読書と音楽の愉しみ



●カズオ・イシグロ著「夜想曲集」を読む

 「日の名残り」と同時に借りて読んだ短編集。題名からクラシック音楽をテーマにした作品集かと思ったら大違い。大方は売れないB級ミュージシャンの苦労物語で、ドタバタコメディもある。よって、感銘の度合は「日の名残り」に比べるべくも無い。ジャンルが異なる読み物だから、比較すること自体が間違っている。


著者が音楽業界に詳しいのは、若い時分は音楽関係の仕事に興味があったからだという。そうであれば、ボブ・ディランがノーベル文学賞をとったことは心底嬉しかったにちがいない。この作品は「昔志した職業」への未練が動機になって書かれたのかもしれない。本書に登場する人物は国籍がばらばらで、仮に10名でバンドをつくったとしたら五カ国以上の国籍を有するメンバーの集まりになる。例えば、任意に集まった、英、仏、伊、蘭、ハンガリーの面々がアンサンブルをつくるのは大変では?と想像するけど、実際は国境や民族なんか何ほどの障害にもならないようだ。まあ、日本だって演歌の業界に日米のハーフが登場しているし。


本書も訳者は土屋政雄氏。あと何年かイシグロ氏との名コンビが続きそうですが、現在73歳なので、さすがに新しい音楽情報に通じているとはいえず、息子さんに手伝ってもらったと「あとがき」に書いてある。ビル・エバンスはともかく、ウエイン・ショーターなんて出て来たら「?」かもしれません。また、「バング&オルフセン」って言葉が二度くらいでてくるのでなんのこっちゃねん、とぐぐってみたら、デンマーク製のオーディオシステムのブランドでした。梅田「ルクア」内のツタヤ書店に商品を展示してあるそう。なんだかイシグロさんが身近になったような気がするから、ノーベル賞効果は大であります。


一番驚いたのは、204ページ「お前の演奏を・・・えらいこっちゃ、スティーブ」というセリフです。なんで関西弁なのか。土屋氏は長野県松本市出身、東大教養学部出とあるので、ほんと、珍訳としか言えない。普通は「大変だ」と訳すでせうが。もしや、土屋家では「えらいこっちゃ」が標準語になっているのかもしれない。(2011年 早川書房発行)


イシグロ氏愛用? バング&オルフセンのHP
http://stores.bang-olufsen.com/japan/bang-olufsen-japan/

アート作品のようなスピーカーシステム?
スピーカ


スピーカ 







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大阪日暮綴


●見納め「大阪能楽会館」

 Sさんの案内で10年ぶり?に能楽会館へ。催しものは、俳優、串間保氏のひとり芝居「木挽きのほほえみ」と宮崎みどりさんとの対談「古事記ものがたり」ひとり芝居は能舞台では声がとてもよく通ることが確かめられました。宮崎さんは「古事記」を誰でもわかるようにソフトに解題して童話のように仕立て直し、全文にルビをうった。夫の小林晴明さんがソフトタッチのイラストを描いてさらにわかりやすい表現にした。出版は自費出版ながらロングセラーになっていて、現在、5万7000部販売しているという。今回のような小さい集会も販促に役立っている。


さて、大阪能楽会館は今年末で閉館する。公演数の減少=売上げの減少に加え、土地代(借地)の賃料の値上げを求められて応ずることができず、廃業を余儀なくされた。立派な能舞台は傷んでおらず、まだまだ使えると思われ、廃棄するのは惜しい。せめて解体保存してくれたらと思う。逆転の発想で、梅田のグランフロントや茶屋町あたりに新しい能楽堂ができたら、若い人も呼び込めると思うのですが、どなたか太っ腹のタニマチいませんかねえ。


ここへよく通ったのは40歳代後半くらいからで、大西松諷社という会(当会館の運営者でもある)の定期公演が主だったように思う。見た番組を専用の手帳に書き付けておいたが無くなってしまった。(捨て魔のせいである)大月能楽堂で見たものは数枚チケットがのこっている。


しょせん、素人のチラ見のレベルでしかなかったけど、お能の上等な鑑賞方法は半分眠りながら、肉眼で見た舞台を脳のディスプレイでは物語の舞台(現場)に変換しつつ見ること、と見巧者は言う。70歳の爺さんが楊貴妃を演じるのだから、リアルはいけません。じっさい、「松風」や「羽衣」のような、長ったらしくて動きの無いダシモノはうつらうつら見が正しい鑑賞法でありませう。その点「安宅」なんか、リアルで分かりやすくてカッコイイ。


見はじめた時分は、観世栄夫や片山博太郎(後に名前が変わった。先代井上八千代の息子?)が活躍していた時代。なぜか、片山氏の「井筒」がイメージとして脳裏に留まっている。後日、どこかの神社の境内にある「井筒」を確かめに出かけたものだ。昭和は遠くなりにけり。


今年限りで廃業の「大阪能楽会館」
能楽会館


串間氏と宮崎みどりさん
会館 





犬町・猫町情報


●17日例会延期のお知らせ

 秋雨前線が居座って、17,18両日とも雨天予報のため、例会(藤原京~)は11月 1日(水)に延期します。(雨天の場合は2日)

読書と音楽の愉しみ



●カズオ・イシグロ著「日の名残り」を読む

 久しぶりに「まちライブラリー」を訪ねたら、この本と「夜想曲集」の2冊が棚にあったので両方借りました。書店では売り切れ、中古市場では値上がりしているとか。念のために図書館の予約状況を調べると200人待ちという状況・・この本を借りるために訪ねたのではないのにラッキーな出会いでした。さらに、あくる8日の夜、Eテレで「クラシック音楽館」を見終わったあとに「文学白熱教室」という番組があり、これがイシグロ氏の学生向けレクチャーを収録したもので、彼の文学観、発想方法などの話がとても参考になりました。この二つの出会いでもう読むしかない、という感じ。ノーベル賞は、文学音痴、駄目男にも効果を及ぼしたのであります。


受賞理由で語られた選定委員の言葉「世界とつながっているという幻想的な感覚にひそむ深淵」を聞くと身構えてしまいます。しかし、読んでみると難解な言葉やもったいぶった言い回しがない文章で一安心。ただし、その平易な文の裏に仕掛けられた隠喩を探りながら読まねばならない。字面だけ追うと3ページで退屈するでせう。


ストーリーは英国の貴族、ダーリントン卿に仕えた執事の回想録として概ね一人称で語られ、最高の執事の仕事はいかにあるべきか、完全主義を目指しつつ、失敗や挫折も味わい、主が仕掛けた政治、外交の駆け引きにも巻き込まれ、ふと気がつくと時代は変わっていて誇り高い執事人生は過去のものになっていた。・・といったところですが、本書の一番の魅力は上質な文章にあります。これは翻訳者、土屋政雄氏の功績も大きい。それにしても、純粋な日本人であるイシグロ氏が、第二次大戦前の英国貴族の生活、執事や多くの使用人との主従関係のデリカシーをどうして学んだのか、この努力はたいしたものです。


