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読書と音楽の愉しみ


●鳥海 修著「文字をつくる仕事」を読む

 私達が新聞や本をよむとき、印刷された文字の書体について、なんという名前の書体か、誰がデザインしたのか、なんて気にすることはまあありませんね。しかし、その文字にはすべて書体名があり、デザインした人(グループ)がいます。そんな文字のデザインについてのウンチクを語っているのが本書です。こんな本、誰が読むねん、と訝りつつ、実際、退屈なページもあるけど読んでみました。


A新聞を10年間購読したあとB新聞を読むと、ん?・・と違和感を覚えることがあります。新聞名が変わるのだから当然ですが、記事紙面だけ見ても「なんか違う」という感じです。その原因が書体の違いのせいだと気づく人は少数ですがいます。そう、各社同じように見える書体が実は異なっています。朝日、読売、日経・・と各社専用の書体で紙面をつくっている。なおかつ、何十年かに一度、全部作り替えることがあります。それを請け負っている人の一人が著者で、書体デザイナー(フォントデザイナー)と呼ばれています。


書体は新聞社のように専用のものといろんな印刷物に使う汎用があり、デザイナーがこだわるのは汎用の書体です。自分のデザインした書体が世間でたくさん使われることでお金になるし、やりがいもあるからです。そして、一番チカラを入れるのが「本文明朝体」。新聞や本で普通に使われる書体です。では、優れた書体の条件はなにか。
 □読みやすいこと
 □美しいこと   

この二点です。言い方を変えると、良い書体とは、「水のような 空気のような」書体、即ち、個性や主張は許されない。読者に「書体」を意識させるようなものはアウトです。


こんなに厳しい制約のもとでデザインしたら、逆に、良い書体、悪い書体が生まれることなく、全部ワンパターンになってしまうのではと思いますが、そこがまた違うのですね。ものすごくビミョーな相違がある。優劣のある証拠に、著者がつくった「ヒラギノシリーズ」という書体は2005年にグッドデザイン賞を受けています。要するに、彼らプロに言わせれば、書体は年々進化、改善されてるというのですが、一般人(読者)には全然気がつかないくらいのミクロ的改善です。


そんな新書体開発の熱意が昂じると、本文明朝体においても、時代小説向きの書体とか、翻訳小説向きの書体とか、ついには「藤沢周平」作品にぴったりの書体をつくろう、なんてことを言い出すデザイナーが出て来る。言うのは簡単だけど、新しく書体を開発するには一万~二万字をデザインしなければならず、今はコンピュータを駆使するといっても、膨大な労力と時間がかかります。私達一般人が知らないところで熾烈な開発競争が行われているわけです。


逆にいえば、漢字や仮名文字には汲めども尽きぬ魅力があるということでせうか。読みやすい、美しい、というテーマでまだまだ追求するだけの奥深さがある。こんなデリケートな表現ができる文字って、日本語だけではないかと思いますが、それは一人よがりで、外国語にはそれぞれの「読みやすい、美しい」書体があるのでせう。(2016年 晶文社発行)


明朝にもいろいろな書体がある
文字をつくる仕事 



大正時代の活版文字の書体
文字 



文字 






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閑人帳



●賢い?・・がめつい?・・「獺祭」商法

 好事魔多し・・先月の西日本豪雨で山口県の旭酒造の酒蔵が浸水被害を受け、大わらわであります。製品や仕込み途中の酒がほとんどパーになってしまった。その数、65万本~90万本というから常に強気の社長さんも真っ青です。被害額10億以上とか。杜氏をおかない、オールコンピュータ管理による製造装置でン億の借金を抱えているのにこのきつい試練であります。


65万本以上の酒、仕込み品を全部廃棄するのか。する、が常識でせうが、一部はしない、という選択をしました。酒の品質を保てる状態のものをB級品として発売することに決めた。品質、味、大丈夫かなあ。もちろん、味や安全面のチェックはしますが、小売り3万円台の高級品と普及価格の吟醸酒をブレンドすることもあるらしい。で、販売価格は1200円。ウイスキーのシングルモルトどうしの掛け合わせみたいなことをする。ほんま、だいじょうぶでっか?。


この大ピンチに助っ人が現れた。漫画家の弘兼憲史氏です。山口県出身なので同郷の士のピンチを座視できないと応援役を買って出たらしい。そして、この怪しい?B級酒に「島耕作」なるブランドをつけ、販売すると記者会見まで開いてPRした。(下の写真)
 これって、逆境を跳ね返す賢い商売なのか、それとも単純にがめつい売り方なのか。どちらにせよ、獺祭というブランドなればこそ出来るきわどいビジネスでせう。このニュースをWBSで知って、明くる日、図書館のそばにある扱い店に行き「あの~、ダッサイのアレを・・」というと、店員さん「今日午前中に割り当てぶん、全部予約で埋まりました」とつれない返事。不良品を売りつけてるのに売り切れ? んなもん、買うヤツがアホやねん、ということにして、ダサイ自分を納得させたのであります。


WBSより
ダッサイ 

ダッサイ 



ダッサイ



閑人帳



●映画「ジュラシックワールド」 鑑賞

 たまにはエアコン止めなくては・・そんな不純な動機で映画館へ。夏休みで子ども向きの作品が多いから選択肢が乏しい。で、この映画を選んだのですが、中身はしっかり子ども向きの映画でした。涼みがてらに出かけたのに、映画の副題が「炎の王国」なのを見落としていて、火山の噴火や森林火災で涼むどころか、アジジ、アジジな場面がたっぷりありました。


ハリウッド製恐竜シリーズも、はやネタが尽きたのか、この作品ではワルの一味が恐竜を独占し、かつ、新製品(新種)開発もしてオークションで販売するという話をつくりました。さりながら、顧客が恐竜を競り落としたとして、どうするのでせうね。檻に閉じ込めて見世物にするのか。・・ま、そんなこと気にするまえに映画は終わってしまいますが。
 CGの絵づくりはよく出来ているけど、全編、恐竜がドタバタしてるだけで面白くない。最後の30分は退屈しました。東宝の「シン・ゴジラ」のほうがずっと良かった。(アポロ シネマ)



