大阪日暮綴


●ダリヤとコスモスが見頃  ~長居植物園~

 雨天続きでひどい運動不足の日々。雨上がりに、久しぶりに植物園を訪ねると、さすがに森閑としていて人影が見えない。天気のせいだけでなく、今は咲いてる花が少ないのも不人気の理由です。 そんな中、ランダムに植えた各種のダリヤが鮮やかさを競っています。一般市民が自分で持ち寄って植えたそうですが、花壇としてはカオス的風景です。コスモスは雨続きで開花が遅れてるみたい。ずいぶんたくさんの種類があるのに驚きました。(10月17日)


ダリヤ
dariya 


dariya



コスモス
kosumosu 



kosumosu 







スポンサーサイト

大阪日暮綴



●割り込んだるねん!! ~勝手に出馬したおじさん~


勝手に割り込みおじさん・・中条氏
posuta- 


 駄目男の選挙区は自民と公明の協定(裏取引)により、候補者は公明のみで自民党候補者はいない。他に共産党の女性がいるけど、勝負はいつも公明の圧勝と決まっている。要するに、自民支持者が自民の候補者に入れたくても候補者がいない。これは小選挙区制度の欠陥ではないか。こんな例はたくさんあるはずで、選挙民の「選ぶ権利」より政党の駆け引きが優先されている。


これにムカついたおじさんがいた。自民党の候補を立てないのなら、俺が候補者になると勝手に出馬した。今回も無風選挙と安心していた、自民、公明の関係者は「どひゃ~~、なんちゅうことしてくれるねん」と仰天したと思う。これが分かったのが公示直前だったから説得も出来なかったのだろう。当然、自民党非公認の出馬となる。自民党のメンツ丸つぶれであります。


街の掲示板にはおじさんのポスターが貼ってあるから、供託金300万円払って、ちゃんと手続きして出馬したと思われます。しかし、ポスターには政策とかは書いてなくて公明党の悪口を書いている。当選後に自民党から公認をとります、とも書いてあって、ご本人はイチビリ気分なんか全然ないらしい。初日だったか、大通りで街宣車から「中条」の名前が聞こえたので、それなりに選挙運動はやってるのでせうが、さて、何票入るでせうか。3000票くらい取れたら上出来みたいに思えるけど、供託金没収の可能性は大きい。ポスターの顔見て、誰かに似てるなあと思っていたら、そう、作家の百田尚樹さんに似ています。職業は不動産管理会社の社長さんらしい。



大阪日暮綴


●見納め「大阪能楽会館」

 Sさんの案内で10年ぶり?に能楽会館へ。催しものは、俳優、串間保氏のひとり芝居「木挽きのほほえみ」と宮崎みどりさんとの対談「古事記ものがたり」ひとり芝居は能舞台では声がとてもよく通ることが確かめられました。宮崎さんは「古事記」を誰でもわかるようにソフトに解題して童話のように仕立て直し、全文にルビをうった。夫の小林晴明さんがソフトタッチのイラストを描いてさらにわかりやすい表現にした。出版は自費出版ながらロングセラーになっていて、現在、5万7000部販売しているという。今回のような小さい集会も販促に役立っている。


さて、大阪能楽会館は今年末で閉館する。公演数の減少=売上げの減少に加え、土地代(借地)の賃料の値上げを求められて応ずることができず、廃業を余儀なくされた。立派な能舞台は傷んでおらず、まだまだ使えると思われ、廃棄するのは惜しい。せめて解体保存してくれたらと思う。逆転の発想で、梅田のグランフロントや茶屋町あたりに新しい能楽堂ができたら、若い人も呼び込めると思うのですが、どなたか太っ腹のタニマチいませんかねえ。


ここへよく通ったのは40歳代後半くらいからで、大西松諷社という会(当会館の運営者でもある)の定期公演が主だったように思う。見た番組を専用の手帳に書き付けておいたが無くなってしまった。(捨て魔のせいである)大月能楽堂で見たものは数枚チケットがのこっている。


