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閑人帳



●手紙は縦書きが楽ちん
 
  一年くらい前から文章の横書きがなんとなくぎこちなくなってきた。もともとヘタ文字なのに、さらに汚い文字になる。そこで縦書きをしてみると。これがスイスイなめらかに書けるじゃありませんか。長い間、自分は縦書きが苦手、だから横書きすると思い込んでいたので、これは不思議です。もしや、脳の病気の前触れではと疑ってみたけど、そんな症状ってあるのかしら。横書きではフレーズを考えてから文字を書くが、縦書きでは頭と手がシンクロしていて、考えると同時に手が動いてるという感じ。すなわち、スイスイ筆が進むのであります。(注)メモは今でも横書きのほうがスムースに書けます。


何十年も続いた横書きのクセが、原因不明で縦書きにチェンジしたのであります。ついでに文字書きもヘタから上手にチェンジしてくれたらいいのですが、残念ながらこれは変わらない。しかし、上手下手はボールペンの品質にも左右されることがある、というのが実感です。線が細くてインクの出が悪いペンで書くと一層汚い文字になる。これって、ボールペンへ責任転嫁? いや、ホンマです。・・と、いいながら、百円ショップの「三本100円」のペンを買うのだから、ヘタは治らない。


ところで、市販の日記帳を見ると、ほとんどが横書き用に編集されています。これはノート面のデザインが横書きのほうがかっこよく仕上げやすいからでせう。縦書きでは、レイアウトとかで、いろいろ制約が生まれるような気がします。ともあれ、自分は生涯一冊の日記帳も買わなかった。40年近く続けてる「酒とバラの日々」はメモカードに横書きです。


手紙縦書き 




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小学生時代の思い出    作:DH
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(80)きよっさん(清さん)

 きよっさんは僕らの遊び仲間というより、そのリーダーである。何故リーダーかって。彼が一枚加わると電車ごっこにしろ、B玉にしろ、何か一味変って斬新で魅力的なものになる。その上一つの遊びが終わると次はこれ、次はそれと次の遊びを言い出して一同それに従って飽きる事がない。きよっさん、本名は小川清。背ほ小柄で頭でっかち。おまけに鼻の頭が赤い。実際には赤いわけではないが、何となくそんな感じで、イメージとしては白雪姫に出てくる小人がそれに近い。要するに風采の上がらないチビ助なのに、もっと体の大きい連中まで嬉々として後について行くのは彼にそうさせる何か持って生まれたものがあったのだろう。

彼とは学年こそ同じだがクラスは違うし、家もそう近くでもなく、どう考えても遊び仲間になるようなつながりもないのに何故そうなってしまったのか、不思議と言えば不思議である。一度彼の家を訪ねた事がある。入口から裏まで土間が突き抜けていて右側の壁との間に二間(ふたま)ほど。左の中ほどに竈とそれだけの家で、母一人、子一人の母子家庭だった。彼との仲も二、三年でいつとなく疎遠になり、卒業後は全く音信不通である。ただずっと後に駅のホームで彼らしい姿を見かけたが 声を掛ける事もなく そのまま別れてしまった。
 その後、私のまわりの友人、知人を見るに何故か「清」という名の人はどうも父親との縁が薄いように思えてならない。ケースとしては数人に過ぎないから一般論にはできないが、知っている限りでは100%だからすごい。余計なお世話だし、根拠も薄弱だが「清」という名は敬遠された方が良いように思う。


ついでと言えばご本人に申し訳ないが、もう一人、小川君が居た。丸顔に眼鏡で「坊や」と言う綽名がぴったりだった。彼もクラスが違ったので付き合いもない。こちらも母子家庭だったが彼のお母さんは女の眼医者だったのできっと裕福だったろうと思う。折から小学生の間にトラホーム(トラコーマ)が流行って私もお世話になった。治療と言ってもフラスコにはいったピンクの水で眼を洗うだけの事だった。

 
(81)へる(蛭の方言)
 前に(76)へし(菱の方言)を書いた。どうやらこの辺の方言では「ひ」が「へ」になると言うよりイ段がエ段になるようだ。たとえば、蚯蚓(みみず)を「めめず」と言うが如しである。それはさておき、蛭って嫌な虫だ。形もサイズも蚯蚓と似たり寄ったりで、片や水の中、片や土の中というだけの違いに過ぎない。何かの折に田植の手伝いで素足のまま田圃にはいったのが間違いの元で、忽ち蛭に吸い付かれてしまった。

最初は気付かなかったが、何だか足首の辺がおかしい感じがするので触ってみると蛭だった。早速引きちぎったが、胴は千切れても口はしっかり吸いついたままで これを取るまで出血が止まらない。全く始末の悪い虫だ。まわりを見るとプロの百姓はみんな手甲脚絆で、これでは流石の蛭も、手の、いや口の出しようもない。最初に一寸注意してくれれば良かったのにと思うが、彼らにしてみればそんな事は常識以前の問題で注意するまでもない事だったのだろう。


蛭にもサイズがあって巨大型になると大人の親指よりも太い。一度そんなのが池の底をウネウネと這っているのを見た事がある。背筋がゾッとした。もう絶対池では泳ぐまいと思った。そうでなくとも池には藻もあって危ないから泳ぐなとは聞かされてはいたのだが。耳からはいるだけでは馬の耳に念仏でも こんなのを見せられると もう泳げと言われても泳ぐ気になれない。


それは水中。これを陸上で見たらどうだろう。四国遍路で阿波の焼山寺行く途中の山道で出くわしたのは山蛭だろうか。それとも蚯蚓の化け物だろうか。蚯蚓なら何も恐れる事はないが これが山蛭というもので、もしこんな奴に吸い付かれたらなんどと思うと、考えるだけでも背筋が寒くなる。とにかく、あんなブヨブヨとしたものは性に合わない。


蛭にご用心
道明 99ひる・田植え 





閑人帳


●興味津々「タイタニック 新たな真実」

 昨夜のNHKーBSは上記のタイトルで、タイタニック沈没事故原因の新たな説を紹介していました。100年以上昔の事件の顛末をいまだに研究している人がいることに驚きますが、今回の説は人よりモノに焦点を合わせた物理的研究が主なので分かりやすく、説得力があります。


1912年、タイタニック号は英国からニューヨークへの処女航海の途中、氷山に衝突して沈没、約1500人の犠牲者が出ました。今回の新説は、タイタニックは出航する前から船内の石炭庫で火災を起こしており、これを隠したまま航海にでた。船内の火災を隠せるくらい大きな船だったともいえます。当時の燃料は石炭でこれをボイラーでくべてエンジンを動かす。そのため、大量の石炭が積み込まれていたが、これが時に自然発火することがあるという。ボイラーマンはみんな気づいていた。どう対処したか。くすぶる石炭をボイラーに投げ込んだ。要するに燃え始めている石炭を燃料として優先的に使った。