ジュラシック








閑人帳



●TVで納涼・・ドローン撮影の山岳大観

 けふも暑くて引きこもりの一日でしたが、夜のNHKーTVで立山連峰の風景をドローンで撮影した番組があって、涼感満点でした。特に冒頭の「称名の滝」の近接撮影はドローンでなければできないワザで、水しぶきを浴びるようなリアリティがある。実際は放映時間の何十倍もの撮影をして「ええとこ」だけ編集したものと思われますが、今後、風景撮影で大いに活躍しそうです。滝の上部の峡谷なんか、ヘリが入れないくらい狭いので、小さいドローンしか撮影できない場面です。案内役の山岳カメラマンがドローンの活躍に「嫉妬を覚える」 と言ってましたが、実感でせう。(8月11日)


落差350mの「称名の滝」の最下段を撮影するドローン。(中央右手の白い点。サイズは40×40cmくらい)
立山


称名の滝の上流は「廊下」と呼ばれる狭い谷。
立山


ドローンが撮影した、立山から剱岳への縦走路風景
立山 


立山 


立山 





読書と音楽の愉しみ



●佐藤優著「読書の技法」を読む

 読書人にもピンとキリがあって、佐藤氏はまちがいなくピンの一人でせう。作家だから、読むより書くほうが仕事では、と単純に思ってしまうが、書くためには膨大な読書が必要であります。では、どれくらい読んでるのか。一ヶ月平均で300冊だという。え?・・30冊の間違いでは? いいえ、300冊です。


まず、献本が月100冊くらいある。これは義理もあるから全部読む。それから新刊本を70~80冊、さらに古本を120~130冊くらい読む。これは平均で、多いときは月に500冊読むことがある。一日に10冊以上読むのが佐藤氏の読書習慣であります。その数の多さでビックリしてしまいますが、問題は中身。大半が哲学、思想、歴史、政治、法律、語学関係の本で、ちゃらい小説なんか皆目ない。(たまにマンガも読むらしいけど)


本は難易度で三種類に分けると著者は言う。「簡単に読める本」「そこそこ時間がかかる本」「ものすごく時間がかかる本」で、簡単に読める本は1~2時間、そこそこ・・本は政治や思想に関する本が多く、一週間くらいかかることもある。ものすごく時間がかかる本の見本は、田中美知太郎「ギリシャ語入門」改訂版で、一年以上かかった。月間300冊のうち、7~8割は一冊1~2時間で読める。これくらい早く読まないと「書く仕事」の時間がとれなくなってしまう。


佐藤氏は独自の速読術をもっている。では、世間に流布する速読術の本を素人が読んでも役立つのか、といえば、アウトだそうだ。そもそも、速読ができるのは、本の内容に関してある程度知識を有していることが必要である。哲学書なんか読んだことのない人が「哲学入門」なる本を速読できるわけがない。速読を学ぶ前に膨大な知識のストックが必要であります。そんなにムリしないで、普通に読んでスピードアップしたければ、1頁を15秒で読むトレーニングをしなさいと。う~ん、これだって相当に難しい。


こんなにモーレツに読みまくるのはなぜか。人生は有限、読書に費やせる時間は限られている、という切迫感のせいであります。時間がないのに、読みたい本はうじゃうじゃ湧いてくる。そんな気分は多少理解できます。駄目男が年間30冊の本を読めば、50年間で1500冊。たった1500冊、という少なさにガクゼンとします。これぽっち読んで何ほどの意味、価値があるだろうか。この無意味感は常にあります。(2012年 東洋経済新報社発行)



読書 佐藤優 





犬町・猫町情報



★★  子供じぶんの思い出話 ★★  MT

家族との記憶 
                          
私は太平洋戦争開戦時の、1941年8月に神戸で生まれ、物心つく前の4歳直前で終戦を迎えました。灘区青谷に家族で住んでいましたが、記録に残る悲惨な神戸大空襲の記憶はほとんどなく、空襲警報が鳴ると防空頭巾をかぶって自宅の防空壕に避難したかすかな記憶がある程度です。終戦直後は、自宅の空地でサツマイモ?などを作っていました。父は母との再婚で、近所に住む腹違いの次兄が進駐軍関係の仕事していた関係で、ジープでやってきた米兵がチョコレートやガムなどをくれました。小学校入学前、母が履物店を始めることになり葺合区(現在の中央区)の大安亭市場へ大八車で家財と共に転居しました。家から校区外の小学校に入学、記憶にあるのは主に両親の仕事の手伝いです。


大工の父とは下小屋で、ノコギリ、カンナ、ノミなどの大工道具で材木を加工し建材に加工したり、出た端材はこれも私の役目だった五右衛門風呂を沸かす薪に利用していました。夏休みや冬休みには、盆、正月の繁忙期に、店に出て母を手伝い、当時日常の履物だった下駄や草履の鼻緒をすげたり、裏金打ちをしたりしました。父が60前と比較的高齢だったので一緒に遊んだ記憶あまりないのですが、一度、夜行列車で弟2人と4人で夜行列車で熱海へ旅行し、大切にしていた真空ガラス瓶入りの魔法瓶を無くすドジな思い出があります。また春夏の休暇には神戸港から汽船で淡路島へよくつれていかれましたが、手漕ぎの船で父の親戚のある最寄の港(郡家、志築)やさらには、木炭バスや徒歩で2里の山中長澤へ出かけていました。夏の帰宅時には乗船待ちの時間を利用して素裸になって浜辺で泳いだりしました。


当時姫路広畑(現日本製鉄)にいた20歳上の長兄宅へも出かけましたが、社宅近くの川(夢前川?)で初めて泳げたのが嬉しかったのをおぼえています。そしてある年の夏、年長の従兄が引っ張るリヤカーに上半身裸で乗せてもらい、自宅の葺合区から須磨区にあった従姉の家に出かけ、山陽電車で帰宅する際、やむなく、従姉の長女の下着を借りました。その時は思いもよらなかったのですが、時を経て、彼女と結婚、国内外の各地に転居した末、今住んでいるのが家内の親元です。

小学校 神戸市立雲中小学校
修学旅行先 伊勢と奈良


小学5年生(左右は弟たち)お父さんと熱海旅行の記念写真
南さん家族  







犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(49)古金屋

 大掃除は夏の風物詩だ。畳を上げて外に出し、日に曝して湿気を払う。同時に床板も上げて床下に風を通す。その日になると、布袋さんのような大男が着物一枚、胸はだけ姿で大きなドンゴロスの袋と棹秤(サオバカリ)を持って「古金屋のテンコでござーい」と大声で呼びながら街に廻ってくる。古金屋と言っているが、ありようは屑屋お払いで、古新聞・古雑誌や空き瓶など平素から溜まっていた不用品の一切合切、何でも買ってくれる。