しょせん、素人のチラ見のレベルでしかなかったけど、お能の上等な鑑賞方法は半分眠りながら、肉眼で見た舞台を脳のディスプレイでは物語の舞台(現場)に変換しつつ見ること、と見巧者は言う。70歳の爺さんが楊貴妃を演じるのだから、リアルはいけません。じっさい、「松風」や「羽衣」のような、長ったらしくて動きの無いダシモノはうつらうつら見が正しい鑑賞法でありませう。その点「安宅」なんか、リアルで分かりやすくてカッコイイ。


見はじめた時分は、観世栄夫や片山博太郎(後に名前が変わった。先代井上八千代の息子?)が活躍していた時代。なぜか、片山氏の「井筒」がイメージとして脳裏に留まっている。後日、どこかの神社の境内にある「井筒」を確かめに出かけたものだ。昭和は遠くなりにけり。


今年限りで廃業の「大阪能楽会館」
能楽会館


串間氏と宮崎みどりさん
会館 





大阪日暮綴



●おはぎの季節

 TMさんから今年もおはぎを頂戴した。T家の昔からの習慣なので、季節がくると作らずにはおれないらしい。どれくらい手間がかかるのか分からないけど、娘、孫、ひ孫と楽しみにしている人は多いから少なくとも数十個は作らねばならない。年に一回しかつくらないのに毎年味が変わらないのは、もう脳内メモリーにレシピがしっかり刷り込まれているからでせう。


TMさんは今年93歳、同い年の夫を今春亡くして一人暮らしをしている。酒飲みでわがままな夫を老老介護する日々だったけど、亡くなってみると、楽になったと思うより喪失感のほうが大きく、支えてきたつもりが、自分も支えられてきたのだと実感した、と便りに書いてあった。他人は「そうかなあ」と思うけど、93歳で初めて一人暮らしを体験するとそういう心境になるのかもしれない。最近、耳が少し遠くなったけど、認知症の気配は全くナシ。駄目男さんは私が見送ってあげるよ、という冗談?がホンマになりそうな気がしてきた。


ohagi





大阪日暮綴



●JR環状線駅の記念スタンプ

 たなかさんから頂いたハガキに鶴橋駅のスタンプが押してあって、これがなかなかのスグレモノ。日本最古の橋「つるの橋」記念石碑とツルの絵の手前に焼き肉も描かれている。いい匂いに誘われてツルが集まるという絵柄です。直径は8センチとかなり大ぶりのサイズです。


調べてみると、環状線では全駅にスタンプがあることがわかりました。スーパーヒマジンは一日がかりでコレクションすると良い運動になり、お金もかからない。(ホームとスタンプのある改札階を階段で往復するとかなりの運動になりそうです)それに、大阪駅ってどこにスタンプがあるのか、探すだけでもウロウロしなければなりません。これが初乗り運賃だけで楽しめます。環状線は近ごろ、車両も全部快適な新型に入れ替わったので良い記念乗車になりそうです。


駅スタンプ  





大阪日暮綴


●昭和30年の仁徳陵空撮風景

 9月27日の「仁徳陵」本の紹介記事を読んでNさんからコメントと写真を送って頂きました。Nさんは下の写真に写っている大仙小学校出身で、これは昭和30年ごろの風景です。今から60年前、仁徳陵の周辺は田園風景が広がっていたことが分かります。御陵も普通に遊び場の感じで出入りできたそうです。この頃から当地は市街化が急激に進み、田畑は失われてしまいました。しかし、当時、堺市がここに大規模な公園計画を策定していたことが幸いして「大仙公園」が生まれ、仁徳陵と履中陵の間は広い緑地になり、博物館や茶室などの施設もできました。もし、この公園計画が無かったなら・・一体は住宅や工場に占拠されて御陵は孤立してしまい、世界文化遺産登録云々の話など生まれなかったでせう。


当時に、市民や役所に、歴史、文化遺産の 認識があれば、仁徳陵東側(建て売り住宅街)と北側(中央環状道路)に巾50mくらいの緑の緩衝スペースを設けることで、少しでも美しい環境づくりに役だったと思いますが、高度成長期にそんな気概も美意識もなかった。(緑の回廊があった場合の風景を想像してみて下さい)西側は静かな住宅街なので救われていますが、未だにラブホテルがあるのは情けない。少しはヨソもんの目を気にしたらどうか、と思うのは駄目男だけではありません。