そんなの驚くことはない。米国人の作家、ドナルド・キーン氏は清少納言の宮廷生活を見てきたように書いてるではないか、といわれたら、ナルホドと納得する。しかし、1930~50年ごろの英国貴族の暮らしについては、リアルに知っている英国人がごろごろいる。何より、貴族は現存する。平安時代の宮廷とは全然ちがう時代設定だから、それを純粋日本人が書くのはものすごくリスクが大きい。リアリティに瑕疵があればボロクソに批判される。しかし、そんな危惧を乗り越えて本書は「ブッカー賞」を受賞した。少なくとも日本人が英国の貴族生活を描くことによる瑕疵は無いものとされた。(注・ドナルド・キーン氏は日本に帰化した)


ラストシーン。執事は港町の桟橋のベンチに座っている。夕焼け空が美しい。隣に座ったみすぼらしい男(実は彼もB級執事だった)に、三十五年に及ぶ執事人生を回想しつつ語る。「私にはダーリントン卿がすべてでございました。持てる力を振り絞って卿にお仕えして、そして、今は・・ふりしぼろうにも、もう何も残っていません」のみならず、ずっと忠実に仕えてくれた女中頭の愛にも報いることができなかった。最高、完璧を目指した執事人生は何だったのか。しょせんは丸出駄目男でしかなかったのか。執事はさめざめと泣く。


隣の男が言う「おやおや、あんた、ハンカチがいるかね。どこかに一枚持っていたはずだ。ほら、あった。けっこうきれいだよ。朝のうちに一度鼻をかんだだけだからね。それだけだ。あんたもここにやんなさい」とハンカチを差し出す。イシグロ氏が川端康成や小津安二郎に傾倒していたとしても、このワンショットは彼らに学んだものではありますまい。川端康成が小説のラストシーンをこんなふうに描いたらドッチラケであります。ここんところはリアル英国人の感覚で書いている。
気を取り直した執事は最後にこう言う。「ダーリントンホールに帰りましたら、新しいアメリカ人の雇い主のためにジョークの練習に取り組んでみることに致します」英国の貴族社会の伝統が薄れ、アメリカ人富豪の生活感覚が浸食をはじめる・・とは書いていないけど、そういうことです。大げさにいえば、英国の没落、良き時代の終わり。


本書は英国最高の「ブッカー賞」を受賞したけど、内容は英国人にとって愉快なものではない。日本人著者が「英国は傾いてますよ」と書いてるのだから。それでも賞賛されたのは、はじめに書いたように「上質な文章」のためではないか。風景の描写からさりげない日常の会話まで、とことん気配りが行き届いた文章ゆえに読み始めたら止まらない。それを日本人が書いたというだけで拍手したくなる。


巻末の丸谷才一の解説が秀逸で解説と言うより小さなエッセイになっている。これを先に読んでしまってはしらけてしまうかもしれないが、文庫版で350ページもあるし、内容をイメージしにくい場合は大いに参考になります。訳者、土屋政雄氏の「あとがき」も楽しい文です。「THE REMAINS OF THE DAY」を「日の名残り」と訳したセンスに敬服。 (2001年 早川書房発行)




本



レクチャーのようす (Eテレ)
rekutya-  







閑人帳


●奈良まほろばソムリエの会講演会
 「創建法隆寺は焼失したか」

 ソムリエ会員の方から案内があって天理市の文化センターへ。天理駅前の風景がかなり変わっている。商店街は順調にさびれつつあるのが印象的。講師は元奈良文化財センターの田邊征夫氏。聴衆は150人くらいいて、ホールサイズからいえば盛況だった。


さて、このテーマ、法隆寺は焼失したか、しなかったか、の答えはとても難しい。田邊センセは「焼失した」派に組みしてるそうだけど、明快な結論は言わなかった。断定するだけの自信がないからです。世間では「法隆寺再建論」と「法隆寺非再建論」の争いといわれ、明治時代から100年以上続き、ようやく再建論に軍配が上がったと思ったら、どんでん返しの新情報があってワヤワヤになってしまった。 世界文化遺産、法隆寺は現存する。これは誰でも知っているけど、この法隆寺がオリジナルか、焼失、再建した二代目なのか。国民のほとんどはオリジナルと思ってるような気がします。歴史の教育ではどう教えてるのか。両論を説明せず、問題をパスしてるかもしれません。


今の法隆寺は二代目である、という再建説の発端は、日本書紀に「法隆寺は670年に、一屋残さず焼失した」という記述があるためです。とてもシンプルな話ですから、これで落着するはずでした。別の資料には、法隆寺は710年ごろに出来たとあり、40年後に再建されたことが分かります。しかし、イチャモンがついた。建築様式や寸法基準がもっと古いことがわかった。(わざわざ時代遅れの設計をするはずがない)また、火災で焼失したら仏像も焼けて無くなってるはずなのに、昔の形式の仏像が残っている。これはあり得ない。


ここから論争が激しくなります。双方が猛勉強して自説の正しさを訴えた。決着がついたと思われる大発見があったのは昭和に入ってからです。現在の伽藍の南東に別の伽藍跡が見つかった。若草伽藍といいますが、このとき、お寺の火災による瓦や土器の破片も見つかって、この若草伽藍がオリジナルの法隆寺だと落着しました。非再建派の敗北です。


ところが、最近になって「えらいこっちゃ~~」な発見がありました。五重の塔の心柱を「年輪年代法」という方法で調べたら樹齢594年と分かったのです。594年に伐採した木を100年以上後になって再建法隆寺に使ったことになります。10年くらいはあり得ますが100年もストックするなんて、あり得ないだろうと非再建派は元気百倍です。九分九厘、勝利したと思っていた再建派は「ぐぬぬ、ぎょうさん伐採しすぎて、材木余ってましたんや」くらいしか言えない。講師の再建派、田邊センセも「難儀なことになりましてん」と困惑の体であります。


論争がはじまって100年以上たつのに、いまだにピシッと決着がつかないのであります。この法隆寺の怪しさに目をつけて梅原猛センセは「隠された十字架」という本を書き、法隆寺を怨霊の寺だと唱えた。聖徳太子一族の怨霊を鎮めるために建てたというのです。残念ながら、この梅原説は大方否定されてしまいましたが、まあ、それだけ謎めいた寺であります。関連本はいっぱいあるので、興味ある方は読んで下さいまし。(10月8日 天理文化センターホール)


奈良まほろばソムリエの会のHP
http://www.stomo.jp/

会場風景
ソムリエ 


修学旅行コースの定番、法隆寺
染む類


大阪日暮綴



●おはぎの季節

 TMさんから今年もおはぎを頂戴した。T家の昔からの習慣なので、季節がくると作らずにはおれないらしい。どれくらい手間がかかるのか分からないけど、娘、孫、ひ孫と楽しみにしている人は多いから少なくとも数十個は作らねばならない。年に一回しかつくらないのに毎年味が変わらないのは、もう脳内メモリーにレシピがしっかり刷り込まれているからでせう。