今は何を捨てるにもお金のかかるご時世だが、当時は逆にどんな廃品でもお金になった。屎尿だけが例外だが、これも江戸時代まで遡れば直接お金にこそならぬまでも野菜類との交換材料にはなった。肥料と作物の物々交換で完全なリサイクルが成り立っていた。今は折角の大資源を処理するためにムザムザと巨費をかけていると或る社会経済学者が論じている。


大掃除は、まず畳を上げる作業から
道明 大掃除




(50)餅搗き屋(もちつきや)

 餅つきは楽しい年末行事の一つだ。その頃になると「搗こ、搗こー。搗こ、搗こー。」と「搗き屋さん」が昔の駕籠かきのように二人で臼を担いで町にやってくる。「搗き屋さーん」と声がかかると、「あいよーっ」と家の前の路上に臼を据える。呼んだ家は予め蒸籠で蒸したもち米を用意しており、それを臼にあけると、すぐさま餅つきが始まる。一人が搗き役、一人が介添えで、搗き役が杵を振り上げている間に さっと餅の一部を裏返して、搗き役がいつも同じ所を搗けばよいようにする。アッという間に一臼(一升)の餅を搗きあげる。二人で役を交代するから疲れる事もなく一日中でも搗く事ができる。少ない家でも三臼,多いところでは十臼ぐらいもの注文が出る。


こうして次々と廻ってゆくのだが,難を言えば商売柄、少しでも早く搗いて次に廻ろうとするから、どうしても搗き方が雑になる。50回搗くべき所を40回で上げようとする。するとどうなるか。餅の粘りが少なくなる。外見では分からないが 食べれば瞭然、餅の伸び方が違う。10センチ伸びる所が5センチで切れてしまう。搗き屋に頼む以上、これは止むを得ない事と諦めねばならない。


今どきの餅つき・・
社員の親睦を深めるために企画された「社内もちつき大会」
同名もちつき


金屏風の前でショーのように演出するもちつきもある。
道明 もちつき 





大阪日暮綴



●なにやら気味悪い「ちょい停電」

 昨日の午後、パソコンを使っていたが、室内が暑く感じられたので、ふとエアコンに目をやると停止しているではありませんか。OFFにした覚えがなく、勝手に停止している。で、パソコン上の照明をつけようとスイッチいれたら点かない。でもパソコンは普通に動作している。
(電球は先月LEDに変えたばかり)

ブレーカーで電気を遮断したようすもなく、そもそも、このとき過剰に電気を使用する理由がない。ナニコレ? 珍風景であります。念のために各所をチェックすると、エアコンと照明がOFFで、コンセントからとっている、パソコンや冷蔵庫などは正常だった。しかし、ガス給湯器の、年中ONにしているコントロールパネルの電源がOFFになっていた。


もしや、関西電力が需給逼迫で供給を止めたのか。で、関電のHPを見ると、そんな情報はありませんでした。すこ~しアタマが錯乱しそうになって何気にエアコンのスイッチをONにすると、動くではありませんか。ほぼ同時に照明も点きました。そんなアホな・・。だったら、今の停電は何なのよ。ブレーカーが作動しないで停電し、勝手に復旧した、というのは初めての経験です。停電は10分程度、その後、なんの問題もありません。貧乏人を標的にサイバー攻撃の練習? ガハハ、考え過ぎです。しかし、ちょっと気味悪い。


追記:8月15日 午前7時25分ごろにも停電がありました。今回は全部の電気がOFFになった。約5分後に復帰。原因わからず。











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□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(46)ドブ浚い

 え、何、それって商売?と、アっと驚くタメゴロー的商売である。太ももの半ばまで隠れる超ロングのゴム長靴を履いてドブに入る。わが町には昔も今も下水道がないので、あらゆる家庭廃水が円田川とか、我が家の隣りにあるドブ川などを通って最終的には海に流れ込む。そのドブに入ってスコップで底の泥を掬っては篩(ふるい)にかける。すると古釘とかビールの栓とか いろんなものが篩の中に残る。それらの中からお金になりそうな物だけ選り出して残りは又ドブに戻す。まさかこれだけでは食べていけまいから、暇な時の内職稼ぎみたいなものだろうが、それにしても変わった仕事もあったものだ。

(47) 富山の薬売り

 「越中 富山の万金丹」という言葉はお聞きになった事があろうかと思う。その富山の薬売りというのが百姓家を一軒、一軒回っては赤い丈夫な紙袋を置いて行く。中には風邪薬、頓服、腹痛、下痢止めなど家庭用常備薬一式が入っている。この時は無料である。一年経つとまた薬売りが回ってきて、その間に使った薬の代金を請求するとともに使った薬を補給するというシステムで本当に良くできたやり方だと思う。健康保険も無かった時代の事とて百姓たちは滅多な事では医者に掛からなかった。街に近い所ならともかく、遠く離れた所では急場の間に合わない。どうしても手許の薬に頼る事になるし、又それで八割から九割方の病気は治ってしまうものだ。こんな便利なシステムが成り立ったのもどこにでも商人宿などがあって旅回りの費用が安く上ったからだろう。今のように旅行費、人件費が高くなっては とてもやっていけるものではない。という事でいつとなく 消えてしまった。先に「子供の遊び」に出てきた「紙風船」はこの富山の薬売りが子供への景品としてくれたものである。


訪問販売の元祖?・・薬売りの商いのようす
クスリ売り 


「トンプク」なんて懐かしい
クスリ売り




48)下駄の歯の差し替え

 この所すっかり靴が普及して、下駄を履く機会が殆ど無くなった。下駄にも一木物と差歯型の二種 類あるが 今我々の履いているのは略すべて一木物で、歯がすり減れば(そこまで履くとはとても考えられないが)それまでの使い捨て型である。これに対し差歯型は下駄の台に二本の細い溝を掘って そこに歯を差した物だから、歯が減れば歯だけ差し替えれば良く、いつまででも履ける。それにこちらの方が少しだけれど背が高いから道路事情の良くなかった昔は雨の日はこちらに限った。とにかく今は絶滅してしまったと思うが、或は今でも料理屋の板前さんあたりが特別歯の高い所謂「高下駄」を履いているかも知れない。床が常に水浸しの所には適していよう。

 前置きの下駄の説明が長くなってしまったが、という訳で差し歯のチビったのを替える商売で鋳掛屋と同じく道端に腰を据えて カミさん連中がチビた下駄を持ってくるのを待って仕事にかかる。勿論、要望があれば鼻緒の方も新しいのに替えてくれる。