幸いにして世界文化遺産になったら内外の観光客が増え、この醜悪な風景への非難の声も高まります。その前になんとかしようというプランはないみたいです。


昭和30年ごろの仁徳陵風景
大仙公園



大阪日暮綴



●ビッグ錠氏が紙芝居「風のゴンタ」上演

 高校の同窓生、ビッグ錠氏が天神橋筋商店街で紙芝居を上演する・・とあって召集令状が届きました。終戦後のどさくさ生活を語るに紙芝居というメディアはぴったりです。ただし、今回の見物客は戦後のどさくさ時代に生まれたじいさん、ばあさん中心。いわゆる「焼け跡世代」です。アシスタントのおばさんと二人で進駐軍やべったん、鉄屑拾いといった懐かしい語彙を交えての熱演を楽しみました。(9月24日 関西大学リサーチアトリエ)


このブログでも書いたけど、空襲を覚えてる人は昭和15年生まれくらいが最後で、以後の世代は「語り部」になれない。また、5~6歳で田舎へ疎開した人は空襲自体を経験していないので、語るネタがない。よって空襲体験者は何かのかたちで体験を残しておこうという思いがあるのでせう。先日紹介した竹村氏の「大阪大空襲の夜」に触発されて駄目男もバラバラの記憶をまとめるべく目下資料しらべをしています。


佃記事



佃記事







大阪日暮綴



●大阪市民は「台風」を忘れてしまった

 台風18号の進路予想をみると、大阪目がけてまっしぐら・・のように思えました。実際、予想に近いコースにやってきたのですが、大阪市内では風も吹かず、雨も降らずで、被害は皆無でした。むしろ、周辺で強風や大雨のため交通が乱れたという程度の被害がありました。あの、大層な避難呼びかけの啓蒙はなんだったのか。


大阪の災害史に残る台風は次の三つです。
・室戸台風(昭和9年)
・ジェーン台風(昭和25年)
・第二室戸台風(昭和36年)

もう半世紀ものあいだ、大型、強力な台風に襲われたことがない。ということは、団塊世代の人を含めて、ほとんどの市民は風速30m以上の強風を体験していないことになります。台風被害のありさまはテレビなどでヨソの土地のようすを見るだけです。大阪は台風来襲に関しては、運が良いというか、恵まれている都市といえるでせう。むろん、これは過去の話で、来年以後も安全とはいえない。たまたまラッキーだっただけです。


ジエーン台風の被害
◆死者 - 398名
◆行方不明者 - 141名
◆負傷者 -  26,062名
□住家全壊 - 19,131棟
□住家半壊 - 101,792棟
◆床上浸水 - 93,116棟
◆床下浸水 - 308,960棟


現在、ジエーン台風とそっくりの規模、進路の台風が来たと仮定すれば、上記の被害は、人命、物損とも十分の一以下に抑えられるでせう。インフラの整備、住宅の品質向上などで格段の進歩があったからです。とはいえ、大阪市の場合、水害対策では、一時間雨量50ミリ、一日雨量200ミリ程度を想定した上での対策ですから、昨今のようにものすごい集中豪雨があれば大きな被害が出るかもしれない。市民のほとんどが台風の実体験をしていないのはとても幸運なことですが、それだけに「打たれ弱さ」みたいなマイナス面もあります。


参考情報
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%8F%B0%E9%A2%A8


ジエーン台風の高潮で水浸しになった西区九条の風景
ジエーン台風





大阪日暮綴



●♪ 夕空晴れて 秋風吹き・・・

 無粋な都会の風景のなかで、唯一田舎と同じシーンが見られるのが空の風景。 夕空はれて 秋風吹き 月かげ落ちて 鈴虫なく おもえば遠し 故郷の空 あゝ 我が父母 いかにおわす ・・・ 歌の原産地はスコットランドだそうですが、夕空の光景は変わらない。(9月1日)