TMさんは今年93歳、同い年の夫を今春亡くして一人暮らしをしている。酒飲みでわがままな夫を老老介護する日々だったけど、亡くなってみると、楽になったと思うより喪失感のほうが大きく、支えてきたつもりが、自分も支えられてきたのだと実感した、と便りに書いてあった。他人は「そうかなあ」と思うけど、93歳で初めて一人暮らしを体験するとそういう心境になるのかもしれない。最近、耳が少し遠くなったけど、認知症の気配は全くナシ。駄目男さんは私が見送ってあげるよ、という冗談?がホンマになりそうな気がしてきた。


ohagi





犬町・猫町情報



●お知らせ・ご案内

◆オリジナルトートバッグ頒布のご案内
 今春お配りした記念絵はがきのイラスト「猫の手借りた、足も」をプリントしたバッグを頒布します。厚手コットンの生地にプリントし、縫製は旧野道ネットワークの片岡さん。サイズは34W×26H×マチ10cm。値段は800円。注文ぶんしかつくりません。ご希望の方は10月中に小西までお申し込み下さい。

トートバッグ 

原画
トートバッグ 

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◆17日(18日)プラン、コース短縮します
藤原京跡コスモス畑~飛鳥のコース、バス便の都合で「甘樫丘」下=豊浦バス停をゴールにします。距離を6,5キロに短縮します。

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◆KAMA-PUB ジャズライブのご案内
  (おかまバーではありません)
□10月20日(金)19:00~
津上信子(fl)・畑ひろし(g)・佐々木善暁(b)・松田順司(ds) 
□飲食費は前払い式、チャージは投げ銭制(千円~)各自支払い。
 (千円札、小銭をご用意下さい)
□午後6時 地下鉄御堂筋線動物園前駅 東改札口集合
□ご希望の方は前日までにお知らせ下さい。(店の予約しません)

トートバッグ 

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◆川島恵美子作品展と萬集楼ランチ
□10月28日(土)
□集合・・11時30分 地下鉄中央線大阪港駅 西改札口
駅前の萬集楼でランチ(700~900円)のあとギャラリーへ
(萬集楼は野楽路会発足記念集会に使った中華料理店)
□参加の方は前日までにお知らせ下さい。

アルジーナの風景
川島作品展 

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◆10月12日 「くちまめ」例会 
◆10月26日 川中邸屋敷林(申込み要)予定通り実施します。

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閑人帳


●ポピュリズムだ、文句あっか・・希望の党

 希望の党は中身が分かるにつれ、評価を下げている感じ。今日はようやく公約が発表されたが、これに魅力を感じた人がどれくらいいるだろうか。基本が「保守」だから安倍政権との違いをはっきりさせるために「消費税凍結」「原発ゼロ」をうたっているが、この二つの政策も裏付けがない。単なる看板でしかない。また、内容は分かりやすいけど、いかにも格調の低い表現での公約になってしまった。サブテーマとして掲げた「ゼロ目標」に花粉症ゼロとか、満員電車ゼロとか・・なんですかこれは。読む方が恥ずかしくなる。


考えてみれば、希望の党の支持者は政治的見識においてトランプ政権の支持者と同じレベルではないか。政治的知見に乏しく、社会に不満を持つ庶民と小池氏のミーハーファンが支持母体になる。選ぶ側の責任なんてこれぽっちも自覚しない人たちが支持する。ポピュリズムの意味さえ知らない人が御輿を担ぐ。それでも十分票数は稼げると党は読んでいる。以前、なんどか書いた「B層」の人たちかもしれない。


●変身を迫る「踏み絵」 ~希望の党 政策協定書~
 
メディアで何度も紹介された政策協定書を読む。

希望の党が公認候補と取り交わした政策協定書の全文は次の通り。

希望の党 小池百合子代表殿
政策協定書
 私は、希望の党の公認を受けて衆院選に立候補するに当たり、下記事項を順守すること、当選した場合には希望の党の所属する会派に所属して国会活動を行うこと、希望の党党員として政治活動を行うことを誓います。

 1、希望の党の綱領を支持し、「寛容な改革保守政党」を目指すこと。
 2、現下の厳しい国際情勢に鑑み、現行の安全保障法制については、憲法にのっとり適切に運用する。その上で不断の見直しを行い、現実的な安全保障政策を支持する。
 3、税金の有効活用(ワイズ・スペンディング)を徹底し、国民が納める税の恩恵が全ての国民に行き渡る仕組みを強化すること。
 4、憲法改正を支持し、憲法改正論議を幅広く進めること。
 5、国民に負担を求める前に国会議員が身を切る改革を断行する必要があること、および、いわゆる景気弾力条項の趣旨を踏まえて、2019年10月の消費税10%への引き上げを凍結すること。
 6、外国人に対する地方参政権の付与に反対すること。
 7、政党支部において企業団体献金を受け取らないこと。
 8、希望の党の公約を順守すること。
 9、希望の党の公認候補となるに当たり、党に資金提供をすること。
 10、選挙期間が終了するまで、希望の党が選挙協力の協定を交わしている政党への批判は一切行わないこと。
 年 月 日   第48回衆院選 立候補予定者(署名欄)


「安全保障法制」と「憲法改正」を支持することと書いてある。しかし、民進党から希望の党へ移った候補者のほぼすべてはこの二つに反対していた。それが、議員のイス欲しさにコロリと変身する。街頭演説でどう説明するのか。彼らを支持してきた有権者には裏切り者にしか見えないのに。ま、そんなこと気にしてるようでは政治家やってられないでせうが。


2015年7月の安保法制案採決場面 民進党議員はテレビ映りを意識して、プラカードを掲げて反対を訴えた。2年後の今、イス欲しさに反対から賛成(容認)に転じた。
minnsinn



閑人帳



●「多死社会」を考える

 BSのニュース番組で、作家の五木寛之氏と僧侶の釈徹宗の二人をゲストに標題のテーマを論じていました。下のグラフにあるように、老人の増加とともに死者数も増え続け、ピーク時には年間160万人に達するという。人口の多い団塊世代の死が増えるからです。赤ちゃんの誕生は100万人くらいだから、この差が人口減少の要因になります。


両氏の述べるところ、長生きをした老人の死は年々軽くなっているという。これが「直葬」とか、葬式の簡略化にもなっている。高齢者が珍しかった時代の、一族の司令塔みたいだった存在感はもう無い。寝たきりとか、長い介護の果てに亡くなれば、肉親でも「やっと死んだか」の思いさえ生じる。昔は普通に棺を自宅に安置した習いも消え、そもそもそんな部屋がない現代住宅では自宅での通夜はほとんど無くなった。それどころか、一部の地域では火葬場が満員で通夜の翌日に火葬できず、三日、四日、待たされる。これに目を付け「遺体ホテル」というビジネスが生まれた。(下の写真・横浜の例)