歯入れ行商人
下駄 



下駄



店を構える商人もいた
下駄







読書と音楽の愉しみ



●野坂昭如著「火垂るの墓」を読む

 著者の少年時代の実体験をもとに書かれた短編で、文庫版でも34頁しかない。しかし、本作品は「アメリカひじき」とともに直木賞を受賞した。新潮社で文庫化され、昭和47年以来76刷と地味ながら長く読み続けられたロングセラーです。尤も、人数でいえば、本を読んだ人より、アニメで観た人のほうがずっと多いような気がする。アニメは観たことがないので、出来栄えはわからないけど、著者と同世代の、つまり、戦争の記憶がある人は原作を読むほうがずっと共感しやすいと思う。


ところで、この本を読んだ動機は作品自体の評価とは別のところにあります。産経新聞6月24日の文化欄「道ものがたり」で本書がとりあげられ、作品の舞台になった神戸市灘区界隈を紹介しています。ライター、福島敏雄が注目したのは「作家はどこまでウソが許されるか」という、なんだか穏やかでない話です。もちろん、小説=フィクションだからウソが当たり前であること前提にしつつ、本書以外の自伝的作品におけるウソの記述に首をひねる・・というルポです。


著者の14歳時の空襲体験は作家としての原体験であって「火垂るの墓」以外の作品でも度々語られている。その生い立ちや人間関係の記述が安定しない。そんな細かいこと、どうでもええがな、と思うのですが、ライターは気になったらしい。また、著者自身、晩年になって今まで「自伝」として書いてきたことの真偽を反省しているようにも思える。
 最後に、野坂昭如はペンネームで、本名はの姓は「張満谷(はりまや」という変わった名前だった。そして中央区春日野の墓地に代々の墓があって、毎年6月(空襲を受けた月)に墓参りに出かけたと「ひとでなし」という作品に書いている。


ライター氏は春日野墓地に出かけて墓を探した。管理事務所でも登録簿を調べてもらったが、張満谷という名の墓はなかった。だからといって、戦争を描いた文学作品のなかで傑作といわれる「火垂るの墓」の評価を貶めることにはならない。それを認めつつ、ライター氏は「作家の倫理」に一抹の不信感を抱いて文を閉じている。


「火垂るの墓」の舞台を訪ねる
http://www.hyogonet.com/drama/hotaru/index.html

アニメ制作では小説で描かれた神戸や西宮の現地をロケして、かなりリアルに風景を再現しているらしい。上記のブログでその説明があります。下の写真は、14歳の主人公、清太と4歳の妹、節子が意地悪な親戚の家を出て、池の畔に穴を掘って暮らす場面に出て来る「ニテコ池」。ここでたくさんの螢を見た。節子はこの穴で餓死し、一ヶ月後、清太も三宮駅構内で、誰にも看取られずに餓死する・・という筋書きになっている。


ニテコ池 遠くの山は甲山
ほたるの墓 ニテコ池

(昭和47年 新潮社発行(文庫版)
表紙


犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

行商のあれこれ

(43) 鋳掛屋

 路傍で、しかも毎日ではないが決まった日があるのだろう。その日になると近辺のおかみさん達が穴のあいた鍋や釜を持って集まってくる。鋳掛屋の仕事は鞴(ふいご)で火を熾す事から始まる。細長い、さして大きくもない箱の下の方にある把手を押したり引いたりして火を熾す。燃料は炭火ではなくコークスを使っていたように思う。青白い炎が出てきた所でハンダの登城である。何だかよく分からぬが、これを火で炙って穴に当てるとジューっと薄い煙が出て穴が塞がってしまう。子供の眼には魔法でも見るような驚異だった。それ以前に鍋や釜に穴があくという事自体も信じ難い気がするが。後年 ゴルファーの親睦会に「ハンダ会」というのがあった。ハンダのように会員間の仲を親しくくっつけようの意らしい。ハンダにはこういう活用のされ方もある。



底板全部取り替える大仕事
鋳掛けや 


真ん中部分だけ修理した鍋
いかけや 



江戸時代の鋳掛け屋 左手で操作してるのが「ふいご」
鋳掛けや


(44) こうもり傘の修繕

 まだ番傘や蛇の目が主流だった時代の事で、こうもり傘がまだ珍しく漸く出始めた頃の事とて品質も良くなく、しょっちゅう骨が折れたり曲がったりした。今ならポイ捨てものだが、これに限らず使えるものはとことんまで使い切る時代だったから修繕屋は貴重な存在だった。恐らくペンチ一丁での仕事だと思うが、「コーモリガサノ シューゼーン」と呼び歩いて、二、三本集まったところでお宮さんの玉垣の前あたりにやおら腰を据えて仕事にかかる。これも露天商の一つである。



(45) 羅宇屋(らおや・らうや)

 まず煙管(キセル)から説明の要がある。日本のパイプだと思えばいい。シガレットにパイプは不要だが「刻み煙草」(煙草の葉を細かく刻んだもの。煙草そのもの)は煙管がないと吸えない。これにも二種類あって(A)普通の煙管、または長煙管。実物はともかく花魁が口にしている絵はご覧になった事があると思う。「雁首」と「吸い口」が金属で、両者を繋いでいる竹が「ラオ」である。吸われた方はご存知のように煙草って凄い程ヤニを出すもので、ラオがヤニですぐ詰まってしまう。それは自分の眼で見ると、こんなものを吸っていたのかと恐ろしくなる程だ。紙縒りや竹のヒゴ又は針金などで自分で掃除する事もできるが、汚いし汚れる上に、それでもすっきり綺麗にならないのでラオ屋の登場となる。


小さい四輪の車を押して大抵夜中に廻ってくる。按摩じゃないが、ピーっと割と甲高い音をたてるのですぐ分かる。こちらはラオに蒸気を通して掃除をするので本当に綺麗になって その後の一服が格別においしいとの事だ。
 もう一つ「鉈豆煙管」もある。こちらは鋳物製で前者よりぐっと短い。専用の煙管入れの袋に入れて、これまた専用の煙草袋と共に腰に手挟むのが普通である。落語によく出てくる「卒爾ながら 火を一つ・・」のあれである。吸い終わるとプっと吹いて、まだ火の残っている吸殻を掌の上で転がしながら、次の一服の火種にする所なんか、熱くないのか、火傷しないかと、見ていてはらはらする。