水をかけて消火したら?と誰しも考えますが、これはアウトらしい。そんなことしたら燃料として使えなくなる。ヘタしたらニューヨークへ着く前に燃料切れです。豪華客船が処女航海で燃料切れ・・こんなブサイクなこと、あってはならない。しかし、火災はだんだん大きくなるばかり、頑丈な鋼鉄の隔壁も高熱にさらされて歪みだした。ボイラーマンは必死で石炭をボイラーへ移す。ということはボイラーもオーバーヒート状態になり、エンジンはフル回転、船は必要以上のスピードを出した。分厚い鋼板も高熱に耐えきれず、ついに接合部分が切れて浸水しだした。


そこへ氷山が近づいてくる。・・なんてこと、乗船客は全く知らされていなかった。運の悪いことに、その右舷の火災で弱った箇所に氷山がぶつかった。鋼板はばらばらになり、船体に大穴が空いてドドドと浸水、4万5千トンの巨船もたちまち傾き始める。以後はみんなの知るところの悲劇につながります。


以上が沈没に至る物理的状況ですが、船会社の経営内容やクルーの人事においても問題があった。乗客の知り得ないところでさまざまなトラブルを抱えたまま「晴れの処女航海」に出たが、歴史上最悪のクルージングになってしまった。


タイタニック2号 建造中・・乗りたい?
 悲劇の船、呪われた豪華客船、と、まあ、世界で一番縁起の悪い客船でありますが、ブランドのチカラって大したもので、沈没100周年を機にタイタニック2号を建造することになりました。本当は2012年が100周年ですが、お金の段取りの都合で少し延び、2022年完成をめざしてるそうです。発注は英国の会社はよいとして、建造するのは中国というのが、なんだかなあ・・と、いぶかる人もいるでせう。


https://www.huffingtonpost.jp/2017/01/07/titanic_n_14017674.html?ncid=other_huffpostre_pqylmel2bk8&utm_campaign=related_articles

https://www.huffingtonpost.jp/2018/10/22/titanic-replica-2022_a_23568774/


NHK-BSの画面から
たいたノック 



タイタニック 


タイタニック 


タイタニック 


海底のタイタニックの残骸
タイタニック


タイタニック2号の完成予想図
タイタニック 




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小学生時代の思い出    作:DH
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(79)上善寺

 わが家から徒歩5分圏内にお寺が6ケ寺もある。その中4ケ寺は、まわりを石垣と白塀で囲い、頑丈な門は一年中殆ど開けられる事もなく まるで「寄るな寄るな、どいちょれ どいちょれ」と言わんばかりに傲然と構えている。「衆生済度」を説きながら、この姿は一体何だと、寺,僧にたいする私の不快感の源である。確かに石山本願寺のように寺が城郭である事が必要とされた時代もあった。しかし当時からして四百年。現代、その閉鎖的な姿はアナクロ以外の何物でもない。これと正反対が神社である。こちらは鳥居こそあれ、一年365日、誰でも何時でも中に入れる。なにがオープンと言ってこれ程オープンな建物は他にあるまい。


わが家から東に半町の上善寺は、東と南側こそ土塀(白塀ではない)だが、北は紀州街道に面した商店街で、その西隅が脇門であり、西側の正門と共に昼間はいつも開いていて誰でも中に入る事ができた。正門から入ると真正面が本堂で、そこまで丁度お寺を中央で真っ二つに分けるように、まっすぐな石畳の道が地面からかなりの高さで通っていた。脇門からの石畳はこれより一段低く、斜めにこの石畳にぶっかる。そのあたりが三人組の遊び場だった。本堂の南側、ちょっと奥まった所に小さいお堂があり、中には子供の背丈より高い台の上に何仏とも知らぬ仏様の座像があった。仏像の頭の上はすぐ天井であり、また、台とお堂の壁の間は大人一人がやっと通れるだけの幅という狭さで壁には窓一つない。明かりと言えば入口から射す光だけで堂内は常に薄暗く、仏像の裏あたりは殆ど闇に近い。子供たちにはこの暗い事自体が半分怖さ交りの魅力で何はなくともお堂の中をうろつき廻っては満足していた。


更にその南側は鐘楼である。或る日何人かのガキンチョがここに集まって鐘を見上げていた。鐘というものは見ていると撞きたくなるのが人情らしい。「いっぺん鐘ついて見たいナ」「撞いたら おこられるど」「そやけど撞いてみたい」「撞いてすぐ逃げたらどやろ」「やってみよか」と衆議一決。昼の日中にゴーンと一発。後は一目散。暫くして後ろの方から「こらーっ。鐘ついたのは どいつじゃーっ」という声が聞こえたがその時分には 一同知らぬ顔の安全圏である。何かと楽しい思い出の残る上善寺だった。

上善寺
上善寺 



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たなかよしゆきさんの古道紀行



ササユリの会予定表(2019年1月~9月)

主宰・案内人 たなかよしゆき
電話・ファクス 0745-79-6452
ケータイ 090-3485-6452

sasayuri no kai 






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●文さんのセンチメンタルジャーニー

 日本では今や軽蔑の眼で見られている文大統領ですが、韓国内では、つい先ほどまで「外交の天才」と褒めそやされてきました。金正恩との会見を成功させたことなどが評価されました。しかし、つい最近、外交の天才にしてはあり得ない事態に遭遇した。わずか数日のあいだに、いや、もう見ちゃおれん、と同情したくなる不運が続きました。


アルゼンチンでのG20会議に出席する機会を利用して、途中、チェコを訪問し、韓国の原発を売り込むべく、大統領と会談するスケジュールが組まれました。文さん自身は反原発派なのですが、外貨を稼ぐためにはそれを封印してのセールです。そして、予定通りチェコに着いたところ、大統領は留守でした。イスラエルへ何かの交渉に出かけていたのです。そんな、アホな・・・国家のトップの訪問なのにすっぽかされた。シモジモの呑み会の約束なら普通にあることですが、国家の首脳会談でそれはないでせう。賓客を接遇するために何十人ものスタッフが準備を進めていたはずですが、彼ら全員が文大統領の訪問を忘れていたのでせうか。それとも、当日の朝まで、チェコ大統領がイスラエルへ出かけることをスタッフ全員が忘れていたのでせうか。どちらもあり得ない。