五木氏は最近「孤独のすすめ」という本を著した。「老いてますます盛ん」とは正反対の発想を勧めている。長い人生で培ったことを回想、咀嚼し、何かを求めることより感謝の気持ちで生きよ、という趣旨の本らしい。頂く年賀状の数が年々減っていく。当たり前のことで、それを寂しがるのはさもしいと。いかに生きるか、ではなく、いかにスムースに人生の店じまいをするかが大事だと言う。サミュエル・ウルマンの生涯青春論を裏返したようなネガティブな発想もヨシであります。(10月4日 BS日テレ)


多死社会

遺体ホテル 
多死 



五木寛之氏は85歳
多死 







閑人帳



●民進党の掃きだめ「立憲民主党」

 このどさくさ紛れのなか、枝野幸男氏の提唱で立憲民主党が創立されました。その創立記者会見は枝野さん一人きり、というのがなんとも侘びしい。党の創立を一人でやったなんて初めてではないか。 一日たって参加者の顔ぶれが披露された。枝野氏のほかには、菅直人、赤松広隆、阿部知子、長妻昭、初鹿明博、辻元清美、各氏など。政治家として、もう賞味期限の切れかかった人、いかにも時代遅れを感じさせる人ばかりです。この面々をみて、日本の将来を託せる政治家というイメージは全く浮かんでこない。民進党の、ツルのいない掃きだめです。


・・と、悪口はいくらでも書けるけど、誉めたいことが一つだけある。左右ごちゃまぜだった民進党が、この新党結成ですっきり分離できたこと。明快に左向きの面々の立憲民主党と、真ん中?の面々の希望の党との区分が明快になったことです。さらに、立憲民主党の皆さんは全員「希望の党」の選別で排除される人たちでした。これでポジションがはっきりした。心機一転、選挙活動に邁進して頂きませう。・・と、言いたいところ、希望の党は彼らの選挙区に刺客を送り込むというイジワルも計画しているらしい。それでなくても人気がないのに酷い仕打ちです。


民進の人たちはハローワーク通い
 最大野党が空中分解してしまい、居場所がなくなってしまいました。そこで政界ハローワーク通いです。中には焦りまくって「公認してもらえれば何処の党でもOKです」みたいな、プライドをかなぐり捨てて、なんとか雇ってもらおうと必死の人もいます。特に、民進全滅状態の大阪はようやく息をふき返らせるチャンスが来たと思ったら、党そのものが消えてしまった。中には、希望の党で落選し、立憲民主党でもアカンと言われる人がいるかもしれない。現役中にちゃんと仕事をしてなければ不合格もあります。あたふた動き回る彼らの頭には「国家、国民のため」仕事をするという意識など、これぽっちもないでせう。



大阪日暮綴



●JR環状線駅の記念スタンプ

 たなかさんから頂いたハガキに鶴橋駅のスタンプが押してあって、これがなかなかのスグレモノ。日本最古の橋「つるの橋」記念石碑とツルの絵の手前に焼き肉も描かれている。いい匂いに誘われてツルが集まるという絵柄です。直径は8センチとかなり大ぶりのサイズです。


調べてみると、環状線では全駅にスタンプがあることがわかりました。スーパーヒマジンは一日がかりでコレクションすると良い運動になり、お金もかからない。(ホームとスタンプのある改札階を階段で往復するとかなりの運動になりそうです)それに、大阪駅ってどこにスタンプがあるのか、探すだけでもウロウロしなければなりません。これが初乗り運賃だけで楽しめます。環状線は近ごろ、車両も全部快適な新型に入れ替わったので良い記念乗車になりそうです。


駅スタンプ  





閑人帳



●新聞離れが止まらない

 2010年ごろ、読売は1000万部、朝日は800万部を死守する体制で拡販にハッパをかけていたが、ネット情報の普及でじりじり部数を減らし、2014年、朝日の「慰安婦問題」誤報、記事取り消し騒ぎが起きるとイッキに読者離れを起こした。以後、全国紙、地方紙とも回復の兆しはなく、部数を減らし続けている。下は2017年前期の部数を示す。

( )内は前年度からの増減数字 ~ABC協会データ~
朝日新聞 6,258,582 (-325,208)
毎日新聞 3,016,502(-77,111)
読売新聞 8,830,415(-186,823)
日経新聞 2,718,263(-12,331)
産経新聞 1,555,261(-24,420)

2強の朝日と読売はこの数年間で合計300万部も減らした。これって毎日新聞の部数に等しい。つまり、全国から毎日新聞が無くなったのと同じことになります。 朝日新聞の減少部数は産経新聞の発行部数より多い(笑)。数年間で180万部減らした。


朝日が毎年ドカドカと減らしてるのは読者の解約が増えただけでなく「押し紙」問題に対処しているからではないか、と駄目男は疑っています。広告主から裁判を起こされた場合に備えて、少しでも「押し紙」を減らしておいて罪を軽くしようという魂胆です。なにしろ、この不正を言い出したのは朝日社内の人間ですからね。


「押し紙」問題は近ごろ「折り込め詐欺」と言われるようになりました。「振り込め詐欺」の言い換えです。折り込みチラシの依頼会社にウソの発行部数を伝えて折り込み料金を不当に搾取する詐欺のことです。最近は折り込み依頼会社もそれを見越して、新聞は3000部発行と言われたらチラシは2000枚しか渡さないとか、自衛しているという話もあります。


駄目男宅の近所に某新聞の販売店があって、定期的に新聞社のではない2トントラックがやってきてポリ袋に包まれた紙類を積み込んでいます。新聞、チラシ、ともきちんと配達していれば、こんな場面は見られないはずです。この余分の新聞紙を「押し紙」という。上の一覧数字の2割くらいが「押し紙」と言われています。(実態はわからない)毎日毎日、トラック何十台分もの新聞、チラシがゴミとして処分されている。新聞社に環境問題を語る資格なし、と言われる由縁です。

参考情報
http://www.kokusyo.jp/oshigami/11926/

読書と音楽の愉しみ


●吹奏楽で聴く「展覧会の絵」

 ひょんなことで招待券が手に入って久しぶりに「いずみホール」へ。演奏は「フィルハーモニック・ウインズ 大阪」という初耳の団体です。本拠地は豊能町のユーベルホールというから知らなかったのは仕方ないか。そんな先入観で本番を聴いたところ、これがなかなかハイレベルな演奏なので感心しました。クラシック音楽ファンは吹奏楽というジャンルを下目に見がちだけど、それは偏見というものです。アマチュアの管弦楽団の管楽器セクションよりずっと上手い。


ラベルが管弦楽として編曲した「展覧会の絵」をさらに管楽器用に編曲する場合、弦のセクションをクラリネットかフルートに受け持たせるので、編曲は苦労しないで済むように思うけど、音量や音色のことを考えるとバランスの取り方が難しいかもしれない。といっても、この曲は主題を担当するのは大方管楽器であり、十分耳になじんでいるので、トチらない限り楽しく聴けます。指揮者、ヤン・ヴァンデルローストのもと、しっかりしたアンサンブルと心地よいテンポで、コーダも十分盛り上がり、やんやの喝采を浴びました。音量でいえば、いずみホールの容積に対してツツ一杯という感じ。聴衆の満足度、最高に近かったと思います。一つだけ「?」なこと、チューバのとなりに、なぜかコントラバスが一本あったけど、低音部の下支えにどうしても必要なのだろうか。(9月24日)