きせるの説明
きせる 


きせるの行商兼「らおや」?
らおや




(46)ドブ浚い

 え、何、それって商売?と、アっと驚くタメゴロー的商売である。太ももの半ばまで隠れる超ロングのゴム長靴を履いてドブに入る。わが町には昔も今も下水道がないので あらゆる家庭廃水が円田川とか、我が家の隣りにあるドブ川などを通って最終的には海に流れ込む。そのドブに入ってスコップで底の泥を掬っては篩(ふるい)にかける。すると古釘とかビールの栓とか いろんなものが篩の中に残る。それらの中から お金になりそうな物だけ選り出して残りは又ドブに戻す。まさかこれだけでは食べていけまいから、暇な時の内職稼ぎみたいなものだろうが、それにしても変わった仕事もあったものだ。




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●原稿募集 「わたしの一名山」「追憶の旅」

暑中お見舞い申しあげます。
 酷暑に耐える日々が続きます。さりとて優雅に避暑旅行というわけにはいかないのが現実でありますが、せめてアタマの中で懐かしい登山、旅を追想してみませう。7月26日に新潟の佐藤由弘さんの「百名山リスト」を紹介しました。これに因み、思い出の山、旅の作文を募集します。


作文はかなわん、と言う人は、たとえば、関西百名山のなかで登頂した山のリストをつくるとか、テキトーに手抜きした原稿でもOKです。「一名山」が道に迷って往生した山でも面白いと思います。暑さしのぎにキーボードをたたいて下さい。

関西百名山 リスト
http://www.komachans.com/list/kansai100.html

■〆切り・・8月20日 
■投稿はメールに限ります。(1000字以内 ワード、エクセル不可)
 写真添付OK。
■名前は英文字の頭文字で。送信時は名前を記入して下さい。


こんな思い出も・・一番長距離の切符を買った旅。小樽発~鹿児島行き
最長距離きっぷ  



半畳雑木林



●「半畳雑木林」今年のラインナップ

 今年はなぜか発芽率が悪く、発芽しても成長が遅いという不作の年になりました。加えて猛暑。小さい鉢に植えているから土自体がえらく高温になってしまい、水やりは水分補給とともに「水冷」にもなります。それでも、モミジバフウの一鉢は葉が腐ったように三日で枯れてしまいました。常緑樹より落葉樹のほうがデリケートみたいです。

今年のラインナップは、モミジバフウ、シナアブラギリ、シマトネリコ、ナンキンハゼ、ザクロ、クルミ、ムクロジ、センダン、シラカシ、樹種不明、の10種。


今年の半畳雑木林 






犬町・猫町情報


□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供の遊び 

(42)読み物 「唐獅子城」ほか

 マンガではなくて読み物である。確か「幼年俱楽部」だったと思う。「唐獅子城」という題が余りにも印象的なので記憶に残った。父と城を失った城主の遺子「獅子丸」が軍師の佐分利老人(白髭,道服、長い杖という仙人スタイル)、豪傑の明星軍太兵衛と三人で地下洞の流れを小舟で脱出するシーンと、風の夜、凧に乗った獅子丸が城の名の由来になっている天守の唐獅子の鬼瓦に飛び降りるシーン。この二つの挿絵が記憶に残っている。作者は覚えてないが吉川英治あたりが画きそうなストーリーだった。当時は新聞でも雑誌でも印刷物の活字にはすべてルビが振られていた。だから平仮名さえ読めれば意味は分からずとも どんな漢字でも読む事が出来たし、読んでいる中におぼろげながら意味も分かってくるという面白さがあった。その一方、日本人に近視の多いのはルビのような小さい字を読むからだとの説もあった。


もう一つは吉屋信子の「麗しの母」。「麗」が余りに難しい漢字だったのに惹かれて従姉弟の本をパラパラとめくり読みしただけだが、「エピローグ」とか「プロローグ」とか横文字が出てきて流石に年上の子は難しいものを読むなと感心したものだ。
 大体ここまでが小学生になる前の事のつもりだが もとより はっきり線引きできるものでもないのでその点はご容赦願いたい。この後暫くは店を構えない商売のあれこれについて書いてみたい。




読書と音楽の愉しみ


●V・E フランクル著 「夜と霧」を読む
 
 若いころから、いつかは読まねばと気にしつつ幾星霜、ふと気がつけば半世紀も経っていたのであります(笑)。しかし、ぐずぐずして良かったことがある。著者が原稿に手を入れて版をあらため、訳者もチェンジして、巷の評価ではとても読みやすくなったとある。実際、池田香代子の新訳はとても読みやすい。翻訳文にありがちな、まわりくどい、もったいぶった表現がなく、スイスイ読めます。


フランクルは、フロイトやアドラーの指導を受けた精神科医。オーストリア生まれのユダヤ人。1942年、ナチスの強制収容所に入れられ、妻、二人の子供、父母は収容所のガス室等で殺された。本書は三年足らずの収容所体験をいかにも精神科医らしい思考、判断で綴ったもの。明日、殺されるかもしれないという状況でも、人間とはなにか、何が出来、何ができないか、冷静に見ていた。ノートや筆記具なんかないから記憶だけが頼りで、ゆえに、出来事の時系列ははっきりしない。(いっとき、紙くずに速記用語でメモしたこともある、という記述はある)


収容所の劣悪な環境は心身の弱者を自動的に選別した。ガス室に入れなくても勝手に死んでゆく。栄養失調状態で、昔の繁盛山小屋のように、タタミ一畳に二人、三人、というような生活が続けば、次々に死ぬ。ゆうべ言葉を交わした隣の男が、朝、死んでいた。こんな状況で人間らしい感性は麻痺し、感情の起伏さえ失われてゆく。のみならず、死んでまだ体温の残ってる身体から服をはぎとって自分が着る。どうせボロ靴なのに脱がせて交換する。全員がポーカーフェイス。誰も悲しまない。


著者自身、飢えや寒さや疲労のあまり、幻覚を起こしたりするが、まだ、自己と他者を認識できる精神力は残っていた。99%の絶望的状況にあっても「まぎれもない自分」でありたいと思う
。「人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ」この個人の尊厳だけはナチスも奪うことはできない。

 「行動的に生きることや安逸に生きることだけに意味があるのではない。およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ」(青色文字は引用文)