ドジの原因はチェコ側にあるらしい。チェコ大統領が出先から文大統領あてに「お詫びの手紙」を届けたからです。その内容がネットで公開されているのもヘンです。普通なら内密に伝えるはずですが。ともあれ、文大統領は格下のチェコ首相と会談して原発セールをした。まあ、どれだけシラけた会談だったか、ここは文さんに同情します。


次は本来の目的、G20会議出席です。本会議以外での会見、会談のオファーが殺到した安倍首相に比べ、文さんには誰も寄りつかなかった。国連を含めた北への制裁を無視して,ひたすら北朝鮮への宥和を説く文さんが冷たくあしらわれるのは当然です。他にはコレという話題もないし。そして時は過ぎ、たちまち最後の記念撮影の場面になった。これを固定カメラで撮影した動画があって、文さんは早々とステージのセンターのポジションをゲットしましたが、次々やってくる首脳の誰ひとり声をかけない。文さん、ぎこちない作り笑いをするのみです。このミジメシーン、昔、民主党の菅首相が同じ目にあって恥をさらしたことがある。国家のトップが世界の檜舞台で無視される。たいへんな屈辱です。


歌のタイトルのように「心凍らせて」アルゼンチンを後にした文さん、最後の訪問地、ニュージーランドを訪問しました。ここでは国賓待遇で迎えられることになっていたのですが、空港で出迎えたのは同国の海軍中佐一人。本来出迎えるべき首相や閣僚は誰一人来なかった。ガ~~ン。なんという薄情、非礼。それでも文さんはこらえて中佐殿とにこやかに挨拶を交わした。そんなに文大統領が嫌いなら訪問を断ればいいのに、と考えますが、そうもいかない事情があるのでせう。
 かくして,文さんの駆け足世界一周は何の成果も得られずに終了しました。自称先進国の大統領がこんなに露骨に無視されるなんて珍しい。今の心境はいかばかりか。己の「存在の耐えがたい軽さ」を少しは自覚してるでせうか。

参考情報
https://news.nifty.com/article/world/china/12181-666568/
https://www.youtube.com/watch?v=rfP29GfhLbo
https://blog.goo.ne.jp/ss007_2007/e/3155637ec90ef5e1b4bfc2229ee7dce4


G20記念撮影会場風景 中央赤いネクタイが文大統領
文さん


文さん


出迎えの海軍中佐と挨拶を交わす文大統領
文さん 




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 ●天王寺七坂めぐりと一献

 忘年会のAプランを日曜日に実施しました。千日前通りに面した「真言坂」をトップに「源聖寺坂」「口縄坂」「愛染坂」「清水坂」「天神坂」「逢坂」を上がったり下がったりして巡ります。休日とあって観光客もそこそこあり、団体で廻ってる人もいました。大阪にもこんな坂の町があったのかと再認識できる場所です。一心寺で休憩して、一献は天王寺駅の北どなり、あの「裏難波」のごちゃごちゃ風景を引っ越したような場末感が味わえる路地へ。そのなかではややまともな?「わすれ茶屋」を選びました。基本、飲み物も料理もオール300円というメニューは「鳥貴族」と同じです。一階では、昔流行った炉端焼きを再現していました。
(12月2日)


源聖寺坂
七坂


口縄坂
七坂


清水坂
七坂


天神坂
七坂


「わすれ茶屋」は力丸水産の系列店
無題 







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●「日本を永遠に恨む」が韓国人の生きがい

 慰安婦財団の解散や徴用工裁判のプロセスを見ていると、韓国は大統領から一般国民まで、日本を恨み続けることが生きがいになってるのかと勘ぐってしまう。政府間でいう「未来志向」のお付き合いなんてお断り、どこまでも過去にこだわって日本の悪口を世界にまき散らすことに大変なエネルギーを費やしている。いっぽうで、ドジな経済政策のために国民の暮らしはきつくなるばかりだ。韓国人家庭の平均負債額は約800万円、日本のそれは500万円で、所得格差を考えたら差はもっと大きくなる。


慰安婦財団、徴用工裁判問題で、BSのプライムニュースを延べ5~6時間視聴したけど、ゲストとして呼ばれた在日韓国人の教授や団体役員のスピーチは苦しい言い訳に終始し、気の毒なくらいだった。彼らが韓国政府の不条理を問い詰められて言うことは「司法の判断は、事実よりも国民感情で左右される」「政権が代われば司法の判断も代わるのはやむを得ない」といった、およそ先進国ではあり得ないようなお粗末な発言ばかり。慰安婦財団問題でのゲストだった宋さんは、とても温厚で落ち着いた人だけに、論理的には日本のいうことが正しいと認めつつ、それでも韓国人の感情を無視できないと、その一線は崩さなかった。もし、日本の考えに同調するような発言をしたら猛烈なバッシングを受けるから、そんなこと口が裂けても言えない。鳩山由紀夫元首相が海外で日本の悪口を言いふらしてるような「言論の自由」は望むべくもない。


文大統領が登場したとき、なんとなく「ええかっこしい」な男と想像したけど、大方当たっています。自分の力で南北朝鮮の統一を実現させ、歴史に残るヒーローになりたい。慰安婦だの徴用工だのセコイ事案に係わりたくない。なので、未だにこの問題については知らん顔している。下手な物言いで韓国、日本、両国民を怒らせるリスクがあるなら、ダンマリがお得ということ。


就任後、一時は80%もあった支持率は、今週50%を割るところまで落ちた。経済政策への不満がじわじわと高まっている。しかし、南北問題に前のめりになっている大統領は,地味な経済問題解決には情熱が湧かないらしい。支持率を落とし続けた挙げ句に待っている運命は・・。かつて秘書室長として仕えた盧武鉉大統領は崖から飛び降りて自殺した。前政権の朴元大統領はムショ暮らしの日々。ここまで落ちぶれなくても、歴代大統領と同じく、ミジメな末路を迎えること、ほぼ確実であります。


タイトルに「日本憎しが韓国人の生きがい」と書きましたが、徴用工裁判の結果について韓国人のコメントが朝鮮日報に掲載されているので一部紹介します。韓国人の100%が反日ではないと、朝鮮日報が忖度した可能性もあります。

強制徴用:三菱重工への賠償命令記事への韓国読者コメント
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/11/30/2018113080009_2.html

判決を否とする意見・・イ・ウォンヨルさん
 大韓民国政府は卑劣で卑怯だ。韓日請求権協定当時、政府が代表してカネを受け取ったのに、法の手先(裁判官)を通して慰謝料として賠償を再び求めるのが正しいと言えるのか? 韓国政府が補償すべきだ。日本は当時、個人賠償を直接して、こうした問題の発生を防ごうとしたが、韓国政府が全部手に入れたんだよね。じゃあ韓国政府に責任があるのでは?