いずみホール





大阪日暮綴


●昭和30年の仁徳陵空撮風景

 9月27日の「仁徳陵」本の紹介記事を読んでNさんからコメントと写真を送って頂きました。Nさんは下の写真に写っている大仙小学校出身で、これは昭和30年ごろの風景です。今から60年前、仁徳陵の周辺は田園風景が広がっていたことが分かります。御陵も普通に遊び場の感じで出入りできたそうです。この頃から当地は市街化が急激に進み、田畑は失われてしまいました。しかし、当時、堺市がここに大規模な公園計画を策定していたことが幸いして「大仙公園」が生まれ、仁徳陵と履中陵の間は広い緑地になり、博物館や茶室などの施設もできました。もし、この公園計画が無かったなら・・一体は住宅や工場に占拠されて御陵は孤立してしまい、世界文化遺産登録云々の話など生まれなかったでせう。


当時に、市民や役所に、歴史、文化遺産の 認識があれば、仁徳陵東側(建て売り住宅街)と北側(中央環状道路)に巾50mくらいの緑の緩衝スペースを設けることで、少しでも美しい環境づくりに役だったと思いますが、高度成長期にそんな気概も美意識もなかった。(緑の回廊があった場合の風景を想像してみて下さい)西側は静かな住宅街なので救われていますが、未だにラブホテルがあるのは情けない。少しはヨソもんの目を気にしたらどうか、と思うのは駄目男だけではありません。


幸いにして世界文化遺産になったら内外の観光客が増え、この醜悪な風景への非難の声も高まります。その前になんとかしようというプランはないみたいです。


昭和30年ごろの仁徳陵風景
大仙公園



閑人帳


●希代の「女傑」小池百合子

 日本の歴史上第一の女傑は誰か、と問われたら神功皇后と答えますが、残念ながら、半ば架空の人物です。うんと絞って戦後の女性政治家では誰か、というなら目下、ぶんぶん大活躍の小池百合子サンでありませう。彼女ほど権力志向の強い女性は他にいなかった。東京都知事という大役もステップの一つに過ぎなかった。マキャベリも目を剝く権謀術数でイッキにトップの座を目指している。なんか、安倍サンが狂言回しをやらされてるみたいで・・。あの和歌山産マキャベリの二階幹事長もうろたえ気味です。

但し、「女傑」は本当に総理大臣になっての話です。女傑に祭りあげるのは国民。ヘタすれば希代の「ドジ女」に転落する。こんな一か八かの勝負に打って出る勇気がある女性って他にいないでせう。小池サンに比べたら蓮舫サンなんてガキのレベルってこと明白です。小池サンは政界渡り鳥と言われた時代、環境省や防衛省でトップに座った時代から権力の座を目指していたに違いないが、東京都知事という道草がきっかけで安部政権と対峙するポジションになったのはラッキーと言えなくもない。そういう「風」を読む能力は先天的資質と経験の賜でありませう。

目下のシーンで一番哀れな存在は前原サンでありませう。党の代表なのに小池サンの下請け、子会社の社長みたいな振り回され役です。あの「ニセメール事件」以来、肝心なところでドジをやる。ハシゴを外される。なんか運命的なものを感じます。生涯B級政治家のままで終わりそう。

小池サンにとっては、10月末までの一ヶ月は、人生で最も毀誉褒貶の激しい期間になります。地獄と極楽の分かれ目。しかし、悲壮感を顔に出さないのが強み、男も顔負けです。当たり前のように総理の椅子に近づくか、「神風」特攻機のように散りはてるか。一億有権者を振り回す女・・こんな人、いませんでしたよね。(9月27日記)

小池百合子







読書と音楽の愉しみ


●中井正弘著「仁徳陵」~この巨大な謎~を読む

 著者、中井氏とは一、二度お会いしたことがあって、堺市大浜公園の「蘇鉄山」山名登録がご縁だった。もしや、バー「クラシカル」マスター髙杉さんの紹介だったかもしれない。中井氏は堺市に勤める公務員が本職だけど「堺の歴史ならまかしとき」の歴史通でもあり、本書もその研究の成果の一つであります。氏の知見の質量、学者並みです。


本書は、百舌鳥の古墳群が世界文化遺産登録云々の話なんかぜんぜんなかった1992年の発行。しかし、内容の面白さは今も変わらず、再版してもかなり売れるのでは、と思うくらいです。何が面白いかといえば、仁徳陵に関しては分からないことだらけで、何一つ断定できることがない。いまだに推定、想像でしか語れない大古墳だからです。


被葬者は仁徳天皇か?・・この肝心要のことが分からない。仁徳陵だから仁徳天皇の御陵だろうというのは仮の話。そもそも、仁徳天皇が実在の人物だったかどうかもハッキリしないのであります。それでは話にならないので、通称「仁徳陵」としているだけです。築造されたのはいつか。現在では「五世紀後半あたり」というのが有力な説らしいけど、プラスマイナス100年くらいの誤差はある。なにしろ文字のない時代のことだから、情報は中国の文献をアテにするというのがもどかしい。


仁徳陵は巨大な前方後円墳である。これくらいのことは昔から分かってまっしゃろ?・・いや、分かってなかったみたい。上から見ると鍵穴型のユニークなデザインですが、昔は、これを空から眺めた人は一人もいなかった。本書の江戸時代の図版を見ると二つの山が並んでる図ばかりで「前方後円」の形は認識できなかったようです。文明開化以後、飛行機で空から眺めることが出来るようになって初めて「こんな形やったんか~」と確かめることができた。


なんて書くと、「ケッ、アホクサ!」とむかつく人物がいて、それは千数百年まえに古墳を設計したデザイナー。彼は前方後円のデザインをしっかり頭に描き、全長480mもの巨大古墳をつくった。文字も紙も鉛筆もない時代にどうして設計し、施工したのか。古墳の方角は当時の海岸線と平行する向きになっているけど、これを測量し、現場で指示するだけでも難しい。なぜ、この向きにしたのか。海上から眺めたときに最も大きく見えるようにしたかった。たとえば、外国から使者などが訪ねてきたとき、強大な権力者のシンボルとして誇示したかったのでは、と言われている。


下の古墳の地形図を見ると、仁徳陵は表面がぐちゃぐちゃ状態であることがわかる。となりの履中天皇陵とはえらい違いです。なんでこんなにブサイクなことになったのか。著者もあれこれ考えているけど分からない。いろいろワケありで、工事途中でほうりだしてしまったのか。そんなアホな。森友学園じゃあるまいし。


今でこそ御陵は聖域のような扱いをされているけど、昔は、詳しくは幕末以前までは聖域なんかではなかった。朝廷の権力が衰え、武家社会になるとメンテナンスがおろそかになってしまった。戦国時代は小高い地形ゆえに陣地として利用された。不敬もええとこであります。
 平和な時代になると一般人も自由に出入りし、山菜狩りや物見遊山の
ために登った。仁徳陵周辺の農民はお濠の水を灌漑用水に使った。田畑が拡大するとお濠の水だけでは足りなくなり、遠く狭山池からも引き水したという。当然、水路沿いの農民は反対し、もめ事多々であった。


