビリオンは殆ど撤去されたが、韓国の遺構はわりあい丁寧に保存されている。
鶴見 


オランダの「跳ね橋」風景の一部
鶴見 



鶴見


せせらぎ沿いの小径はなかなか快適
鶴見 


「緑地西橋」の鉄製トラスは、昔の心斎橋(下の写真)を移設したもの。
鶴見 


明治初期の心斎橋。現存する日本で最も古い鉄骨橋といわれる。遠くに大きな屋根が見えるのは、現在の御堂筋の「南御堂」「北御堂」である。心斎橋の下に川(長堀川)が流れていたことを知らない人が多くなった。
鶴見 


橋のディティール
鶴見 


緑地西橋から先はメタセコイアの長い並木道が続く。
鶴見 


夕陽に照らされる「いのちの塔」
鶴見 






なにわ快道 再歩行



なにわ快道「水都コース」再歩行

◆その4・・JR西九条駅から舞洲・新夕陽ヶ丘まで

 西九条から春日出、伝法といった街は、あまりウオーキングの対象にされないのですが、実は古い歴史を有する地域で、神社仏閣や昔の民家も散在する、筆者のお気に入りエリアです。伝法という地名は、古代、中国から伝えられた仏教の法典などが最初にこの地に到着したといういわれがあるくらいです。伝法の小さな漁港からは淀川の堤防道を一直線、北港ヨットハーバーを経て舞洲へ向かいます。


春日出、四貫島には立派なアーケードをもつ商店街があり、そこそこ賑わっている。
水都4 


裏通りにはこんな立派な民家が残っていた。
水都 


ゼネコン「鴻池組」発祥の地はここ。旧本社は文化財になっているけど、無人。左の和風民家も
同社のオフイスだった。
水都 


旧本社の看板。
水都 


伝法漁港のポケットパークには大阪城築城時の「残念石」が数個あり、上面にセメントを敷いてベンチにしている。
水都 


明治時代中頃の伝法村。村落の北側の広大な水田が開削されて新淀川になった。
水都4 
地図の引用元は「十三の今昔を歩こう」さん
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-category-32.html



伝法漁港と淀川をつなぐ細い水路は、上の地図の伝法川の名残なのか。
水都 


淀川堤防に出たら、北港ヨットハーバーまで一直線。遠くに見えるのは阪神高速湾岸線。
水都 


コース近くには、日帰り温泉「上方温泉一休」もある。
水都


水辺に下りるとこんな感じ。右はURの高層住宅。(上流側を見る)
水都 


以前の歩行では気づかなかったが、湾岸線の手前200mくらいの路面に白線が描いてあり、これが淀川の起点を示す。L0,0と表示してある。堤防のコンクリート表面にも金属プレートの標識がある。海と川の境界でもある。
水都 


バブル景気時につくった北港ヨットハーバーはずいぶんさびれた。ヨットの数も半分くらいに減っている。
水都 


ハーバーで見かけた横着ネコ
水都 


舞洲へ渡ると風景は一変して、海べりに快適な遊歩道が続く。大阪市内とは思えない風景。
水都 


ゴールの「新夕陽ヶ丘」天王寺区の夕陽ヶ丘に因んで命名した25mの丘。「山都」コースのゴールもここになるが、経路は異なる。
水都 


ごらんのように、とても魅力的なウオーキングコースです。ただ、舞洲エリアは、ほとんど人に会わない無人地区なので、女性のひとりあるきは避けたほうが良いでせう。次は「山都」コースの再歩行レポートを掲載します。



◆マップの案内はこちら・・・
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-28.html




★なにわ快道 再歩行



なにわ快道「水都コース」再歩行

◆その3・・桜宮からJR西九条駅まで

 桜宮から中之島のエンドまでは「水都コース」のハイライトシーン、一番観光客の多い区間です。地図なんか持たなくても歩けますが、それは中之島の西端までの話、その先、中央市場を経て西九条まではガラリとロケーションが変わって、なつかしい下町風景になります。そのコントラストが面白い。最後の写真「源吉大明神」なんか、よほど気をつけていないと通りすごしてしまうので、ゆっくり歩きませう。


桜宮駅すぐの源八橋先に水遊び用の砂浜がつくられた。向かいに帝国ホテルとOAPタワーがそびえている。


3


旧藤田邸跡公園 春は桃の花がきれいな休憩スポット。
水都3 


中央公会堂
3 


府立中之島図書館
3 


中之島のランドマークになりそうな朝日新聞のツインタワー。左はすでに開業しているイーストタワーで、下部にフェスティバルホールがある。まだ工事中のウエストタワーには「香雪美術館」の分館ができる予定。
3 


中央下の低層ビルが、界隈での名建築といわれた「ダイビル」。消失を惜しんで、外壁は装飾を含めてそっくり再現された。建物の位置は50mほど東へ移動した。右端は関西電力本社ビル。
3 