判決を是とする意見(その1)・チョ・ドンアムさん
 日本のやつらの反人倫的な悪質さは公訴時効がない。当然、日本のやつらが賠償しなければならない。これと同じく、親日売国行為で蓄積した財産と権力は公訴時効がない。最後まで追跡し、すべて没収して初めて正義がよみがえる。親日売国奴をえぐり出すことこそ大韓民国に精気を取り戻すことができる方法だ。

判決を是とする意見(その2)・イ・ソンジンさん
 何でここでチョッパリ(日本人の蔑称〈べっしょう〉)の肩を持っている人々を自国民だと言えるのか。お前らのようなやつらがいるから先祖は苦労したんだし、いまだに騒々しい。協力はするが、忘れない。あいつらから真の謝罪を受けて初めて未来が見えるというものだ。ドイツはやることがないから毎年謝罪しているとでもいうのか? お願いだから変なやつらはこの国から去ってほしい。


(注)日韓基本条約の細部にあたる請求権協定を決めるとき、日本側は韓国人徴用工などへの個人賠償もできると申し出たが、韓国側が、それは韓国政府がやるから賠償金は一括で政府に渡してほしいとのことだった。だから、日本政府は個人あての賠償はしなかった。この協定内容を韓国政府は国民に知らせなかった。協定締結後、40年以上経った2009年になって徴用工への未払い賃金も含まれていたと国民に弁明した。本来、徴用工に支払われるべき金は朝鮮戦争後の国内のインフラ投資に使われてしまった可能性が高い。なお、今回の徴用工裁判の原告4人は「徴用(強制動員)」されたのではなく、自ら採用に応募した人や役所の斡旋で就職した人たちだった。


参考情報・日韓基本条約・請求権協定
https://kotobank.jp/word/%E6%97%A5%E9%9F%93%E8%AB%8B%E6%B1%82%E6%A8%A9%E5%8D%94%E5%AE%9A-189571
徴用工
http://daishi100.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/twitter-a69b.html








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小学生時代の思い出    作:DH
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(78)伊原君・覚野君

 伊原君の家はわが家から東へ三軒の三叉路を南へ三軒だから徒歩一分もかからない。それで同級生だからどうしても遊び仲間にならざるを得ない。所が困った事にどうしようもないキカン坊で、なんでもかんでも自分の思い通りにならないとすぐ癇癪を起すという本当に付き合いにくい子供だった。有難い事に、世の中はよく出来ていて、やはりすぐ近くに覚野君という母親べったりの甘えん坊の同級生が居て、これが伊原君の腰巾着さながら、何でも彼の意のままに唯々諾々と従うものだから、伊原君はすっかり親分になった気分でご機嫌だし、お蔭でこちらは伊原君に気兼ねせずに付き合う事ができた。その意味では覚野君さまさまだった。


三人寄ると決まって近くの上善寺の境内で野球ともサッカーともつかぬ遊びをやった。ホームベースとおぼしき所からキッカーがボールを蹴る。残る二人が守備で一人が野手、一人がファーストで、セーフでもアウトでも選手が交代する。何しろ三人しか居ないのだから、こうしないと順番が廻って来ない。
 伊原君については嫌な思い出がある。いつもの仲間で近くの池へ釣りに行った。釣りと言っても、まともなそれではなく、その辺に落ちていそうな細い竹の先に普通の糸で釣針を縛り付けただけのもので、浮子もなければ餌も附けなかった。それを伊原君が闇雲に振り廻すものだから一緒に居た僕の耳に針が引っ掛かった。痛いったらありゃしない。それに針の先は鉤になっているから簡単には外れない。あの時は本当に往生した。


覚野君もちょっとまともでない所があって、我々みたいな牌を見た事もない子供に急に麻雀をしようと言いだしてみたり、かと思うと突然「オタマジャクシは蛙の子 それが何より証拠には やがて手も出る足も出る・・」と歌いだして、ジャズなんか聞いた事もない他の二人は呆気にとられてポカンとするだけという事もあった。
 伊原君の家は「木村家」というパン屋で、それはいいが、この店のショウウインドウはいつも湯気で曇っていて中が見えなかった。子供心にもこれではお客さんも買いにくいだろうと思っていたが、果たせるかな、僕たちが中学生の頃、夜逃げして居なくなってしまった。

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●ミーハー隊長の「エアーズロック(ウルル)」登頂記

エアーズロック

 低山の話題でときどき紹介する加藤さん、定年退職後も山への情熱は衰えず、国内外の高山、低山ハントに勤しんでいます。今年は豪州のエアーズロックにツアー参加のかたちでチャレンジ、無事、登頂しました。エアーズロックという名称は旧名で、現在は「ウルル」に変更され、これが公式名称です。原住民の聖地を観光地にしたことで、いろいろ問題が起き、結局、2019年10月25日をもって登山は禁止されます。加藤さんもこれを知って出かけました。


ウルルは周囲が9,4km、麓との標高差は335m。岩だけの斜面の上下で最大斜度は47度というから相当にハードです。その上、入山時間に制限があり、モタモタする人は途中でリターンさせられます。ほかに、天候その他の自然条件によって登山禁止の日が多く、一ヶ月のうち、1~2週間しかチャンスがない。このため、ツアーでは最低三日くらいの待機日を含めた日程を組むそう。普通の観光気分で行くとエライ目にあうかも知れません。加藤さんのレポートでも、かなりきつい上りだったことが伺えます。


加藤さんの「エアーズロック」登頂レポート

http://tozan.a.la9.jp/kiroku18/180609.htm




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●<雑感> ゴーン容疑者、屈辱の日々

 権力は必ず腐敗する・・昔からいわれた人間の性を知らなかったはずがないのに、自らの腐敗に気づかなかった。突然のタイホ、拘置所暮らしをゴーン容疑者はどう受け止めているでせうか。家賃300万円?の高級マンション暮らしから独房生活へ。天国から地獄へ真っ逆さま・・とはこのことでせう。人生最初にして最大の屈辱。収監一日目は現実を認識できずに錯乱状態だったのでは,と想像します。


東京拘置所は悪者専用無料宿泊所で、無料ゆえに待遇はよくない。独房はトイレ付き3畳の和室。トイレは囲いがないから用便中も刑務官からは丸見え、というオープンなインテリア。暖房はないので冬は冷え込みが厳しいらしい。(上等のパジャマや毛布の差し入れがあるでせう)但し、外国人には洋室も用意してあるそうだ。