夕焼け空






大阪日暮綴



●「西山夘三のすまい採集帖」展見学
  タイトルの冠に「超絶記録!」がついているように、これは西山センセの記録魔ぶりをあらわした展示です。Tさんの紹介で、最終日にあたふたと駆けつけました。(グランフロント南館 リクシル展示場)


終戦をはさんで、昭和のはじめから終わり近くまで、日本人の住まいのありようを丁寧に記録した。その記録自体が大切で、住まいをもとにしたライフスタイルの変遷がとてもよく分かります。戦後10年ほど経って、和室中心の住まいが「DK(ダイニングキチン」スタイルに変わってゆく。これを推進したのが西山さんたちでした。洋間をつくり、寝食分離式にする。現在のDKやLDKスタイルは、今から約60年くらい前にベースができました。


・・というような住宅史的研究はさておいて、感心するのは西山センセのものすごい記録魔ぶりです。正確、詳細だけでなく、絵や文字も上手、特に絵はガキのころに漫画家を目指したというほどで、資料でありながら鑑賞価値も高いスグレモノ、京都大学のセンセとしては異色のキャラクターでせう。今なら、絵やイラストの上手さで、教授とアーティスト、二足の草鞋を履いてずいぶん稼げたはずです。教授だけで終わったのは惜しい。デジタル時代にこんな人物は二度と現れません。会場は撮影OKなので、デジカメで一部を撮影しました。


会場風景
西山

 ドヤの実態 調査のイラスト 三畳の部屋に二人が寝る 
西山


釜ケ﨑のドヤ街に張られたチラシ。立っても上のベッドで頭を打たない普通の部屋という意味 
西山 


子供のころからマンガを描いていた。(左上はリスでなくスリなので間違えないよう)
西山 



自宅で薪で風呂を沸かしてるようすをスケッチした
西山 

旅行先でも、食事から土産物まで、なんでもメモり、スケッチした。
西山 


仕事や生活のメモ帳。2ミリくらいの文字でびっしり書き込んである。
西山 







大阪日暮綴


●今まで無かったのが不思議・・・
        大阪城公園の「JO テラス」開業

 JR環状線 大阪城公園駅まえに「JOーテラス」という飲食施設ができています。実に殺風景だった駅前にようやく集客施設ができました。 今までは、大阪城ホールでコンサートなど、催事があるたびに駅前の広場には露店が20軒くらい並んで「たこ焼き」などを売っていました。なので、営業中も終了後も一帯はゴミだらけ、夏は悪臭が漂うというクサイ駅前広場風景でした。


今般、あたふたと再開発事業をはじめたのは、なんといっても外国人観光客が激増したからです。天守閣界わいなんか年中外国人の方が多い。かつて、団体の主役は修学旅行生だったのに、今じゃ地味な存在です。 そこで、再開発のための組織「大阪城パークマネジメント共同事業体」を起ち上げ、公園管理は「大阪城パークセンター」が指定管理者となってサービスを行っています。要するに、お役所仕事を民間会社に任せた。これで良かったと思います。でも、大阪城公園や天守閣は今でもお役所が管理していると思ってる人が多いでせう。問い合わせやクレームの電話をするとき、つい、市役所の番号を調べたりして。


共同事業体に参加しているのは、あの「電通」をはじめとして、読売テレビ、大和ハウス、NTTなど。大和は施設の建設、管理一式を担当するのだから独占事業です。大阪市役所にとっての大きなメリットは天下り先の確保ができること。(民間会社も同じ)公園運営というノルマのない仕事だから、うってつけの天下り先です。


それはさておき、今秋には天守閣の南にある昔の陸軍施設がリニューアルされて、博物館やレストランなどが開業します。ただいま工事の真っ最中。これが完成したら、ようやく城内における「戦時中」風景が消えることになります。(他にもまだ旧施設は少し残っています)ただし、事業として成功するか否か、やや、マユツバです。他には「西の丸庭園の」迎賓館も改装されて宴会場になっています。 え~~?、知らんかったなあ。世間が気ぜわしすぎるのか、自分が鈍感だけなのか、どうでもいいことながら、こんな「知らんかったニュース」が増えてきました。