御陵の聖域扱いが顕著になったのは幕末に尊皇思想が強まってから。現在の拝所ができたのも幕末で、以後、宮内庁の管理になると拝所以外、全面が出入り禁止になった。それで私たちは拝所が御陵の正面であると思っているけど、単に行きがかりでそうなっているだけで、どの面が正面なのか分かっていない。なので、もしや私たちは仁徳天皇のお尻に向かって手を合わせているかもしれない。(1992年 創元社発行)


仁徳陵(右)の表面地形はぐちゃぐちゃ状態。南面だけきれいなのは江戸時代に修復工事をしたから。拝所ではこの面を拝む。
仁徳


敷地47万㎡の仁徳陵。面積では日本一だが、体積では応神陵のほうが大きい。三重の濠があるのはここだけ。
仁徳陵


だんだん観光客が増えてきた
仁徳 

仁徳 








犬町・猫町情報


●「北根室ランチウエイ」歩行記
 
英国のコッツウオルドの牧歌的風景に似た「北根室ランチウエイ」を歩いた足立さんからレポートを寄せていただきました。

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いつもお世話になっております。9月の上旬に「北根室ランチウェイ」を歩いてきました。いい道でした。コースは中標津から摩周湖を経てゴールが美留和まで70数キロを5日間かけて歩きました。


根室ランチウェイは11年前に酪農家の佐伯さんという方がイギリスのスコットランドを旅をした時にイギリスで定着している徒歩旅行を北海道でもやってみようと中標津の酪農家たちと行政マン数人と立ち上げました。しかし最初は地元の方の協力が得られず悪戦苦闘しながら3~4年前からようやく大手新聞に紹介されて注目されました。現在も佐伯さんが仲間と70キロのコースを整備されています。


しかしこのコースをランチ御飯を食べ放題の旅行と感違いしている方がいますが、ランチはつまり牧場という意味です。酪農地帯を歩く徒歩旅行です。ただランチウェイと聞くと牧場の平坦なコースを想定される方もいらっしゃいますが、山の中の酪農地帯を歩きますので標高500~800メートルはありますし、かなりアップダウンもありますし、湿地帯、藪、笹だらけの道、森林地帯、だらだらしたじゃり道とバリェーションに富んだコースです。


ただなにぶん山の中ですのでヒグマに遭遇する可能性は高いです。残念ながら遭遇したのはキタキツネとエゾシカでしたが、コースには、家畜は通さず人だけを通すマンパスが設定されています。コースは酪農地帯を歩くので家畜の糞尿のにおいは覚悟しなければなりません。それとコースは私有地を歩きますので牧場主さんにたいする感謝の気持ちを忘れずに行動し家畜に触れないゴミは出さない最低のルールは守らなければなりません。簡単にコースを紹介します。中標津ー開陽第ー養老牛温泉ー西別岳~摩周岳ー美留和です。摩周湖にも寄ります。またゴール近くにある水百選に選ばれている摩周湖の水も汲めます。


大阪から北根室へいくには飛行機で中標津空港に行くほうがいいと思います。帰りは女満別空港から関空が良いと思いますが、便は1~2便しかないと思います。ランチウェイを歩くには私有地をどうしても歩くので許可も必要なのでガイドさんと一緒に行くほうが無難です。宿泊施設ですが、コース上の牧場は泊めもらえますが原則は自炊と寝袋です。頼めば夕食、ベッドは用意してくれますが午後4時迄に入らなければなりません。他に山小屋、キャンプ施設、トレーラーハウスもあります。若い人たちはキャンプですがオッチャン、オバチャンは温泉宿がいいでしょう、川湯温泉、養老牛温泉、中標津などいい温泉宿があります。特に養老牛温泉の宿には乾燥施設とコインランドリーがありますので雨でビショビショになった時は助かります。


最後に開陽台から北方領土が手をとるように見えます。国後島です。こんなに近いのかと大変ショックを受けました。拙い文章失礼しました。
是非ランチウェイ歩いてください。コースの地図もあります。
 摩周湖、国後島、マンパス、TVで有名になったモアン山、酪農地帯、サンゴ草、ヒマワリ畑等の写真を順番に送らせていただきます。来年は十勝トレイルかみちのくトレイルを歩こうと予定しております。(足立)


ランチウエイの案内はこちら(動画あり)・・
http://kaiyoudai.jp/wp/2017/07/1216/


adati



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大阪日暮綴



●ビッグ錠氏が紙芝居「風のゴンタ」上演

 高校の同窓生、ビッグ錠氏が天神橋筋商店街で紙芝居を上演する・・とあって召集令状が届きました。終戦後のどさくさ生活を語るに紙芝居というメディアはぴったりです。ただし、今回の見物客は戦後のどさくさ時代に生まれたじいさん、ばあさん中心。いわゆる「焼け跡世代」です。アシスタントのおばさんと二人で進駐軍やべったん、鉄屑拾いといった懐かしい語彙を交えての熱演を楽しみました。(9月24日 関西大学リサーチアトリエ)


このブログでも書いたけど、空襲を覚えてる人は昭和15年生まれくらいが最後で、以後の世代は「語り部」になれない。また、5~6歳で田舎へ疎開した人は空襲自体を経験していないので、語るネタがない。よって空襲体験者は何かのかたちで体験を残しておこうという思いがあるのでせう。先日紹介した竹村氏の「大阪大空襲の夜」に触発されて駄目男もバラバラの記憶をまとめるべく目下資料しらべをしています。


佃記事



佃記事







たまには外メシ


●天ぷら「まきの」梅田店

 Tさんの案内で午後4時前に入店。昼どきや夕方は行列ができるので、この時間がベストという。なぜ人気があるのかといえば、もちろんCPが高いから。一番安い「まきの定食」なら990円(税別)で天ぷら八品とご飯、味噌汁付き、そして、何よりのサービスは「揚げたて」を供すること。これを店では「都度揚げ」というが、これの徹底が他店との差別化に成功した。・・と、書けばカンタンですが、システムの完成までにはいろいろ苦労があったと思います。


「海老天定食」(990円)があるのに、なぜ「天丼」がないのか、と後から気づいた。客の回転の速さからいえば天丼のほうがすぐれたメニューなのに、と天丼好きは思うのであります。(そのうち始めるかも) 梅田のほかに、天神橋筋と千日前にも店があり、今後ふえるかもしれない。

https://www.toridoll.com/shop/makino/


まきの 



まきの





プチ・ケチの研究



●買い物における、こんなプチ・ケチ案

 プチ・ケチとはいささか微細なけちんぼのことを指しますが、先日、スーパーでこんなアイデアを見つけました。レジに並んでいると、前のおばさんが大きな布バッグを素早く計算前のレジかごにかぶせたのです。それがどうした?・・係員はカウントした商品をバッグをかぶせたカゴに入れます。なので、おばさんは、レジかごからマイバッグやレジ袋に入れ直す手間が省ける。レジかごからバッグを取り出すだけでいい。