ゴーン容疑者は反省しているか。それはないでせう。裏切った幹部への怨念がたぎっている。あいつとあいつ、二人の執行役員だ。(一人は外国人)ケリーには秘密厳守をもっときつく言っておけばよかった・・と悔やんでも後の祭り、いまや、日産役員と全社員、そして日本人すべてが敵だ。権力者から一転、容疑者、ムショ入り・・こんなのって田中角栄以来ではないでせうか。これに比べればホリエモンのムショ入りなんてかわゆいもんです。


容疑が固まれば保釈になるでせう。保釈金はなんぼ?・・30億~50億円くらいは積んでもらわなくては。しかし、懲役刑が決まれば再びムショ暮らしに戻る。仮に懲役5年となれば、そして、そのあいだに、もし、ルノーがこけたりすれば、ゴーンは完全に居場所を失ってしまう。
 今回の事件で日産とルノーの軋轢が大きくなって提携解消とかになった場合、ルノーはもう生きてゆく術がない。日産に代わるパートナーを見つけるのはほぼ100%不可能。となれば、今はゴーンを擁護しているルノーと仏政府も「こんなことになったのはゴーンのせいだ」と恨むしかない。ともあれ、日産とルノーの関係はかなり悪化しそう。三菱は・・当分、日和見するしかありませんかね。


取締役会でルノー出身の二人の役員をなんとか「解任賛成」説得にこぎつけた。第二の関門は臨時の株主総会か。ここでルノー側の株主がゴーンの解任反対を唱えてゴネたりするかもしれない。難儀の一つは、日産側は言うまでも無く「民事」案件だが、ルノー側は仏政府の資本が入っている。これだけでなんだか鬱陶しい。それはそうと、今回の騒動によってフランスの企業文化の内実が垣間見えるかも、という興味もあります。最後に、個人的に彼の姿勢に?を感じたのは、昨年から続いた日産の検査不正問題で、トップとして何の発言もなかったこと。対応はすべて西川社長ほかがやっていた。イヤな事案には知らん顔をする。日産幹部が嫌悪感を抱くのは当然でありませう。仏側が言う「クーデター」説は1%くらいは当たっている。


家賃無料の悪漢専用マンション
東京拘置所 








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● くちまめ例会 ご案内

12月13日(木)

淀川三川合流地点から宇治川上流に

向かって距離決めずに歩きましょう。

何日かかる・源流まで行けたら凄い!

集 合:京阪電車八幡 9:00

⁂昼食持参の事

⁂新年1月10日を予定してます  ~藤家~

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小学生時代の思い出    作:DH
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(77)教育勅語

 校庭の一画に「奉安殿」と称する小さい建物があった。簡単に言えば神社のミニチュアで、正方形の地所を玉垣で囲い、小さいながら「いぶき」も植わっていた。杉鉄砲の弾はこれの実である。また墨をする時この葉を入れると色が濃くなるとも言われていた。「奉安殿」の内部は見た事がないが、天皇皇后両陛下の御真影と教育勅語が入っているとの事だった。


これが開かれるのは式日だけ。この日は教頭先生が「奉安殿」から教育勅語を取り出して塗の盆に載せ、目八分に捧げ持って校庭に整列している生徒一同の前を静々と歩いて壇上に立っている校長先生の前の台に置く。校長先生はやおら教育勅語を持ち上げ、一杯に開いて(巻物になっていた)からおもむろに、そしてできるだけ荘重に「朕(ちん)惟(おも)フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト広遠ニ・・・」と読み始めるのだが、この間生徒一同は直立不動、頭をやや前に倒した姿勢で拝聴しなければならない。さして長い時間ではないが、最後の「御名御璽」の言葉を聞くと頭を元に戻してホッとする。


その中ごろに「・・父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ・・・と道徳教育の根源のような立派な言葉がある。しかし、これは山岡鉄舟の道場に掲げられていた文言をタネ本にしたものだとの説もあるやに聞いている。
 ともあれ、教育勅語は私にとっては大きなメリットがあった。「お名前は?」「どんな字ですか?」など日常よくある事だが道明はまあよい。問題は肇で、戦前なら勅語の「国ヲ肇ムル」の肇です、と言えば ああ分りましたと即座に通じた。戦後はそうはいかない。ハナ肇で通じた時期もあったが、これも大分遠くなってきた。拝啓の啓の字の上半分と筆の下半分では分かりにくくて正確に通じたかどうかも疑わしい。事実、道明筆様と記された書状が届いた事もある。ああ「教育勅語」時代が懐かしい。


教育勅語 
教育勅語



奉安殿 左の社ふうの建物
教育浴後 






 

読書と音楽の愉しみ



●山本功次著「阪堺電車177号の追憶」を読む

 図書館へ返本に行ったら、たまたま著者の講演会に出会い、拝聴してこの本を買い、サインしてもらった。本書は「2018年 大阪ほんま本大賞」受賞作。先日、紹介した有栖川有栖氏の「幻坂」に続いての受賞作品購読であります。主人公は阪堺電鉄の最古参車両「モ161型」の177号(実在しない架空の番号)であります。


主人公は昭和の初めから85年働いてとうとう廃車になるまでの乗客や沿線住民の暮らしぶりを六編の短編小説で描く。戦前、終戦直後、高度成長期、バブル崩壊・・と時代の様相をとらえて描くが、著者は戦後生まれなので、戦前のことは父親に聞いて書いたという。題名からは鉄道ファン向けの作品を想像するけど、まあ、普通の人情小説と言えるでせう。


著者は鉄道会社に勤めるサラリーマンなので電車の知識が豊富なのは当然として、では,どこに勤めてるのか。当然、阪堺電鉄と想像するところ、ご本人は言わない。趣味で小説を書くことは会社の了解を得ているけど、社名は明かさないこと、とクギをさされている。であれば、阪堺電鉄以外の会社、阪急とか近鉄とか、かもしれない。(一時、東京へ転勤になったというから、阪堺電鉄はあり得ませんね)


サラリーマンの傍ら小説も書く、という二足のわらじ生活は羨ましいと思われがちだけど、ご本人の話ではやはり苦労も多い。使える時間が限られているから集中できるのは土曜の晩くらい。ということは徹夜です。エッセイやコラムくらいならともかく、小説を書くとなれば相応の才能が要る。それを考えれば本書はよく出来た作品と言えます。(2017年 早川書房発行)