ナチス(ドイツ人)に対する怨念の強さ、いかばかりかと思うのですが、1945年の解放時にはこんなことがあった。ただ一人、人間味を失っていなかった収容所長(こっそり、みんなに薬品やたばこを差し入れてくれた)には穏便な扱いをするように連合軍の兵士に頼み、その通りにさせた。普通なら、被収容者全員で掴みかかって殴り、踏み殺してもおかしくない場面である。この場面、全員の意志のように書かれているが、訳者は著者、フランクル個人の計らいだったのではと書いている。


もう一つ、訳者が驚いたと書いていることがある。新版の本文で「ユダヤ人」という言葉は二回しか出てこず、旧版では一度も使われなかったという。これは、ナチス(ドイツ人)=加害者、ユダヤ人=被害者、という図式ではなく、ユダヤ人でなくてもあり得るホロコーストであることを言いたかったのではないか。実際、被収容者のなかには、同性愛者、ジプシー、社会主義者もいた。戦後70年以上経って、現在のイスラエルのありさまを考えると、どう見ても「やられっぱなしのユダヤ人」ではない。被害者感覚ではアラブ人のほうがずっと強い。


ホロコーストの規模(犠牲者数)においては、スターリンや毛沢東のほうがずっと悪質だと思うが、ドイツのそれは、言い訳はともかく「国民の合意」があったことが最悪である。いや、日本だって、戦時中はマスコミと軍部が一丸となって戦争を煽ったではないか、ナチスと変わらない、という見方もあるけど「民族浄化」なんて恐ろしい発想はなかった。ソ連や中国の大虐殺は、憎き敵国人を殺したのではなく、自国民を殺した。なのに、毛沢東が「建国の英雄」として尊敬の対象になってるのは笑止千万であります。(2002年 みすず書房発行)



夜と霧 







大阪日暮綴



●太閤さんの前でバチ当たり商売

 大阪城公園の豊国神社まえで「たこやき」など軽食を販売していた「宮本茶屋」の店主、宇都宮タツ子(72)は、2014年からの3年間の所得を申告せず、約1億3000万円を脱税した罪で26日に在宅起訴されました。あのしょぼい、小汚い店でこんな大商いをしていたのか、と市民は驚いた。税務申告せずに商売していたおおらかさ、いや、厚かましさにもビックリです。


この醜聞で客はガタ減りか、といえばそんなことはありません。客の9割くらいが外国人なので、ニュース自体を知らない。むろん、常連客ではない。よって、売上げは順調でありませう。それにしても、神社の敷地を借りて商売しているのに「銭ゲバ」ぶり丸出しのアコギな商売、摘発で少しはハンセーしたのでせうか。並みの神経の持ち主なら、平身低頭のうえ、せめてものお詫びのしるしに、大きな豪雨被害のあった地域に「一億円寄付します」とか反省ぶりをあらわせば、少しは点数稼ぎになるのですが、そういう機転も働かない。


民間事業者と提携して、せっかく大阪城公園をかっこよくリニューアルしてきたのに、イメージダウン甚だしい。吉村市長もかなりムカついたのか「経緯の報告書を出せ、出さなければ店の前に塀を立てる」と、昔ならヤクザが言うようなセリフを述べたのであります。(記者会見で)


脱税額と追徴分、合わせて1億6千万円。これだけ払っても、これに倍する札束が残る。たかが「たこやき」商売などと侮ってはイケマセン。同種業態で全国展開する店が、一億円の純利益を得るためにどれだけ苦労するかを考えれば、宮本茶屋の荒稼ぎぶりは際立っている。



たこやき脱税



おお、こわ・・・吉村市長の記者会見
たこやき 







大阪日暮綴


●嵐の前の?・・夕焼け

 一昨日、きれいな夕焼け空をアップしました。そして、今日もこんなに美しい夕焼けが見られました。明日朝から台風12号が来るという予報ですが、まあ、例によって大阪は吹かない,降らないと予想しています。今回はずいぶん変則的な動きの台風なので、新しい知識を授かるかもしれません。


夕焼け28日 






ウオーキング・観光



●「日本百名山」&「関西百名山」

 新潟のSさんから、自身の百名山登山リストが届きました。A4紙両面に、登山順に記されています。1961年から1997年まで36年間、人生の半分を費やしての長い山行記録です。Sさんも、あらためて一覧表を眺めれば、しみじみ感慨深いものがあるでせう。ごく一部の猛者や果報者を除いた登山者は、体力的、経済的、そして時間的なやりくりに苦労しながらの登山だったと思います。ホント、深田久弥は意地の悪い、そして素晴らしい宿題を残してくれました。


Sさんのリストによると、百名山の第一回目は利尻岳、第百回は宮之浦岳、と北端、南端の山をキリに選んでいます。はじめからそういう計画だったのかもしれません。こういう大イベントでは、映画と同じように、ファーストシーン、ラストシーンの演出が大事です。二つの山とも「は~るばる来たぜ・・」の感動も大きい。ちなみに、百山のなかには筑波山のように1000m以下の低山もあり、Sさんは、なんと都内から自転車で往復しています。ナメられた名山もあったのですね。


百山のうち、半分くらいは単独行です。こういう登り方が普通かも知れません。全部、単独行でもいいけど、なんか世捨て人の感がある。逆に,全部団体登山で登った・・いわゆるパッケージツアーでの登山は少し情けない。これが流行って「百名山登山」のステータスは5割引きになってしまった。安直に参加した人は忸怩たる思いが残ったのではないでせうか。


百名山リスト 


百名山



関西百名山
 日本百名山のブランド価値が高まると、これのローカル版が各地で生まれました。東北百名山とか九州百名山など、全国にあります。関西百名山は1998年に「山と渓谷社」からガイド(下の写真)が発行されてめでたくデビューしました。誰が百山を選んだのか知らないけど、ずいぶんモメたでせうね。特に、90~100の当落ラインの山は,入れろ、落とせ、と攻防が激しかったのではと想像します。それにしても、「関西」と「日本」が重なるのはわずか三山(大峰山、大台ヶ原、伊吹山)で、いささか寂しい。標高サイテーは、兵庫県・高御位山(たかみくらやま)の304mです。


自分は、このうち何山登ったか。記憶を頼りにチェックすると30山でした。30%・・ちんたらハイカーならこんなもんか。ただ、山の分布を見ると、全部登るとなれば、低山メインといえどかなりの時間とエネルギーが要りそうです。一方、百山のうち、11の山にはケーブルやロープウエイ施設があって手抜き、いや、足抜き登山ができます。街のすぐ隣に緑豊かな山があって誰でも「名山」?に登れる。高尾山しかない東京に比べたら、ずいぶん恵まれていると言えるでせう。