スーパーのレジ台の先には、客がレジかごから自分のバッグやレジ袋に詰め直すための作業台があります。ということは、客は売り場で商品をえらんでレジかごに入れ、レジ台で係員が商品を別のレジかごに移し、客は再度、レジかごからバッグやレジ袋に入れ直す。こうして買い物が終わるのですが、要するに、三度もかごやバッグに入れなければならない。おばさんは三つの作業のうちの最後の一つを省いたわけです。


もし、客の全員がおばさんのやり方を真似ると、作業台はいらなくなります。買い物作業の合理化が図れるわけです。考えたおばさん、エライ。 実際には、バッグ持参の客は少数派だし、駄目男のように酒とか重い商品はリュックに入れるという使い分けをするので、作業台は必要です。でも、こんなプチ・ケチ案を考え、実践する人がいる。マイバッグにはトートバッグを使う人が多いけど、おばさんのは思いっきりマチが大きいバッグです。もしや、かごのサイズに合わせて自分でつくったのかもしれない。それなら、おばさんはますますエライ。(おばさんのアイデアを生かしたバッグが商品化されているかもしれないが不詳)

◆追記・・当記事に対してN氏より投稿がありました。紹介したバッグはすでに利用している人がいる。本人には便利だけど、レジ担当者は商品のバッグ入れに慎重になるため時間がかかる。レジが混雑しているときは他人迷惑だから普及はすすめられない、というご意見です。パッケージに時間がかかるのは本当だろうと思います。使用ご本人にはエコバッグであっても、他人にはエゴバッグに見える。使うならレジが空いてる時間に、ということですね。


かごに持参のバッグをかぶせて、バッグを取り出す
レジバッグ







大阪日暮綴



●大阪市民は「台風」を忘れてしまった

 台風18号の進路予想をみると、大阪目がけてまっしぐら・・のように思えました。実際、予想に近いコースにやってきたのですが、大阪市内では風も吹かず、雨も降らずで、被害は皆無でした。むしろ、周辺で強風や大雨のため交通が乱れたという程度の被害がありました。あの、大層な避難呼びかけの啓蒙はなんだったのか。


大阪の災害史に残る台風は次の三つです。
・室戸台風(昭和9年)
・ジェーン台風(昭和25年)
・第二室戸台風(昭和36年)

もう半世紀ものあいだ、大型、強力な台風に襲われたことがない。ということは、団塊世代の人を含めて、ほとんどの市民は風速30m以上の強風を体験していないことになります。台風被害のありさまはテレビなどでヨソの土地のようすを見るだけです。大阪は台風来襲に関しては、運が良いというか、恵まれている都市といえるでせう。むろん、これは過去の話で、来年以後も安全とはいえない。たまたまラッキーだっただけです。


ジエーン台風の被害
◆死者 - 398名
◆行方不明者 - 141名
◆負傷者 -  26,062名
□住家全壊 - 19,131棟
□住家半壊 - 101,792棟
◆床上浸水 - 93,116棟
◆床下浸水 - 308,960棟


現在、ジエーン台風とそっくりの規模、進路の台風が来たと仮定すれば、上記の被害は、人命、物損とも十分の一以下に抑えられるでせう。インフラの整備、住宅の品質向上などで格段の進歩があったからです。とはいえ、大阪市の場合、水害対策では、一時間雨量50ミリ、一日雨量200ミリ程度を想定した上での対策ですから、昨今のようにものすごい集中豪雨があれば大きな被害が出るかもしれない。市民のほとんどが台風の実体験をしていないのはとても幸運なことですが、それだけに「打たれ弱さ」みたいなマイナス面もあります。


参考情報
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%8F%B0%E9%A2%A8


ジエーン台風の高潮で水浸しになった西区九条の風景
ジエーン台風





犬町・猫町情報



●10月例会 ご案内
 
イラスト 梅本三郎

2017-10 表紙

    この夏は 予報士泣かせの 雨が降る。

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■9月21日 食事会 ~担当 辻~
参加申し込みは・・
喜多村 松田 藤家 宮嶋 田中 山本 辻 梅本2さん、小西の
10名 です。15時30分 JR大阪駅中央 みどりの窓口集合

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■ココルーム de JAZZを聴く会
 藤井さんが愛聴している、バッハの曲をジャズにアレンジしたCD
をココルームの再生システムで聴きます。飲食費は各自負担。
◆9月29日(金)午後6時 地下鉄御堂筋線 動物園前駅 東改札口集合。ご希望の方は前日までに小西へお知らせ下さい。

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■藤原京跡コスモス畑から飛鳥へ(担当 小西・申込み不要)
「太子快道」を一部アレンジした平坦コース。約8キロ。
◆10月17日(火) 雨天の場合18日(水)
◆集合 10時30分 近鉄大阪線八木駅 改札口
◆コース 八木駅~今井町チラ見~藤原京跡 昼食(T)~飛鳥川沿い~甘樫丘下休憩所(T)~たんぼ~川原バス停~飛鳥駅(元気人は飛鳥駅まで歩きませう(10,5キロ)
◆参考ダイヤ 鶴橋駅9:55分発 急行青山行き
八木駅着 10:26分
◆弁当持参要 ◆申込み不要

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■くちまめ 10月例会 ~担当 藤家~
10/12(木)山本山(324M)へ
集 合:北陸本線河毛駅 9:30
持ち物:弁当、飲水、雨具、杖

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■10月度例会案内  ~担当 南~
 「川中邸屋敷林へ」 約4Km 平坦路
河内街道を散策し、大阪緑の百選「川中邸 屋敷林」を訪ねる。川中邸は江戸時代、大和川付け替えに生涯をささげた河内平野の開拓者、中甚塀兵衛の生地で屋敷林は「大阪みどりの百選」に選定されている。

◆日時 10月26日(木) 雨天中止
◆集合 近鉄けいはんな線 荒本駅11時
◆コース 荒本駅~日吉神社~長者橋~緩衝緑地公園(昼食)~川中邸屋敷林~吉田駅 
◆参考ダイヤ 東梅田10時23分発 (市営谷町線) 谷町4丁目乗り換え10時40分発(市営中央線) 荒本駅着10時57分
(注)弁当持参、市営中央線と近鉄けいはんな線は相互乗り入れです。
◆申込み要・・参加される方は10月23日までに南まで申し込んで下さい。                                                                              ~以上~
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藤原京跡コスモス畑
コスモス畑  




閑人帳


●パチンコ業界 前途に暗雲・・・

売上げジリ貧、規制強化で苦境に
 レジャービジネスで売上げ額が断トツのトップを維持しているパチンコ業界がジリ貧に陥っている。依存症が社会問題になり、パチンコファン=アホ、無能、の認識が固定してしまった。喫煙者が白い目で見られるのと同じである。梅田や難波の大型店でもガラ空きの店を見かける。人の心理は妙なもので、満員なら無理にでも席を探して割り込みたいと思うし、空いていたら「負けそう」とネガティブな判断をしてしまう。これではいかんと店は大音響で店内の活気を演出するが、だんだん「無駄な抵抗」になりつつある。