小説の主人公になった車両。もしや現役で最古参?
阪堺電鉄
 

阪堺


阪堺 









閑人帳



●試験艦「あすか」見学

 先週はかっこいい帆船を見学しましたが、続いて自衛艦「あすか」の公開があったので、かけあしで見学してきました。試験艦とは、自衛艦の各種装備をテストするのが役目の船、だから武装は一切ありません。魚雷の発射装置やミサイル、電子戦管制システムなどのテストを請負います。日本ではこの一隻のみ、世界でも珍しい役目の船だそうです。

全長151m、排水量4250トン、ガスタービンエンジン2基で4万3000馬力。速力27ノット。住友重工浦賀工場製です。桟橋で展示していた高機動車(装甲車)の無骨なデザインが興味深く、船より人気があるみたい。戦車ではないけど、普通の車よりは銃撃に耐える仕様でメーカーが小松製作所というのも面白い。車より重機に近い発想で作られています。乗り心地は無茶悪そう。詳しい性能諸元はマル秘だそうです。(11月18日 大阪港中央突堤)


あすか 



あすか 



あすか



あすか 




あすか 



クルマとは思えぬ無骨なデザイン
kあすか








大阪日暮綴


●むかごご飯

 むかごの味が嫌いという人はいないので、もっとたくさん市場に出回ればよいのにと単純に考えていましたが、出回らない理由を知って納得です。むかごは山芋が育つ過程でできるオマケみたいな副産物。これだけを育てて商品にするというのはあり得ない。片手間に栽培する、または,畑の一部や野道の脇で勝手に育つのが実情らしい。これじゃ商品として安定的に供給することは難しいでせう。


それはともかく、今年もTさんから頂いたむかごで「むかご飯」をつくりました。100gほどでお茶碗10杯くらいのむかご飯ができました。時期が限られるけど、街の食堂の定食でさりげなく「むかご飯」を提供したら喜ばれること請け合い、粋なサービスになります。

むかごの栄養などの情報
https://afun7.com/archives/15516.html



mukagomesi 









犬町・猫町情報



小学生時代の思い出    作:DH
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(76)へっつい(竃)さん、ご飯炊き、薪。

 へっついさん、竈(かまど)の事である。昔の絵では随分背が高く、薪は直接地面の上で焚かれているように書かれて居り、あれでは火とお釜の間が遠くなって効率も悪いし、炊きにくかったろうと思う。わが家の竈は下が薪の置き場になっていて薪の炎が直接お釜の底に当たる程だった。焚き口が二つあって、どちらを使ってもいいようなものだが、何故かご飯を炊くのは右と決まってた。竈の奥からの煙突は上がT字型になっていて雨が煙突から竈に入らないようになっていた。


燃料の薪は一寸田舎へ出れば農家の壁際に殆ど軒の高さまで積み上げられている、あの薪である。買った薪はさほど太くはないものの長さの揃った丸太で、これを小さく割るのはこちらの仕事になる。かなり太い丸太を輪切りにしたものが台で、その上に買った細い丸太を立て「よき」という小さい斧を木の真ん中目掛けて振り下ろす。うまく軸に当たるとスパーンと小気味よく割れるが、一寸でも軸から外れると木に食い込むだけで割れないばかりか、食い込んだ「よき」を抜くのにもかなり力がいる。大体 一本の木を4から6本に、時に太いものは8本に割っていた。本来は父の仕事だが、私も少し大きくなってからは手伝うようになった。最初の中はなかなか軸に当たらず、手こずったが何でも慣れでやっている中にだんだんうまくなった。


薪に火をつけるには鉋屑があれば最適だが、そういつもあるものではないので、結局新聞紙のお世話になる。ちょっとでも火がつけば今度は火吹き竹の番で、ふうふう吹いていれば、その中に火が広がる。薪の2,3本も燃え上がれば後はご飯が炊けるのを待つばかりで、火守りの仕事は一寸一服だ。ご飯の方は「始めチョロチョロ 中パッパ 赤子泣くとも蓋取るな」とご承知の通り。火守りの辛い事と言えば薪の中に生乾きの木が混じっていると、それが燻り出して竈の外まで煙の出る事があり、そうなれば煙に噎せて咳も出れば涙も出る、。もう一つ怖いのは風の強い日。風は気まぐれで時に煙突から竈へ吹き込む事がある。大変だ。思いもよらぬ時に竈から火が吹きだす。ぼやぼやしていると眉毛ぐらいは焦がす事になりかねない。風の日はくれぐれも要注意である。


さあ、ご飯が吹きこぼれてきた。炊き上がったのだ。「火を引け、火を引け」と母から言われたが、ここの所の記憶がやや曖昧で、多分燃えている薪を引き出して水で消したのだろう。その薪をどうしたかが思い出せない。熾火は火消し壺に入れて「カラケシ」にする。
 炊き上がったご飯は大きな杓文字でかき混ぜながらお櫃に移す。ここで可なりの水分が飛ばされる。お櫃自身も若干ながら水分を吸収し、かくしてカーワリとしたおいしいご飯となる。今の炊飯器ではなかなかうまく行かないように思う。外食のご飯も殆どがベチャ飯だ。水分の多い方が嵩が増えるから当然と言えば当然だろうが。米食に関してはコンビニのおにぎりが最高で本当に良くできている。


お釜でご飯を炊くとどうしてもお焦げができる。どうするかと言うと、お釜に少しお湯を注ぎ、お焦げをコソげ落し、お茶碗に移して少し塩を加え「お焦げ粥」にする。香ばしくて一寸乙な味がする。お米は一粒と言えども無駄にしない「勿体ない」精神そのものだ。

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駄目男の蛇足・・お米は日本人の命の糧。ゆえに、他の食材とは違った、別格の扱い、呼ばれ方をしています。たとえば・・・

・米は洗うのではなく「研ぐ」
・炊けたご飯を混ぜるのではなく「切る」
・お茶碗に入れるのではなく「装う」

など。米を大切にすることや、美味しさの追求を重ねているうちに、こんな尊敬の念が含まれた言葉が自然に生まれたのでは、と思います。



かまど 


かまど 


子どものご飯炊き体験
かまど 




大阪日暮綴



●懐かしい帆船が大阪港へ

 ポーランドの帆船「ダル・ムオジェジ」が天保山岸壁で公開中のニュースを知って出かけました。1983年に大阪港で催された「帆船まつり」に参加していたので35年ぶりです。この船の建造は1981年なのでピカピカの新型船でした。当時は大阪港駅の近くに住んでいたから、毎日各国の帆船を見物して回ったものです。船だけでなく、乗組員(実習生)の制服姿もカッコよく、みんなイケメンに見えた。


はた目にはカッコいいけど、もし自分が乗組員で毎日、帆の操作を命じられる場面を想像すると、全く不向き、なんの役にも立たないこと明快であります。高所恐怖症であることだけで失格であります。ま、こうして動かない状態で見物するだけで十分楽しい。本船は世界一周航海中で、20箇所くらいの港に寄港し、親善を深めるとのことでした。(全長108m 2250トン)


帆船 


帆船


帆船 


外交官、杉原千畝の業績と感謝の言葉を記したポスター
帆船




帆船 








閑人帳



●歯ぎしり用マウスピース

 半年くらい前、歯科医院での「歯の掃除」のときに衛生士さんから「歯ぎしりしているからマウスピースをつくりませんか」と言われた。歯ぎしりなんかしてません、と否定したものの、本人には判断できないものらしくて自信がない。説明によると、歯ぎしりのときは、歯のかみ合わせで200kgくらいのチカラが歯にかかり、老化で弱っている歯は耐えられなくて割れてしまうこともあるという。歯ぎしりの有無は歯の表面の状態を見れば分かるそうだ。(ホンマか?)