駅前のJO テラス
JO



JO


旧陸軍施設も再生工事中です
JO




完成予想図
JO





大阪日暮綴



●松竹座「七月大歌舞伎」鑑賞

 昼の部メインは「夏祭浪花大鑑」で、これは2004年に勘三郎(当時は勘九郎)が平成中村座公演で取り上げた。但し、野田秀樹がとんでもない脚本に書き換え、ニューヨークで公演して大受けした、その凱旋公演を見た、という次第。本当は親殺しの悲劇なのに、ドタバタ喜劇に仕立て直したのが大成功で、勘三郎(当時は勘九郎)亡き今はもう二度と見られない。あのキャラを再現できる役者さんはいませんね。


・・というわけで、今回はまじめな「夏祭浪花大鑑」。主役、団七は市川染五郎が初役で勤め、なかなかの熱演でした。大阪弁も無難にこなし、違和感なしなのは鴈次郎あたりがねちねち教えたのかもしれない。尾上松也もかっこいい。最後の場面は団七が舅、義平次にいびられた末、堪忍袋の緒が切れて斬り殺してしまうというアクションシーンですが、ちょっと長すぎる。もう5分くらい縮めたらどない?と思うのであります。


憎いとはいえ、義理の親子の間柄、あんなに長時間の「殺意の持続」は不自然であります。しかも、最後に後悔の台詞を述べるのだから、だったら、途中でハンセーして救急車呼びなさいよ・・は、ないか。殺される義平次役はたいへんな重労働で、逃げ回り、切られたうえに泥池にざんぶと放り込まれたりして、3週間、毎日これを続けるのは大難儀であります。(だから、アクションタイムを縮めろというのであります)


もうひとつの「二人道成寺」。道成寺バージョンの一つで、長唄囃子連中をバックに、時蔵と孝太郎がデュエットで舞う。公演期間の後半なので舞も囃子もこなれてリズムはきっちり決まり、ひととき、極楽気分を味わえます。舞踊のさなかに北朝鮮製ICBMがびよ~んと飛んで来て松竹座に命中しても文句は言いませんです。ハイ。(7月21日)


歌舞伎




大坂日暮綴



●はじめてサッカー試合を見物

 セレッソ大阪には何の義理もないけれど、ホームスタジアムが歩いていける近場にあるのに一度も観戦に出かけたことがありませんでした。それに、あろうことか、セレッソは現在リーグトップにいる。さらに、今度の試合は地元サービスみたいな割引きチケットを販売する・・というので、ようやく出かける気になりました。チケット代1500円ナリ。


キックオフは19時なので、TVで大相撲を見、晩飯を食べてから出かけても間に合います。今回の試合は本来の「キンチョウスタジアム」ではなく、となりの大きい「ヤンマースタジアム」で開催です。相手が浦和レッズで大入りが期待できるため、レンタルしたものです。(キンチョウスタジアムは観客数を増やすため、改装工事をします)。


1500円の席はスタンドの最果て(野球場でいえばバックスクリーンの横)であります。しかし、隣は浦和のコアな応援団席で2000人くらいの応援団が指揮者のもと、試合前から大声援を発しています。それに比べて割引き1500円券のセレッソ応援団席は「ちょっと、来てみましてん」の自分と同じような冷やかし?見物人中心で、セレッソの応援コールを歌える人なんか一人もいないのでした。そうか、チケットの金額によって応援のボルテージが違うのだ、と気づいたのであります。


試合がはじまると応援の声、わめきのボリュウムがものすごい。審判のホイッスルの音が全然聞こえない。大音量に加え、この試合、セレッソのチームカラーがピンク、浦和がレッドだから、スタジアム全部が赤く染まったみたいで、視覚的にも暑苦しいことこの上ない。この阿鼻叫喚の騒音地獄が90分続くのか、と思うと気が重くなりそうですが、幸い、セレッソが4対2で勝って、まずはメデタシでした。全体に大味な試合運びになったのは暑さのせいですか。(7月22日)