百名山 




大阪日暮綴


●きれい、暑い・・夕焼け空

 日没後、ふと窓外に目をやると紅の夕焼け空。きれい、鮮やか・・しかし、さっきまで35度の猛暑だったことを思えば、なんとも暑苦しい夕焼け空。(7月25日)


夕焼け 






プチ・ケチの研究


●機械にも気配り・・室外機の熱対策

 毎日、マイニチ、体温以上の暑さ続きで、人間ばかりか、機械までバテそう。そこで、心やさしい人は、連日フル運転でお疲れのエアコン室外機がバテないよう、写真のような工夫をした。ネットで見つけた情報ですが、バケツに水を入れ、布地を漬けて水を含まし、一方を室外機天板に垂らせる。毛細管現象で水は自動的に補給され、天板の熱を吸収、放散するという理屈です。なるほど、これは良いアイデアですね。天板は太陽光と機械自体が発する熱で、さわれば火傷しそうなくらいカッカしているから、冷却に役立ちます。この冷却で、電気代節約とかでいかほど役立つのか不明ですが、たとえ自己満足でも、高熱状態で放置するよりは気持ちが静まる。もう、機械の人格化であります。

http://news.livedoor.com/article/detail/15054286/


エアコン


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駄目男宅の室外機熱対策はこんなあんばいです。午後は夕方まで強烈な西日が当たるという環境なので、上面に古い棚板を置いて直射熱を遮り、かつ、天板とのあいだに1センチの空間を設ける。(この方が断熱効果が大きい)また、鋼板のボディや配管にもウレタンフォームを張り付け断熱しています。さらに、高温の排気流が上へ逃げやすくするため、板(昔の風呂蓋です)を斜めに立てかけて風向板にしています。ま、これも気休めかもしれないが、おかげで?トラブルなしのスムーズな運転を続けています。先日、エアコンの電気代節約法を書きましたが、要するに、大きな負荷をかけないこと=フル運転しないことが肝要です。

エアコン 





読書と音楽の愉しみ



● 映画「羊と鋼の森」鑑賞

羊と

 主人公はピアノの調律師をめざす若者。その成長の物語であります。こんな地味な話でお客さんくるんかい? 誰しもマユにツバするでせう。世の9割以上の人はクラシック音楽に興味がない。なのに、さらに重箱の隅をほじくるような「調律」のことなんか、100人に一人くらいしか興味がないでせう。企画したプロデューサー氏は客入りのことが気になって眠れなかったのではないか。


上映最終日に行くと、案の定、お客さんは十数人。そのほとんどが女性で、オジンは自分だけでした。ま、しゃーないか。この映画は、2016年度の「本屋大賞」を受賞した同名作品の映画化、作者は宮下奈都。本のほうはよく売れて100万部突破のヒット作となった。全国で地味に活動されてる調律師のみなさんには大きな励みになったと思います。


もともと小説でも映画でも表現が難しい「音」の話ゆえ、絵づくり(音づくり)はデリケートにならざるを得ない。そこで救いになるのが、この映画には悪役が一人もいないこと。原作もそうでしたが、悪役が登場して話の起伏が大きくなると「調律」なんかぶっ飛んでしまいます。あくまで、地味に、しずしずと話を進めなければならない。そんな話の背景になったのが、北海道・旭川とその周辺の美しい森林風景です。この映像美は原作では表現しにくいので上手くはまった。コンサートホールでのシーンでも、外観を写さなかったのは〇だと思います。あくまでも、カントリーシーンの中の地味な物語です。出演は、山崎賢登、鈴木亮平、三浦友和など。エンディングで辻井伸行がピアノを弾いている。


貧乏性、駄目男はやっぱりカネのことが気になって、帰宅して売上げ(興行収入)を調べました。約4億4千万円。ま、これなら赤字にはならない。健闘といえます。察するに、原作を読んだ人の三人か四人に一人が映画も鑑賞したといえます。自分がそうであったように、原作を読んだ者は「こんな地味な話をどうして映像化するのか」が気になるのです。その期待を裏切らなかった出来栄えといえるでせう。


あとで知った事ですが、この映画は天皇、皇后両陛下がご覧になった。上映の半月くらい前に六本木の映画館で鑑賞され、監督はお褒めの言葉を頂いたという。コレが効いた。ン万人分の売上げアップに貢献したはずです。本来なら、カンヌで金賞をとった「万引家族」をご案内するべきところ、家族そろって万引きに励むという話ではねえ・・。で、タナボタで「羊と・・」にチャンスがきた、と想像します。あるいは、もしや、皇后陛下が原作を読まれて鑑賞をご希望されたのかもしれない。(上映終了)


羊と 



皇后陛下の右が主演の山崎賢登。
羊と




犬町・猫町情報



□□□子供じぶんの思い出話□□□  作:DH

子供の遊び 

(41) マンガ

 今と比べると極端にマンガの少ない時代だった。そんな中で「少年倶楽部」に連載された唯一のマンガで超ロングセラーを続けたのが田河水泡の「のらくろ」で前後10年近くに亘ったのではないか。しかし「のらくろ」が少尉で退役した後、大陸に渡ったり、帰国後、喫茶店のマスターになったりまでご存知の方は意外と少ないように思う。同じ著者の「凸凹黒兵衛」は「主婦の友」に連載された。また「蛸の八ちゃん」については「昨日召された蛸八は、弾丸(タマ)に当たって名誉の戦死、蛸の遺骨はいつ還る、骨が無いから還らない・・・」という ふざけた、そして取りようによっては物議を醸しそうな歌が流行った事もある。

マンガ 


マンガ 


マンガ


「幼年俱楽部」の方はもう少し賑やかで「日の丸旗之助」「一二三四五六(ひふみよごろく)」、「〇□(まるかく)さん ちょんすけさん」など、いずれも「宮尾しげを」だったと思う。
 「坂本牙城」の「タンク タンクロー」は傑作で、大きな鉄の球に幾つかの丸窓があり、そこから顔が出たりピストルが出たりというハチャメチャマンガだった。猿飛佐助と三好青海入道の漫遊記はマゲモノマンガとあったが、このマゲモノの意味が分らなかった。マゲモノは「髷物」で要するに時代物だと知ったのは ずっと後の事だ。
 「冒険ダン吉」(島田啓三)や「長靴三銃士」は既に単行本になって居り「漫画常設館」などと共に 年上の男の子から借りて読んだ。また流線型という言葉が流行った時期もあり早速「流線太郎」(或は流線小僧)というマンガが出来たりもした。