さらに、来年から出玉規制が厳しくなる。おまけにパチンコ台を「封鎖型」に変えよ、という案もあるそうだ。封鎖とは店側が台の調整を出来ない状態、すなわち釘の調整ができないタイプに変えさせられることで、以前には考えられなかったきつい規制であります。10年くらい前までは、政治家と警察とパチンコ業界は岩盤の如くしっかり癒着していたのに、ひび割れができはじめた。業界は警察官僚の天下り先というのは常識だった。それは、内実では今でも大して変わらないかもしれないが、常識は崩れつつある。暴力団の排除が進んで警察が関わる場面がほぼなくなったことが影響している。


東証一部上場の夢、叶わず
 業界のトップ、マルハンの会長、韓昌祐氏の悲願だった「東証一部上場」はついに叶えられなかった。財界の「しょせん、ギャンブルやろ」という認識を変えることができなかった。そして、最高は2兆円を超えた売上げも下降線をたどり、昨年は1兆6000億円台まで落ちた。貧乏人から巻き上げる金には限度があることにようやく気がついたのか。


2016年のフォーブス日本長者番付によると、韓昌祐氏の保有資産額は4,520億円(日本第9位)ちなみに、第1位はユニクロの会長、柳井正氏。この資産形成に協力したのは、安月給取り、職人、主婦、アルバイター、そして生活保護受給者。みんなせっせと貢いだのであります。しかし、韓昌祐氏が彼らの暮らしに思いを馳せることはない。ま、上場出来なかったことくらい、ガマンしてくんなまし。


あの高橋尚子さんがパチンコ中毒に
 パチンコファンは貧乏人ばかり、かと思いきゃ、例外もある。シドニー五輪のマラソン優勝者、高橋尚子さんがなぜかパチンコにはまってしまって依存症状態らしい。昼前から10時間以上、閉店時間になっても台にしがみついてるというから、趣味やヒマつぶしの域を超えている。いまだに結婚しないのはコレが障害か、と下のネタ元情報が書いている。バレないように、店へいくときはカツラで変装していくというから、昨日今日の道楽ではないでせう。しかし、べつに悪いことをしているわけではないから誰も止められない。45歳の分別はどこへ行ってしまったのか。高橋さんは数少ない「国民栄誉賞」受賞者であります。そんな、尊敬とあこがれの眼で見られる立派な人がパチンコ中毒・・・。韓昌祐氏に言わせれば、ほら、「国民的レジャー」ですがな、であります。 

http://news.livedoor.com/article/detail/13618911/
http://dailynewsonline.jp/article/1173411/

パチンコ売上げ







プチ・ケチの研究


●もう少し気遣いすれば・・・

 水道蛇口のシャワーノズル、シャワーとストレートの両使いタイプで100円というのは安い。ホームセンターでは300円くらいで売っている商品。で、購入して使ったところ、残念、シャワー使用時の水ハネが強くてシンクまわりや衣服にも飛び散る。これを避けるには水量をうんと絞る必要がある。・・・というわけで、欠陥商品に近い。(がまんすれば使えますが)


原因はおそらくノズルの穴の形状にありそう。本当に微妙なちがいで水ハネが起きる。しかし、ユーザーでは対処のしようがない。もちろん、試作時にテストして量産OKとなったはずですが、試作時と量産品とで穴の形状、すなわち金型の形状に微妙な違いがあったのかもしれない。(製造は中国)。この欠陥さえなければ「安くて良い品」であること間違いないので惜しい。そもそも、この業界の業者は扱い商品の数がものすごく多いので、量産品での品質確認なんかやってられない、というのが実情かもしれませんね。

発売元は新潟県燕市の「エコー金属」
http://www.echo-k.co.jp/search/details.html


ノズル



穴は円形のほうが良かったのでは・・・
ノズル 





読書と音楽の愉しみ



●百田尚樹著「今こそ韓国に謝ろう」を読む

 久しぶりに会ったIさんからお借りした本。あわて者は、あの百田サンが変節したのか、と早とちりしてしまいそうですが、そんなアホなことはありません。内容は過去に何十冊も発行された「嫌韓本」と同類ですが、普通に嫌韓をうたったタイトルでは売れないから、一策としてこんなひねくれた書名にしたのでせう。中身でなく、タイトルで売上げアップ・・もし、たくさん売れたのなら営業サイドの作戦勝ちです。


通読して残念に思ったのは未知の新情報がひとつもなかったこと。全部、すでに知っている事柄ばかりでした。しかし、著者は新ネタの発掘、広報を意図して書いたわけではないから仕方ないか。三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい)やトンスルなんて今やなつかしい言葉であります。全編、韓国に謝るフリして、実は韓国をバカにする話が並ぶ。唯一、本気でハンセーするのは戦前の日本政府(現地では総督部)が愚昧な韓国人に余計なお節介をし過ぎたことでせう。これは駄目男も同感です。


むろん、日本政府に言わせれば、朝鮮半島を支配しなければロシアが進出し、日本と間近で対峙する。双方とも日露戦争の記憶まだ醒めやらず、という時代だったから、日本は焦りまくって半島の日本化をすすめた。ただ、軍事的支配だけでなく、学校の建設とか民度のレベルアップをはかるインフラにものすごい金を注ぎ込んだ。こんな、欧米列強国が植民地において絶対やらない施策をドカドカやって、結局、自分の首を絞める結果になるのだから空しい。


まずは人材を育てよ、政策に異論はないけど、大学設置に置いては、東京大学、京都大学、東北大学、九州大学、北海道大学の次に「京城帝国大学」「台北帝国大学」が設置され、大阪大学、名古屋大学は後回しにされた。そんなアホな! 怒るで!・・であります。京城帝国大学は現在のソウル大学のさきがけ、韓国トップの大学でありますが、韓国人には感謝の気持ちなどさらさらない。


かように、日本による壮大なお節介がベースになって、戦後の韓国はなんとか先進国の仲間入りをした。足らざるところはパクリと捏造でごまかした。百田サンのいうように、日本は韓国との付き合いで後悔と反省の山を築いた。そこにつけ込んで韓国は「慰安婦」や「徴用工」問題でさらに反省と謝罪を求めている。言うまでも無く、慰安婦問題に火を付けたのが朝日新聞であります。


以前にも書いたが、韓国は、北朝鮮とともに世界で最も忌み嫌われている国家であります。近ごろは友好的であった中国にも嫌われている。このため、「現代」中国工場では車が売れずに地元下請け企業への支払いが滞っているとか、中国国内の「ロッテ」系列スーパーが中国政府の嫌がらせもあって続々廃業しはじめた、というニュースもある。ヘタしたら、20年前のIMFショックが再来しますぞ。(2017年 飛鳥新社発行)



百田本