J1リーグ 成績表
https://soccer.yahoo.co.jp/jleague/standings/j1



向かって右側がセレッソ応援席。観客は3万2千人だった。
サッカー




せめて散水で涼感を出そうと・・
サッカー 



偶然、ゴール場面が撮影できた
サッカー 



向こう側が浦和の応援席、サポーター同志がケンカしないように、境界に幕を張り、空席をつくって衝突を防ぐ。
サッカー 







大阪日暮綴


●「かっぱ横丁」古書店が移転していた

 阪急梅田駅高架下の「かっぱ横丁」の古書店が、紀伊國屋梅田店のとなりに引っ越している・・ということを知らなかった。四月末に移転して再オープンしたそうです。新しい店は、木質感、和風の外観で統一されていて、以前より高級感が増しましたが、そのぶん、ちょっと入りにくくなった感じもあります。この機会に、二、三の店が廃業したそう。


古い「古書のまち」は1975年の開業だから、もう40年以上経っている。茶屋町界隈に戦前築の木造民家がたくさん残っていた時代です。新しい通りは「うめ茶小路」といい、通りの西側は紀伊國屋書店なので、両方訪ねたい人には便利になりました。


新しい古書店街
かっぱ横丁 




大阪日暮綴



●ちょびっと・・梅ジュースをつくってみた

 庭でとれた梅の実ですけど、とNさんから頂いた実はわずか250g。梅ジュースの作り方の説明書ももらったので、ほんまに出来るのか試してみました。梅は、店ではふつう1kg単位で売っています。


・梅は洗って水切りし、冷凍庫で24時間以上、凍らせる。
・瓶に砂糖、梅、砂糖。梅・・と交互に入れる。
・密封して常温で一週間ねかせる。
・梅を取り出し、液体(ジュース)を別の瓶に移す。
・4~5倍に薄めて呑む。

砂糖は氷砂糖を使うそうですが、無いのでグラニュー糖で代用。出来上がった濃縮ジュースを氷水で4~5倍に薄めて飲むと・・う、旨い! 天然果汁そのものですからマズイはずがない。半信半疑でつくったけど、期待以上の美味しさでした。材料を1kg使えば普通は900mlの原液ができるそうで、4倍に薄めたら3,6リットル。材料費からみれば、贅沢というほど高価な飲み物ではなさそうです。お酒が飲めないのに梅酒をつくる人がいるけど、ふつうは梅ジュースをつくって愛用されてるのでせう。


材料はこれぽっち
梅ジュース


一週間目(砂糖が多すぎて溶けきれない?)
梅  


美味しく出来上がりました。
梅  








大阪日暮綴


●きれいな夕焼け空

 梅雨入り宣言されたのに皆目雨は振らず、今日もきれいな夕焼け空が見られました。雨が少ないだけでなく、湿度が低い天候が続いていて、例年のジメジメ感がなく快適です。当然、ビールが旨い・・は身勝手な感想で、テキトーに雨も降ってもらわなくては。しかし、週間予報見てもまとまった雨は期待できないみたい。


夕焼け






大阪日暮綴



●北野恒富展 鑑賞  ~ハルカス美術館~

 待てば海路の日和あり・・念願かなってようやく企画された美術展。といっても、名前を知らない人の方が多いかもしれない。明治から戦前まで大阪をベースに活躍した日本画家で、今展のサブタイトルは~なにわの美人図鑑~とうたっています。


同時代の美人図画家、上村松園に比べたら、知名度ではガタ落ち、作品の風格品位においても劣るのですが、美人図としての魅力では互角だろうと勝手に思ってます。男から見れば、上村美人図にくらべて通俗、かつ退廃的な画風に惹かれるのかもしれない。北野恒富の人生そのものは上村松園センセに比べて100倍俗っぽい。要するに艶福家であります。上品美人より悪女美人を描いて人気を得たことから、画風を「悪魔派」とよばれたと説明にあります。


それでも後輩の育成には熱心で、島成園や木谷千種などを一流の画家に育てた(両名とも女性)。また、東京一極になりそうな芸術運動に対抗して大阪の画壇を盛り上げようと会派の設立を積極的にすすめた。艶福一筋ではありませんでした。この実績がなかったら画家としての評価も少しマイナスになっていたかもしれない。
 画家だけでなく、小説の挿絵やポスター制作でも活躍し、北野流美人図を世に広めた。「菊正宗」の宣伝ポスターなど、見たことある人いるかもしれない。(灘の菊正宗資料館に現物があったような気がする)

同展は7月17日まで。チケット1300円。


会場入り口 ポスターの右手が「願いの糸」左が「夕涼み」
北野 


「淀君」
淀君




大阪日暮綴



●高齢引きこもり夫婦?