歯が壊れてから後悔しても遅いですよ、となんだか脅かしめいたことを言われ「で、なんぼかかりますねん」と歯ぎしりより気になる費用のことを尋ねた。一割負担だから千円くらいでできます、と言われて注文を決めた。(なんか、セールストークにのせられた気もしつつ)


マウスピースといえば、とりあえずボクサーが試合で使うアレを想像しますが、こちらのは至って簡単にできます。粘土みたいな樹脂で型どりをして乳白色の樹脂で成型する。制作は一週間くらいかかり、試用で微調整して完成です。この樹脂の少しのクッション性が歯ぎしりの圧力を減らし、ギリギリいう不快な音も無くす(又は減らす)わけです。ピースは上側の歯に装着します。


使ってみれば、違和感もなくてすぐに慣れました。歯ぎしり以外の効用は、睡眠中の口の渇きがほぼ無くなったことと、眠りが深くなったような気がすること(感覚的な判断です)で、マイナスの作用はありません。慢性的な肩や首のコリに悩まされてる人は症状の軽減もあるそうです。歯が弱ってきているのに歯ぎしりをする人には解決策の一つになりそうです。どこの医院でもやってるのか分かりませんが、チラシで見た下記の医院はコレ専門だそうで(歯の治療はしない)そこそこ需要があるのでせう。チラシには3割負担で8000円位とあります。

ABO歯科クリニック (西梅田)
http://www.abodental.com/

寿命は半年くらいと言われたが、まだ使えそう
マウスピース







犬町・猫町情報



小学生時代の思い出    作:DH
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(75) 活動写真

 活動写真がやがてキネマ(或はシネマ)から映画と呼ばれるようになるかなり以前の話で、勿論、無声、白黒でカツベン(活弁)が活躍した時代である。客席のまだ前に弁士の席があり、有名な「東山三十六峰 静かに眠る丑三つ時、突如として起こる剣戟の響き・・」とか「春、南風のローマンス・・」などと言った名調子が言い伝えられている。


わが町には「電気館」と「春日座」の二つの映画館があった。但し「春日座」の方はその名前からも察しられるように、映画もやるが旅回りの芝居も出すの二刀使いで どちらかというと後者の方が主だったかもしれない。活動を見ると言っても専らチャンバラで、ストーリーも分からぬまま、斬った方が良い方で、斬られた方が悪なのだ。当時の主役として羅門光三郎、綾小路弦三郎、木暮月之介などの名前が記憶に残っているが、いずれも恰好良く強そうな名前ではないか。見て帰って暫くの間は興奮覚めやらず、エイ、ヤッと一人で物差しを振り回しては人を斬ったつもりになって喜んでいた。嵐寛十郎、片岡知恵蔵、市川歌右衛門など一流俳優のものは、こんな田舎町にはやって来ない。


その中トーキーが始まった。映画の題はもとより、ストーリーも何も覚えていないが、主演女優の顔がアップになって「あたし 淋しいの」と言ったシーンだけが強烈に印象に残っている。殊に「あたし」という言葉が耳新しく、フーン、東京の女性は自分の事を「あたし」と言うんだと感心するとともに、何だか背筋がゾクッとしたものだ。


田中絹代と上原謙の「愛染かつら」が大ヒットしたのは何時頃の事だったろうか。これ亦、記憶にあるのは看護婦姿の田中絹代がプラットホームで、汽車で去って行く上原謙を見送って(謙の方は絹代が来ている事を知らなかったのではないか)「浩三様~」っと叫ぶラストシーンだけである。尤も「花も嵐も 踏み越えて・・」の歌の方はよく覚えている。
 「絹代の初恋」という映画のポスターがどういう訳かわが家の中の壁に貼られていた事があって「初恋」の意味が分らないから、折から家に来ていた派出婦さんに聞いたところ「その中 大きくなったら分かるわよ、ウフフフ」と笑われてしまった。失礼な奴だ。


返す返すも残念なのは、エノケンの映画を殆ど見ていない事で、見たのは「ちゃっきり金太」ぐらいだ。「西遊記」なんか見たかったナ~。エノケンは逸話の多い一種の天才で、例えば走っている自動車の左のドアから飛び出して自動車を追い越し、右のドアからはいったとか、走った勢いで垂直の壁を駆け上がったばかりか、そのまま向きを変えて地面と平行に何メーターか走ったとか。特に見たかったのは映画ではないが彼の演じる「瀕死の蠅」で勿論バレーの「瀕死の白鳥」をもじったものだが、蠅取り紙に捕まった蠅がじわりじわりと身動きならなくなってゆく所をバレーでやったとかで観客は抱腹絶倒で涙を流しながら、その天下一品の至芸に酔いしれたそうだ。見たかったナー。


映画「愛染かつら」の一部と主題歌「旅の夜風」昭和13年
https://www.youtube.com/watch?v=TOlgIIhMwYk


道明 映画


道明 映画 









大阪日暮綴



●御堂筋「光の饗宴」

 川島恵美子作品展訪問の帰り、本町駅で下車して御堂筋へ出ると、恒例のイルミネーションがはじまっていました。例年は12月に入ってからだったような気がするけど、なにか急ぐ理由でもあったのでせうか。銀杏の木にはまだ葉がいっぱい残っているので、電球が隠れてしまうのでは、というのは杞憂で、普通に光っています。今回は歩道端の植栽にもレイアウトされていて、全体では如何ほどの電球が使われているのか、見当がつかないくらいです。(2015年は66万個だった)