堂島川左岸にある「蛸の松」 蔵屋敷が並んでいた江戸時代、蛸が足を広げたような松があって目印となり、蛸の松の愛称で親しまれた。
3 


江戸時代の「蛸の松」
3 





10年くらい前、中央市場の敷地に沿って遊歩道ができたが、市民のほとんどは知らない。これができたおかげで、水都コースの風景がグレードアップした。川は安治川に名を変える。
3 


源吉大明神 なんでタヌキが「大明神」なのか、よく分からないが、愛嬌のある顔を遠慮げにのぞかせている。大阪の空襲でこのあたりが被害を免れたのは、この「源吉」さんのおかげ、というのが由緒らしいけど・・。
3 



源吉大明神の説明(毎日新聞の記事)
http://mainichi.jp/articles/20160915/ddl/k27/070/398000c


◆マップの案内はこちら・・・
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-28.html




なにわ快道再歩行(2016)


■なにわ快道「水都コース」再歩行

◆その2・・毛馬閘門から桜宮まで

 毛馬閘門に着いたら、対岸の旧毛馬閘門も見学しませう。煉瓦造りの施設が文化財として保存してあり、筆者の子供時分はここでハゼ釣りなどしたこともあって、懐かしさひとしおです。ここから旧淀川(大川)沿いの遊歩道を進みますが、天神橋あたりまで桜並木が続くので、春は半日がかりでお花見ウオークができます。大都市の河川遊歩道としては日本一のスケールでは、と思います。


白いビルは「淀川排水機場」 高潮や大雨などで大川があふれそうになると、ポンプで大川の水を強制的に淀川へ汲み出す。その能力は1秒間に300トン。(25mプール一杯分)
水都2



沖野忠雄の胸像。明治時代、フランスに留学して、帰国後、土木工事の専門家として活躍。特に大阪では、淀川の開削、大阪港の整備、上水道工事などで貢献した。江戸時代には河村瑞賢が河川工事で活躍したので、二人は大阪のインフラ整備の恩人といえる。
水都2



保存された閘門。現在の閘門は上下にスライドするが、昔は観音開きだった。
水都2 


反対側から見たところ
水都2 



土木工事における基準標高点は、最初、天保山の砲台あとに設置されたが、後にここへうつされた。石の標識にはOP2,65mの数字が刻まれている。(現在は茨木市に再移設)
水都2 



淀川流域を歩くと「残念石」によく出会う。ここにも10個くらいある。せっかく筏で運んだのに事故で川に落ちてしまい、大阪城築城に使ってもらえなかったので「残念石」という。
水都2 



昔の趣のある橋が、位置は違うが、復元された
水都2 



城北川の分岐近くにできた「蕪村公園」。といっても、ただの広場で「無愛想公園」の風情。

水都2 



「懲りない面々」の住まい、大阪拘置所は老朽化で建て直し工事中
水都2 



JR桜宮駅近くの遊歩道。
水都2 


◆マップの案内はこちら・・・
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-28.html




なにわ快道 再歩行レポート



●「なにわ快道」再歩行レポート(2016)
 
 大阪市内を「水都」「山都」「商都」三つのテーマで、のべ100km歩こうという自作のガイド、発行してから7年になり、情報が古くなったので、再度歩くことにしました。街は生きもの、風景がころころ変わって当たり前ですが、それは、ガイドの賞味期限が短いことにもなります。「なにわ快道」に続いて「太子快道」も再歩行する予定です。

************************


■なにわ快道「水都コース」再歩行

 全長24キロのコースのうち、20キロが川べりや海辺を歩く、水都大阪ならではの快適コースです。道迷いの少ない、シンプルなコースでもあるので、街歩きのビギナーにもおすすめします。コース区分は自由に設定できますが、3~4日かけてのんびり歩きたい快道です。


◆その1・・太子橋今市駅から毛馬閘門まで


淀川左岸の堤防、河川敷の道を歩きます。「わんど」が続く景観が魅力。
水都 


水都 

昭和20年6月の空襲で亡くなった市民、千数百人をこのあたりで荼毘に付した。その人たちを忘れないようにと、塚が設けられた。
水都 

城北公園。出発が遅ければ、ここでランチにします。
水都 

城北公園には菖蒲園があり、初夏は大勢の見物客で賑わう
水都-1 

地元で赤川鉄橋と呼ばれた城東貨物船の鉄橋。2019年ごろには「JR大阪東線」がこの鉄橋を使って開通する。
水都-1 


淀川大堰手前から眺めた梅田周辺の高層ビル群
水都 


閘門の通過を待つ砂利運搬船。通過に20分くらいかかる。淀川本流と旧淀川とは1mくらいの水位差があるので、閘門が設けられた。
水都 


大阪市内の洪水を防ぐ最後の砦がこの堰。全開することは滅多にないらしい。
水都 


毛馬閘門前にある与謝野蕪村の句碑。「春風や 堤長うして 家遠し」が刻まれている。
水都


城北公園菖蒲園引用元
http://netlog.jpn.org/r271-635/2012/06/sirokita-syobuen.html

*********************

◆マップの案内はこちら・・・
http://oskjk.blog107.fc2.com/blog-category-28.html