 隣のAさんが先週引っ越された。高齢のご夫婦で、約2年前に引っ越して来られた。その当日、奥さんが〇〇です、と名乗って挨拶に見えた。70歳くらい?という印象の方だった。それから約2年、壁一枚隔てたお隣の方なのに、一度もご夫婦の顔を見ることがなかった。姿を見ないのは単なる偶然かもしれないと思っているけど、そんなのありか、という気もする。普通の暮らしをしていたら、2年間も顔を合わさないって無いような気がする。


ご主人が病気で寝たきり・・なら、顔を見る機会はないけど、ベランダ越しに聞こえる夫婦の会話はごく普通で病人には思えない。夫婦とも外出嫌いだとしても、宇宙船の暮らしじゃあるまいし、2,3日に一度くらいは買い物等で外出しないと生活が維持できないはずだ。ならば、玄関前や廊下や道路で出会うチャンスはあったはずだけど、一度も会わなかった。訪問客が出入りする場面も見たことがなかった。


仮に、駄目男もAさんと同じくらい外出嫌いな人間だとしても、年に一度くらいはばったり出会うことがある。それが普通でせう。なので、いつの間にか、Aさん夫婦は山中に簡素な庵をつくってひっそり暮らす、方丈記の鴨長明みたいな人・・をイメージしていた。しかし・・この想像は間違っていた。引越の日、何気に道路を見下ろしたら、大型の引越トラックが2台、玄関に横付けされていてビックリした。50㎡足らずの家に家財道具がぎっしり詰まっていたことになる。簡素な庵の暮らしのイメージはぶっ飛んでしまった。集合住宅に住んでいても、隣人と年に一度も顔を合わさない・・案外、普通のことなのかもしれない。

大阪日暮綴


●ナカノシマ大学「大阪・高低差地形入門」講座

 NHK「ブラタモリ」出演で名前が知られた新之介氏の講演。4月に企画したが、希望者が殺到してアブレがたくさん出たため、広い会場で二回目の講演会となりました。サントリー本社の西隣にある中央電気倶楽部は戦前に建てられたクラシックなビルです。


驚いたのは、参加者の2~3割が女性だったこと。こんなに地味でマニアックな中身の講座に30~40代の女性が参加するなんて・・。何がおもろいの?と尋ねてみたくなります。日本刀の展示会に「刀剣女子」がわんさと押しかける現象と同じでせうか。いや、地形講座のほうが100倍地味だと思うのですが。


大阪市内の上町台地には「坂のある町」がたくさんあり、その歴史や地形の変遷ぶりを語って町を見直してみようという趣旨ですが、資料として使われた「カシミール」というソフトを使った大阪の古代の地形の説明がとても分かりやすくて、縄文時代から江戸時代までの上町台地の変化が参加者の脳にしっかりインプットされたと思います。この予備知識ををもって現在の町を歩くとガイドさんの説明を聞くよりずっとリアルな地形の歴史が学べます。東京に比べたらうんとスケールが小さいので理解しやすいのも「学習」には有利です。・・と書いても、大方の人には「なんのこっちゃねん」な話ではありますが。 (5月27日)


会場風景
ナカノシマ大学 


中央電気倶楽部外観
ナカノシマ 







大阪日暮綴



●慈雨

 昨日午後、雨の降り始めに外へ出たら、きつい「ホコリの匂い」が。珍しい自然現象です。路面などに積もった砂ホコリなどに雨が染みこんだとき発するものと思われます。ホコリの中には中国発のPM2,5入りの汚いものもある。雨は夜になって本降りになり、朝まで続いて地表のホコリを洗い流してくれました。これぞ、干天に慈雨であります。


ame