ドローンで撮影した?画像
イルミ


犬町・猫町情報



●12月例会(忘年会)ご案内
       
イラスト 梅本三郎

青春81きっぷ シリーズ ラスト
赤い糸 解けない 切れない ユルマない


12月イラスト 2018 


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忘年会のご案内
 今年も補助金つきの忘年会を二つ企画しました。日曜日に行いますので、ふだん、例会に出にくい人もぜひご参加下さい。

Aプラン■「天王寺七坂散歩と一献」
 寺町の七坂をぜんぶ歩きます。一心寺で休憩して天王寺界隈の酒場へ行く予定。徒歩3,5キロ、アップダウン100m 。先着3名まで。
□12月2日(日)
□午後2時30分 地下鉄谷町線 谷町九丁目駅 東梅田方面行きの改 札口集合 (雨天の場合、延期しますが、日程は未定です)

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Bプラン■道頓堀「千房」で昼忘年会
お好み焼き+αのメニューで忘年会。昼間に行います。参加人数の制限はありません。
□12月9日(日)
□午前11時30分 地下鉄御堂筋線 難波駅 南改札口(出口専用の改札です)

□両プラントも一人2000円の補助金を出します。オーバー分を個人負担して頂きます。どちらか一つを選んで申し込んで下さい。
□申込み締め切り 11月25日(日)
□当日、年会費千円を集金しますので、よろしくお願いします。

■企画は誰でもできます。案のある人はお知らせ下さい。

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■くちまめ例会
 12月13日の予定です。

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●西除川ウオーキングガイド


●西除川ウオーキングガイド ~地図をつくりました~

 南河内を流れる全長26キロの地味な川「西除川(にしよけがわ)」沿いのコース地図をつくりました。堺市の浅香山から狭山池を経て天野の金剛寺まで行程は32キロ、ほぼ平坦な道です。西除川流域は今まで観光やハイキングでは無視されていた感じがありますが、下見歩きを重ねて、昼食場所やトイレ事情も確かめ、コースにまとめました。但し、32キロのうち、2キロほどは、歩道がなく、車の多い道を歩きます。

 コースはシニアの歩行を考えて四区間に分けています。
 第一区間 南海高野線 浅香山駅~松原市民運動場 8,5km
 第二区間 市民運動場~南海北野田駅 7,0km
 第三区間 南海北野田駅~南海滝谷駅 7,5km
 第四区間 南海滝谷駅~金剛寺 9,0km(河内長野駅までバス)
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ウオーキングガイド地図(A4コピー5枚)
(2,5万分の1地形図に手書きで情報を書き込んでいます)

頒布価格 送料とも 一部  送料共     480円(郵便払込)              
          二部        送料共     700円(郵便払込)
          四部  送料共 1000円(郵便払込)

代金は後払いです。郵送時に郵便払込票を同封しますので、マップ到着後、お近くの郵便局でお支払い下さい。(手数料は当方で負担)

問い合わせ・申込先・・小西尉司(こにし じょうじ)
           電話・FAX 06-6692-1340
                メール 
kai545@violin.ocn.ne.jp

■カテゴリー別項に「なにわ快道」「太子快道」も案内しています。

西除川ウオーキングコースの景観
(スタートは南海高野線 浅香山駅です)

大和川への合流点(堺市常磐町)
西除ブログ


一日目のランチは天美西公園で
西


堺市美原区今井の古い民家
西


誰も利用しない「西除川緑道」
西


禅宗の寺、法雲寺の山門
西


狭山池のとなり、副池のほとりも歩く
西


狭山池と狭山池博物館
西 


中高野街道と西高野街道の合流点
西 


河内長野市下里町の田園風景
西 


金剛寺境内を流れる西除川(当地では天野川)
西 


平成の大修理で美しく蘇った金剛寺金堂(左)
西 


ガイドの表紙
西


地図
西





犬町・猫町情報


(74)スキヤキ

 竹の皮から連想されるもの・・・スキヤキというとまるで判じ物のようだが。母が「晩はスキヤキにしよか」と言うと喜び勇んで肉屋に走る。「ロース(?)の肉 百目。」(目は匁で3・75グラム)と言うと肉屋さんが竹の皮を拡げ(そーら竹の皮が出てきた)それに、おおよその肉を盛って秤に載せ、多少足したり減らしたりして丁度百目にし、最後に四角い脂身を添えて一丁上がり。竹の皮の端をピッと割いて作った紐で縛って「はい、お待ち遠さん」となる。


さてスキヤキ。世の中にこれ程ヤヤコシイ料理があるだろうか。ヤヤコシイというのは、料理の仕方も味付けも地方によっても違い、各家によってもやり方がいろいろあるという意味で、それぞれの家でその家のスキヤキをする分には何の問題もない。所が、赤の他人が五六人集まってスキヤキ鍋を囲む段になるとさあ大変。肉が先だ、野菜が先だ、いやまず下地だと収拾がつかない。結局、ご苦労でも誰かが鍋奉行になって仕切らないと前に進めない。


所で、肉以外の具も所により季節により様々あるとして、これだけは絶対欠かせないものとなると、まず葱、焼き豆腐に糸蒟蒻ぐらいだろうか?ほかには、玉葱,シイタケ、春菊、白菜などなどはその時任せという事にしておこう。
 ここに卓袱台なる「すぐれもの」が登場する。丸い板の裏に一対の二本脚が折り畳まれているだけの簡単なものだが、平素は部屋の隅にでも立て掛けて置けば場所を取らないし、望みの場所まで運ぶにしても転がしてゆけるから子供でもOKだ。場所が決まれば四つ脚を開いて食卓の出来上がり。おまけにテーブルの真ん中辺の四角い部分を外すとそこにカンテキがすっぽり納まるようになっている。こうして居間が食堂に早変わりし、狭い家を出来るだけ有効に活用する生活の知恵である。


スキヤキの中で何が一番好きと聞かれたら、躊躇なく「脂身」と答える。肉にはなかなか砂糖の味が浸み込まないが、脂身はすぐ甘くなり、それが口の中で溶けるおいしさ。最高である。しかし、これもたった一つしかないから余計おいしく思うのかも知れない。それよりも翌日の食べ残し(もしあれば)の方がもっとおいしい。こってりと味が着いている。スキヤキの最中はただもう食べる事に忙しくてゆっくり味の附くのを待っていない。勢い味の方は薄味となるが、一晩置いた後のじっくり浸み込んだ濃厚な味は、これこそ肉の最高の味になっている。


スキヤキ

スキヤキ








閑人帳


●絵画展二つご案内

■川島恵美子 作品展

11月3日(祝)~18日(日)
絵画展 

絵画展 

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■鳥越ゆり子 絵画展(感情細胞)

絵画展 


絵画展 


絵画展