マンガ 


 マンガ 


まだ字が読めず母に読んで貰ったものに豪傑のお化け退治がある。余り何度も読んで貰ったので科白を全部覚えてしまった。今でも最初の部分の「拙者は天下の豪傑、坂田の金十郎。町はずれの古寺にお化けが出るとの噂あり。いでや退治をしてくれんと・・・」までは覚えている。まずは大入道、続いて一つ目小僧、三つ目小僧、一本足の唐傘のお化けと、お化けの常連がぞろぞろ出てくる類のものだった。

 アチャラものとしては、お馴染のミッキーマウスやポパイの他に「ベテイさん」があった。大きなおめめに小さい口、アロエの葉のようなギザギザの髪の毛が特徴で、これがハリウッドのファースト・レディと言われたベティ・デーヴィスの戯画と知ったのはずっと後の事である。

マンガ

ベティ・デーヴィス
道明マンガ 






犬町・猫町情報



●夏のミニ企画ふたつ レポート

■7月9日(月)長居植物園 de おしゃべり会
 ハスの花鑑賞のために、月曜日も臨時営業。しかし、これを知ってる人は少数だから園内はガラ空きです。木陰のテーブルではやめのランチタイム=ビヤタイム。この日は、幸い猛暑日ではなかったので、まずまず快適でした。(参加10名)

夏のミニ企画 

■7月21日(土)西成でちょい呑み&ジャズライブ
 猛暑の午後、西成の「Donna Lee」でのライブ。暑さでガラ空きかもと懸念されましたが、なんとか20人くらいのもの好きが集まって開催。気軽に生演奏が楽しめる店で、土曜日は昼も公演します。ビール500円、アテ300円~、チャージ1000円~(投げ銭)という西成価格です。(参加4名)

公演案内は・・
http://nishinarijazz.blog133.fc2.com/blog-entry-201.html


夏のミニ企画 









大阪日暮綴



●びっくりハイテク作品・・2題

1・釜ヶ崎産「からくり」作品

 7月14日に西成のココルーム(酒場でない本家のココルーム)で小さな音楽会があったので出かけました。そのとき店で見たのがSさん作の「夫婦坂」というからくり細工。リヤカーを夫が曳き、女房が押して坂道を登る場面のからくりですが、無機質なアルミ板の細工なのに、なんか哀感さえ漂うスグレモノでした。残念ながら,写真がとれなかったので、ここではSさんの代表作?「酒飲み通天閣」のパンフ画像を紹介します。


長年、釜ヶ崎(西成区)暮らしのSさんは、ここでは普通に多いアルコール依存症患者で、かつ、なぜか呑む酒は「アサヒスーパードライ」オンリーという。そんなSさんがある日、からくりに興味をもち、一念発起して勉強をはじめた。といっても、教えてくれる人なんかいないから図書館に通い詰めて独学したそう。そして完成させたのが写真の通天閣です。


からくりの動きは、酒好きな通天閣が、呑んで,呑んで,呑んで・・と際限なくビールを飲む場面。材料はスーパードライの空き缶と針金、そして、ペンチやニッパーという最小限の道具でつくっていますが、ご覧のようにすばらしい出来栄えです。世話の焼ける飲んだくれが一転、アーティストになった。それを脇で支えたのが、ココルームのオーナーで詩人の上田伽奈代さんたちでした。この作品は、昨年秋、MBSの夕方のニュース番組で紹介されたとのことで、覚えている人、おられるかも知れません。

山王通り ココルームの玄関
からくり 


からくり「通天閣」
からくり

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2・ 文明開化時代の花形輸出品「寄せ木細工家具」

 梅田・グランフロント南館にあるリクシルのギャラリーで,明治時代に輸出品の花形だった装飾家具の展示をしています。箪笥や鏡台、書机のモーレツに細かい細工(主に寄せ木細工)の腕前にびっくりします。寄せ木細工とは木の板をうんと薄く削いで張り付ける装飾のことで、木の自然の色、柄が組み合わさって、とてもリッチな表現になります。箱根の土産でおなじみの寄せ木細工品は、この技術を継承したものです。木工だけでなく、取っ手や丁番などの金具もぜんぶ手作りで、そのデザインと技術の凝りようは目が点になるくらい。木工に興味ある人は、ぜひお運びを。(8月21日まで 水曜日休館 無料)


ライティングビューロー 文化財級の逸品です。(個人コレクション)
からくり


閑人帳



●天の配剤 ~太陽光発電の酷い現場~

 山間部での太陽光発電事業は自然の景観を汚し、土砂災害の危険を招くと半年くらい前に書きましたが、今般の西日本豪雨でもトラブルが起きています。下の大きな写真は姫路市林田町の土砂崩れ現場で、現場下には国道29号が通じているから、もう少し規模が大きければ通行止めなど、影響は避けられない。また、この状況から元通りに復旧するには大変な費用がかかり、そのモトをとるのは難しいから,結局、当地での発電事業は廃止になりそうです。(事業は廃止しても、土砂崩れの復旧は必要で、費用負担は事業者と地主の争いになるかも)


太陽光発電会社のオーナーは、ソフトバンクを筆頭に「欲のカタマリ」みたいな人物ばかり、とは駄目男の偏見でありますが、各地でのトラブルをみるとたいていは当たっています。トラブルが起きると、地元民と会社の争いだけでなく、土地を提供した(貸した、売った)地元の地主も悪者扱いされ、一層、住民感情が悪化します。土砂崩れは、金に目がくらんだ事業者への天の配剤でせう。


これが「環境にやさしい自然エネルギー発電事業」の実態です。そして、これは他人事ではありません。これらのトラブルを含めた発電事業を応援するために、国民から強制的に徴収しているのが「再エネ促進賦課金」です。(年間5000~10000円程度)自宅のソーラー発電のおかげで毎月の電気代がタダに近づいた、と喜んでる人を、ソーラーなし貧乏人が金銭的に応援しています。うちら、アホちゃうか?と気づく人、増えてほしい。


太陽光パネルの設置が土砂崩れの原因になる、ということに気づかないのだろうか。
ソーラー




鬼怒川の氾濫で水没した発電事業地

ソーラー 



濁流でぐちゃぐちゃになった太陽光パネル(宮崎県)
ソーラー 


引用元
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7149.html